2022年ノーベル物理学賞解説『量子もつれ状態の光子を使った実験、ベルの不等式の破れの確立、および量子情報科学の先駆的な研究に対して』

2022.10.05

みなさんこんにちは!サイエンス妖精の彩恵りりだよ!


今回は、みんな大注目!2022年ノーベル物理学賞解説だよ!


まず、今回の受賞者と授賞理由は以下の通りだよ!


2022年10月4日、スウェーデン王立科学アカデミーは、本日、2022年のノーベル物理学賞を以下の者に授与する事を決定しました。

Ill. Niklas Elmehed © Nobel Prize Outreach

 

「量子もつれ状態の光子を使った実験、ベルの不等式の破れの確立、および量子情報科学の先駆的な研究に対して」

Alain Aspect (アラン・アスペ)

フランス共和国、アジャン出身。1947年6月15日生まれの75歳。フランス共和国、パリ、パリ=サクレー大学、およびフランス共和国、パレゾー、エコール・ポリテクニーク所属。
賞への貢献度: 1/3

アラン・アスペ (Alain Aspect)

John Francis Clauser (ジョン・フランシス・クラウザー)

アメリカ合衆国、カリフォルニア州、パサデナ出身。1942年12月1日生まれの71歳。アメリカ合衆国、カリフォルニア州、ウォールナットクリーク、J. F. クラウザー・アソシエイツ所属。
賞への貢献度: 1/3

ジョン・F・クラウザー (John F. Clauser)

Anton Zeilinger (アントン・ツァイリンガー)

オーストリア共和国、リート・イム・インクライス出身。1945年5月20日生まれの77歳。オーストリア共和国、ウィーン、ウィーン大学所属。
賞への貢献度: 1/3

アントン・ツァイリンガー (Anton Zeilinger)


ミクロの世界は確率の世界!?

この世界をひたすら細かく見ていくと、原子や分子や素粒子の存在する世界に到達するよ。このミクロの世界を描く物理学の基本的な理論は「量子力学」と呼ばれるよ。


量子力学は、マクロの世界に住む私たちの直観に反するできごとにしばしば遭遇するよ。例えば、量子力学は本質的に確率で物事が決定される、という点だよ。


何かしらの量子 (量子力学で支配されるモノ) の位置を観測しようとした場合、その位置は毎回確率でしか見ることができない、と言った不思議な性質に遭遇するよ!


このような性質は、例えば原子核の周りを "回っている" と説明される電子が、実際には "この場所に何%の確率で存在する" という "雲" のような分布をしている、と言った現象が現れるんだよ。


そして、確率的に観測値が決定するという性質から、「量子もつれ」と呼ばれる奇妙な現象が現れるよ。これはとても難しい話なので、まずはその説明からしていくね。

 

Nobel Prize 2022 Physics Fig2

この図の詳しい意味は下の説明を読んでね。もしも隠れた変数理論が正しい場合、量子というボールの色は発射前から予め白色か黒色か決まっているよ。しかしそんな変数なんてない場合、量子というボールの色は観測時点まで決まっていない "灰色" だよ。 (画像引用元)

 

例えば、ボールを正反対の方向に飛ばす装置を真ん中に設置し、離れた位置にボールを受け取る2人であるAさんとBさんを配置したとするね。


今、装置の中にボールは2個あって、1個は白色、1個は黒色と必ず決まっているよ。そしてボールを2人に向かって同時に発射し、受け取った2人は初めてボールの色を見ることができるよ。


この時、片方のAさんがボールを受け取った色がもし白色の場合、Bさんに確認しなくても、Bさんが受け取ったボールは黒色だと分かるよね?


逆に、Aさんが受け取ったボールが黒色の場合はBさんのボールは白色と決まるよ。これは、Bさんから見ても同じで、自分のボールの色を見ればもう片方は必然的に分かるよ。


量子力学では、2個の量子のペアが量子もつれを起こしている場合、片方の性質が観測[注1] によって分かれば、もう片方の性質も分かる、という性質を持っているよ。


なので、Aさんが受け取るボールが量子に変わっても、Bさんの受け取った量子の性質は必ず分かる、というのが量子もつれが予言する性質だよ。ここまでは当たり前だ、と思うよね?


ところが、ミクロとマクロでは最初の状況が異なるよ。マクロ、つまり普通のボールなら、予め白色と黒色のボールを1個ずつ用意して発射装置に入れなければ、このような結果は現れないよ。


しかしこれがミクロ、量子となると話は別。ただ2個のもつれた量子を詰めて発射するだけで、後は片方の色が決まれば、もう片方の色も勝手に決めてくれるんだよ!


これは、量子の性質によるものだよ。観測する前、量子の色は白色とも黒色とも決定していない "灰色" の状態であり、観測して初めて白色か黒色かが決定されるよ。


量子もつれを起こしている2個の量子のペアの場合、片方の色が決まればもう片方の色も決まる、という制限があるから、観測したのが白色の場合、もう片方は黒色と必ず決まるよ。


ここがとても問題になるよ。例えば、AさんとBさんが何億光年も離れた位置にいて、そこで初めて量子を観測することで、白色か黒色かが決定したとするよ。


量子が白色か黒色かを決めるのは確率の問題なので、観測するまではどっちの色なのかは分からないよ。そしてAさんが一度観測すれば、AさんはBさんの量子の色も分かることになるよ。


ところが、Bさんの量子は何億光年も離れた位置にいるのに、光の速さを超えて "瞬時" に色の決定がされるはずだよ。これはマクロの世界の基本理論である相対性理論に反している[注2] よね!?


相対性理論を唱えたアルベルト・アインシュタインは、この矛盾して思える現象をどうにか説明しようとした、数多くの物理学者の1人だよ。


アインシュタインは、ボリス・ポドリスキーやネイサン・ローゼンと共に1935年にこの謎に対する仮説をまとめた論文を発表したことから、今日ではこれを「EPRパラドックス」と呼んでいるよ。


アインシュタインらが考えたのは、量子には、私たちが知ることのできない、何かしらの "変数" が存在し、それが観測結果を予め決定している「隠れた変数理論」[注3] と呼ばれる解決策だよ。


もし隠れた変数が存在する場合、観測する前からもつれた量子の色は決まっていて、ただ私たちは観測するまでその色を知ることができないだけ、ということになるよ。


この場合、量子もつれを起こしている時点では、2個の量子同士は相互作用しているから、隠れた変数が結果を決めている状態を予め生み出しているよ。


後は、量子の観測結果は予め決まっているので、別に何億光年離れていようとも、光の速さを超えた情報伝達が無くても、瞬時にもう片方の量子の色を知ることができるよ。


隠れた変数をあぶりだす不等式

ジョン・スチュワート・ベルは、このEPRパラドックスに精力的に取り組んだ物理学者の1人で、1964年にベルはとても大きな発見をしたよ!


ベルは、もし隠れた変数理論が本当である、つまり隠れた "変数" が存在する場合、 "変数" そのものを観測できなくても、間接的にその存在を証明する事が可能なことを導いたよ。


ベルは、量子もつれを起こした2個の量子のペアをたくさん生成し観察する実験を行って、その観測値をたくさん蓄積した結果について、重要な予言をしたんだよ。


それは、観測結果を蓄積した場合、その値はある値以上になることはない、という不等式を満たすはずだ、というものだよ。その式を今日では「ベルの不等式」と呼んでいるよ。


ただ、このベルの不等式を満たすのは、量子の観測結果を支配するのが隠れた "変数" である場合だよ。もしそのような "変数" が存在しない場合、ベルの不等式は成り立たないよ。


つまり、ベルの不等式を満たした結果が出れば隠れた変数理論が正しく、逆にベルの不等式を満たさない (破れている) 場合には、隠れた変数理論は否定されるんだよ。


不等式に挑んだジョン・F・クラウザー

ベル不等式と同じような、しかしながら実験的観測に適しているように改良されたCHSH不等式。式の細かい意味は置いといて、上の段、Sという値は、隠れた変数理論が正しければ絶対に2以下になるよ。もしこの値が2より大きくなった場合、それはCHSH不等式が破れており、隠れた変数理論が正しくない事を意味するよ。 (自作)

 

1人目の受賞者であるジョン・F・クラウザーは、ベルの不等式を検証することを試みた物理学者の1人だよ!ただし、これには大きな難題があったよ。


オリジナルのベルの不等式は、頭の中で行う思考実験としては優れていたものの、現実的には実験を行って確かめることは不可能なものであったよ。


そこでクラウザーは、マイケル・A・ホーン、アブナー・シモニー、リチャード・A・ホルトと共に、実験可能なベルの不等式の変形バージョンを1969年に考案したよ。


この不等式は、考案した4人の名前の頭文字を取って「CHSH不等式」と呼ばれており、量子もつれを起こしている光子のペアを使う実験だよ。

 

Nobel Prize 2022 Physics Fig4

ジョン・F・クラウザーが考案したCHSH不等式と、それに基づいて行った実験で、初めて隠れた変数理論が否定されたよ。 (画像引用元)

 

量子もつれを起こしている光子のペアは、光の波に関するある性質 (偏光) [注4] がもつれているので、片方の光の波の性質を観測すれば、もう一方も必ず決まるよ。


この波の性質は、特定の角度の性質を持つ光のみを通し、他は通さないフィルター (偏光フィルター) を通して行うよ。光が通ったかどうかで、その性質を持っているかどうかがわかるからだよ。


今回の実験は光子のペアで行うので、光子同士を反対方向に照射し、それぞれの方向に設置された、角度の異なるフィルターに通した時の結果が実験結果となるよ。


フィルターの角度は両方とも違うので、光子のペアは片方だけフィルターを通る場合もあれば、両方ともフィルターを通る場合、あるいは両方とも遮られる場合のどれかになるはずだよ。


そして、両方ともフィルターを通る確率は、両方のフィルターの角度の違いによって単純に決まるよ。重要なのは結果で、これが隠れた変数理論と関わってくるよ。


この実験はベルの不等式と同じCHSH不等式を検証するもので、CHSH不等式を満たす実験結果ならば隠れた変数理論は正しく、一方で満たさない場合は隠れた変数理論は否定されるよ。


CHSH不等式の考案から3年後、クラウザーはスチュアート・J・フリードマン共に結果を発表したよ。そこには、CHSH不等式は成り立たず、隠れた "変数" は存在しないと書かれていたよ!

 

実験の抜け穴を塞いだアラン・アスペ

隠れた変数理論を否定し、量子力学の確率的な性質を保証したクラウザーの実験結果は驚きをもって受け止められたけど、同時に激しい議論を巻き起こしたよ。


まず、クラウザーの実験装置は小さなものなので、量子力学とは関係のない別の性質によって一見CHSH不等式を破っている (成り立たない) よう見えているだけという可能性を排除できなかったよ。


また、光子のペアを通すフィルターは固定された角度で行われているので、何らかの理由で実験の設定が光子の観測結果に影響を与える "抜け穴" の存在も指摘されたよ。


この指摘に反論するのは難しかったよ。量子もつれは極めて不安定な状態であり、ちょっとしたことで壊れてしまうものなので、簡単に改良できる話じゃなかったよ。


また、クラウザーの実験で使われたもつれた光子の生成はとても効率が悪く、実験を十分な回数だけ繰り返し行うことができなかったというのも悩ましい問題だったよ。

Nobel Prize 2022 Physics Fig5

アラン・アスペは、クラウザーの実験で指摘された "抜け穴" を埋めるため、フィルターを回転させる装置を組み込んだよ。加えて、もつれた光子の生成効率も改善したことや、実験装置自体を大型化したことで、実験をより高い精度で行うことに成功したよ! (画像引用元)

 

当時フランスの博士課程の学生だった2人目の受賞者アラン・アスペは、フィリップ・グランジェ、ジェラード・ロジャー、ジーン・ダリバード共に、この極めて難しい問題に取り組んだよ。


1981年から1982年にかけて、アスペは実験装置を何度か改良しつつ実験を繰り返し、より効率的にもつれた光子のペアを放出する方法を見つけ、実験装置自体も大型化したんだよ。


更に重要なことは、肝心な部分であるフィルターの角度を実験中に変更できるように改良したことだよ。その切り替わり速度は極めて素早いことが重要だよ。


もしもクラウザーの実験に何らかの欠陥がある場合、光子が放出された時点でフィルターの角度に関する情報を持つことが可能な "抜け穴" があることになるよ。


アスペはその "抜け穴" を塞ぐために、光子が放出されたかフィルターに到達するまでのわずかな時間の間に、フィルターの角度をランダムに変更するように装置を改良したんだよ!


こうすれば、仮に光子が "抜け穴" によってフィルターの角度に関する情報を持っていたとしても、それは放射時点での情報なので、ランダムに変更されるフィルターには無意味となるよ。


この実験を通じて、アスペはフィルターを通過した光子と通過しなかった光子の数を数え上げることに成功し、フィルターを通過した光子の数はCHSH不等式の値より大きいことを確かめたよ!


アスペは、クラウザーの実験の時の "抜け穴" の存在しない実験方法を通じて、CHSH不等式は破れており、隠れた変数理論はやはり正しくないことを確かめたんだよ!


量子力学の応用で最も奇妙な量子テレポーテーション

クラウザーとアスペの実験は、量子力学の確率的な性質が正しいことを実証したことから、量もつれをより実用的なことに応用できる可能性を示したんだよ。


これまで散々、量子もつれを起こしている量子のペアは、片方が分かればもう片方の状態が分かると説明してきたけど、これは何かの "情報" を伝えているのとは若干違うよ。


例えば、2通りある観測結果の片方のみを引くことが可能な方法がある場合、もう片方の観測結果も光の速さを超えて瞬時に知ることができるから、これは因果律[注5] に反してしまうよ。


ところが実際には、量子力学は確率的な性質なので、2通りある観測結果のどちらを引くかはフィフティ・フィフティ、イカサマの存在しないランダムチョイスの世界になるよ。


片方の観測結果が分かればもう片方の観測結果も分かると言っても、その結果自体がランダムであり、結果は差し引きで分かるとなると、これは因果律を破っているわけじゃないよ。


ところが、量子もつれに関する別の性質を使えば、一見すると光の速さを超えて情報伝達を行っているかのような不思議な現象が起こるからなんだよ!


まず、量子もつれを起こしている2個の量子AとBを分離し、それぞれ離れた位置にいる人に持ってもらうよ。次に、Aを持っている人は、Aについて第3の量子であるCと量子もつれを起こさせるよ。


そして、AとCの状態を観察すると、両者は量子もつれを起こしているので、Aの観測値とCの観測値は2通りのうちの片方ずつの値を取るはずだよ。


では、分離したBはどうなっているのかと言うと、AとBの量子もつれは切れていないので、Bの観測値はCの観測値と同じになるはずだよ!


このように、第3の量子を使って量子もつれを起こさせると、まるで量子そのものがテレポーテーションしたかのように観測値が複製されるんだよ!これを「量子テレポーテーション」と呼ぶよ!


ただし、テレポーテーションと言う名前から誤解されがちだけど、もちろん量子そのものはテレポーテーションしてはいないし、これを使って光の速さを超えた情報伝達をすることはできないよ。


なぜなら、Bを持っている人にAとCの観測結果を伝える別の方法が必要であり、それは電話でもメールでもいいけど、最高でも光の速度でしか通信ができない古典通信だからだよ。


もしBを持っている人が、AとCを持っている人の連絡の前にBを観測してしまうと、その時点で量子もつれが壊れてしまうので、観測値の複製を行うという目的が果たせなくなってしまうよ。


ではこれが何の役に立つのかと言うと、量子テレポーテーションを利用して、原理的には破ることが不可能な暗号通信を作ることも可能だからだよ!


量子もつれは観測を行えば壊れてしまうもので、例えば情報の送信者と受信者以外に盗聴をする人がいたとしても、盗聴するという行為それ自体が量子もつれを壊してしまうよ。


すると、量子テレポーテーションを使った通信では、さっきまでの話に一段加えた操作を行う必要があるんだけど (難しいのでここは割愛)[注6] 、この操作の成否で盗聴されたことがバレてしまうよ。


逆に、古典通信の部分を盗聴すれば、操作の方法は知ることができるよ。ところが、量子テレポーテーションを使った通信の部分を知らなければ、この操作方法は意味のない情報だよ。


というわけで、量子テレポーテーションは次世代の暗号通信に非常に有益なのではないかと言うことで、実用化を見据えた研究が進んでいたんだよ!


量子テレポーテーションを実現したアントン・ツァイリンガー

 

Nobel Prize 2022 Physics Fig3

量子もつれを起こしているペア (1-2組と3-4組) のうち、片方ずつだけ (2と3) を追加で量子もつれ状態になるようにした場合、一度も相互作用していないもう片方ずつ (1と4) も量子もつれを起こしているよ。これを量子もつれスワッピングと言うよ。 (画像引用元)

Nobel Prize 2022 Physics Fig7

△でマークされた曲線と●でマークされた曲線は、向きが鏡写しになっているだけで同じ形になっているよね。これは上図の1と4に相当するもので、一度も相互作用していない量子同士がもつれていることを示し、量子もつれスワッピングが成功していることを意味しているよ! (画像引用元 [PDF])


3人目の受賞者のアントン・ツァイリンガーは、この量子テレポーテーションに関する研究でとても大きな貢献を果たしたんだよ!


量子テレポーテーションが提案されたのは1993年と比較的新しい上に、量子もつれという壊れやすいものを使うという点で、その実験は中々難しかったよ。


しかしツァイリンガーはすぐにこのアイデアに基づき実験装置を組み立て、1997年には初めて量子テレポーテーションを実証することに成功したんだよ!


更にツァイリンガーはこれに留まらず、量子テレポーテーションを更に実用化へと近づける「量子もつれスワッピング」と呼ばれる手法を開発したんだよ。


量子もつれはそのままでは壊れやすいので、いくら量子テレポーテーションを使用しようと思っても、あまり遠くまで通信ができないという欠点が存在したよ。


ツァイリンガーは、送信者と受信者の間に、量子もつれの状態を中継する量子もつれのペアを配置し、これを中継器とすることで、壊れやすい量子もつれを遠距離まで維持したんだよ!


ツァイリンガーは、1998年に量子もつれスワッピングの実験に初めて成功し、2012年には2つの島の間、143km以上も離れた距離での量子テレポーテーションに成功したよ!


これらの結果は、実用化の上で一番の早道になるであろう、光ファイバーを使って量子テレポーテーションによる通信を行う上で必須となる技術になるんだよ!

Nobel Prize 2022 Physics Fig6

ツァイリンガーは、クラウザーやアスペの実験から更に改良されており、特殊な結晶へのレーザー照射によるもつれた光子の生成、超高速で角度が偏光されるフィルター装置、遠方の銀河からの信号を利用した乱数発生装置など、様々な面で "抜け穴" が発生する確率を限りなく小さくしたよ! (画像引用元)

 

また、ツァイリンガーはベルの不等式に関する研究にも注力していて、クラウザーやアスペの実験を通じてもなお埋めることのできなかった "抜け穴" を埋める実験を行ったよ。


その実験には、もつれた光子の放出方法の改良、1秒間に数十億回角度が切り替わるフィルター装置、遠方の銀河からの信号を利用した乱数発生装置など、様々な改良があったよ!


その結果2015年には、ベルの不等式が破れていない確率を0.0000000000000000000000000000374%まで押し下げ、隠れた "変数" は存在しないという強力な証拠を提示したよ!


量子情報科学を開拓した3人が受賞!

Nobel Prize 2022 Physics Fig1

一見すると、あまりにも理論を突き詰めすぎていて、私たちの生活には程遠い存在と思える量子もつれ。でも実際には、量子もつれの研究により私たちの生活を更にステップアップし、やがては日常に欠かせない技術へと昇華する可能性を十分に秘めているよ! (画像引用元)


量子力学は、一見するとミクロの世界に関する非常に細かい理論的記述方法であって、量子力学の基礎研究が、私たちの日常生活に関わるとは思えない、という気がするのも分かるよ。


ところが、量子力学が詳しく研究されなければ、現代のコンピュータ時代を支えるトランジスタやレーザーは間違いなく開発されなかったよ。


そして私たちは今、量子もつれに関する一見すると奇妙な結果を利用し、量子コンピュータや量子通信、量子暗号と言ったものを開発し、実用化へと近づけているよ。


量子コンピュータはその初期型が生まれつつあり、量子通信は地上と宇宙ステーションの間で行われるなど、様々な新しい成果が日進月歩で誕生しているよ。


このように、一見役に立ちそうにもない量子力学の基礎研究は、実際には私たちの日常生活を極めてよくするための技術開発に密接に結びついているんだよ!


アラン・アスペ、ジョン・F・クラウザー、アントン・ツァイリンガーの3人が研究した成果は、量子情報科学という新しい分野を開拓し、今まさに私たちの生活を変えつつあるよ!

 

脚注

[注1]観測 ↩︎
観測とはそのままの意味で、何かしらの対象について "見る" ことで成り立つ。ただし、量子力学の研究のような極めて専門的な議論の場合、この「観測」という言葉の意味するところや、説明の難易度は一気に跳ね上がる。今回の説明では、普通にイメージする観測と同じような言葉づかいで説明するものの、厳密な議論としては不正確な表現を含んでいるのをご承知おき頂きたい。

[注2] 相対性理論に反している ↩︎
今回の議論の場合、相対性理論に反しているかどうかという対象は、この宇宙の最高速度である光の速さを超えて情報が伝わっているかどうかである。いかに見かけ上光の速さを超えている現象が起きていても、因果関係をもたらすのに必要な情報伝達が光の速さを超えていなければ、相対性理論に反しているとは言わない。

[注3] 隠れた変数理論 ↩︎
ここで言う隠れた "変数" とは、技術的に追いついていないので私たちが知らないだけという意味ではなく、観測して知ること自体が理論的に絶対不可能な変数が量子には含まれている、ということを指す。後述する実験も、 "変数" の値そのものを知ることを試みた実験ではない。

[注4] 偏光 ↩︎
光も波の一種で、それは振動によって表される。スリット (極めて狭い隙間) が刻まれた板に光を通すと、ある特定の角度に向いて振動している光は通過できるが、それ以外の光は通過できない。その角度を偏光度と呼ぶ。スリットを通せば、特定の偏光度を持つ光のみを向こう側に到達させることができるが、量子もつれの実験の場合、偶然通過可能な偏光度を持つ光のみが通過する、その確率を測定するためにある。

[注5] 因果律 ↩︎
「現象Aが発生したことで現象B」が発生する、という因果関係がある場合を考える。もし現象Aが発生しないと現象Bは絶対発生しない場合、現象Bは現象Aに先んじて起こることは絶対ない。これを因果律と呼ぶ。そして現象Aが引き金となり現象Bが起こるには、情報の伝達が必要であり、これは光の速度より速く伝達することはない。もし情報伝達が光の速さを超えてしまうと、これは未来から過去への情報伝達となってしまい、「現象Bが発生してから現象Aが起こる」となってしまい、因果律が破れてしまうからである。

[注6] 一段加えた操作 ↩︎
量子テレポーテーションを使って通信を行う場合、量子回路と呼ばれる回路を操作することで、量子もつれの状態を複製する。古典通信で伝えるのは量子回路の操作方法であるが、送信者と受信者が持っている量子もつれがないと意味のない操作方法であり、盗聴したところで何の役にも立たない。一方で、量子テレポーテーションを使った通信そのものを盗聴すると、量子もつれが壊れてしまうため、盗聴がバレてしまう。量子暗号が原理的に破れないというのは、量子力学が持つ性質によるものなので、理論的に破ることが不可能である (もちろん、量子暗号に寄らない部分、例えば受信者に成りすましたり、受信者が復号化した内容を盗み見るならば話は別である) 。

 

文献情報

[ノーベル財団の公式資料]

"Press release: The Nobel Prize in Physics 2022". (Oct 4, 2022) The offical website of the Nobel Prize.
"Popular information: How entanglement has become a powerful tool". (Oct 4, 2022) The offical website of the Nobel Prize.
"Scientific Background: For experiments with entangled photons, establishing the violation of Bell inequalities and pioneering quantum information science [PDF]". (Oct 4, 2022) The offical website of the Nobel Prize.


[受賞理由に関わる主要な論文]

John F. Clauser, Michael A. Horne, Abner Shimony & Richard A. Holt. "Proposed Experiment to Test Local Hidden-Variable Theories". Physical Review Letters, 1969; 23 (15) 880. DOI: 10.1103/PhysRevLett.23.880

Stuart J. Freedman & John F. Clauser. "Experimental Test of Local Hidden-Variable Theories". Physical Review Letters, 1972; 28 (14) 938. DOI: 10.1103/PhysRevLett.28.938
Alain Aspect, Philippe Grangier, and Gérard Roger. "Experimental Tests of Realistic Local Theories via Bell's Theorem". Physical Review Letters, 1981; 47 (7) 460. DOI: 10.1103/PhysRevLett.47.460
Alain Aspect, Philippe Grangier, and Gérard Roger. "Experimental Realization of Einstein-Podolsky-Rosen-Bohm Gedankenexperiment: A New Violation of Bell's Inequalities". Physical Review Letters, 1982; 49 (2) 91. DOI: 10.1103/PhysRevLett.49.91
Alain Aspect, Jean Dalibard, and Gérard Roger. "Experimental Test of Bell's Inequalities Using Time-Varying Analyzers". Physical Review Letters, 1982; 49 (25) 1804. DOI: 10.1103/PhysRevLett.49.1804
M. Żukowski, A. Zeilinger, M. A. Horne & A. K. Ekert. "‘‘Event-ready-detectors’’ Bell experiment via entanglement swapping". Physical Review Letters, 1993; 71 (26) 4287. DOI: 10.1103/PhysRevLett.71.4287
Dik Bouwmeester, Jian-Wei Pan, Klaus Mattle, Manfred Eibl, Harald Weinfurter & Anton Zeilinger. "Experimental quantum teleportation". Nature, 1997; 390 (6660) 575-579. DOI: 10.1038/37539
Jian-Wei Pan, Dik Bouwmeester, Harald Weinfurter & Anton Zeilinger. "Experimental Entanglement Swapping: Entangling Photons That Never Interacted". Physical Review Letters, 1998; 80 (18) 3891. DOI: 10.1103/PhysRevLett.80.3891
Xiao-song Ma, Stefan Zotter, Johannes Kofler, Rupert Ursin, Thomas Jennewein, Časlav Brukner & Anton Zeilinger. "Experimental delayed-choice entanglement swapping". Nature Physics, 2012; 8, 479-484. DOI: 10.1038/nphys2294
Xiao-Song Ma, Thomas Herbst, Thomas Scheidl, Daqing Wang, Sebastian Kropatschek, William Naylor, Bernhard Wittmann, Alexandra Mech, Johannes Kofler, Elena Anisimova, Vadim Makarov, Thomas Jennewein, Rupert Ursin & Anton Zeilinger. "Quantum teleportation over 143 kilometres using active feed-forward". Nature, 2012; 489 (7415) 269-273. DOI: 10.1038/nature11472
Marissa Giustina, Marijn A. M. Versteegh, Sören Wengerowsky, Johannes Handsteiner, Armin Hochrainer, Kevin Phelan, Fabian Steinlechner, Johannes Kofler, Jan-Åke Larsson, Carlos Abellán, Waldimar Amaya, Valerio Pruneri, Morgan W. Mitchell, Jörn Beyer, Thomas Gerrits, Adriana E. Lita, Lynden K. Shalm, Sae Woo Nam, Thomas Scheidl, Rupert Ursin, Bernhard Wittmann & Anton Zeilinger. "Significant-Loophole-Free Test of Bell’s Theorem with Entangled Photons". Physical Review Letters, 2015; 115 (25) 250401. DOI: 10.1103/PhysRevLett.115.250401


[授賞理由と関わりの深い研究論文]

A. Einstein, B. Podolsky, and N. Rosen. "Can Quantum-Mechanical Description of Physical Reality Be Considered Complete?". Physical Review, 1935; 47 (10) 777. DOI: 10.1103/PhysRev.47.777
J. S. Bell. "On the Einstein Podolsky Rosen paradox". Physics Physique Fizika, 1964; 1 (3) 195. DOI: 10.1103/PhysicsPhysiqueFizika.1.195
Charles H. Bennett, Gilles Brassard, Claude Crépeau, Richard Jozsa, Asher Peres & William K. Wootters. "Teleporting an unknown quantum state via dual classical and Einstein-Podolsky-Rosen channels". Physical Review Letters, 1993; 70 (13) 1895. DOI: 10.1103/PhysRevLett.70.1895

彩恵 りり(さいえ りり)

「バーチャルサイエンスライター」として、世界中の科学系の最新研究成果やその他の話題をTwitterで解説したり、時々YouTubeで科学的なトピックスについての解説動画を作ったり、他の方のチャンネルにお邪魔して科学的な話題を語ったりしています。 得意なのは天文学。でも基本的にその他の分野も含め、なるべく幅広く解説しています。
本サイトにて、毎週金曜日に最新の科学研究や成果などを解説する「彩恵りりの科学ニュース解説!」連載中。

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