ドキドキ高鳴る鼓動! 恋は体をどう変える?

2024.05.15



 みんな、恋してる!? 春は出会いの季節だ。心ときめくような素敵な出会いはあっただろうか? 国立社会保障・人口問題研究所はの調べでは、パートナーとの出会いのきっかけは職場や学校などの、日常生活の中での出会いが最も多いようだ。普段通りの日常ではあるが、きっと今日もどこかで思わぬ出会いが待っている事だろう。



 恋をすると私たちは、程度の差こそあれど、普段と同じように振舞うことが出来なくなる。平静を装っていても、鼓動は高鳴り、思考は乱されてしまう。しかしながらなぜ、私たちは恋をするとドキドキしてしまうのだろう? そこで今回は、恋をしている時、体の中で何が起きているのかについて解説していく。

少し詳しく 〜恋と交感神経〜

 想い人がそばにいると、皆さんはどうなるだろうか?

 鼓動が高鳴り、体が熱くなったという経験がある方は少なくないだろう。



 それでは、バクバクドキドキして体温が上昇するという体験は、恋をした時だけだっただろうか?

 例えば、大きな発表の時や、大切な勝負事の時のような、失敗が許されない緊迫した場面。

 例えば、思わぬ幸運に見舞われた時や、周囲の雰囲気にのまれてハイになっている興奮した場面。

 そういった、日常生活からちょっとだけ外れた場面でも、私たちはドキドキして汗が出る[注1]



 実は恋のドキドキと、興奮状態のドキドキは同じ理由によって生じているのだ!

 それではこのドキドキは、どのように引き起こされるのだろう?





 当然の話だが、鼓動の高鳴りは心臓の拍動回数が急上昇した結果だ。しかしながら、私たちは手足を動かすようには心臓をコントロールすることは出来ない。

 心臓をはじめとする全身の各種器官や組織は、自律神経系と呼ばれる神経によってコントロールされている。拍動回数を増やすのも減らすのも、自律神経系の働きによるものだ。



 そして、拍動回数を増やすのは自律神経系のうち、交感神経という神経の働きによって引き起こされる。





 交感神経が優位に働くと、心臓の鼓動が速くなるとともに、体表の血管は収縮し熱を溜める状態へと移行する。このため、体温は上昇し、反対に発汗は促進されるというわけだ[注2]





 恋をしている私たちの体内では、交感神経が優位になることで興奮状態に近い状態になっているという事が分かった。けれども、そもそもなぜ想い人のそばにいると交感神経が活性化するのだろう?

 続いて、交感神経が活性化する理由について解説していく。



さらに掘り下げ 〜恋と報酬系〜

 実のところ、恋をしている時の脳の活動の変化については、よく分かっていない。

 感情的な衝動を司る情動系という神経系は、脳の様々な領域が相互に関係しあっており、複雑すぎるためである。

 しかしながら、明らかになっていることもある。



 その一つが、ドーパミンという神経伝達物質の存在だ。





 恋をしている時、想い人の存在を感じたくないという人はあまりいないだろう。

 触れられなくとも傍にいるだけで、傍にいられずとも姿を見るだけで、姿を見られずとも声を聴けるだけで、漠然とした何かが心を満たしているはずだ[注3]



 この時脳内では、いくつかの領域にある、ドーパミン神経という神経が活性化する。

 ドーパミン神経は、その名の通りドーパミンという神経伝達物質を放出する神経だ。ドーパミンが働くと、交感神経系は優位に働く事が知られている。

 つまり、ある領域が活性化する事で、結果的に交感神経が働くというわけだ。



 それでは、その領域とは何だろう?





 その領域の名を、内側眼窩前頭野ないそくがんかぜんとうやという。耳慣れない名前だが、何をしている領域なのだろう?



 内側眼窩前頭野は、報酬系と呼ばれる情動系に関係する領域だ。報酬系が活性化すると、欲求が満たされたり、次の行動への動機へと繋がる。

 そう、想い人の存在を感じるという事は、脳にとっては報酬なのだ。





 恋をすると報酬系が活性化し、それに伴って交感神経が働くという事が分かった。しかしながら、恋煩こいわずらという言葉もあるように、恋は時に思考や行動力を奪ってしまう事もある。一見正反対なこの現象は、一体何なのだろうか?

 続いて、何も手につかなくなってしまう理由について解説していく。



もっと専門的に 〜恋煩いとセロトニン〜

 実は恋煩いを引き起こす原因もまた、報酬系の働きによって起きる。さて、妙な話だ。

 報酬系は欲求を満たし、次の行動の動機付けをする、人を活発にする神経系の筈だ。それなのになぜ、何も手につかなくなってしまうという事になってしまうのだろう?



「報酬」「欲求」「動機」というような言葉が並ぶと、無意識に普段通りではない何か特別なことを連想してしまいそうになる。けれども、水を一杯飲むという生きる上での基盤ですら、私たちにとっては立派な報酬であり欲求なのだ。

 つまり私たちの日常生活は、元々報酬系が支えており、報酬系の働きが鈍ると何も手につかなくなってしまうのだ。



 それではなぜ報酬系の働きは鈍るのだろうか?





 報酬系を刺激する神経伝達物質の一つに、セロトニンという物質がある。セロトニンが放出されることで、私たちは意欲的になり、思ったことを行動に移すことが出来る。

 けれども実は、恋をするとセロトニンの量が低下する事が知られている。

 行動できないから、意中の相手に対して、想うばかりで悶々とする。それだけではなく、ひどい場合には日常的な行動に対する意欲をも低下させてしまう[注4]



 この状態こそ、いわゆる恋煩いというわけだ[注5]





 ここまで、恋が体に影響を与える仕組みについて解説してきたが、いかがだっただろうか? 恋は衝動的で感情的な、理性では抑えられないものだ。どんな恋であれ、誰かを好きになる・なったという気持ちを自分だけは否定しないであげてほしい[注6]



 最後に、記事の趣旨からは少し外れるが脳機能の解析に関する技術について2つ紹介して、記事を締めさせていただく。





ちょっとはみ出し ~脳の動きを可視化する〜

脳内の変化を可視化する

 ご存知の通り、脳は頭蓋骨という頑丈な骨に覆われている。なにより、あらゆる生命活動や思考の中枢であるため、一度摘出してみて変化を調べる、というような乱暴なことは出来ない。そのため、脳の活動を調べるためには、何らかの方法で外部から観測する必要がある。



 脳内の情報を可視化する際の課題として、脳の働きが局所的であることと経時的であることがある。そのため、より精細な解像度で、より短い時間のスケールで調べられる程良い。



 脳神経の電位の変化をモニタリングして、ミリ秒単位で脳の活動を可視化する技術がある。頭部に小さな端子を当てることで、日常環境でも利用できる優れモノだ。



神経の動きを可視化する

 私たちの脳は無数の神経細胞が集まって出来た臓器だ。そのため、脳の働きを詳細に解析していくと、最終的には神経細胞がどのように連携を取っているのかという事に行きつく。神経細胞は糸のような形状をしており、個々の細胞同士がネットワークを形成しているからだ。従って、神経細胞の連携を調べるという事は、ネットワーク中のどこが利用されるのかという事になる。



 神経細胞の動きを可視化する技法は種々あるが、小さな粒子を使って光らせる方法を紹介する。ナノサイズの小さな粒子を神経細胞の細胞膜に結合させることで、活動中と静止中の電位の変化を蛍光の違いとして観察しようという技術だ。

 脳内の活動の全容が明らかになる日も遠くはないのかもしれない。



参考文献

・国立社会保障・人口問題研究所(https://www.ipss.go.jp/

・嶋田正和ら. 『新課程 視覚でとらえるフォトサイエンス 生物図録』. 数研出版.

・中田 光俊. 『脳機能入門』. メディカ出版.

・清野 躬行. 『脳のシステム・アーキテクチャー ―脳の見方:知能の探求―』. 講談社.

・国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構(https://www.qst.go.jp/

Walum H, Young LJ. "The neural mechanisms and circuitry of the pair bond". Nat Rev Neurosci. 2018 Nov;19(11):643-654.

Takahashi K, et al. "Imaging the passionate stage of romantic love by dopamine dynamics". Front Hum Neurosci. 2015 Apr 9;9:191.

Fisher HE, et al. "Romantic love: a mammalian brain system for mate choice". Philos Trans R Soc Lond B Biol Sci. 2006 Dec 29;361(1476):2173-86.

Bortolini T, et al. "The extended neural architecture of human attachment: An fMRI coordinate-based meta-analysis of affiliative studies". Neurosci Biobehav Rev. 2024 Apr;159:105584.

・山下 宙人. “データ統合により脳情報を可視化する技術”. 電子情報通信学会 通信ソサイエティマガジン, 2022, 16 , 4 , p. 326-337.

・高橋 光規. “ナノ粒子を活用した近赤外膜電位センサーによる神経活動の可視化”. ファルマシア, 2020, 56 , 11 .



[注1]ちなみに葉月は、緊張すると滝のような汗が流れる。そして緊張に極度に弱い。そのため、発表や就活の終了後はわりと脱水気味になって、その都度500 mLのペットボトルを1本空けてた記憶がある。たかが数十分でどんだけ汗かくねん!本文に戻る

[注2]交感神経優位の状態は、消化器系の働きは抑制される。葉月はなったことが無いが、恋をすると食欲がなくなるらしいのは、このためだ。本文に戻る

[注3]ラブコメの導入で割とこういうシーンある気がする……が、具体的な作品名を挙げろと言われると答えに窮する。もしかしたらこんなシーン、葉月の脳内にしかないのかもしれない。本文に戻る

[注4]さて、「セロトニン量が減少するのに、なぜ報酬系が活性化することで放出されるドーパミンが放出されるのだろう?」と思った方も居られるかもしれない。実は、恋によって働くドーパミン神経は内側眼窩前頭野だけではない。内側前頭前野という、報酬系に無関係なドーパミン神経も活性化するのだ。本文に戻る

[注5]よく聞く話として、失恋の後に抜け殻のようになってしまうというものがある。あれはセロトニン量が落ち込んだまま、ドーパミンの量が回復しないために、報酬系が活性化しない状態が続くことで起きるものらしい。本文に戻る

[注6]どうでも良いことだが、この記事を書いてる間ずっと背筋がムズムズするような感じをしてた。普段から「恋」とか「愛」とか言うキャラじゃないからね。恋愛漫画や小説の作家さんも、もしかしたらドキドキムズムズしながら書いてるのかもしれない。本文に戻る

【著者紹介】葉月 弐斗一

「サイエンスライター」兼「サイエンスイラストレーター」を自称する理科オタクのカッパ。「身近な疑問を科学で解き明かす」をモットーに、日々の生活の「ちょっと不思議」をすこしずつ深掘りしながら解説していきます。

【主な活動場所】 Twitter Pixiv

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