共感性の脳科学:失感情症とSOMEモデル

2025.01.27

 

 

はじめに

人と人とのつながりは、私たちの生活に欠かせないものです。

最近では人工知能の発達により、一人でもたくさんのことができるようになりました。しかし、それだけでは心は満たされません。誰かと一緒に笑ったり、困ったときに支え合ったり、そんな温かい関係があってこそ、人生は豊かになっていくものです。

このように人と心を通わせることができるのは、私たちに「共感する力」が備わっているからです。相手の気持ちを理解し、その思いに寄り添える – それが共感です。

ただ、自閉症スペクトラム障害では、この共感することに難しさを感じることが多くなると言われています。

この記事では、共感がどのように脳の中で働いているのかを分かりやすく説明し、自閉症スペクトラム障害のある方の共感する力をサポートする方法について考えていきたいと思います。

 

共感とはなにか

共感には、大きく分けて「感情的共感」と「認知的共感」の2つがあります。1つ目の感情的共感とは、相手の感情が自分の中にも伝わってくるような体験です。たとえば、友達が泣いている姿を見ていると、自分まで悲しくなってしまうようなことです。あたかも相手の気持ちがそのまま自分の中に入ってくるようなものがこれにあたります。

もう1つの認知的共感は、相手が置かれている状況を頭で理解する働きです。友達が落ち込んでいるとき、「あの出来事があったから、そう感じるのも当然だよね」と考えられるのは、この認知的共感のおかげです。どのような経緯でその感情が生まれたのかを論理的に想像し、納得することで、相手の思いをさらに深く理解できるのです。

実際のコミュニケーションでは、感情的共感と認知的共感の両方が互いに支え合っています。たとえば、大切な試験に落ちた友達を思いやるとき、まずは感情的共感で相手の悔しさに寄り添いながら、認知的共感を通して具体的にどんなサポートができるかを考えていくことになります。このように2つの共感をバランスよくはたらかせることで、私たちは相手とより深い絆を築くことができます。

 

共感におけるSOMEモデル

近年、「自分」と「他者」の関係性を軸にして共感を捉え直す枠組みとして、「SOME(Self to Other Model of Empathy)モデル」が注目を集めています。今までの考え方だと、他人の行動を見たときに自分の脳内でも同様の活動が起こるとされる「ミラーニューロン」の働きこそが共感の鍵だと考えられがちでした。しかし、実際には図に示されるように、複数のシステムが協調してこそ真の“他者理解”が成立すると考えられるようになっています。

下の図は、SOMEモデルを示したものになります。

(Bird & Viding、2014, figure 1を参考に筆者作成)。

 

図の左側にあるのは、「状況理解システム」です。これは、相手が置かれた環境や背景情報を把握し、その情報を整理する役割を担います。たとえば、相手がどんな目的でその行動をとったのか、そこに至る経緯は何か、といった理解がここで進められるのです。

このシステムには、背内側前頭前野(DMPFC)腹内側前頭前野(VMPFC)側頭極(temporal poles)などが関与するとされ、社会的文脈を処理する際に活性化します。

状況理解システムで処理された情報は、その隣にある「感情的手がかり分類システム」に送られ、より細かな感情要素や表情、声のトーンなどが分析されます。たとえば、相手の表情や声色から喜びや悲しみなどの感情を読み取ることがここで行われるわけです。

この低次元的な感情認識には、上側頭溝(STS)下側頭皮質(inferior temporal cortex)前頭眼窩皮質(OFC)などが主に関わります。また、後述するミラーニューロンシステムも、ここで抽出された感情的手がかりを受けて模倣反応を引き起こすと考えられています。

そして、図の右側にあるのが「ミラーニューロンシステム」です。このシステムがあるおかげで、他者の動作や感情をあたかも自分のことのように“模倣”することができるのです。ミラーニューロンシステムは感情的共感の土台ですが、これだけで共感全体を説明できるわけではありません。なぜなら、真の意味で共感するためには、感情が“伝わる”だけでなく、相手の意図や感情を推察する「心の理論システム」が必要になるからです。

この「心の理論システム」は、他者の思考や感情を“推論”し、理解する高次のプロセスを担っています。たとえば、「相手はなぜ今こんな気持ちなのか」といった意図や信念を読み取る際、特に認知的共感に深く関わるとされます。これに関わる主な脳領域としては、側頭頭頂接合部(TPJ)内側前頭前野(MPFC)楔前部(precuneus)などが知られており、他者の精神状態を推測して行動を計画する際に活性化すると考えられています。

また、この心の理論システムと、オレンジ色の「感情表象システム」は表象システムとして位置づけられ、相手の心情や自分の感情を頭の中でイメージ・シミュレーションする役割を果たしています。たとえば、「自分だったらこう感じるだろう」と心の中で想像してみるという作業です。ここには主に、前帯状皮質(ACC)前部島皮質(anterior insula)などが関連し、感情的共鳴や内受容感覚(自分の身体感覚)の処理を補助しています。自己の感情状態を表象し、それを「相手の感情」としてタグ付けする上で重要な仕組みと考えられています。

 

ここで注意が必要なのは、「自己/他者の切り替え」機能がうまく働かないと、自分の感情と他者の感情を混同し、相手の苦痛を自分のことのように強く感じすぎてしまうことです。図の左下に示される“自己と他者の切り替え”は、共感を円滑にするために重要なポイントの一つと考えられています。

この自己-他者スイッチを担うメカニズムには、側頭頭頂接合部(TPJ)の関与が特に指摘されており、背内側前頭前野(DMPFC)も切り替えの過程に寄与するとされています。たとえば、相手に寄り添っているのか、それとも客観的に物事を考えているのか、そうした視点の転換に関与しているわけです。

以上のように、SOMEモデルは、いくつかのサブシステムが相互に連携することで共感が成立すると考えています。状況理解システムで文脈を理解し、感情的手がかり分解システムで具体的な情動情報を分類し、ミラーニューロンシステムが模倣をベースとした感情の伝播を支え、心の理論システムが他者の内面を推測し、感情表象システムが自己・他者の感情をイメージし、最後に自己-他者スイッチが必要に応じてそれらを切り替えているのです。こうした重層的な働きこそが、私たちが「共感できる」背景にあるといえます。

 

SOMEモデルの臨床的意義:バランスと支援への応用

複数の脳のシステムが互いに結びつき、情報を交換し合うことで、私たちは相手との適切な距離を保ちながら、その人の気持ちを理解し、共感することができます。ただし、自分と相手の感情を区別することが難しくなると、相手の感情に巻き込まれすぎて混乱してしまうことがあります。また、状況を理解したり相手の考えを推測したりするシステムが十分に働かないと、その人の真意や置かれた状況を理解できず、適切なサポートができなくなってしまいます。

SOMEモデルでは、これらのシステムが互いに協力し合い、かつ自分と相手の感情をバランスよく区別できることが、スムーズな共感につながると考えられています。特に自閉症スペクトラム障害における共感の困難さについて、従来は「ミラーニューロンシステムの機能不全」として説明されることが多かったものの、SOMEモデルはより多面的な理解を可能にします。

例えば、「自己と他者の切り替え」能力の向上には感情日記やソーシャルストーリーの活用が、「状況理解システム」の強化にはロールプレイやグループ活動が、感情的手がかりの認識力向上には感情認識プログラムや表情カードが効果的です。このように各システムに適した支援方法を組み合わせることで、より柔軟で総合的な支援が可能になります。

 

まとめ

では、ここまでの内容をまとめてみましょう。

• 共感とは?
感情的共感(相手の感情が伝わってくる)と認知的共感(相手の状況を頭で理解する)の2つがあり、これらが協調することで深い対人関係が築かれる。

• SOMEモデルのポイント
共感は複数の脳内システム(状況理解、ミラーニューロン、心の理論など)が連動して成立し、自己と他者を適切に切り替えながら感情を共有するバランスが重要。

• 自閉症スペクトラム障害への支援
ミラーニューロン機能だけでなく、自己と他者の切り替えや認知的情報処理を強化する多面的なアプローチが効果的で、個々の特性に合わせた介入が可能になる。

 

ただし、これらの方法論がすべての人に当てはまるわけではありません。しあわせの処方箋は一人ひとり違うからです。私たちが「幸せとは何か」を考えるとき、それは世界と調和した関係を築くこと、ともいえるでしょう。共感性が幸福にとって十分条件である場合もあるかもしれませんが、必ずしも必要条件とは限りません。人のあり方は多種多様です。他者を理解する前にまず自分自身を知ることが、充実した人生を送るための重要なステップとなるのではないでしょうか。

 

 

【参考文献】

Baron-Cohen, S. (2009). Autism: The empathizing–systemizing (E-S) theory. Annals of the New York Academy of Sciences, 1156(1), 68–80.

Bird, G., & Viding, E. (2014). The self to other model of empathy: providing a new framework for understanding empathy impairments in psychopathy, autism, and alexithymia. Neuroscience and biobehavioral reviews, 47, 520–532.

Frith, U. (2003). Autism: Explaining the enigma (2nd ed.). Blackwell.
Golan, O., Baron-Cohen, S., & Hill, J. (2006). The Cambridge Mindreading (CAM) Face–Voice Battery: Testing complex emotion recognition in adults with and without autism spectrum conditions. Journal of Autism and Developmental Disorders, 36(2), 169–183.

著者紹介:佐藤 洋平(さとう ようへい)

博士(医学)、オフィスワンダリングマインド代表
脳科学・医学的知見を企業のマーケティングコミュニケーションに活用する専門家。理学療法士として15年の臨床経験を持ち、筑波大学大学院にてコミュニケーションに関わる脳活動の研究で博士号を取得。 2012年より、企業の製品・サービスの価値を科学的エビデンスに基づいて説明するコンサルティング業務を展開。「なぜそれが効果的なのか」「どこに価値があるのか」を神経科学・医学生理学・心理学の研究知見から解明し、 ステークホルダー向け資料やマーケティング素材として翻訳・構成・監修することを専門とする。多くの大手企業への学術支援実績を持ち、研究知のシェアリングサービスA-Co-Laboではパートナー研究者として活動。
日本最大級の脳科学ブログ「人間とはなにか? 脳科学 心理学 たまに哲学」運営者。

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