10年前、マンボウの都市伝説の流行を終息へと導いた名古屋港水族館に突撃取材!

2024.08.27

マンボウには真偽不明の噂が付き纏っている……いわゆる「マンボウの都市伝説」である。特に「マンボウの死因」に纏わる噂は、一時期インターネット上でエンタメと化して流行っていた時期があった。それが今から10年以上前、2011~2014年のことである。特に2013年はマンボウの都市伝説が流行っていた最盛期で、この時代に「マンボウは何をしてもすぐに死んでしまう」というイメージを植え付けられた人は異常に多い。10年以上経過した現在もマンボウの都市伝説を信じている人は未だに多く、また当時20~30代だった人々が親になり自分の子供に伝えているという次世代への伝播現象も観察されている。マンボウの都市伝説は最早人々の意識の中に刷り込まれた永遠に消えない伝承の類となった――この状況を敢えて逆手に取って、噂は所詮噂であることを強調するため、私は2023年8月5日に「マンボウの都市伝説流行10年祭 」というイベントを行った。

マンボウの都市伝説はデマ…?

上述で私はマンボウの都市伝説がインターネット上で流行った時期を2014年までとした。これには理由がある。2014年8月26日 に、X(旧Twitter)ユーザーによる「マンボウの都市伝説はデマであると名古屋港水族館の飼育員が熱弁していた」というポストが、当時12000以上リポストされバズったのだ。奇しくも、このポストをきっかけに、マンボウの都市伝説の流行は一旦終息の方向に向かった(完全には終わっていないが)。現在よりユーザー数が少なかったXでそれだけ拡散されたのだから、その影響力は当時かなり大きかったものと思われる。インターネットニュースがそのポストに喰らい付き、2014年8月27日にガジェット通信2014年9月3日にwithnews2014年9月12日にマイナビニュース が「マンボウの都市伝説はデマだった!」という内容の記事を配信した(実は名古屋港水族館の飼育員によるマンボウの都市伝説否定の解説は2013年10月15日 にもバズったことがあったが、その時は何故かX内での話題に留まった)。withnewsとマイナビニュースは実際に名古屋港水族館に取材し、当時マンボウ飼育員であった小串さんの名前を掲載していた。

 

あれから約10年後――私は偶然にも博物マニア というイベントに出展するため、名古屋に行くことになった。名古屋と言えば、マンボウの都市伝説封じに大きな貢献を果たした名古屋港水族館があることを思い出し、当時の状況を改めて聞きたいと思った私はアポを取り、2024年5月31日に名古屋港水族館に向かった。

いざ名古屋港水族館へ!

名古屋港水族館は、地下鉄名港線の名古屋港駅3番出口から徒歩約5分の場所にある。名古屋港水族館は階段を上って行った先にある北館(上の写真の右)と、丸いドーム状の形状が目立つ南館(上の写真の左)で主に構成されている。北館はイルカ類の展示が中心のエリアで、南館は魚類、ウミガメ類、ペンギン類などその他の海洋生物の展示が中心のエリアである。館内には複数のフードコートがあり、ローカルフードである名古屋飯も食べることができる。お土産屋さんは2ヵ所あり、どちらもイルカ類のグッズがメインで、魚類のグッズは少なめだった。しかし、魚類のグッズは名古屋港水族館から徒歩2分の場所に隣接している複合施設JETTYのお店で充実しており、私はJETTYの方でマンボウのグッズを発見した。

私が今回話を聞きたかった小串さんは、幸運にもまだ名古屋港水族館に在籍されていた! しかし、現在は担当部署が変わり、ベルーガ担当なのだという。あまりイメージが無いかもしれないが、水族館でも普通の会社のように数年おきに担当部署の異動があり、生き物の担当者が変わることは一般的である(中には全く異動しない例外的な人もいる)。私も久々に水族館の人に連絡を取ったら、マンボウ飼育員の人が変わっていて驚いた、という経験が何度かある。

私が小串さんと会うのは今回が初めて。小串さんは当時一緒にマンボウの飼育担当をしていた市川さん(現在は学習交流の担当)も呼び、二人で約10年前の名古屋港水族館におけるマンボウ飼育を取り巻いていた状況について、今回私に話を聞かせて頂いた。

そもそも名古屋港水族館でマンボウが飼育されることになった経緯は、前館長である祖一さんの意向によるものだったという。祖一さんは名古屋港水族館で館長を務める前は鴨川シーワールドで館長を務められ、鴨川シーワールド時代にマンボウについて分担執筆された著書・祖一(2009)がある。祖一(2009)には、マンボウを人工繁殖させてみたいという祖一さんのアツい夢が書かれており、水族館でマンボウの飼育・研究に力を入れていた方であった。

マンボウの都市伝説の真相

そんな祖一さんの意向で2010年から始まった名古屋港水族館でのマンボウの飼育は、「マイワシのトルネード」のイベントが行われる南館2階黒潮大水槽で行われていた。残念ながら現在は名古屋港水族館ではマンボウは飼育されておらず、私が行った時はシイラ類が泳いでいるのが目に付いた。

黒潮大水槽では複数の魚種が飼育され、他の水族館と違ってマンボウが単独飼育されていた訳ではなかった。当時名古屋港水族館で飼育されていたマンボウは、すさみ町立エビとカニの水族館の協力を得て、三重県の九鬼や尾鷲沖の大型定置網で漁獲された個体を搬入していた。当時最多で5個体のマンボウを同時飼育していたこともあったという。小串さんと市川さんの知る限りでは、愛知県近海の定置網は小型定置網であり、沿岸から見えるほど岸に近い場所に設置されているため、マンボウが漁獲されるという話は聞いたことが無いとの話だった(実際は愛知県でもマンボウが獲れているかもしれないが不明)。様々な体サイズのマンボウ個体を飼育したが、小型個体は動きが速く、体も傷付きやすいため飼育が困難で、大体全長7090 cmの個体を飼育していたという。

小串さんと市川さんによると、マンボウは他の魚類より気を遣って飼育されていたようだ。黒潮大水槽は大きな水槽であるため、マンボウ各個体に確実に餌を食べさせるために、飼育員がスキューバーダイバーの格好をして餌を持って水槽に潜り、マンボウに餌を与えていた。名古屋港水族館では、マンボウの餌として甘エビとイカのすり身にビタミン剤を加えて団子状に固めたものを与えていた。自然下ではゼラチン質の動物プランクトンを主に捕食するマンボウ(ある程度大きくなった個体)であるが、水族館でクラゲ類を餌として用意するのは難しい。クラゲ類の繁殖はできることはできるが結構労力がかかっているため、苦労して育てたクラゲ類をマンボウが一瞬で吸い込んで食べてしまうのはもったいなくてできないと話していた。

小串さんと市川さんのマンボウ飼育経験からすると、マンボウの消化能力は肉食性魚類より弱いのではないかという見解だった。また、マンボウは人の動きを目でよく見ており、人に慣れるのが早い感覚があったことから、学習能力は高い方ではないかと語られていた。それを裏付ける1つのエピソードとして、同じ水槽にいるカツオ・クロマグロのために、水槽の上からアジの切り身を落としていたが、カツオ・クロマグロが食べる前にマンボウがアジの切り身を横取りして食べてしまうという(マンボウはカツオ・クロマグロより上にスタンバイしたり、水底に落ちたものを食べる)。以前、私が紹介したように、アオリイカに餌として与えたアジをマンボウが奪って食べようとする行動が海遊館でも確認されている 。似たような体サイズだと、カツオ・クロマグロよりマンボウの方が強いらしく、マンボウが上にいると、餌を与えてもカツオ・クロマグロはマンボウを避けて下の方を泳ぐ傾向があった。

マンボウにアジの切り身を食べさせないため、水底に落とさないよう配慮していたが……結局、最終的にはマンボウが食べても問題が無いように、骨が無いマグロ類の柵(筋肉の塊)をカツオ・クロマグロの餌として与えることにしたという。マンボウが水槽にいた期間は、カツオ・クロマグロの餌が高価だったと二人は笑って話していた。アジの切り身はただのぶつ切りなので骨があり、それをマンボウが食べてしまうと、腸にアジの骨が詰まってしまうことがあった。マンボウの死亡個体を解剖すると、腸にアジの骨が突き刺さり傷付いていた個体もあったという。それ故、マンボウは食欲旺盛でアジの切り身を食べようとするが、カツオ・クロマグロのような消化能力は有していないと考えられ、この水槽では消化の良いものを与えるように配慮されることになった(マンボウの腸が弱っていると判断された時は、マンボウの餌に整腸剤のビオフェルミンを混ぜることもあった)。

また、この水槽では従来1日に1回大量の餌をばら撒いて終わらせていたが、マンボウがいる期間はマンボウが食べ過ぎないように1日に複数回餌を与えることになったという。おそらくこういう水族館でのマンボウの飼育の難しさが、聞き手である来観客の解像度によって大きく変わり、デリケートな魚=弱いというイメージに変わっていったものと思われる。実際のところ、「マンボウがすぐ死んでしまう」というよりは、「マンボウを健康的に飼育できるだけの環境を人が用意できていない」と言った方が正しい。何故なら、自然界で強いイメージがあるホホジロザメは、水族館で飼育するとマンボウより遙かに早く死んでしまう 。つまり、この考え方だと水族館におけるホホジロザメはマンボウより弱いということになる。

小串さんと市川さんのたゆまぬ努力が実を結ぶ…!

小串さんと市川さんがマンボウの飼育担当になった当初は、マンボウを飼育している黒潮大水槽の前でも、マンボウがすぐ死ぬという話は来館者から聞こえてこなかった。しかし、インターネット上でマンボウの都市伝説が流行るにつれ、マンボウがすぐ死ぬという話をする来館者が急激に増えていったという。マンボウの都市伝説の流行時には、マンボウの死因について話す来館者の声を一日に数回は聞いていた。他の魚ではこういう話は来館者から全く聞こえてこないのに、マンボウだけこういう話が聞こえてくるあの異様な雰囲気は異常だったと、小串さんと市川さんは当時を振り返った。中でも来館者の目の前でマンボウがくるっと旋回しているのに、「マンボウはまっすぐしか泳げないから岩にぶつかって死ぬこともあるんだよ」という話をする来館者に、市川さんは目の前のマンボウが見えていないのか……と衝撃を受けたという。流石に目の前で起きている行動をちゃんと見ていないのはマズい……マンボウのイメージの誤解を解いて、来館者にマンボウの正確な情報を知って欲しいと考えた小串さんと市川さんは、マンボウの餌やりショーの時に行っていた10分程度の解説の中に、マンボウの都市伝説は嘘であるという話も盛り込んで発信し始めた! この当時の小串さんや市川さんによる名古屋港水族館でのマンボウの餌やりショーの解説は、Youtube上にも複数アップロードされており、実際にマンボウの都市伝説を否定していたことが確認できる。

このマンボウの解説が、来館者にどの程度伝わっていたのかは正直分からなかったと話す小串さんと市川さんであったが……結果として、この都市伝説を否定する解説はXユーザーの印象に強く残り、上述の2014年8月26日のポストがバズったことを機に、それまでのすぐ死ぬというマンボウの弱いイメージが、「え? あの噂は嘘だったの?」と関心を持たれて一気にインターネット上に広まった。もちろんこの「マンボウの都市伝説は嘘」という情報が届かなった人々もいるので完全に終息した訳ではなかったが、当時インターネット上で流行していたマンボウの死因にまつわる都市伝説は、一旦2014年8月末に終息の方向に向かったのであった。

マンボウ研究者として私がやろうとしてもできなかったマンボウの都市伝説封じに大きく貢献した小串さんと市川さんには本当に感謝したい。人とマンボウの関わりを示す現代民俗学的にも、この名古屋港水族館の功績はとても大きいと私は感じている。10年も経過してだいぶ記憶は薄れていたと思われるが、今回お二人から当時の状況や生き物の正確な情報を来館者に伝えたいという熱い想いを聞くことができて本当に良かった。現在、名古屋港水族館では方針が変わり、しばらくはマンボウを飼育する予定は無いそうだが……今回改めて、お忙しい中、時間を割いて私に当時の話を思い出しながら聞かせて頂いた小串さん(左)と市川さん(右)には心から感謝を申し上げたい!

 名古屋港
  水族館の
   熱意から
    終息向かった
     マンボウ伝説

参考文献

祖一誠.2009.海ののんき者,マンボウの謎.pp. 197-209In:猿渡敏郎・西源二郎(編)研究する水族館 水槽展示だけではない知的な世界.東海大学出版会.神奈川.

澤井悦郎.2017a.マンボウの現代民俗―ネットロア化した「マンボウの死因」に関する考察.Biostory, 27: 89-96.

澤井悦郎.2017b. マンボウのひみつ.岩波書店.東京,208pp.

【著者情報】澤井 悦郎

海とくらしの史料館の「特任マンボウ研究員」である牛マンボウ博士。この連載は、マンボウ類だけを研究し続けていつまで生きられるかを問うた男の、マンボウへの愛を綴る科学エッセイである。

このライターの記事一覧