ベートーヴェンは遺伝的にビートに乗りにくい? 遺伝子で才能を測ることの注意点

2024.03.29

遺伝子で観たヴェートーベンの音楽的才能 サムネ

(画像引用元番号①②)

 

みなさんこんにちは! サイエンスライターな妖精の彩恵りりだよ!

 

今回の解説の主題は、ベートーヴェンの音楽的才能を遺伝子を調べて測ることができるのか?という疑問を前提に、ベートーヴェンが遺伝的にはビートに乗る才能があるかどうかを調べた研究だよ。

 

調べてみたところ、意外にもベートーヴェンはビートに乗りにくい傾向を示すゲノム配列を持っていたことが分かったんだけど、ただこの結果は受け止め方に注意が必要だよ。

 

元々ベートーヴェンの本物の髪の毛探しから始まったこの研究は、遺伝子で人の特性が先天的に決定されるのかという、結構素朴な疑問にも影響を与える答えを与えているよ!

 

ベートーヴェンの本物の髪の毛探しは2023年に行われた!

ベートーヴェンの髪の毛の分析結果 (2023)

(画像引用元番号①③)

 

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン (1770-1827) は有名な音楽家の1人で、作った曲そのものの評価、肖像画のインパクト、難聴というハンディキャップを背負っていたなど、様々な見方ができるよね。

 

死の25年前には、後に『ハイリゲンシュタットの遺書』[注1]と呼ばれるようになる手紙を遺していて、その中には難聴などの持病や健康問題に関して、知り合いの医者が解明してくれるのを望むことが書かれていたよ。

 

残念ながら、色々あって生前にその望みが叶うことはなかったけど、もうすぐ没後200年となる現代では、ベートーヴェンの持病を含む体質面を、当時は誰も知らなかった遺伝子で知ることができるようになったよ。

 

2023年には、ケンブリッジ大学のTristan James Alexander Begg氏などの研究チームが、ベートーヴェン本人のものだとされる髪の毛8束を分析し、本人のものである可能性が高い5束を分析する研究が行われたよ。

 

残念ながら、進行性の難聴や胃腸の不調など、ベートーヴェンが解明を望んでいた持病の原因を特定することはできなかったんだけど、それでも多くのことが分かったよ。

 

例えば、ベートーヴェンの死因は肝疾患である可能性が高く、その理由はB型肝炎への感染、特に最晩年でひどかった大量の飲酒、そして遺伝的にも肝疾患のリスクが高いことが研究で明らかになったよ。

 

また、最も面白い成果は、死因や難聴の原因として有名な鉛中毒説の根拠となった重金属の多い髪の毛は、実際には女性のものであり、8束の中で唯一ベートーヴェンのものではないと断言できたって点かもね!

 

その他にも、家系にまつわる秘密に切りこんだ内容など面白い内容がいっぱいあるよ!このBegg氏らによる研究は、私も詳しく解説しているから、もし興味があればこちらも読んでみてね!

 

ベートーヴェンは鉛中毒ではなかった!?家系の秘密も判明!? "ホンモノの髪の毛" 探しから始まった研究

 

遺伝子でベートーヴェンの音楽的才能を測ることはできる?

さて、Begg氏らによる研究では、ベートーヴェンの遺伝的特徴から色んなことを推定しているわけだけど、肝心なことが書かれてないように見えるね?それはベートーヴェンの音楽的才能だよ。

 

遺伝子が何らかの才能に寄与するのかという質問は、遺伝学が始まったばかりの1869年の書物にもあるくらい古いものだし、そうでなくても、親の才能が子に受け継がれる、なんてぼんやりしたイメージは持たれているよね。

 

一方で「トンビが鷹を生む」なんて慣用句があるように、特に親世代が大成しているわけでないのに、突出した才能を示す人もいるので、全てが遺伝子で決まっているわけでもなさそうなのもまたわかるよね?

 

特に「音楽的才能」というと、どの遺伝子で決定づければいいのかよくわからない特性だし、遺伝子という先天要因より、音楽をどう学んだかという環境要因の方が大きそうだ、とイメージしても不思議じゃないよね。

 

Begg氏らがベートーヴェンの音楽的才能を測らなかった理由は語られてないけど、遺伝的に音楽的才能を調べようとして、じゃあどう調べるの?ってなっちゃうから触れなかったのではないかと、これから解説する研究では推定しているよ。

 

ただ、全く手掛かりなしというわけではないよ。例えばBegg氏らがベートーヴェンの死因を肝疾患とし、その根拠の1つとして肝疾患リスクが高いと特定したのは、何もズバリ特定の遺伝子変異を見つけたからじゃないよ。

 

遺伝子は「ゲノム配列」という文字で刻まれていて、ゲノム配列の違いを比較することで、私たちは1人1人遺伝的に異なる人間だ、ということが分かるんだよね。

 

これの応用として、ゲノム配列のわずかな違いを網羅的に比較し、ある配列を持つ傾向にある人は、そうではない人と比べてどういう体質であるのかを知る「PGI (多遺伝子性指数)」という指標があるんだよね。

 

これは1つ1つのゲノム配列の違いというより、全体的なゲノム配列の傾向を比較するものだよ。例えば肝疾患のような特定の病気に罹った人は、そうではない人と比べてどういうゲノム配列の傾向があるのか、を見るんだよね。

 

ベートーヴェンの死因が肝疾患かもしれないと考えたBegg氏らの研究もPGIによる分析で、かなりリスクの高い人に属する (96パーセントタイル) 、という結果が示されたからこその結論だったんだよね。

 

じゃあ、音楽的才能に関するデータセットがあれば、PGIによってベートーヴェンの音楽的才能を測ることはできないか?というのが、次の章から解説する研究だよ。

 

ベートーヴェンは遺伝的にはビートに乗りにくい?

ベートーヴェンのビート同期性

(画像引用元番号②)

 

今回研究をしたのは、カロリンスカ研究所のLaura W. Wesseldijk氏などの研究チーム。2023年のBegg氏などの研究チームが出した、ベートーヴェン本人の可能性が高いゲノム配列を使ったよ。

 

一方で、遺伝的に音楽的才能を測るにはどうしたらいいんだろう?今のところ、ドンピシャで音楽的才能を示すPGIは見つかっていないけど、過去の研究はPGIである程度示せる可能性が示されているよ。

 

例えば、ヨーロッパ系の先祖を持つ60万人以上を対象にした調査では、ビートに合わせて手拍子ができるのかという自己評価と、69の遺伝子座が有意に関連している、という結果が出ているよ。

 

Wesseldijk氏らは、ビートに乗りやすい才能があるかどうかをPGIで測ることができると仮定して、2つの異なる数千人分のデータセットと比較することで、ベートーヴェンのビート同期性の才能を評価したよ。

 

その結果なんと、ベートーヴェンのビート同期性は真ん中よりだいぶ下のスコアだという結果が出たよ!ただ、この結果をそのまま受け取って「ベートーヴェンは遺伝的には音楽的才能がない」とするのは注意が必要だよ。

 

ベートーヴェンの遺伝子解析の結果の注意点

(画像引用元番号①)

 

まず、音楽的才能がある程度遺伝的に決まるとしても、それは一部なことは既に分かっているよ。双子を対象にした研究では、遺伝的に決定可能なのは約42%だということで、これは半分も行ってないね。

 

また、PGIという手法にはその性質上の限界があるよ。PGIで使うゲノム配列の違いは多数の人数を合わせた平均値なので、稀にしか発生しない重大な違いがあったとしても、それはほとんど反映されないよ。

 

そして、PGIは同じようなゲノム配列を持つ複数の人々の平均的な体質や傾向を知ることができても、ベートーヴェン1人のような特定個人の特性を正確に見抜く、ということはできないんだよね。

 

あくまで、確率的に高い・低いということは言えるんだけど、100%とか0%とか言ってない以上、PGIで予測された特性をその人が持っていなかったとしても、それは不思議でもなんでもなく、起こりうることだよね。

 

また、当然ながら比較に使用されたデータセットは現代人のものだから、200年以上前に生きたベートーヴェンのゲノム配列を比較するには使えない "ものさし" である可能性も少なからずあるよ。

 

現代は遺伝子で人の才能を知ることのできる段階ではない

前章の通り、今回の研究を単純に見れば「ベートーヴェンはビート同期性に低いPGIスコアを持っている」とはなるんだけど、それだけで「ベートーヴェンはビートにノれない凡人」だと断定することはできないんだよね。

 

もちろん、実際にベートーヴェンは遺伝的には音楽的才能がなく、後天的な影響、つまり教育や本人の努力によって世界的な音楽家に上り詰めた、という可能性は全然あるよ。

 

一方で、ベートーヴェンは遺伝的にも音楽的才能があったので世界的音楽家になった、という可能性も今回の研究では否定しきれないんだよね。

 

今回の研究ではビートに乗りやすいかどうかを示すデータセットで研究したわけだけど、今後の研究で音楽的才能をドンピシャで表すデータセットが作られたら、全く評価が変わる可能性も当然ながらあるよ。

 

いずれにしても今回の研究は、最近の遺伝子解析技術の進歩で多用されているPGIについて、ベートーヴェンという有名人を引き合いに注意喚起をしているとも言える内容だね。

 

確かに、PGIは個人の病気のリスクを調べるのにも使われていて、それに罹らないように注意するという使い方はとても役に立つけど、ある程度因果関係がはっきりしている分野でも、確率でしか診断ができないんだよね。

 

まして音楽的才能のような、まだまだ因果関係が確立していない部分について、特定個人の才能を正確に測るというのは、まだまだ技術が追い付いていないんだよね。

 

だから、今回の研究で世界的音楽家のベートーヴェンの音楽的才能を見いだせなかったように、個人の才能に関する適用というのはまだまだできない話だ、ということなんだよね。

 

また、ベートーヴェンが仮に本当に遺伝的に才能がなかったとしても、環境要因によって音楽的才能が出てくることもまた分かっているので、全てが遺伝子で決定されているわけじゃないこともまた分かる訳だね。

 

いずれにしてもこの研究は、遺伝子を使って個人の能力や才能を測れるのではないか?という素朴な疑問について、ある程度の回答を与えているものだと私は思うんだよ。

注釈

[注1] ハイリゲンシュタットの遺書
ベートーヴェンが死の25年前に、弟のカールとヨハンに宛てて書いた手紙のことで、1802年10月6日にハイリゲンシュタット (現在ではウィーンの一部) において書いたこと、死後の直後に発見されたことからそう呼ばれている。内容は難聴や胃腸の不調などの肉体的・精神的な病気に対する絶望や自殺願望、それを克服する願いが書かれている。難聴については、お気に入りの医師であるヨハン・アダム・シュミット (1759-1809) が自身の死後に原因を解明し、公表する願いも含まれていたが、シュミットはベートーヴェンより先に亡くなっている。 本文に戻る

文献情報

<原著論文>

  • Laura W. Wesseldijk, et al. "Notes from Beethoven’s genome". Current Biology, 2024; 34 (6) R233-R234. DOI: 10.1016/j.cub.2024.01.025

 

<参考文献>

 

<関連研究>

  • Maria Niarchou, et al. "Genome-wide association study of musical beat synchronization demonstrates high polygenicity". Nature Human Behaviour, 2022; 6, 1292-1309. DOI: 10.1038/s41562-022-01359-x
  • Laura W. Wesseldijk, et al. "Using a polygenic score in a family design to understand genetic influences on musicality". Scientific Reports, 2022; 12, 14658. DOI: 10.1038/s41598-022-18703-w
  • Tristan James Alexander Begg, et.al. "Genomic analyses of hair from Ludwig van Beethoven". Current Biology, 2023; 33 (8) 1431-1447.E22. DOI: 10.1016/j.cub.2023.02.041

 

<画像引用元の情報> (必要に応じてトリミングを行ったり、文字や図表を書き加えている場合がある)

  1. ヨーゼフ・カール・シュティーラーによるルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの肖像画 (1820) : Public Domain
  2. ベートーヴェンのビート同期性に関するPGIスコア: 原著論文Fig 1ABよりトリミング
  3. ベートーヴェンのものと伝わる髪の毛: Tristan James Alexander Begg, et.al. (2023) Methodsよりトリミング

     

    彩恵 りり(さいえ りり)

    「バーチャルサイエンスライター」として、世界中の科学系の最新研究成果やその他の話題をTwitterで解説したり、時々YouTubeで科学的なトピックスについての解説動画を作ったり、他の方のチャンネルにお邪魔して科学的な話題を語ったりしています。 得意なのは天文学。でも基本的にその他の分野も含め、なるべく幅広く解説しています。
    本サイトにて、毎週金曜日に最新の科学研究や成果などを解説する「彩恵りりの科学ニュース解説!」連載中。

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