名前を呼んではいけないあのアリ!? ヴォルデモートの名が与えられた新種の発見の意義とは

2024.04.19

ヴォルデモートムカシアリ サムネ

(画像引用元番号①)

 

みなさんこんにちは! サイエンスライターな妖精の彩恵りりだよ!

 

今回の解説の主題は、かの有名な名前を呼んではいけないあの闇の魔法使いが学名に入った新種のアリ「レプタニラ・ヴォルデモート (Leptanilla voldemort)」に関する解説だよ!

 

もちろん、新種はいっぱい発見されていて、その一部にはこんな風に面白い学名がついていることも珍しくないよ。でも、私が今回解説記事を書いたのは、単に面白い名前がついたからだけじゃないんだよね。

 

勝手に和名をつけるなら「ヴォルデモートムカシアリ」となりそうなこのアリ、数も種類も多いアリ全体の進化や起源を探る上で重要な発見になるかもしれないポテンシャルを秘めているんだよ!

 

昆虫界で多数派の「アリ」はどこからきたのか?

アリの系統樹

ムカシアリ亜科は、かなり早い段階で他のアリの系統から分岐したと言われていて、かなり興味深い研究対象だよ。ただ、地下から出てこない関係上、中々見つからない、という問題があるんだよね。 (画像引用元番号①④)

 

地球のほとんどの陸地に生息し、現生種だけで1万4000種以上が見つかっている「アリ」は、最も分布の拡大に成功した昆虫の1つかもね。その総数は控えめに見積もっても2京匹以上とも言われているよ!

 

しかし、アリの進化や多様性について、まだはっきりと分かっていない点もたくさんあるよ。その1つは、昆虫の進化の中でアリがどのように出現・進化したかについてだよ。

 

アリの仲間の最古の化石は1億年前の中生代で、この頃から既に地下生活と真社会性[注1]の生態を持っていたと見られているよ。このため、それより前の原始的な生態というのはよくわかっていないんだよね。

 

最初期のアリは恐らく、完全に地下で生活し、ムカデのような地下にいる他の生物を狩って生活していて、自力で巣を掘る能力に乏しく、自然の空洞を使った小規模な巣を作っていたと考えられているよ。

 

実際、この特徴を持っているアリが、ごく少数ながら見つかっているよ。その中では比較的多くの種類が見つかっているグループとして「ムカシアリ亜科 (Leptanillinae)」というものがいるんだよね。

 

ムカシアリ亜科は、その名前に反して、実際にはかなり特殊化が進んでいると考えられているよ。その意味では昔の特徴は失っているけど、それでも他のアリと比べると原始的な特徴を引き継いでいると考えられているよ。

 

実際、ムカシアリ亜科は、かなり昔に他の全てのアリと分岐し、独自の進化をしていったと考えられているんだよね!このようなグループは他に1つしか見つかっていないことから、かなり貴重な存在だよ![注2]

 

ただ、ムカシアリ亜科のように、地上に出てこないアリが本当に少数派なのか、そもそも地球上にどれくらい存在しているのか、というのははっきりと分かっていないよ。

 

これは、人間が地上を歩く動物だから、というバイアスがかかっているからなんだよね。アリが地上を歩いてくれれば見つけやすいけど、地下に潜っていれば簡単には見つけられないからね。

 

これは、昆虫用トラップを設置して、捕獲できた個体を見るという部分でも同じ苦労があるよ。地表付近ならまだしも、数m以上も潜った場所にトラップを設置するのは簡単な話じゃないからね。

 

また、仮にトラップを設置できたとしても、個体数が少なければ引っかかる確率も低いよね。ってなると、見つけること自体がとてつもなく大変だ、ってことになるんだよね。

 

実際、ムカシアリ亜科の中でも代表的なグループである「ムカシアリ属 (Leptanilla)」は、61種のほとんどがアフリカ、ヨーロッパ、アジアで見つかっているけど、これは研究活動が活発かどうかのバイアスに左右されているみたいだよ。

 

一方でオーストラリアでは、ムカシアリ属のアリはこれまで「レプタニラ・スワニ (Leptanilla swani)」の1種しか見つかっていなかったよ!オーストラリアのアリの多様性を考えると、これは極めて少ないと言えるよ。

 

また、レプタニラ・スワニが発見されたのは1931年で、その後の採集記録もわずかしかないよ。つまりオーストラリアのムカシアリ属の研究は、ほぼ100年間停滞したままだった、と言えるわけだね。

 

そして、数百万匹が生息する巣が珍しくないアリの世界の中で、ムカシアリ属の仲間はわずか100匹という小数で巣を作ることも、発見を難しくしているんだよね。

 

地下を削り取って稀な生物を見つける

地下削り取り法

「地下削り取り法」を試してみたところ、一目で観たことがないと分かるくらい特徴的なアリが見つかったよ! (画像引用元番号①③⑤)

 

西オーストラリア大学のMark K. L. Wong氏、およびベネロンギア環境コンサルタント (Bennelongia Environmental Consultants) のJane M. McRae氏の研究チームは、この状況を変える発見をしたよ!

 

今回の研究は西オーストラリア州のニューマンという都市の近くで行われたんだけど、この辺はピルバラ地区と呼ばれるとても乾燥した暑い場所で、そもそも生き物に乏しい場所だよ。

 

地下は比較的温度が安定しているので、地上よりはマシなんだけど、地面は硬く締まっており、ほとんど隙間が無いので、そこに生息する生き物もかなり小さなサイズとなってしまうよ。

 

なので、めちゃくちゃ暑い場所にある硬い地面を苦労して掘った上で、捕まるかどうかも分からないトラップをいくつも設置して……というのは非常に効率が悪いことは、何となく想像がつくよね。

 

そこでWong氏とMcRae氏は、10年ほど前から使われている「地下削り取り法 (subterranean scraping)」という採集方法を試したよ。これは、ボーリングで開けた穴に筒状のトラップを入れ、それを引き上げる方法だよ。

 

トラップによって穴の側面が削り取られ、網を通るほど小さな生き物はトラップの内部へと落ちてくるわけだね。これは、従来の落ちてくるのをじっと待つよりもずっと効率的なトラップになるよ!

 

地下25mで「レプタニラ・ヴォルデモート」を発見!

レプタニラ・ヴォルデモート

新種のアリは、その外観や生態から、闇の魔法使いに因み「レプタニラ・ヴォルデモート」と名付けられたよ! (画像引用元番号①②)

 

今回の研究では、地下25mまで掘り込んだ穴で地下掻き取り法を行い、そこで捉えられる小さな生き物を探したよ。その結果、今まで観たことのない新しいアリを見つけることに成功したんだよね!

 

見つかったアリは、体長が2mm以下と小さく、そして極端に細長いよ。特に触覚と脚は身体と比較しても長くて、これはレプタニラ・スワニと見分けられるくらいの違いとなっているよ。

 

また、色素が抜けて薄い金色から琥珀色をしている身体と、完全に目を失っているという特徴もあるね!身体の細長さと併せて、これは完全に地下に適応した結果であると自信を持って言えるよ。

 

地下25mともなれば、土は締まって隙間がほとんどないけど、細長くて小さな身体はその隙間を障害なく抜けることができるよ。そして地下の暗闇では、特徴的な色や視覚は不要となり、失われても困らないわけだね。

 

色が抜けて色白なこと、細長い体格をしていること、なにより完全な暗闇で生活していることから、このアリは「レプタニラ・ヴォルデモート (Leptanilla voldemort)」と名付けられたよ![注3]

 

元ネタはもちろん、有名な小説『ハリー・ポッター』シリーズに登場する闇の魔法使い「ヴォルデモート卿」だよ。だからあえて和名をつけるなら「ヴォルデモートムカシアリ」になるかな?

 

地下世界でレプタニラ・ヴォルデモートが「名前を呼んではいけないあのアリ」「例のあのアリ」として恐れられているかは分からないけど、少なくとも恐ろしい捕食者であることは確実だよ。

 

狩りのシーンを目撃したわけじゃないとはいえ、他のムカシアリ属が顎や毒針ではるかに大きなムカデを狩っていること、レプタニラ・ヴォルデモート自身が鋭い顎を持っていることを考えれば、自ずから答えは見えてくるよね。

 

実際、今回のトラップによる採集ではムカデや甲虫が捕獲されていることから、レプタニラ・ヴォルデモートもこれらの何かを捕食していることは容易に想像ができるよね。

 

今回見つかったのはわずか2個体で、どちらも働きアリなことから、女王アリを見つければより多くのことが分かるかもしれないけど、これはこれからの研究次第となってくるよ。

 

単に面白学名がついただけじゃない、重要な発見!

レプタニラ・ヴォルデモートの発見の重要性

レプタニラ・ヴォルデモートの発見は、単に名前が面白いだけじゃなく、アリの進化や起源を探る上で重要な発見だと言えるよ! (画像引用元番号①④)

 

レプタニラ・ヴォルデモートは確かに単独でも興味深い生態を持っていそうだけど、単に面白い学名がついたアリというわけじゃなく、結構重要な発見となるよ。

 

まず、レプタニラ・ヴォルデモートはオーストラリアで見つかった2番目のムカシアリ属という点は重要だよ。これにより、100年くらい停滞していたムカシアリ属の研究が進むかもしれないよ。

 

地下世界は予想以上に生き物が豊富であることが理解されつつあるとはいえ、その実体は未だに多くの謎に包まれているんだよね。特に、地上が高温で乾燥していて不毛なピルバラ地区なら、なおさらそこに注目が集まるよ。

 

また、ムカシアリ属には、食料不足の時に女王アリが幼虫の血リンパを食べるという珍しい行動が観察されているなど、必ずしも食料が豊富とは言えない地下世界の適応が他にも見られるんだよね。

 

レプタニラ・ヴォルデモートは100年くらいぶりに見つかったオーストラリアのムカシアリ属ということで、地下世界の生態系の豊富さや適応を知るための重要な手掛かりになってくれるかもしれないよ。

 

その意味で、名前を呼ぶのが憚られるほど恐れられた闇の魔法使いに因んでいる割には、レプタニラ・ヴォルデモートはこの先の論文で頻繁に言及されるかもしれないアリとなるかもしれないよ!

注釈

[注1] 真社会性  本文に戻る

動物のコロニー (集団) の一形態を指す言葉。基本的には不妊のカースト (階級) がいることを特徴としており、アリやハチは真社会性動物の代表例です。

[注2] 現生の他のアリから早い時代に分岐したグループ  本文に戻る

本文で述べているムカシアリ亜科の他には、マーティアリス・ユリーカ (Martialis heureka) が唯一知られています。マーティアリス亜科に属する唯一の種であり、その特徴は最も系統的に近いムカシアリ亜科ともだいぶ異なります。属名マーティアリスは「火星からの使者」という意味であり、まるで地球外からきたかのような異質性を表現した学名です。

[注3]レプタニラ・ヴォルデモートの学名  本文に戻る

生物の学名が人名に由来する献名である場合、通常はラテン語の所有格を末尾に付けます。ヴォルデモートは男性のため、末尾にiを付けてvoldemortiとしても良かったはずですが、そうはなっていません。理由が書かれていないため予測するしかありませんが、学名に言及する時に2回目以降は属名を略す習慣から、Leptanilla voldemortL. voldemortとも表記できます。ハリー・ポッターの作中で、ヴォルデモートはしばしば「Load Voldemort (ヴォルデモート卿)」と呼ばれるため、同じLの頭文字にかけて敢えてiを付けなかった可能性があります。 なお、論文中で "tribute" (捧げる) と書かれていることから、悪役であるために敬意を表さなかったという可能性は低いと思われます。

文献情報

<原著論文>

  • Mark K. L. Wong & Jane M. McRae. "Leptanilla voldemort sp. nov., a gracile new species of the hypogaeic ant genus Leptanilla (Hymenoptera, Formicidae) from the Pilbara, with a key to Australian Leptanilla". ZooKeys, 2024; 1197, 171-182. DOI: 10.3897/zookeys.1197.114072

 

<参考文献>

 

<関連研究>

  • S.A. Halse & G.B. Pearson. "Troglofauna in the vadose zone: comparison of scraping and trapping results and sampling adequacy". Subterranean Biology, 2014; 13, 17-34. DOI: 10.3897/subtbiol.13.6991
  • Patrick Schultheiss, et al. "The abundance, biomass, and distribution of ants on Earth". Proceedings of the National Academy of Sciences, 2022; 119 (40) e2201550119. DOI: 10.1073/pnas.2201550119
  • Jonathan Romiguier, et al. "Ant phylogenomics reveals a natural selection hotspot preceding the origin of complex eusociality". Current Biology, 2022; 32 (13) 2942-2947.E4. DOI: 10.1016/j.cub.2022.05.001

 

<画像引用元の情報> (必要に応じてトリミングを行ったり、文字や図表を書き加えている場合がある)

  1. レプタニラ・ヴォルデモートのホロタイプ標本の側面写真: 原著論文Fig 2
  2. レプタニラ・ヴォルデモートのホロタイプ標本の顔写真: 原著論文Fig 4
  3. レプタニラ・ヴォルデモートの標本化前の液侵状態の写真: 原著論文Fig 1
  4. レプタニラ・スワニの写真: 原著論文Fig 5
  5. 地下削り取り法の道具の写真: S.A. Halse & G.B. Pearson (2014) Fig 2

     

    彩恵 りり(さいえ りり)

    「バーチャルサイエンスライター」として、世界中の科学系の最新研究成果やその他の話題をTwitterで解説したり、時々YouTubeで科学的なトピックスについての解説動画を作ったり、他の方のチャンネルにお邪魔して科学的な話題を語ったりしています。 得意なのは天文学。でも基本的にその他の分野も含め、なるべく幅広く解説しています。
    本サイトにて、毎週金曜日に最新の科学研究や成果などを解説する「彩恵りりの科学ニュース解説!」連載中。

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