薬物中毒の神経メカニズム(4月19日 Science 掲載論文)

2024.05.16

メディアではギャンブル依存症が水原通訳の事件との絡みで大きくクローズアップされているが、ギャンブルでも、薬物でも、依存症はドーパミンを主な神経伝達物質とする、報酬/快楽システムが関わっていることは広く知られている。

 

ただ、このシステムは中毒でクローズアップされるが、実際に私たちが生きていくためのモティベーションに関わる基本回路で、食欲や渇きもこのシステムが関与している。

 

本日紹介する論文

今日紹介するロックフェラー大学からの論文は、薬物中毒が本来の食欲などに影響を及ぼすメカニズムを調べた研究で、4月19日号 Science に掲載された。

 

タイトルは「Drugs of abuse hijack a mesolimbic pathway that processes homeostatic need(薬物中毒は正常のホメオスタシスに必要な中脳辺縁系をハイジャックする)」だ。

 

解説と考察

この研究ではコカインとモルフィネに対する中毒について調べているが、原理は同じであること、モルフィネの場合少し複雑な回路になるので、今日はコカイン中毒の結果に絞って紹介する。

 

この研究で着目したのは、コカイン中毒に陥ると、正常の食欲や渇きが欠損してしまうという現象で、中毒により正常の報酬/快楽回路が傷害されていることを強く示唆する。事実マウスにコカインを投与すると、空腹時の食欲が強く抑制される。このとき活動する神経領域を調べると、報酬回路の中心でドーパミンを放出することで知られる側座核に反応が見られ、この神経細胞を特異的に抑制すると、コカインによる食欲抑制を抑えることができる。

 

側座核で、コカイン投与時に興奮する細胞を、空腹時に興奮する細胞と比較すると、コカインだけに反応する細胞はほんの少しで、ほとんどが食欲により興奮する側座各細胞とオーバーラップしている。また同じ細胞も、コカイン刺激の方が強い反応を示す。以上のことから、コカイン投与で正常の食欲が失われるのは、食という基本的なホメオスターシスに関わる快楽細胞がコカイン刺激でハイジャックされ正常反応が消失するためであることがわかった。

 

この領域にはドーパミンに反応する2種類の受容体D1とD2発現神経が存在し、食欲には両方関わっているが、D1は快楽の方、D2は嫌悪の方に関わる。コカインに対する反応を見ると、快楽に関わるD1の方が強く刺激され、D2の方の反応は低いことがわかった。

 

このコカイン反応性D1神経は、繰り返す投与で閾値が変化し、コカインをやめた後もコカインにより感受性が高く、正常の食欲には反応しなくなる。このときの神経変化に関わる分子回路を探索するため、コカインに反応した細胞を Fos 発現で特定し、これが発現している遺伝子を探索し、コカインでも、モルフィネでも同様に発現が上昇する分子として、GTP結合分子で mTOR のリン酸化に関わる Rheb分子を特定する。

 

最後に、この分子を D1神経でノックアウトすると、コカイン刺激により誘導される多くの遺伝子の発現が抑えられ、同時にコカイン刺激による食欲の抑制が起こらなくなった。

 

まとめと感想

以上が結果で、コカインと食欲で同じ快楽細胞が働いているため、コカインの強い刺激が正常報酬/快楽回路を狂わすのが薬物依存症のメカニズムであることが示された。おそらくギャンブル依存症も同じことだが、おそらくギャンブル依存症のマウスを作成するのは難しそうだ。ギャンブルで食欲が落ちるのか、是非知りたいところだ。

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著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

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