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みなさんこんにちは! サイエンスライターな妖精の彩恵りりだよ!
今回の解説の主題は、「トリウム229」という原子核が、光と共鳴する正確な条件を突き止めた、というお話だよ。この条件は「原子核時計」という、新しい時計を作るのに欠かせないことなんだよね。
なんだかピンとこない、というのが正直かもだけど、確かにこの辺は基礎研究全般が難しいというイメージと関連しているから仕方ないかもね。
なので私も、まずは今回の研究成果について内容を説明し、その後に歴史的な背景や用語について説明するという、いつもと逆のスタイルで解説を書いていくよ!
CONTENTS
今回の成果は、ドイツ連邦物理技術研究所 (Physikalisch-Technische Bundesanstalt) が主導する国際研究チームによって行われた、ある実験に関する内容だよ。
実験では、微量のトリウム229 (229Th4+) を混合した合成蛍石 (フッ化カルシウム) の結晶を-90℃に冷やした上で紫外線のレーザー光を照射し、トリウム229の原子核と共鳴する正確な周波数を148.3821±0.0005nmと測定したよ。
これは、1976年の初測定から半世紀も課題であった、トリウム229原子核との正確な共鳴波長を求めるという聖杯にようやく手が届いた成果で、直近の成果の800倍も精度が優れているものだよ!
今回の成果は、実用化には課題がまだまだあるけど、現状のどの時計より正確で、かつ安定性の高い「原子核時計」を作るための大きな一歩という点で、ものすごく重要なステップとなる発見だよ!
さて、いきなり成果から解説を始めたわけで、これだけでこの研究の重要さが分かる人もいるだろうけど、正直ピンと来ない、って人の方が大半だと思うのよね。もちろんそこも解説するよ。
そもそもこの研究には、最終目標として原子核時計というのがある訳だけど、時計という単語があるように、まさに「時間」を測るという、とても根源的で重要な物理量の測定に関わっているんだよね。
時間を計る方法は色々あるけど、周期的に繰り返すものを計測する、というのは昔から一貫しているよ。それは太陽の動き、振り子、電圧をかけた石英結晶となり、現在では原子の周期を利用した「原子時計」に繋がっているよ。
原子時計は大雑把に言えば、原子と光の共鳴という "振り子" を元に時間を計測するよ。[注1]光は波長で分類されるけど、これは周波数とイコールであり、周波数は一定時間に何回という単位だから、逆算で時間が分かるというわけだね!
原子と光の共鳴を使うのは、この関係性が非常にシビアで、ほんのちょっと波長がズレるだけでもアウトという点だよ。裏を返せば、極めて精密に周波数を決定できるということで、時間を精密に測れることに繋がるよ!
現在、社会において1秒を決定する基準となっている原子時計は、セシウム133 (133Cs) という原子に対し、1秒間に正確に91億9263万1770回振動する光 (μ波) を当てる、という方法で時間を計っているよ。[注2]
これにより、精度は10-15の誤差、言い換えれば3000万年に1秒のズレという、恐竜の時代から使っても数秒しか狂わないという高精度な時計を作ることが可能になるんだよ!
原子時計の弱点や不正確性を改善するために、近年研究されているのが「光格子時計」だよ。ただ、最新の科学研究ではこの精度ですら不十分な場面があり、また原子を使うという点が変わってない以上、弱点も共通しちゃってるんだよね……。 (画像引用元番号①⑤⑥)
しかし、最先端の科学では、この精度ですら不十分となっているよ。大きな理由は、原子時計に使われる原子がフラフラ動くことにより、これ以上正確に光の周波数を決定できないという問題なんだよね。
これは、動いている物体を写真にとってもボヤけてしまうようなもので、現在の原子時計では原子を気体にして使う以上、フラフラどころかかなりの高速で動くことを避けられないんだよね。
ならば、どうにか工夫して原子の動きを止めてしまえばより正確に測れるよね?ということで現在は「光格子時計」という、原子時計の改良バージョンの研究が進んでいるよ。
光格子時計の原理は難しいけど、「光で原子を閉じ込めて動かないようにする」という点さえ覚えてくれればいいよ。[注3]この方法で、最新のものでは精度が10-18の誤差、300億年に1秒のズレという精度まで改善しているよ!
宇宙誕生から現在までが138億年なので、光格子時計を使えば、宇宙誕生から今までの時間を0.5秒以内の誤差で測れるということだね!なんだかものすごいよね!
それだけでなく、光格子時計は精密すぎるので、例えば相対性理論で予言されている時間の遅れも相当シビアに測れるよ。例えば歩く程度の速さとか1cmの高度差による重力の変化とか、それによる時間の遅れも測ることができるんだよね!
原子を使った時計が安定性に欠けるなら、もっと安定な原子核を使えばいいじゃないか!って発想のもとに考案されたのが「原子核時計」だよ。ただ、当初はそもそも原理的に作成可能かどうかすら分からず、そして候補物質としてトリウム229が見つかった後も、実に半世紀かかる難題に取り組むことになってしまったよ! (画像引用元番号①)
ただ、原子時計の改良版である光格子時計でも、根本的には原子を使っているという点は共通で変更できないので、これが誤差をこれ以上小さくできない問題と結びついているんだよね。
原子を使う問題点は、環境中に存在するノイズ、特に磁場で動いてしまうという点なんだよね。原子時計や光格子時計ほど精密な世界だと、シールドでも遮断できないわずかな磁場が大きな狂いの原因となってしまうよ。
目に見えないほど小さな原子でも、これほど繊細な世界では十分に "大きい" んだよね。なら、もっと小さなものを使えば、より外部磁場の影響を受けにくい、ということになるよね?
その "小さい" ものの候補は、どの原子にも存在する「原子核」だよ。原子核は原子全体の99%以上の質量を占めながら、原子そのものの数万分の1、野球場に置いた1円玉くらい小さなサイズに収まっているよ!
だから、原子の代わりに原子核を共鳴の基準とすれば、原子時計や光格子時計よりさらに数万倍も外部磁場に対して安定する時計が作れるようになるよ!これが冒頭で挙げた原子核時計というものだよ。
原子核時計は、特定の周波数の光に共鳴させるという基本原理自体は原子時計や光格子時計とは変わらず、ただ対象が原子から原子核に変わったというものなんだけど、安定性の点から実現に向けて研究が進められてたんだよね。
また、光格子時計は気体状態の原子を動かないようにするためにややこしい設計が必要になるけど、原子核時計は単に固体にすればいいという点で、設計が大幅に簡素化されるのも、スゴく利点となるんだよね。
原子核時計にはこれほど利点があるものだけど、実現が全然できなかったのは、レーザーで原子核を共鳴させるというのが、原子の何万倍も難しかったから、というのがあるんだよね。
そもそも、原子時計が秒の定義に使われるほど実用化した半世紀前の時代では、レーザーで原子核を共鳴させること自体が不可能であり、従って原子核時計も実現不可能だと考えられていたんだよね。理由は必要なエネルギーの高さだよ。
原子の共鳴の場合、可視光線よりずっと弱い光のエネルギーのレーザーでも実現可能だけど、原子核を共鳴させる光のエネルギーはX線やγ線となり、現在ですら精密なレーザーにすることが不可能なエネルギーになってしまうよ。[注4]
しかし、1976年になって大きな発見があったんだよね。冒頭で挙げたトリウム229という原子の原子核は、X線よりはるかにエネルギーが弱いエネルギーでも共鳴するんじゃないか、という可能性がこの時初めて提示されたんだよね。
1990年には、トリウム229原子核は少なくともエネルギー的には紫外線の波長で共鳴するかもしれない、ということが確認されたことで、原子核時計は実際に設計可能かもしれないということで一気に注目が集まったんだよね。
紫外線はX線よりはるかに安定したレーザーにしやすいという利点もあるし、投入する必要のあるエネルギーもガソリンで言えば数百リットルから小さじ1杯になるくらいの差があることも、実現可能性を一気に高めたんだよね。
とはいえ、ここまで条件の良いトリウム229でも、本当に紫外線で共鳴すると分かったのが2016年とつい最近になったくらい、今回の研究の前提に辿り着くのすらかなり苦労があったよ。
これは、高層ビルの屋上からボールを落として、歩道の縁石の上に落ちるまでの時間と、車道に直接落ちるまでの時間をそれぞれ測り、その差から縁石の高さを求めるような、ものすごいシビアな測定が必要だからだよ。
おまけに、今回の実験条件のような場合、トリウム229原子核からの応答は遅くなってしまうので、1回の測定に数時間かかるよ。これもこれで実験が大変になるよね。[注5]
そんな感じなので、そもそもこんな共鳴状態は幻なんじゃないかという悲観的な見方まで出たよ。それでも科学者たちは根気強く測定を重ねることで、徐々に条件を絞り込んだ。それがこの研究の前にあるんだよね。
こうして無数の科学者の努力で、やっと今回の研究の前提が整えられたわけだけど、やっぱりそれでも解決すべき課題が複数あり、そのどれもが難題だったんだよね。
まず、共鳴する候補となる紫外線の周波数=波長のレーザーを生み出すことが技術的に大変だったんだよね。これは複数の波長のレーザーを組み合わせて目的の波長のレーザーを生み出すという、ちょっとトリッキーな方法で解決したよ。
次に大変だったのはノイズを取り除くことだったよ。今回の研究では、トリウム229原子核の位置を固定し、また一度に多くの原子核を測定するために、固体の結晶にトリウム229を含ませる方法を採用しているよ。
ただしこうすると、他の原子が近くにあることや、トリウム229自体が放射性同位体として崩壊することにより、余計な放射やノイズが生じちゃうんだよね。[注6]これは、共鳴したことの実験的証明を得るのを邪魔してしまうよ。
もしも適切な波長のレーザーを当てたことで共鳴した場合、原子核からは適切な応答となる光が出るんだよね。ところが、今回の実験条件ではそれと似たようなノイズが出まくっているんだよね。
そんなノイズだらけの状況で、正確な波長が分かっていないので割り出さなきゃならない……ってなれば、文字通り "干し草の山から針を探す" 作業が必要になってくるんだよね。
最後に、このような実験を行うために必要な合成蛍石を作成し、欠陥のない結晶に成長させる、ということも大変で、研究チームは作成条件を探るのに何年も時間を使ったよ!
今回の研究では最終的に、1つの波長で20回測定する作業を、全部で50通りの波長で行ったよ!また、トリウム232 (232Th) という別の原子核にも同様の条件で計測を行う対照実験も実施したよ。
応答の光の放出には時間がかかり、1回の測定に数時間かけないといけない……ってなれば、どんだけ苦労してやったかが何となく想像がつくよね。
その結果、148.38nmの波長付近でのみ顕著な共鳴が発生することが確認され、最終的に共鳴するレーザーの波長が148.3821±0.0005nmであると絞り込まれたんだよね!実に半世紀をかけて聖杯に手がかかったという感じなんだよね!
今回の研究は、今のところ核物理学の聖杯に手がかかったという感じで、まだ聖杯を手に入れた感じではないよ。最終目標とも言える原子核時計が作られるには、次の課題をクリアしないといけないからね。
今回絞り込まれた共鳴の条件は、確かに今までで一番優れており、とても大事な成果ではあるんだけど、原子核時計として実用化するには、あと数百万倍精度を高めないといけないよ!
そのためには、現状ではトリッキーな方法で生成している紫外線レーザーを、もっとダイレクトに生成し、細かい波長調整をしないといけないんだよね。この辺がもっと大変で、まだもう少し時間がかかりそうなんだよね。
それでも、今回の発見は今までの苦労からするとずいぶんと大きな進展で、原子核時計を実用化するための大きな一歩を踏んだのは間違いないんだよね。だから今回の研究成果は、難しいながらも大変重要なニュースだよ!
もし原子核時計が実現した場合、その精度は10-19の誤差、又は3000億年に1秒の誤差ということで、現状の光格子時計の10倍程度精度が良くなるけど、むしろ重要なのは数万倍の安定性と、原子核を使っていること自体になるよ。
原子核時計は外部磁場などに強くなるので、固体材料を時計に使うという、今までできなかったことが可能になるよ!これにより、装置が簡素化されたり小型化するので、今まで設置が難しかった場所にも設置できるようになるよ。
例えばGPS衛星には小型の原子時計があるけど、小型な分精度が低いんだよね。小型の原子核時計が設置できるようになれば、例えば宇宙で精密な実験を行う人工衛星にも応用する幅が広がるようになるはずだよ!
また、原子核時計は原子核を使うことにより、原子核を結合させる力「強い相互作用」[注7]に敏感になるんだよね。これは宇宙で最も強い力だけど、同時に謎も多く、核物理学や素粒子物理学における課題になってるよ。
原子核時計を使うと、強い相互作用を伴う物理現象を敏感に測れるようになるので、今まで捉えることのできなかった繊細な物理現象や、予想されているけど未知である物理現象を捉えることができるようになるはずだよ。
例えば「物理定数は本当に "定数" か」[注8]「標準模型を超える未知の素粒子の探索」[注9]「暗黒物質の探索」[注10]など、詳しい解説は注釈に譲るけど、どれも証明されればノーベル賞ものの実験もできるようになるんだよね!
原子核時計は、社会を成り立たせるために重要な時間を決定するのみならず、物理学を発展させ、宇宙の見方を根本的に変えるような重要な発見を見せてくれるかもしれないよ!
[注1] 原子と光の共鳴
ここで言う共鳴とは、原子時計の場合には原子、原子核時計の場合は原子核が、基底状態から励起状態へと変化することを指します。原子核の場合には励起状態を「核異性体」と表現し、トリウム229の場合にはトリウム299m (299mTh) となります。本文に戻る
[注2] 秒の定義
現在の秒の定義は「秒 (記号はs) は、時間のSI単位であり、セシウム周波数∆νCs、すなわち、セシウム133原子の摂動を受けない基底状態の超微細構造遷移周波数を単位Hz (s−1に等しい) で表したときに、その数値を9192631770と定めることによって定義される。」というもの。なおより正確には、国際単位系国際文書のフランス語版が唯一の正式な文章となる。本文に戻る
[注3] 光格子時計の原理
複数本のレーザーを干渉させると、原子が安定して入り込む光格子が生じる。原子を光格子の中に入れることで移動速度を低下させ、かつ密度を上げたものを光格子時計と呼ぶ。本文に戻る
[注4] 原子核を励起させるレーザーのエネルギー
トリウム229の発見以前は、励起するエネルギーが小さいスカンジウム45が候補として挙げられていました。しかしそれでも、安定した強力なX線レーザーが必要であり、近年ようやく実現したエネルギーレベルです。また、X線を安定した波長でレーザーとするには、非常に大型の装置が必要であり、不可能ではないにしても実用化には大きな課題となります。本文に戻る
[注5] トリウム229の励起状態から基底状態への壊変時間
イオン化していないトリウム229の基底状態へ壊変する半減期は7±1µ秒ですが、イオン状態や他の原子の存在で、この長さは大幅に変化することが知られています。今回の実験では半減期が630±15秒と測定され、これは理論的予測とよく一致します。本文に戻る
[注6] トリウム229の崩壊
基底状態のトリウム229の半減期は7916±17年と測定されています。本文に戻る
[注7] 強い相互作用
原子核の構成要素のうち、陽子はプラスの電荷を持っており、電磁相互作用で強く反発します。原子核が安定して存在することから、電磁相互作用よりずっと強力な力でつなぎ留められている、という予測の下で考案されたのが強い相互作用です。原子核内部を精密に測定することの難しさにより、その実体はよくわかっていません。本文に戻る
[注8] 物理定数は本当に "定数" か
物理定数はその名の通り定数であり、値は変化しないというのが現在の主流な見方です。それに対して、宇宙誕生から今までに物理定数は変化したのではないか?という予測もあります。現在のところ、物理定数の変化が仮にあるとしても極めて小さな変化であるため、高エネルギーな環境である原子核内部での物理定数を測定・比較することが検討されています。原子核時計は原子核の状態に敏感であり、時間の計測を通じて物理定数の小さな値を測定できる可能性があります。本文に戻る
[注9] 標準模型を超える未知の素粒子の探索
現在の物理学で予測されている素粒子は「標準模型」という理論で予測されており、現在では全ての素粒子が理論通りに発見されています。一方で標準模型には重力がないなど、現実の世界を正確に記述していないことも分かっており、標準模型を超える理論の構築は必須です。どのような理論になるかは現在のところ不明ですが、いずれにしても素粒子の数が増えることは確実であり、そのうちのいくつかは強い相互作用と関係性があります。このため、原子核時計を通じて探索が可能かもしれません。本文に戻る
[注10] 暗黒物質の探索
宇宙を観測すると、電磁波では決して観測できないものの、重力では存在が示唆される未知の物質があることが分かります。これを「暗黒物質」と呼びます。暗黒物質の正体も無数の候補があり、絞り込まれていませんが、その一部は強い相互作用と関連性があると考えられています。このため、原子核時計を通じて探索が可能かもしれません。本文に戻る
<原著論文>
<参考文献>
<関連研究>
<画像引用元の情報> (必要に応じてトリミングを行ったり、文字や図表を書き加えている場合がある)