ウシマンボウ発見伝Ⅲ~そして三代目へ…~

2023.09.05

 本記事はウシマンボウ発見伝三部作の第3回目である。これまでの記事を読んでいない方は、先にそちらを読んでいただけると嬉しい。

これまでの記事:

マンボウ発見伝~初代研究者~

マンボウ発見伝Ⅱ~二代目研究者~

 

 

 

 

 

 ウシマンボウが種として認知されたのは2009年からだった。その時、遺伝的に分かれたマンボウ属3種はそれぞれ、A種、B種、C種と仮称が付けられており、このうち、A種とB種が日本近海に出現することがわかっていた。私が広島大学でマンボウ研究者3代目としてスタートしたのはこの時点からだった――。

 

 

標準和名の提唱

マンボウ属A種、マンボウ属B種と呼ぶのは不便なので、2010年にA種にウシマンボウという新標準和名を与え、B種に従来日本で使われてきたマンボウの標準和名を当てた。

 

  • A種は、東北の漁師が形態的にこの種をマンボウと識別して『ウシマンボウ』と呼び分けていたことから
  • B種は、この種が日本近海での漁獲頻度が高く分布域も広いことから、従来より『マンボウ』と呼ばれていた種はこの種を指していた場合が多かったと推測された

 

上記がそれぞれの標準和名の理由である。C種については、日本での出現が確認できないことから、この時点では新標準和名を提唱しなかった。

 

 ウシマンボウの標準和名を提唱したからには、学名を特定するところまでやらなければならない。何故なら、学名を特定せず、標準和名だけを付けることは業界的にご法度だからである。

 

 ウシマンボウの学名を特定するためには、マンボウ属の分類学的再検討を行わねばならず、結局は遺伝的に分かれた他のマンボウ属2種の学名も特定しなければならないことになる。その道のりは簡単ではなかった。

 

 

出現水温に関する調査

 相良さん、吉田さんのデータを引き継いだものの、ウシマンボウの情報が圧倒的に不足していた。自分でも新たにサンプルを取る必要があり、吉田さんのメインフィールドの岩手に私も行くことになった。そこではウシマンボウのデータはほとんど取れなかったが、代わりに比較対象となるマンボウのデータをたくさん取ることができた。

 

 東北におけるウシマンボウとマンボウの出現水温を比較すると、ウシマンボウの方がマンボウより高いことが分かった。これは吉田さんが推測したより南方にいけばウシマンボウの小型個体がいるのではないかという仮説を支持する結果である。

 

 また、様々な体サイズが得られたマンボウの成長と出現水温の関係を見てみると、大型個体になるにつれ低い水温を好む傾向が見られた。これがもしウシマンボウにも当てはまると考えると、東北に出現する個体は全長2 m 以上の大型個体ばかりなので、より南方にいくほど小型個体がいるという推測にも繋がる。修士課程は日本のみでデータを取っていたが、ウシマンボウの学名を特定するためには、海外に行く必要が出てきた。

 

 紆余曲折あって、博士課程に進学した私は、助成金に応募し、当選できた年は海外にサンプリングに出かけるようにした。台湾に行くと、日本よりウシマンボウの漁獲率が増加することがわかった。水温から推測された仮説通りの結果だった。

 

海外研究者との情報交換、マリアンとの出会い

 海外研究者ともメールでやり取りするようになり、様々なウシマンボウの情報を得られるようになった。一番良かったのは、当時オーストラリアのマードック大学の博士課程の学生だったマリアン・ナイエガードさんとの出会いだった。マリアンはオーストラリア・ニュージーランド海域のマンボウ類のDNA解析をメインに研究しており、私の知りたかった南半球の情報を知ることができた。

 

 お互いに情報交換していくうちに、一緒にマンボウ属3種の学名を特定しようという流れになり、私がウシマンボウとマンボウを、マリアンがC種(後のカクレマンボウ)をメインに論文を書くことになった。

 

 博士課程の新たな発見として、ウシマンボウは他のマンボウ属2種と鱗の形状が異なることがわかり、またウシマンボウの小型個体は頭部も下顎下も隆起しておらず、成長と共に隆起していくこともわかった(マンボウ類の外観的な識別方法は過去の記事を参照して欲しい)。日本では西日本や日本海でもウシマンボウが発見され、吉田さんの回遊仮説を見直す必要があることが分かった。海外では地中海でもウシマンボウが発見され、ウシマンボウは南北両半球に広く分布していることが示唆された。

 

 

学名特定へ

 学名を特定するには、過去に提唱された研究対象の分類群のすべての原記載論文を収集し、各文献に書かれている内容を理解する必要がある。世界中から文献を集め、ラテン語をはじめとしたヨーロッパ言語を解読する日々が続いたが、外国語はGoogle翻訳が、文献収集はインターネットアーカイブが大きな役に立った。それでも収集できない文献は、海外の図書館に印刷を申し込んだりした。

 

 また、現存するタイプ標本もすべて調べる必要があった。様々な文献やインターネットの情報を調べた結果、ほとんど失われており、現存するマンボウ属のタイプ標本は、イギリスの大英博物館と、イタリアのボローニャ大学動物学博物館のみであった(※カクレマンボウは我々の研究チームが新たにタイプ標本を指定して、ニュージーランド国立博物館テ・パパ・トンガレワに保存した)。そこで、両方の博物館にタイプ標本の調査に行くと、ゴウシュウマンボウはウシマンボウと同種であることが判明した。

 

 また、ボローニャ大学のタイプ標本を調べに行った時、階段の踊り場に飾られているマンボウ属の剥製が、Ranzaniの提唱したウシマンボウと思われるタイプ標本であることが発覚し、思わぬ再発見となった。Ranzaniのウシマンボウのタイプ標本は、大英博物館のゴウシュウマンボウのタイプ標本より古いので、より古い方の学名が採用され、日本では普及率に合わせて和名はウシマンボウを採用した。

 

 世界的な分布域、タイプ標本の形態調査、原記載論文の再検討、遺伝的に分かれた種の形態など様々な要因がすべて繋がり、ウシマンボウの学名は2017年に Mola alexandrini であることが特定できた。論文を出した時は既に博士課程を修了し、研究所で働いていた時代だったが、働きながらもコツコツと論文を進めていて本当に良かったと感じた。マンボウとC種(カクレマンボウ)の学名も同年に決めることができ、2017年はマンボウ属の分類が大きく進展する年となった。

 

 相良さんの2005年の発見から吉田さんを経由して、私が学名を特定するまで実に12年が過ぎていた。ウシマンボウは結局新種ではなかったが、マンボウの近縁種として明確に存在することを示すことができたのは非常に良かったと思っている。

 

 この先もウシマンボウの学名が変わる可能性はあるだろうが、学名は何であれ、種としては存在することが遺伝的にも形態的にも証明されたので、ウシマンボウの研究に大きく貢献できたと思っている。12年分の話を詳細に語れば、まだまだ細かいことを語ることができるが、それはまた別の機会にしよう。

 

 

ウシマンボウの発見伝は、大学院生3人のバトンタッチが繋がってできたことを覚えておいていただければ嬉しい限りである。

 

 

今日の一首

 ウシマンボウ
  学名特定
   12年
    大学院生
     繋がる成果

 

【著者情報】澤井 悦郎

海とくらしの史料館の「特任マンボウ研究員」である牛マンボウ博士。この連載は、マンボウ類だけを研究し続けていつまで生きられるかを問うた男の、マンボウへの愛を綴る科学エッセイである。

このライターの記事一覧

参考文献

山野上祐介・馬渕浩司・澤井悦郎・坂井陽一・橋本博明・西田睦.2010.マルチプレックスPCR法を用いた日本産マンボウ属2種のミトコンドリアDNAの簡易識別法.魚類学雑誌,57: 27-34.

澤井悦郎・山野上祐介・吉田有貴子・坂井陽一・橋本博明.2011.東北・三陸沿岸域におけるマンボウ属2種の出現状況と水温の関係.魚類学雑誌,58: 181-187. 

澤井悦郎.2017.マンボウのひみつ.岩波書店.東京,208pp.

Sawai E, Yamanoue Y, Nyegaard M, Sakai Y. 2018. Redescription of the bump-head sunfish Mola alexandrini (Ranzani 1839), senior synonym of Mola ramsayi (Giglioli 1883), with designation of a neotype for Mola mola (Linnaeus 1758) (Tetraodontiformes: Molidae). Ichthyological Research, 65: 142-160.