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下関市立しものせき水族館(海響館)は、山口県下関市にあるフグ目魚類の展示種数世界一を誇る水族館である。 海響館では現在、マンボウをテーマにした企画展「真・マンボウ展~マンボウにカンドウ~」が行われている(企画展の期間は2024年7月6日~10月27日まで)。企画展の中でも、大きな目玉となるのが、今回裏話をする巨大マンボウの模型である。
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私はマンボウ研究者であり海響館の方にも知り合いがいたため、今回の企画展を行うにあたり協力依頼が来ていた。この企画展の話は2023年11月上旬にフラグが立てられ、その後しばらく音沙汰が無かったのでどうするのかな?と思っていたら、年が明け、2024年の新年度に入ってから本格的に始動し始めた。
さて、今回の主役・巨大マンボウの模型であるが、この模型は私が形態の監修をさせてもらい、典型的なマンボウらしいマンボウに仕上げてもらった。かなり気合が入っている(お金的にも)。このマンボウの模型製作は、海響館さんが私と模型製作会社であるアダピス(Adapis) さんの双方に連絡を取りながら、進めていく形となった。
アダピスさんは博物館などの模型を専門に製作している会社で、私は初めて知った時、そんな会社があるんだ!と驚いた。作られる模型はかなり精巧で、ホームページにある製作実績を見ても、博物館を主とした様々な施設の模型を手掛けていた。
水族館にある生物の模型も結構作られていたようで、見たことのある模型がここで作られていたのか!とまたビックリした。
今回の巨大マンボウ模型の製作は、まず、海響館さんがアダピスさんに作って欲しいマンボウの大まかな形態を依頼し、アダピスさんが作ったミニチュア模型を私が見て、細かい修正を入れ、よりリアルなマンボウの大型個体の形態に近付けていくという流れになった。
話が長くなるためすべてのやり取りをここに書くことはできないが、最初にアダピスさんが作った模型に対して私が修正を入れた資料を以下に載せておこう。最初にアダピスさんが作った模型の時点でかなりクオリティが高かったのだが、せっかく作るならよりリアルな方が良いだろうと思い、とにかく細かい修正点を指示した。これから企画展に行く人は、巨大マンボウ模型のこういうこだわりにも注目して見て頂けると嬉しい。
数回のやり取りを経て、ミニチュア模型が完成し、アダピスさんは6月10日頃から実物大の大型模型の製作に入った。細かい修正点はこの大型模型製作の中でも可能と言われ、海響館さんが2回アダピスさんの工房に直接足を運んで模型を確認するため、私も現地視察に同行する運びとなった。こんな機会でもなければ、模型製作の工房を見学することなんて普通はできない。私は結構ワクワクしていた。
2024年6月22日。1回目の視察。私はアダピスさんの工房に行く前に、京都駅に降りて行きたいところがあった。その場所は……以前の記事でも議論した 「まんぼ焼き」発祥の店とされる山本まんぼである。
奈良県・天理発祥の謎の粉もん「マンボ焼き」を探れ!
マンボウの肉が入っている訳でもないので、まんぼ焼きは直接マンボウとは関係無いのであるが、名前が似ているので、私は気になっていたのであった。まんぼ焼きには、奈良県天理市勾田町にある大隅商店が発祥のルーツとされる説と、この京都にある山本まんぼがルーツとされる説がある。食事時なので店員に取材的な話はできなかったが、せめて山本まんぼの実物は実食しておきたいと思って行ったのだった。山本まんぼはJR京都駅から徒歩5分程度の距離にあり、駅からアクセスしやすい。お店は一度リニューアルしたとのことだ。
早速、中に入ってまんぼ焼き(全部入)を注文した。まるでキャベツの代わりにうどんを入れた広島焼き、というのが私の感想だ。こういう点は大隅商店のマンボ焼きと似ている。普通に美味しかった。大隅商店のマンボ焼きと山本まんぼのまんぼ焼きを両方食べ比べて、確かに作り方に共通点はあるが、別々に発祥した説が支持されるのではないかと私は思った。名前が同じなのは依然として謎のままであるが、似て非なる食べ物という印象を今回受けた。
話が少し逸れてしまったが、さらに電車に乗り、集合場所で海響館さんとアダピスさんと合流し、アダピスさんの工房に向かった。到着したこちらがアダピスさんの工房。道路沿いにある。巨大な模型を運びやすいからだろうか?
しかし、中に入らせて頂くと……いきなりデーンと大きな作りかけの模型が私を出迎えてくれた。
デカい。これは発泡スチロールでできているのだという。先に作ったミニチュア模型を参考にして、大きな四角い発砲スチロールを削り、複数の削った発砲スチロールを組み合わせたものが現在の状態。
てっきり、3Dプリンターで出力するものかと思いきや、手作業で巨大な発砲スチロールを削ってこの形状に削ったのだという。匠の職人技過ぎる!!特に体の横にある体表の盛り上がったシワの再現度が神懸っている!かなりクオリティが高い。ここから修正をして、反対側も同じように削って型を取り、最終的には繊維強化プラスチック(FRP)で作るのだという。
職員の方に細かい形態のことを聞かれたので、私はどうすればいいのかをアドバイスした。目の前で模型が改良されていくのを見て、本当に凄いという言葉しか出なかった。下の写真は体のシワを反対側に転写する作業。ビニールに大まかな点をペンで付け、そのビニールを反対側に垂らして点の付けた部分を残すように削っていく……完全に個人の培った経験と勘によって手作業で作られている。私はこういう立体作品を作るのが苦手なので、感嘆の声しか出なかった。
基本的に納品時にすべて取引先に渡してしまうので、過去のこういう大きな模型は工房に残っていないとのことだった。ただ、ミニチュア模型はいくつか残しているものがあり、見せて頂いた。どれもリアルに作られていて素晴らしい。
アダピスさん自体は、生物だけでなく、ジオラマから人物まで幅広い様々な模型を作られている。また、趣味でパラグライダーのアート作品を作ってコンテストに出品し、数々の賞も受賞されていた。いやー、本当に見事である。私も創作意欲が刺激されたが、この匠の領域には到達できないと感じた。
2024年7月3日。2回目の視察。この日は繊維強化プラスチックで作られたほぼ完成状態のマンボウ模型の最終チェックを行った。
そう言えば「剥製」と「模型」の違いを言っていなかったが、「剥製」は実際の生き物の体のパーツを使っているのに対し、「模型」は実際の生き物の体のパーツは使わずに作っている(例えばプラスチックなど)。
到着すると、すぐにマンボウの模型が出迎えてくれた!
いやー、もー、パッと見ただけでニヤリとできるような素晴らしい完成度だった。おそらく国内でこの模型ほど、マンボウの実物を忠実に再現した模型は無いだろう。事前に作られたミニチュア模型と並べてみると、そのサイズ感の違いと再現度の高さがよく分かることと思われる。
この繊維強化プラスチック版の模型は、前回確認した発泡スチロール版の模型を鋳型に型取りして作られている。下の写真が繊維強化プラスチック用に発泡スチロールを型取った鋳型。表皮の盛り上がったシワがマンボウの模型であることを示している。
この模型は、施設内で展示しやすいように背鰭の部分が着脱できるようになっている。マンボウは全長より全高の方が長いので、ある程度高さに余裕が無いとこの模型は展示できない。ちなみにこの模型は、全長250cm、全高275cmで作られている。
外観的にはほぼ完璧な仕上がりであったが、さらに細かい点で、下顎下の骨板の色を体色と同じ色に修正して頂いたり、帯状部と鰓蓋の部位をつるつるな手触りにしてもらったり(下の写真は帯状部がツルツルになるようにヤスリで研磨している)と、可能な限り実物のマンボウに近い形態の再現にこだわって微修正していただいた。
マンボウの大部分の体表は触るとザラザラしているのであるが、この模型も触るとザラザラしているようになっていて、見ただけでは分からない部分にもこだわりを入れてもらっている。
アダピスさんによると、通常このサイズの大型模型の製作は2ヶ月ほどかかるとの話だったが、今回は諸々の事情でタイトなスケジュールとなり、およそ1ヶ月で作られた(ミニチュア模型の製作を含めても模型製作に取り掛かってから完成まで50日程)。
近くで見ると傷があったりして確かに粗いところもあるのだが、全く目立たないので問題無いだろう。むしろそんな短期間でこんな完成度が高いものを作られたことに驚きしかない。海響館さんも大満足の仕上がりだった。
マンボウの大型模型の完成記念に、写真をパシャリ。
依頼者の海響館さん(中央)、制作者のアダピスさん(右)、監修者の私(左)の3人
再度繰り返すが、このこだわりまくったマンボウの模型は2024年7月6日~10月27日まで、海響館の企画展で展示されている。是非、この記事で裏話を読まれた方は、現地でここに書いたこだわりポイントも含めてじっくり模型を観察してみて欲しい。
マンボウの
巨大模型や
アダピスの
匠の技で
再現度高し
参考文献
澤井悦郎.2021.写真に基づく三重県初記録のウシマンボウ,およびマンボウ属の新たな分類形質.Ichthy, Natural History of Fishes of Japan, 8: 31-36.