奈良県・天理発祥の謎の粉もん「マンボ焼き」を探れ!

2023.08.03

 私の住む奈良県には海が無い! 海が無ければ当然ながら海産魚類であるマンボウはいない。だから、奈良県とマンボウを結び付ける知見を、私は今のところ知らない。

しかし、人類の歴史は長い。

――もしかしたらマンボウが奈良県に運ばれてきたというエピソードが古文献にはあるかもしれない。そう思って、奈良県とマンボウについてインターネット上で検索しまくったことがあった。結果として、その時も奈良県とマンボウを結び付ける知見は得られなかった。しかし、「マンボ焼き」なる食べ物が奈良県のごく一部の地域の飲食店で食べられていることを知った。

マンボウではないが、響きが近い……。

これは奈良県に住むマンボウ研究者として一度食べに行かねばならない!! そして、2023年6月29日。ついにその時がやって来た。朝起きて、ふとマンボ焼きを食べに行こうと思い立ったのだ。

 

 

どこで食べられるのか?

 インターネット上で調べた限り、奈良県でマンボ焼きが食べられる店は以下の4店舗のようだ。

 

天理市勾田町

 

奈良市古市町

 

何故か天理市勾田町に多い。Google地図で調べると自転車で2時間ほど漕げば着く距離だったので、ダイエットがてら自転車で行くことにした。特に何も考えず、マンボ焼きが食べられたらいいやと思って選んだのが「大隅商店」だった。大隅商店は普通の住宅地にあった。

 



 店を前にして少し感動する。本当にマンボ焼きって書いている……こんな店が奈良県にあったなんて、今まで知らなかったよ。中に入って、店のメニューを見ると、「マンボ焼き」、「モダン焼き」、「お好み焼き」、「洋食焼き」が区別されている。マンボ焼きはお好み焼きじゃない、マンボ焼きはマンボ焼きなのだ!! 

 

マンボ焼き、実食

 早速、注文してみた。店内には地元住民と思われる人達がいて少し待ったが、できあがったものがこちらである。

 

 

 広島風お好み焼きほど薄く伸ばしていない生地に、ホルモン、キャベツ(広島風お好み焼きより少ない)、紅ショウガ、天カス、ネギ、中華そばを混ぜて炒めたものを乗せてさらに生地を掛けて固め、一番上に半熟玉子を重ね合わせたもの。これがマンボ焼きだ! 当然ながらマンボウは具材として入っていなかった。この後は、鉄板の上で、自分好みでウスターソース、とんかつソース、カツオ節粉、青ノリ、オプションで追加したマヨネーズを掛けて完成だ。

 

 食べた感じ、もちっとした焼きそばが印象的で、モダン焼きに近い感じがした。普通に美味しい。コテで一部を切り取った断面はこんな感じ。

 

 やはりモダン焼きに近い。本当は他のものも食べようと考えていたが、サイズ大を頼んでお腹いっぱいになってしまった。気になっていたマンボ焼きを食べることができ、とても満足であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

これではただの食レポだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 マンボ焼きとは一体何者なのか? 粉もん好きの関西人としてそのルーツを知りたい。家に帰って文献を調べてみたが、マンボ焼きでヒットする文献は見付からなかった。書籍まで調べれば見つかる気もするが、論文単体ではないのかもしれない……? やはり地域色の強いマイナーな食べ物なのだろうか?

 

調査してみる~まんぼ焼きとマンボ焼き~

 ネットで検索してみると、マンボ焼きは京都特有のお好み焼きだと書かれているものが多かった。中でも、京都駅から徒歩数分圏内にある「山本まんぼ」(1948年創業)という店は、まんぼ焼き発祥の店だとされている。こちらは平仮名で「まんぼ焼き」と書くようだ。

山本まんぼのまんぼ焼きと大隅商店のマンボ焼きだが、作り方は似ているものの、具材に刻んだ沢庵を加えたり、最後に卵の周りに青ネギを掛けるなど、異なる点も確認される。

 

 山本まんぼの「まんぼ焼き」の名前の由来だが、

  • マンボウみたいに大きいからという説
  • 形がマンボウに似ているからという説
  • これを食べた客があまりの美味さに思わず「う〜マンボ!」と叫んだところから取ったという説
  • 創業当時流行っていた「う〜マンボ!」のマンボNo.5から取ったという説

 

など諸説があり、由来は定かではないらしい。意外にも魚のマンボウが関連している説があったのは驚いた。

しかし、マンボNo.5が日本で流行ったのは1940年代後半から1950年代にかけてである一方、マンボウの存在が日本で一般に知れ渡ったのは北杜夫氏が出版したエッセイ本「どくとるマンボウ航海記」が出版された1960年以降である。

山本まんぼの創業者が創業時にマンボウのことを知っていた可能性もあるが、マンボNo.5とマンボウが一般化した年代的に考えると、マンボNo.5の方が創業時に流行したタイミングと合うので、マンボNo.5から取られた可能性が高いように思う。それにマンボウから名前を取っていたとしたら、「マンボ焼き」になっていたはずだ。

 

 一方、いくつかのウェブサイトでは、大隅商店のマンボ焼きこそが元祖マンボ焼きで、京都のまんぼ焼きはこの店から派生したものだと書かれている。

 

COCO HOLE WANT WANT! - 元祖マンボ焼 / 大隅 / 天理
https://jellyb.exblog.jp/24519150/

奈良グルメ図鑑 - 大隅商店
https://nara-gourmet.com/oosumisyouten/

全国イイ味ハマル味 - 「天理まんぼ焼き その2」
https://e-aji.blog.jp/archives/65944564.html

 

 私が大隅商店に食べに行った時は店が一番忙しいお昼時だったので、店主に直接マンボ焼きの由来は聞けなかったのだが、2019年に書かれたブログ「全国イイ味ハマル味」には店主に名の由来を聞いた話があった。店主が小学生だった時に、母親と一緒に大阪のモダン焼きに対抗する名物としてマンボウ焼きを考案し、当時流行っていたラテン音楽のマンボが好きだったことからその名を付けたと書かれている。

 

大熊商店の店主に電話取材

 これに関して、私は2023年7月8日に、大隅商店の店主に改めて電話で話を伺った。店主は現在72歳で、中学生の時、母親と一緒にマンボ焼きを考案したと言っていた。中学生の年齢は大体13~15歳に該当するので、現在から逆算すると、大隅商店がマンボ焼きを考案したのは1964~1966年となる。となると、山本まんぼのまんぼ焼きの方が古いことになる。

 

 大隅商店の店主は山本まんぼにも数十年前に食べに行ったことがあり、「山本まんぼの方が歴史が古いのなら元祖はそちら」と言っていた。しかし、大隅商店の店主は山本まんぼの存在を知らなかった当時、母親と一緒にマンボ焼きの具材や名称を独自に考えたと明言していたので、こちらはこちらでオリジナルである可能性も高いと思われる。具材が山本まんぼとは異なるのも、母親と一緒に考えたオリジナル商品だからこそではないだろうか?

 

 また、マンボ焼きはモダン焼きに似た作り方で、考案当時ラジオで流行っていて好きだったマンボNo.5など、音楽のマンボから取った名前であると店主は明言した。その理由は、「モダン」に対抗して「マンボ」だと語呂が良いからだと、先述のブログに書いていたことと同じ事を言っていた。マンボ焼きはモダン焼きを独自アレンジした派生形なのだ。大隅商店は少し場所を移転しているが開業当時から天理市内であることは変わらないため、マンボ焼きが天理発祥であることも間違いない。

大隅商店の店主は「どちらが元祖か分からないが、自分達は独自にこのマンボ焼きを考えた。マンボ焼きを作るところがもっと増えたらいいと思っている」と語っていた。

 

店・名称 大隅商店・マンボ焼き 山本まんぼ・まんぼ焼き
発祥地 奈良県天理市 京都府京都市
名の由来 音楽のマンボ(マンボNo.5等) 魚のマンボウ or マンボNo.5?
考案時期 1964年~1966年 1948年?
違い 沢庵が入らず、青ネギを上に掛けない 沢庵が入り、青ネギを上に掛ける
ルーツ 考案時からマンボ焼きを作っている 元々は駄菓子屋と兼業?で、「まんぼ焼き」をいつから作り始めたのか時期が明確ではない

 

 

 最早直接マンボウとは関係ないが、私的には何故マンボ焼きという名称が、京都と奈良で被ったのかが気になってくる。これまでのことを踏まえて、私が考える仮説は2つある。

 

一つ目はそれぞれ独自に粉もんを作り出したが、本当に偶然に名前が被ってしまった説。こういう偶然性の被りは意外にあるものだ。

二つ目は、山本まんぼは創業当時はまんぼ焼きを作っておらず、大隅商店の料理を知って、後から自分のメニューに取り入れ、アレンジした説。作り方や具材が異なるが似ている点もあること、山本まんぼは元々駄菓子屋から始まったと書かれた記事があること、が理由として挙げられる。

 

偶然2つの独自の作り方の名前が被っただけか、大隅商店のマンボ焼きが山本まんぼに取り入れられたのか、はたまた別の理由か・・・。また機会があれば、山本まんぼの方にも話を聞きたいところだ。皆さんはどう思うだろうか?

もし読者の中でマンボ焼きのルーツに詳しい人がいたら教えて欲しい!

 

~今日の一首~
 マンボ焼き
  京都と奈良で
   食べられる
    独自派生した
     ローカル粉もん

【著者情報】澤井 悦郎

海とくらしの史料館の「特任マンボウ研究員」である牛マンボウ博士。この連載は、マンボウ類だけを研究し続けていつまで生きられるかを問うた男の、マンボウへの愛を綴る科学エッセイである。

このライターの記事一覧

参考文献

澤井悦郎.2017.マンボウのひみつ.岩波書店.東京,208pp.

野間口隆郎.2022.神戸の街とお好み焼きの関係性についての考察:サード・マザー・キッチンという視点から.都市と社会,6: 100-107.