ローカルおせち料理「棒鱈煮」に関する豆知識

2025.01.02

 

正月と言えば、おせち料理! 

皆さんもおせち料理を食べたのではないだろうか? おせち料理には、今年一年が良い年になるようにと願いを込めた海産物が色々入っている。私はこれまで、おせち料理に入っている海産物の豆知識として、「数の子」 や「田作り」 について過去にお話ししてきた。今年は「棒鱈煮」に注目して少し話をしたい。

 

「棒鱈煮」はもともと山形県の郷土料理

本題に入る前に少し小話を。株式会社紀文食品は毎年11月頃に、正月やおせち料理に関するアンケートやトピックをまとめた情報を公表している。「2025年 紀文・お正月百科」を見てみると……2024年1月5日~10日にかけて、全国の20代~60代の既婚女性7,015人を対象にインターネット上で実施されたアンケート調査では、好きなおせち料理ランキング1位は「お雑煮」、2位は「栗きんとん」、3位は「黒豆」であった。私が今回お話しする棒鱈煮は……残念ながらランキングに載っていなかった(涙)。

しかし、「2025年 紀文・お正月百科」には、京都府の代表的な伝統おせち料理の一品として棒鱈煮が載っていたが…さらに調べてみると、この棒鱈煮は農林水産省の伝統食のホームページでは山形県内陸部に伝わる郷土料理として紹介されていた。山形県内陸部では、正月や祭りなどハレの日に棒鱈煮を伝統的に食べるようだ。江戸時代、棒鱈は軽くて扱いやすい乾物で長期保存ができるため、海から遠い山形県の内陸部では重宝され、詳細な経緯は不明だが、一番の得意先は京都だったらしい。その縁で、京都の正月料理にも棒鱈煮が組み込まれる形になったようだ。正月料理の棒鱈煮を巡って、山形と京都の意外な共通点が浮かび上がり、なかなか興味深い。ちなみに、農林水産省の別のページである、うちの郷土料理のコーナーでは、福島県会津若松市の郷土料理として、ほぼ同じ料理である「ぼうたら煮」が紹介されていた。

 

棒鱈煮は鱈の乾物を水で戻して、砂糖、醤油、酒、みりんで柔らかくなるまでじっくり煮込んだ甘辛い料理。ほろほろと崩れる肉が非常に美味しく、私は好きである。私は奈良県に住んでおり、おせち料理に棒鱈煮が入っているのは常識で、近所のスーパーでも年末に当たり前のようにおせち料理コーナーに並んでいるので、それが普通だと今まで思っていたのだが……今回調べてみると、どうも全国的なおせち料理の一品ではないらしい。

棒鱈煮は北陸地方や関西地方で主に食べられているとのこと……伊藤・志垣(2017)にも棒鱈は京都や奈良で伝統的に食されているお節料理と書かれていた。知らなかった。どおりで上述した好きなおせち料理ランキングに入っていない訳だ。美味しいのに!! ちなみに、おせち料理として棒鱈煮を食べる意味は、「たら(鱈)ふく食べられる (=一年間食に困らないように)」との願いが込められているとのことだ。

 

「棒鱈煮」は何の魚なのか?

さて、ローカルなおせち料理であることが判明した棒鱈煮であるが、早速スーパーで売っているものを買って来た。これが棒鱈煮である。既に水に戻して甘辛く煮込まれているので、パックを開けたらすぐに食べることができる。

しかし、ここで気になるのがやはり魚種である。棒鱈煮に使われている魚は一体何なのか? 棒鱈煮の原材料を確認すると、真鱈(アメリカ、日本産)と書かれていた。

単純に鱈と言うと複数の魚種が該当するが、真鱈はタラ目タラ科マダラ属に属するマダラGadus macrocephalusを指すものと思われる。中坊(2013)によると、マダラは日本では北海道~太平洋側は茨城県・日本海側は山口県までに分布し、アメリカではベーリング海~カリフォルニア州のサンタモニカ湾まで分布する。日本とアメリカに分布しているので、原材料の真鱈はマダラで良さそうだ。マダラは鱈という漢字に雪の字が当てられているように、北方の冷たい海域に主に分布している。水温が氷点下から10℃以上の所にも生息しているが、2~4℃が適水温とされている。

マダラと同じように食される魚類として、同属のスケトウダラGadus chalcogrammusが挙げられる。スケトウダラは、以前はマダラと別属に分類されていたが、現在は同じタラ属に入れられている。マダラとスケトウダラの大きな外観的な識別点は、マダラは上顎が下顎より前方に突出することに対し、スケトウダラは逆転して下顎が上顎より前方に突出する。また、マダラは下顎にあるひげが眼の大きさと同じかそれ以上の長さであることに対し、スケトウダラの下顎にあるひげはすごく短く一般的に認知されていない。加えて、マダラは全長1mに達し体の前半部が見るからに太くなっていることに対し、スケトウダラは最大でも全長60cm程度で体の前半部がそれほど太くなっていない。本記事のメインであるマダラの特徴を以下に図示した。

ややこしいのが、スケトウダラも乾燥させた後、棒鱈煮として食される点であるが、インターネット上の話によると、マダラとスケトウダラは肉の味が違うらしい。私は食べ比べたことが無いので分からない……。

 

マダラは水深1000mを超える深場でも確認されているが、一般的には水深150~250mの範囲によく分布している。マダラは水温の低い冬~春は浅い水深に移動し、水温の高い夏~秋は深い水深に移動するなど、季節的な垂直移動をすることが知られている。一方、標識放流調査では放流地点周辺での再捕獲が多くできることから、大きな海域間の水平移動はせず、複数の地域個体群が存在することが報告されている。マダラの成長は海域によって異なり、高緯度(北方)ほど成長は遅いが寿命が長く、低緯度(南方)ほど成長は早いが寿命は短い。このため、マダラの最大体長は海域間であまり変わらない……うまく調整されているというか、不思議なものである。マダラを飼育している水族館は結構少ないようだが、北海道にあるおたる水族館ではマダラとスケトウダラが同じ水槽で飼われているようだ(2024年10月時点)。

 

マダラから作られるローカルおせち料理の棒鱈煮。スーパーで普通に売っているので、かなり先の話になるが年末に該当地域に行くことがあれば是非買ってこの記事のことを思い出してくれたら私は嬉しい。

 

全国で
  食べると思ってた
   棒鱈煮
    ローカルおせち
      マダラが多い?

 

 

【参考文献】

成松庸二.2006.マダラの生活史と繁殖生態―繁殖特性の年変化を中心に―.水産総合研究センター研究報告,別冊4,137-146.

中坊徹次(編).2013.日本産魚類検索 全種の同定 第三版.東海大学出版会,神奈川.

伊藤知子・志垣瞳.2017.正月料理の伝承および喫食状況に関する調査.帝塚山大学現代生活学部紀要,13: 7-15.