神出鬼没の珍魚クサビフグをちょっと食べてみた

2024.04.30

 未知の食べ物ほど好奇心と恐怖心をそそられるものは無い。特にこれから食べようとしているものに、毒があるか否かという情報は非常に重要だ。おそらく昔の人々はそういった情報は何も知らないで、食べられそうなものを手当たり次第食べてきて、数えきれないくらいの人々が犠牲になってきて……現在の有毒生物に関する知識が集積されてきたのだと思われる。現在に集積された知識に感謝だ。

 さて、私はマンボウ研究者である。生物学者たるもの、一度は研究対象を食べておきたいという謎の信念がある。そこで今回は、神出鬼没のクサビフグを2017年に実際に食べてみた話をしたいと思う(念を押すとクサフグではなくクサビフグである)。

毒を持つ?持たない!?謎多きクサビフグ 

マンボウ科魚類はフグ目に属する魚類だ。フグ類と言えば、死に至る毒テトロドトキシンを持つことは有名である。その有毒生物のフグ類を敢えて食する日本人なら一度は聞いたことがある毒素の話だろう。率直に言うと、毒があるとされているものを、リスクを冒してまでわざわざ食べる必要はないと私は思う。

しかしながら、私の場合、マンボウ類は全種食べておきたい。マンボウ科魚類は世界にマンボウ、ウシマンボウ、カクレマンボウ、ヤリマンボウ、クサビフグの5種がおり、このうち3種(マンボウ、ウシマンボウ、ヤリマンボウ)は日本や台湾で食べられている。以前の記事に書いたように、少なくとも毒性検査でマンボウ属はフグ毒を持っていないことが確認されている。大きなくくりではフグの仲間と言えど、マンボウ類は毒の無い食材のようだ。

しかしながら、クサビフグはよく分からない。フグと名は付くものの、マンボウ科の仲間である。マンボウやヤリマンボウが食べられるのであれば、クサビフグも毒を気にせず食べられると思われるが……情報が少ない。インターネットで探したら、沖縄の少年達がビーチで泳いでいたクサビフグを捕まえて食べたというニュースを以前見たことがあったが、今はそのニュースは見付けられなかった。少年達がその後毒に当たった等のニュースは見付からなかったので、問題なく食べられるようだ。

クサビフグはマンボウ科の中で最もよく分からない種だ。日本では特に神出鬼没で、獲れる時は群れ単位で数十個体獲れることがあるが、狙って漁獲できる魚ではない。そして、201753日、私にもクサビフグを食べるチャンスが巡って来た。今、私はこの記事を書いているように生きている。これは私が以前怖がりながらもクサビフグを食べた記録である。

決死の試食会

 知り合いから大きめのクサビフグが獲れたという連絡をもらい、個人的に保存しようと思って実家に送ってもらった。全長46.5 cm。大きさが分かりやすいように実家の猫を召喚した。

 一通り形態調査を行い、標本として保存するのだが、このクサビフグは定置網で漁獲され、そのまま冷凍されたので新鮮な個体なのである(研究は未発表なので詳しい話は内緒)。食べようと思えば食べられる……。この時、沖縄の少年達がクサビフグを食べたニュースを知っていたので多分大丈夫なのだろうとは思っていたが、万が一の可能性もあるなと考えて、内臓から遠い部位を選んでその肉を食べてみることにした。

 魚の標本は左体側を傷付けないように標本として保存するのが一般常識なので、右側の一部をくり抜いて食べることにした。

 胸鰭後ろの部位の表皮を剥がし、ピンセットで肉をつまみながら食べる部分を採取。肉は内側が赤身、外側は白身だった。マンボウと同じ筋肉の構成である。

刺身、寿司、味はいかに・・・

 さて、日本人の魚料理と言えばやっぱり刺身! おそらく寄食ハンターも食べたことが無いと思われるクサビフグの刺身である。ドキドキしながら、わさび+たまり醤油で食べてみた。お味は……冷凍→解凍したからか、やや生臭さがあり、味も表現が難しく、特段美味しいという感じではなかった。クサビフグの肉はマンボウの肉より歯ごたえが無く、マンボウの肉より水分含量が低いように思われた。

 日本人と言えば、刺身の次に食べるのが寿司である! せっかくなので、即席の握り寿司にもしてみた。世にも珍しいクサビフグの寿司である。

 クサビフグ寿司を食べてみたが……やはりご飯に乗せたからと言って味が変わる訳もなく、うーん可もなく不可もなくという感じだった。生で食べるのはイマイチだったのだが、せっかくなので、熱を通してみようと思い、電子レンジでチンしてみた。すると、一般的な白身魚のニオイがして、少し美味しそうな感じがした。食べてみると……あ、これは普通に白身魚だ。美味しい。そう、熱を通した方が美味しかったのだ。マンボウを熱に通した時とはまた違う味。クサビフグは熱を通すとマンボウ科の中で一番美味しいかもしれない。

無事生還はしたものの

 食べた後も特に体調を崩すことは無かったので、クサビフグを食べるのはおそらく大丈夫そうだ。その後、文献上でもクサビフグの食に関する記述が見付かった。阿部(1986[参考]には「クサビフグは食べられるが、肉は赤みが多く、筋っぽい」と書かれていた。今回私は無事だったが、クサビフグの毒性検査はちゃんと行われていないので、決して真似をしないよう注意喚起しておこう。また、誰かクサビフグの毒性検査に興味がある人がいれば連絡して欲しい。今後手に入れる機会があったら提供したいと思う。

 

 

クサビフグ

  ドキドキしながら

   初試食

    生はイマイチ

     加熱美味しい

参考文献

阿部宗明.1986.魚資料 II 魚の生態・風俗誌等.日本水産株式会社,東京.492pp本文に戻る

【著者情報】澤井 悦郎

海とくらしの史料館の「特任マンボウ研究員」である牛マンボウ博士。この連載は、マンボウ類だけを研究し続けていつまで生きられるかを問うた男の、マンボウへの愛を綴る科学エッセイである。

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