読めば読むほど新しい謎が浮かび上がってくる?自然と科学のジレンマ…『絶滅できない動物たち』書評

2022.11.08

筆者撮影 『絶滅できない動物たち』M. R. オコナー[著]・大下英津子[訳] 画像クリックでAmazonへ

なぜ、生き物は守られねばならないのだろうか。そもそも「生き物を守る」とはどういうことなのか。本書は、そんな私たちの素朴な疑問に答えてくれる本……というよりは、むしろ逆に、こちらに多くの問いを投げかけ、生物の保護・保全について、より深く深く考えさせてくれる本だ。

人間はこれまでに自然環境を大きく損ない、傷つけてきた。そこで、それを回復させる保全のために、無数の努力や試みがなされている。

生物保全と科学技術

本書では、生物保全に費やされている科学技術についても触れている。

例えば、まるでノアの方舟のように、何万もの種を集めて冷凍した遺伝子バンクは、保全という戦いの防衛線になりはじめている。

かつて50億羽いたリョコウバトは、1914年に絶滅してしまった。そのリョコウバトが、遺伝子工学によって復活するかもしれない。

密猟や政変によって現在2頭にまで減ってしまったキタシロサイの個体数を、iPS細胞を利用することで増加できる可能性がある。

奇しくも、これを書いている最中に、日本でも保全に対してiPS細胞が使われる可能性を示唆するプレスリリースが流れてきた。

国内生息絶滅危惧鳥類(ヤンバルクイナ、ライチョウ、シマフクロウ、ニホンイヌワシ)からiPS細胞を樹立

本書を読みながら、人間はここまでできるようになったのか、という思いがあった。科学技術を駆使することで、人間は生物の保全に成功し、生物多様性に満ちた未来を築くことができるのだ。なんて素晴らしい!

一方で生まれる問い

しかし、それは本当にそうなのか?それは本当に「やってもいいこと」なのか?本書は同時に、無数の問いを読み手に突きつけてくる。

例えば、今まさに絶滅しそうなフロリダパンサーを、テキサス州のピューマと交雑させることによって保全することができた。しかし、それは元の「フロリダパンサー」を守ったことになるのか?

また「地域個体群の遺伝的撹乱」という観点(地域個体群間を移動して個体を持ち込んだりするだけでも、それはそれは批難の的となる……)と、どのように折り合いをつけるのか、という疑問も出てくる。

種間交雑はしばしば保全上の問題となっており、例えば、オオサンショウウオでは、中国から持ち込まれた個体が野生化して在来種と交雑し、日本の固有種が駆逐されつつある。
リンク:ニュース:オオサンショウウオと外来種との交雑個体 広島で発見相次ぐ

あるいは、飼育下での繁殖プログラムで保全されているアララ(ハワイガラス)は、野外での文化を失った。彼らは採餌の力を失い、ハワイノスリとの戦い方を忘れてしまった。もはや、野生に帰ることはできないだろう。それでも「絶滅していない」と言えるのか? 

前述のリョコウバトが復活したとして、今の生態系の中に組み込まれる余地はあるのか?リョコウバトは作物を駄目にする害鳥ともされていたのに、復活させていいのか?そしてその復活は「生物種は復活させることができるのだから、自在に絶滅させてもいいのだ」というメッセージになりはしないか?

リョコウバト(イラスト)

本書には、そのような問いが数多く含まれている。本文に書かれている問いだけではなく、読み手自身の中にも問いが生まれてくるはずだ(私は「ネアンデルタール人の復活」に対して、その人権はどうなるのかがとても気になった)。読み進めていくうちに、問いが問いを呼び、雪だるまのように膨れ上がってしまう。

本書にあるのは、一筋縄ではいかない問題ばかりだ。だからこそ、多くの観点からの議論が必要となるはずだ。その着眼のための多くの足ががりが、この本にはある。この本ができるだけ多くの人の手元に渡ることを、心から願ってやまない。

リンク:書籍『絶滅できない動物たち』

(文:寺本 悠子)

【著者紹介】ごもじもじ(寺本 悠子)

科学ライター。筑波大学大学院環境科学研究科環境科学専攻修了。
保全生態学・動物生態学を中心に、コラム・小説等の書き物をしています。環境倫理学にも関心があります。