マンボウ属はフグ毒を持つのか?

2022.10.24

 マンボウ類(マンボウ科魚類)はフグ(フグ目)の一群である。フグの仲間ということは、マンボウ類もフグ毒として有名なテトロドトキシンを保有している可能性がある。そんな危険性のある魚を市場で売買させるわけにはいかないとして、ヨーロッパではマンボウ類の売買は禁止されている。しかし、日本人的には「え? 普通にマンボウは刺身とかで生で食べているんだけど……」という感覚だ。むしろ、マンボウ類がフグの仲間であることすら知らない日本人も結構多い。実はマンボウ類がテトロドトキシンを保有しているのかどうかについてちゃんと研究した例はほとんどない。なんなら、マンボウ類の販売を禁止しているヨーロッパでは研究された事例がない。そこで、実際はどうなのか?と疑問を抱いたBaptista et al. (2022)は、ヨーロッパ水域のマンボウ属がテトロドトキシンを保有しているのかどうかについて研究を行ったので、その最新情報をお伝えしよう。

テトロドトキシンについておさらい

 そもそもテトロドトキシンとは何ぞや?と思う方がいるかもしれない。テトロドトキシンは摂取すると神経が麻痺し、最悪の場合、呼吸困難に陥って死亡することがある自然毒の中でも最強クラスとされる神経毒だ。フグ中毒は食後20分から3時間ほどで症状が現れ、4~6時間ほどで死に至ることが多い……が、もし8時間以上耐えることができれば症状は回復するとされている。今のところ、フグ中毒に対する解毒剤や特効薬がないところが厄介な点である。テトロドトキシン(tetrodotoxin)がフグ毒と言われる由縁は、その名がフグ科の学名(Tetraodontidae)+毒素(toxin)の造語でできているからである。テトロドトキシンを保有する動物(前回フグの川のぼりで紹介したクサフグも保有している)は、以前はフグのみと考えられていたが、現在ではツムギハゼ、ヒョウモンダコ、一部の肉食性巻貝類・ヒトデ類・カブトガニ類……淡水にいるイモリ類まで様々な動物が持つことが確認されている。どんな生物がどんな毒を持っているかはわからないので、普段食べ慣れていないものは食べないことに越したことはないだろう。


 フグ自体は自らテトロドトキシンを作り出すことはできないが、生物濃縮されたテトロドトキシンを保有する様々な有毒餌生物を食べることで体内に蓄積することができ、またその毒を子に受け継がせることができる。フグの体内に取り込まれたテトロドトキシンは成長過程で蓄積する部位を変え、大型個体まで成長すると一般的に肝臓や生殖腺に多く蓄積される傾向がある。ただ、テトロドトキシンの含有量や蓄積部位は魚種、雌雄差、個体変異、年齢、環境要因によっても異なるので結構複雑だ。しかし、それでも美味とあらばついつい気になって食べたくなるのが我々日本人である。厚生労働省のホームページ「自然毒のリスクプロファイル:魚類:フグ毒」では、そんな我々のためにフグ目魚類の食べられる魚種と部位をまとめている。ちなみに、ここではマンボウ類に関して言及はされていない(つまり、毒魚として扱われていない)。

果たしてマンボウ類はテトロドトキシンを持つのか?

 Baptista et al. (2022)によると、ヨーロッパでマンボウ類が売買禁止となったきっかけは2000年代に遡る。2004年、ヨーロッパの水産物の衛生基準規則が施行され、フグ科、ハリセンボン科、マンボウ科は人体に有害な毒素を持つまたはその可能性がある魚類として、市場に出すことが禁止された。このことは日本の厚生労働省・農林水産省・水産庁による2019年の「対EU輸出水産食品の取扱要領」でも確認できる。さらに、2007年にはヨーロッパの人々がテトロドトキシンに対する意識が高まる出来事が起きた。2007年、スペインでホラ貝の一種Charonia lampasを食べた人が急性中毒を起こし入院した。調査を行った結果、そのホラ貝から高濃度のテトロドトキシンが検出されたのだ。この出来事をきっかけにヨーロッパ水域の魚介類に対してテトロドトキシンおよびその類似物質の存在の有無を確認する調査が行われたが、何故かマンボウ類はこの時にちゃんと調査されなかったようだ。そこで、ヨーロッパ水域のマンボウ類は実際テトロドトキシンを持つのか?ということを確かめるためにBaptista et al. (2022)は今回初めて調査を行った。

 調査に使用したサンプルは、2016年4月にポルトガル・オリャオ(この地域のホラ貝からも高濃度のテトロドトキシンが検出されていたので)の定置網によって漁獲された全長38.4~94.2cmの13個体のマンボウ属(調査時にマンボウとウシマンボウを混同していた可能性があるため属レベルにされた)の白い筋肉と肝臓の組織片である。テトロドトキシンの測定には精度が高いとされるHILIC-MS/MS法を用いた(方法の詳細は論文を見て欲しい)。調査の結果、ポルトガルのマンボウ属13個体すべての筋肉と肝臓からテトロドトキシンおよびその類似物質は検出されなかった。つまり、マンボウ属はテトロドトキシンを保有する魚類ではなく、おそらく人が食べても問題ないことが示唆されたのだ。Baptista et al. (2022)はマンボウ属がフグの仲間だからといってヨーロッパで売買禁止にするのは再考する必要があると指摘した。一方で、マンボウ属の肝臓は汚染物質の主要な貯蔵臓器であることも示唆され、食べるなら肝臓は筋肉より食中毒のリスクがあることを覚悟しなければならない。しかし、肝臓を食するリスクがあるのは他の多くの魚類でも同様である。

毒性調査部位(クリックで開きますが、マンボウの断面図なので閲覧注意)

調査結果からの考察とまとめ

 今回、Baptista et al. (2022)の調査ではマンボウ属からテトロドトキシンは検出されなかったが、個体数が少ないこと、他の食べる部位(腸など)・季節・海域・体サイズ・マンボウ科の他種(ヤリマンボウやクサビフグ)などは調査されていないので今後の課題として残る。日本ではSaito et al. (1991)によって、1987年漁獲の神奈川県産マンボウ属3個体の肝臓について、テトロドトキシンおよびその類似物質の有無をマウスを使った試験で調査されたが、毒性は示されなかった。しかし、上述同様に調査個体数は少なく、他の条件でも調査されていない項目が多い。つまり、厳密には完全に安全とは言い切れないのだ。私ももっと詳細を知りたいところだが……化学の実験は苦手であるので、誰かマンボウ類の毒性に関して詳しく研究してくれる人はいないだろうか?

 私が知る限り、日本でマンボウ類を食べて食中毒になった事例は1件しか知らないが、この事例もネズミが媒介したサルモレラ菌が付いた道具でマンボウ属を解体したことが原因とされているので、テトロドトキシンによるものではない。そもそもマンボウ類経由のテトロドトキシンによる食中毒事例が過去にあったのなら、厚生労働省が把握しているはずだ。マンボウ類も有毒餌生物を食べていると思われるので、潜在的にはテトロドトキシンを持つ可能性は完全には否定できないが、少なくとも日本ではこれまでマンボウ類由来のテトロドトキシンによる食中毒の事例は見付からないので、おそらく問題ないと私は思う。マンボウ類の刺身や料理が出された時は、私は食べるぞ!

~今日の一首~
 マンボウ属
  テトロドトキシン
   有無調査
    肝臓白筋
     毒見付からず