人間社会にも生き物にも優しい学問、道路生態学とは?道路がもたらす「負の側面」に目を向ける

2023.09.29

私たちの生活に無くてはならないインフラの一つ、道路。

日本中の隅々にまで張り巡らされている道路を1つにギュッとまとめると、総面積は約9000平方キロメートルにまでなるのだとか。都道府県で例えると、山形県とか鹿児島県とかそのくらいの面積。47都道府県面積ランキングのトップ10に入るくらいの広さです。

面積だけ考えてもかなりの広さですが、日本の道路の総延長は約150万キロメートルとも言われており、地球を37週ちょっとするくらいの長さ。それが日本中の隅々に至るまで張り巡らされているのです。

そんな広大な面積や総延長を持つ道路という環境。これだけあれば、人間以外の生き物たちにとっても無視できるわけがありません。道路と生き物との関係を考える学問、欲しいですよね?

実はあります。それは、道路生態学です!

動物の生命を守ることはもちろん、事故に関連する経済的な損失を防いだり、人間の精神的ダメージを防いだりと、社会的な影響がかなり大きい分野である道路生態学についてその基礎から、道路が起こす影響、そして実例を紹介します。

 

道路生態学とは?

道路を”道路”だと認識しているのは、人間だけかも

 

道路生態学を具体的に説明すると、道路など交通インフラが与える生態学的な影響、特に負の影響を明らかにして、野生生物管理や交通インフラ政策を通じてその緩和策を図ることが目的の生態学です。

 

例えば、人間を含む生き物にとって、交通事故というのは最もわかりやすい道路の持つ負の影響です。

どのくらいの人数が、どこでどのような理由で交通事故に遭っているかは、警察や行政に問い合わせればそれなりに詳しいデータが手に入るし、そのようなデータを元に実際の道路や周辺環境の設計がなされています。

しかし、人間以外の動物の交通事故も考えてみると、どの種類の、どのくらいの数が、どこでどのような理由で交通事故に遭っているかのデータは、人間と比べると極端に乏しいのが現状です。

 

動物の交通事故が増えて困るのは人間側だって同じ。動物を車で轢いてハッピーになる人はいないでしょうし、轢いた車体も運転者の心も傷つきます。場合によっては、轢きそうになった動物を避けようとして周囲の構造物に衝突し、乗員の命が失われるようなことも起きています。

 

そんな、「道路の存在によって人間も動物もハッピーではない状況」を研究し、ハッピーになるように改善していこう。それを考えるのが道路生態学ということです。

 

ここが面白いよ道路生態学

私たちは道路に囲まれて暮らしている

 

家から一歩外に出れば、必ず利用している道路。そんな道路を生態学的な観点から見ると、どのように見ることができるのか。

普段は考えない新しい視点をもたらしてくれる道路生態学の面白い点をいくつかピックアップしてご紹介します!

今回参考にした書籍の中では、「誤解を恐れずにいうと、網目状に張り巡らされたトラップの中に動物が住んでいる様な状況」という表現がありましたが、まさにそんな感じ。

①シンク効果とバリア効果

ヒヤッとした経験、ありませんか?

 

1000kg弱の重さを持つ金属製の物体が、最低でも時速40km以上の速さで不規則なタイミングでいくつも走り抜ける。私たちはそんな存在に囲まれて日々を過ごしています。

そう、道路です。人間は幸運なことに交通ルールや道路の存在理由を知っています。

が、動物たちは知りません。道路は動物たちにとって、急に致死性の危険が降りかかってくるかなり危険な罠のような存在。しかも、津々浦々に張り巡らされている罠。そんな罠の危険によって指摘されている負の影響が道路の「シンク効果」と「バリア効果」です。

 

シンク効果は、そこに生息する野生動物の個体群が、それを構成する個体の交通事故によって小さくなってしまうこと。比較的わかりやすい。

バリア効果は、本来一つだった個体群が道路によって分断されてしまい、それぞれの個体群が小さくなってしまうこと。これは少し解説を付け加えます。

例えば、ある森に生息する野生動物が1つの個体群を形成していて、ある時その森を南北に横断するように1本の道路ができたとします。

本来であれば道路を渡って交流できるのですが、道路は動物にとってランダムで個体が死亡してしまう恐ろしい罠があるエリア。道路自体には南北を分け隔てる壁(バリア)が物理的にあるわけではないのですが、車両が走行するという特性によって、あたかも壁があるかのような効果が生まれてしまう。

それによって、元々1つだった個体群は、北の個体群と南の個体群とに分割されてしまい、1個体群あたりの大きさが半減してしまう。個体群の大きさが減ることにより移動や交尾などの重要なライフサイクルプロセスの機会が減少し、全体として個体数を減らすことに繋がってしまいます。

シンク効果もバリア効果も、要は動物たちが交通事故を通じてどんどん数が減ってしまうということを示しています。

人間にとっては平面な道路も、動物にとってはまさに”壁”なのです。

 

シンク効果やバリア効果の影響についてわかりやすい事例をご紹介します。

長崎県の対馬にだけ住む、ツシマヤマネコという在来のネコがいます。国の天然記念物です。ツシマヤマネコは現在島に100頭ほどしか生息していないと言われています。結構ピンチです。

ツシマヤマネコの交通事故については環境省が1992年から記録をしています。ここ数年でいうと多い年では年に15頭、少ない年で3頭、平均すると大体年に5〜6頭くらいが交通事故で死亡しているといった状況です。

 

一方で、2006年にIUCN(国際自然保護連合)の専門家グループがワークショップの中で個体群存続可能性分析というものを行いました。

その結果、100年後の本種の絶滅可能性は約50%(49.7%±1.6%)という結果が出ました。結構やばい。

ただ、毎年3頭の死亡を予防することで個体群成長率が向上すること、5頭の死亡を防げば現在の個体群を維持できるという結果も出ました。

つまり、無数にあるツシマヤマネコの死亡要因がある中で、その1つでしかない交通事故による死亡を0にするだけで個体群維持ができちゃうということなんです。

イエネコからの感染症とか、外来種との競合とか、生息地の改変とか色々死亡要因がある中で、ロードキル(交通事故による死亡)がいかに決定的な影響を与えうるかがわかります。

 

②エッジ効果

道路があると日光が入りやすくなる

 

とある鬱蒼とした森林を考えてみましょう。木がいっぱい生えてて、湿度が高くて、高木に日が遮られて暗くて、落ち葉で地面が埋もれていて下草が全然生えていない…みたいな特徴があります。

では、その鬱蒼とした森林の縁・端、つまりエッジ(edge)の部分に目を向けるとどうでしょうか。

例えば森と畑の境を見ると、畑の方が切り開かれているのでエッジ部分の森には日光がよく入ります。他にも、森の中だと木々が密集しているため風も強く吹きませんが、境にあるエッジの部分は畑の方が切り開かれているので、風を防ぐものが無く風当たりがすごい。

そうなると、日光が地面まで入るようになったり、人間を含む動物たちが侵入し荒らしやすくなるため、背が低く成長が早い植物が生息しやすい環境になっていきます。

同じ森林なのに、森林の中心部とエッジ部分では異なる性質がある。これをエッジ効果と言います。

 

では、森に道路ができるとどうなるか?森の部分と道路の部分の境目のあたりがエッジ部分になります。先述のように、森と道路の間は日光が入ってくるので、背の低い植物が生えやすい状況になります。

そうなると、例えば、本来森の奥で住めない昆虫がエッジ部分に棲みついてしまい、本来競争関係になかった森の奥に住んでいる昆虫と、エッジ部分の昆虫が競争関係になってしまいます。

他にも、シカの様な草食動物からすると、道路沿いに食べ物が多く増えてしまい、道路沿いにみんな集まってくることで、結果的にロードキルが増えてしまうという、生態系にとって負の影響がおきてしまうのです。

 

ちなみに、筆者はエッジ効果を利用して(?)、山の中にある滅多に車が通らない林道にいって昆虫写真を撮りにいくこともあります。エッジ部分を好んで生息する昆虫も森の中を好む昆虫も見ることができ、写真を多く取るという意味では一石二鳥なのです。

 

ですがそれは、私を含めて「林道が無ければ森の中には入ってこれなかった種」が森に侵入しているということの裏返し。森に元々住んでいた生き物たちからすると外来種みたいなもの。迷惑だ、という話になるのです。

 

③化学的環境・物理的環境の改変

融雪剤の成分を変えるだけで、事故が減らせるかも?

 

最後に、意外と見落とされがちなのが、道路自体に含まれる化学成分や、交通に際して排出される化学物質の影響です。

「排出される化学物質」と聞いて分かりやすいのは、車両から排出される排気ガスの影響ですが、見落としがちなところを言うと、融雪剤の影響が指摘されています。

融雪剤には化学物質で言うと、塩化ナトリウムや塩化マグネシウム、塩化カルシウムが主に使われます。これらの物質、要は塩なので、植物に塩をかけたら枯れるのと同様、道路周辺に咲く植物などに影響があることが分かり始めています。

他にも、意外な観点ですが、この融雪剤の塩化ナトリウムを塩分補給として舐めるために鹿がおびき寄せられていると言う研究結果もあります。これが交通事故につながってしまうということですね。

融雪剤が鹿を道路に誘き寄せる影響は、塩化ナトリウムの時でのみ見出されています。つまり、融雪剤を塩化カルシウムや塩化マグネシウムに変えるだけで、鹿の交通事故を減らせるかもしれないのです。

 

他にも、電車の線路は基本的には鉄で出来ています。そのため、鹿が鉄分補給のために線路を舐めているということがわかっています。

融雪剤の塩化ナトリウムと、鉄道の線路の鉄。見落としがちですが、動物たちの交通事故が増える要因として無視できないポイントです。

人間社会にも生き物にも優しい道路生態学

こういった”アニマルパスウェイ”も道路生態学の対象です!

 

ここまで、道路生態学について解説してきました。道路一つとっても、意外と深いですよね。

身近だけど人間を含む生物に大きな影響を与える道路という存在が与える生態学的な負の影響。それらを軽減することで、動物の生命を守ることはもちろん、事故に関連する経済的な損失を防いだり、人間の精神的ダメージを防いだりと、社会的な影響がかなり大きい分野であるとも言えます。

 

たかが道路。されど道路。普段何気なく見ている近所の道路を眺めてみて、「生き物たちにとってこの道路はどう映っているんだろう?」と考えてみるのもいいかもしれません。

参考文献

『野生動物のロードキル』 柳川 久 (監修), 塚田 英晴 (編集), 園田 陽一 (編集)

 

「ゆる生態学ラジオの生き物あっぱれ!」シリーズ

【著者紹介】よしのぶ

生き物が好きな人。オーディション企画「ゆる学徒ハウス」から誕生したYouTube及びPodcast番組「ゆる生態学ラジオ」に出演中。生き物の凄さ・可愛さ・面白さをゆるく楽しく紹介します。

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