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日常は〝小さな大発見〟に満ちている――そんなことを実感させられることがあった。Twitter上に投稿された何気ないマンボウの動画が大バズりしたのである。この原稿を執筆した時点で 660万回再生、9200以上リツイートされたその動画は、今なお拡散され続けている。その動画を Twitter 上で発見した時、マジでオシッコちびってしまうほどビックリした!! 何がどうすごいのか? おそらく人生の4割以上をマンボウの研究につぎ込んでいる私くらいしか分からないと思ったので、少し解説したい。
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その動画は、2023年6月18日、海遊館で LIN さんによって撮影された。まずは動画を見て欲しい。
生きるの難しいマンボウ pic.twitter.com/WVpdHDWP8f
— LIN (@LIN1561P) June 18, 2023
マンボウに詳しくない方々には、ただマンボウが魚を食べているだけの動画にしか見えないことだろう。しかし、「マンボウが魚を食べている」ことが凄いのだ!!
多くの魚図鑑ではマンボウはクラゲを食べると書かれている。それは間違いではない。確かにマンボウはクラゲのようなゼラチン質の動物プランクトンを主食としている。
……という負の連想ゲームによって、マンボウはクラゲしか食べられないと勘違いされている節があるが、それは大きな間違いだ! 特定の生物だけを好んで食べる特殊な生き物もいるが、自然下の多くの生き物は結構色々食べる。
分かりやすい例を出すと、ジャイアントパンダは一般的に竹や笹の葉を食べるイメージが持たれていると思うが、2021年12月に肉を食べている野生個体の動画が撮影され、ニュースになったことがある。自然で生きる生き物は、その時食べられそうなものを食べないと生きていけない。だから我々が思っているよりも実際は結構色々食べている。
これはマンボウにも当てはまり、クラゲ状の生物を主に食べているが、実際は魚も食べている! 現に海遊館では、イカ+アジ+エビをミンチにして、ビタミン類などを混ぜた団子を餌としてマンボウに与えている。そこにクラゲ的要素は一切ない。与えられているのはどう考えても肉食魚の餌だ。ここまで言えば、ちょっとマンボウに対して抱いているイメージが変わってきたのではないだろうか?
ごく稀であるが、マンボウは魚釣りをしている時に沿岸から釣れたりもする。数時間に及ぶファイトを余儀なくさせられる事もあるほど、引きを楽しめるようだ。私もマンボウを一度は釣ってみたいと切望しているが、未だその機会は訪れない。魚釣りの餌にクラゲを付ける人はほとんどいないだろう。なので、マンボウが釣れるということは、やはり肉食性のものも食べているのである。
近年の研究成果では、小型個体から大型個体に成長するにつれ、マンボウの食性は変化し、大型個体ほどゼラチン質の動物プランクトン食になることが示唆されている。今回 LIN さんによって撮影された個体は、マンボウの成長過程の中ではまだ小さい方なので、幅広い餌を利用している段階だった可能性がある。
消化管内容物の先行研究から、マンボウが他の魚も食べているであろうことはわかっていた。だが、実際に魚を食べている映像は見たことがない。そう、百聞は一見に如かずで、実際にマンボウが魚を食べている動画が無いと、客観的にマンボウが魚を食べているとは言い辛いのである。
今回の動画のすごいところは、水槽内で、死んだ魚であれど、まさにマンボウが魚を食べている瞬間を映像として記録したことで、この映像を見た 660万人、そしてこの記事を見た読者がその証言者になる。
覚えていてくれ、マンボウは魚も食べるということを!!!
撮影時の現場の様子を LIN さんに聞かせていただいた。元々 LIN さんはマンボウとは反対の水槽を見ていて、後ろから「マンボウが魚を食べている!」という声が聞こえてきたので振り返ったところ、マンボウが面白いポーズで魚を口から出し入れしていたので動画を撮影した、とのことだった。
マンボウが食べているこの魚は、どうも同居しているアオリイカ用の餌であるアジのようで、過去にも飼育員はマンボウがアジをモグモグしているところを見たことがあるようだ。飼育員にとっては珍しくないことなのかもしれないが、私はこの動画で初めて知った。マンボウは餌を吸い込んで捕食するタイプの魚類であるが、動画を見ると食べているアジを一気に全部吸い込めず、かなり苦戦している。何度もトライしてかなり頑張っているが、サイズが少し大きく飲み込み切れないようだ。アジの肉や体液が水中に散らばっている場面があり、下顎も頻繁に動かしてることから、噛み千切ろうと頑張っているものの、噛み千切れず、吸い込み切れないと判断して、最終的に吐き出したように思われる。
動画中の来館客の「あ~あ」という声に哀愁が漂っているが、Twitter ユーザーにはその反応もウケたようだ。この動画を見た Twitter ユーザーからは
「反芻して遊んでいるみたい」
「マンボNo.5の曲が聞こえてきそう」
「食べるのが下手くそで生きるのが辛そう」
といった反応があった。
どういう経緯でマンボウがアジを口にすることになったのかは、LIN さんが目撃していないので不明であるが、海遊館ではまた見られるかもしれない。とはいえ、毎回食べているのならもっと似たような動画が上がっていてもおかしくはないので、やはり貴重な動画である。動画は見る人によって価値が大きく変わる。こういう日常に潜む〝小さな大発見〟を積み重ねて、科学は少しずつ進歩していくのである。
記事を書き終えたあたりに新たな情報が入った! 同じく Twitter ユーザーの K-no Hyd さんが 2023 年6月 16日(上述の動画の2日前)に撮影した動画でも、LIN さんと同じ個体と思われるマンボウがアジを食べている。
同じタイミングのものかはわかりませんが横からのアングルです。ご自由にお使いください。
— K-no Hyd (@adwgj8x) June 19, 2023
(2023/6/16 15:48ごろ、海遊館) pic.twitter.com/quXrYsl4gx
吸い込んだり吐き出したり繰り返した後、やはりこの時も最終的にはアジを吐き出している。遊んでいるとは考えにくく、個人的には、アジを食べようとしたが飲み込めない大きさだから諦めているように感じるのだが、この行動を繰り返す意図はよく分からない。謎は深まるばかりだ。
動画が撮影された場所である海遊館にも問い合わせたところ、興味深い話を快く教えて頂いた。上述の動画でマンボウが食べていた魚は、やはりアオリイカ用の餌で、毎日2回アジやニシンを与えている。マンボウやアオリイカの位置を確認しながら、アオリイカに食べてもらうように水槽の上からそっと落としているが、マンボウが気付いた時はその魚を追い掛け、先に吸い込んでしまう。この落とした魚を追い掛ける行動は、現在飼育しているマンボウ3個体すべてで確認され、過去に飼育していたマンボウでも確認されたとのことだ。
興味深いのは、どのマンボウも吸い込みと吐き出しを繰り返し、最終的には魚を吸い込むのをやめ、魚を1匹丸ごと吸い込んだ例は観察されていないという。
これが海遊館で飼育されたマンボウだけなのか、他の水族館でもやはり同じ行動を取るのか……まだまだ分からないことは多い。
今日の一首
魚食う
マンボウ動画
珍しい
吸い込み切れず
諦め落とす
Kato, S. 1992. Ocean sunfish. p.202-203. In: W. S. Leet, C. M. Dewees, and C. W. Haugen (eds.). California's living marine resources and their utilization. California Sea Grant Extension Publication UCSGEP-92-12.
福井篤.2016.講談社の動く図鑑MOVE 魚 新訂版.講談社.東京,224pp.
Phillips, N. D., E. C. Pope, C. Harrod and J. D. R. Houghton. 2020. The diet and trophic role of ocean sunfishes, pp. 146–159. In Thys, T. M., G. C. Hays and J. D. R. Houghton (eds.) The ocean sunfishes: evolution, biology and conservation. CRC Press, Boca Raton.