非小細胞性肺ガンは制御性T細胞を誘導しやすい(10月7日 Nature オンライン掲載論文)

2026.10.31

 

喫煙は肺ガンの最も大きなリスクファクターだが、ゲノム研究が進んで喫煙者の肺ガンでは突然変異が非喫煙者と比べて10倍から100倍と多いことから、タバコに含まれる発ガン物質による作用で遺伝子変異が高まることが重要な発ガン要因だと考えられている。ただ、突然変異が多いということはガンのネオ抗原が多く出来るということで、免疫チェックポイント治療 (ICI) が始まってから、喫煙者の非小細胞肺ガンは治療に反応性が高いことがわかってきた。とは言えICI単剤に対する反応率は2-3割で、ネオ抗原発現がうまくいかせないケースの方が多い。

 

本日紹介する論文

今日紹介するロンドン大学からの論文は、非小細胞性肺ガン (NSCLC) の中の扁平上皮ガン (LUSC) リスクが高い喫煙者の前ガン状態を気管支鏡を用いた自己蛍光で検出し、その後、1年おきに経過観察し、必要なときにバイオプシーで前ガン状態組織を調べる極めて野心的な臨床コホートで得られた組織を用いている。

 

2019年に発表された論文では、3割の人が経過観察中に正常化するが、50%は浸潤性のガンへ発展することが示されている。即ち、3割の人ではおそらく免疫反応で正常化する過程を捕まえているコホートになる。

 

解説と考察

今回の研究では、ガンへ進展する確率が高い浸潤性の前ガン状態からバイオプシーで得られた細胞を single cell RNA sequencing で調べ、ネオ抗原の発現にもかかわらず免疫から逃れる仕組みを探っている。臨床研究だが、絵に描いたような結果で、 浸潤が認められるようになった前ガン病変では制御性T細胞 (Treg) が増加して、他のキラー細胞などは低下していることがわかった。即ち、前ガン状態で Treg が組織で増加することが、ガンの進展を助けていることが示された。

 

この過程のガン組織と末梢血を比較し、同じレパートリーを発現している Treg細胞の増加が末梢血レベルでも認められることを発見する。即ち、前ガン状態の細胞に刺激された Treg はおそらくどこかリンパ組織で誘導され、末梢血を通して肺にリクルートされている可能性が示唆された。

 

そこで気管支鏡によるコホートではなく、CTを用いたガンのスクリーニングコホートを利用して、ステージの早いガンと診断された患者さんで、末梢血の Treg を調べると、予想通り Treg の増加が見られる。また、スクリーニング後外科的切除を行った組織を調べると、腫瘍組織に Treg が集積していることを確認している。また、末梢血の Treg の高い患者さんでは治療の必要なガンへ発展する確率が高まる。私も胸部内科の経験があるので、気管支鏡についてはよく知っているが、ここまでの臨床研究計画を進めることがいかに大変かはよくわかる。とは言え、臨床例で出来るのはここまでで、対処方法の開発には実験モデルが必要になる。

 

この研究の素晴らしさは、ニトロソウレアを吸入させるマウスの発ガン実験を行って、臨床で得られた結果が再現可能かどうか調べている点だ。リンパ組織と腫瘍組織を同時に調べることができるマウスを用いることで、ニトロソウレアで前ガン状態からガン発生までの過程を追跡し、変異を誘導した異常細胞に対する Treg が、所属リンパ節で誘導され、そこから前ガン組織にリクルートされ、ガンを守ってしまっていることが明らかになった。そしてこのモデルを用いて、特に増殖する Treg で発現が高まっている PI3Kδ に対する薬剤を投与してガンの発生を抑えられるか実験を行っている。結果は予想通りで、現在B細胞の腫瘍増殖に使われている PI3Kδ阻害剤をニトロソウレアによる肺ガン発生モデルに、ニトロソウレア処理15週目から投与すると、ガンの発生を抑えられることを明らかにしている。

 

詳細をほとんどすっ飛ばして紹介したが、よく計画された臨床コホート研究をベースに、最後は動物モデルによる臨床結果の再現、そして予防法の開発まで行った、臨床研究の鏡とも言える研究だと思う。もちろんこれを支えているのが single cell レベルの解析で、研究では組織上で多くの遺伝子の発現を調べる Xenium方法まで調べられている。この技術は様々な技術の統合された結果で、だれにノーベル賞をあげたらいいのかわからないが、技術自体は臨床医学を変革させたことは間違いない。

 

私自身のガンも APOBEC と言う酵素の異常発現の結果突然変異が高く、RNA sequencing で免疫反応がホットであることを確認しているので、知り合いにお願いして Xenium の免疫パネルを調べようと準備している。もちろんコントロールはなく、全く個人的な興味だけだが、ガン組織の免疫状態を調べることの重要性が示せないかなと思っている。

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著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

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