ポリグリシン病と天然変性領域(7月17日 Science 掲載論文)

2025.08.03

本日紹介する論文

一昨日に紹介した 「天然変性領域」(https://aasj.jp/news/watch/27138)の事がよくわかる論文が同じ Science に出版されているので紹介する。

 

ハーバード大学からの論文でタイトルは「Polyglycine-mediated aggregation of FAM98B disrupts tRNA processing in GGC repeat disorders(GGCリピート病でのポリグリシンにより媒介されるFAM98Bの凝集はtRNAの転写後の処理を抑制する)だ。

 

解説と考察

最も典型的な天然変性領域 (IDR) は同じアミノ酸が繰り返す領域で、例えばグルタミンの繰り返しが異常に増加するとタンパク質の凝集により細胞の変性が起こる。これが有名なハンチンティン分子のグルタミンリピートによるハンチントン病だが、グリシンリピートでも神経軸索膨化症 (NIID) 、眼咽頭遠位型ミオパチー (OPDM) 、そしてFragileX 関連性振戦/運動失調症候群 (FXTAS) などの病気が起こることがわかっている。

 

この研究ではまずグリシンが99回繰り返すペプチドを細胞で発現させ、これが核周囲で凝集塊を形成すること、そしてその中に同じようなグリシンリピートを持つタンパク質が多く取り込まれていることを発見する。中でもFAM98Bと呼ばれるtRNAがスプライスを受けて成熟型に変化するときに働くRNA リガーゼ複合体の中心をなす分子が強くトラップされることを発見する。

 

面白いことに、このリガーゼ複合体の中でFAM98Bだけがグリシンを多く含むC待つ領域を持っており、これがグリシンリピートによりできた凝集塊に取り込まれる原因であることがわかる。即ち、IDRによってできる凝集塊に、同じようなIDRを持つタンパク質が取り込まれ病気が起こる可能性が示唆された。このようにIDRは生理でも病理でも重要な働きをしている。

 

本来RNA スプライシングに必要なFAM98Bは核内で働くが、ポリグリシンにトラップされると、核内から隔離されてしまう。その結果、イントロンを持つ tRNAのスプライシングが、リガーゼによる結合前で止まってしまい、成熟型の tRNAができないことがわかった。

 

FMR1分子内とNOTCH2NLC分子内のグリシンリピートによりおこるFATASとNIIDの患者さんのサンプルを調べると、FAM98Bが核の周囲に凝集しており、また成熟型 tRNAの形成が強く抑制され、結合前の異常RNAが増えていることが確認された。

 

以上の結果から、ポリグリシンによる神経変性のメカニズムは、ポリグリシン凝集自体の毒性というより、これによりFAN98Bがトラップされて働かなくなる結果と考えられる。そこで最後に、FAM98Bを脳神経でノックアウトする実験を行い、神経変性による進行する運動障害が発生することを示している。

 

まとめと感想

以上の結果は、IDRによって正常タンパク質が隔離され、特定の機能が失われることがリピート病の原因になるという、新しいリピート病メカニズムを示した点で重要な貢献だが、同時にIDRがどのように働くのかを知る上で面白い例を示していると思う。

著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

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