ALSの運動神経変化を地道に追跡する(6月16日 Cell オンライン掲載論文)

2026.07.13

本日紹介する論文

昨日のCART標的選択の評価を汎用LLMに相談するといいことを主張した論文は、ネガティブな意味で驚いた Cell 論文だが、今日は本当に真面目な Cell にふさわしい論文を紹介することにした。スタンフォード大学からの論文で、ALSで最もよく使われるSOD1変異モデルマウスの運動神経の変化を、single cell level で丹念に調べた結果で、何か画期的な治療方法が提案されたわけではないが、今後、ALS研究にとっては重要なデータを提供した好感の持てる研究だ。

 

タイトルは「An emergent disease-associated motor neuron state precedes cell death in ALS(ALSでは神経細胞死の前に病気に特徴的な運動神経の状態を定義できる)」で、6月16日 Cell にオンライン掲載された。

 

解説と考察

研究ではSOD遺伝子の変異により起こるALSと同じ遺伝子を導入したマウスで、発症前、初期(65日)、中期(100日)、そして終期(125日)、脊髄からコリン作動性神経を分離し、一個ずつの細胞核について RNA sequencing による転写解析、Atac-seq によるクロマチン解析、そしてその結果を Merfish を用いて組織上にマップし直す解析を組み合わせ、ALS運動神経に特有の変化を定義しようとしている。

 

SOD変異を持つ細胞のみで起こる変化を追跡すると、これまでも知られていたように筋肉を直接動かすα運動神経特異的に変化が見られる。そして、この変化はSODの発現とは無関係なので、SOD変異はα運動神経、中でも速筋を支配する高頻度発火神経に最も大きな変化が見られることがわかった。また、病気の初期ではα運動神経が同時に変化するのではなく、変化が起こるスピードは細胞ごとにまちまちで、SOD変異による作用が細胞ごとに異なることも示された。

 

病気の進行とともに発現が上がるのは、細胞死調節やERストレスなど細胞の防御に変わる分子で、強い細胞ストレスが発生していることがわかる。一方、シナプス伝達や軸索伸張などに関わる分子は強く抑えられる。また、この変化に呼応し、元々クロマチンのオープンなα運動神経の遺伝子発現部位のクロマチン構造も変化していることから、これらの変化を転写因子レベルに集約させられる可能性が示唆された。

 

そこで病気とともに変化する分子の中から転写因子に絞って調べると、Atf3とNfil3及びCREB3が最も変化が大きい転写因子としてリストされた。特にストレス応答に関わるAtf3とCREB3に注目し、iPS細胞由来の運動神経に過発現させると、期待通りCREB3で発現上昇した遺伝子の2割、ATF3 で発現低下した遺伝子の5%を説明できることを示し、おそらくSOD編荷によるストレス反応に関わる転写因子の変化がALS運動神経を特徴付けることが出来ると結論している。

 

変化はα運動神経で最も大きいが、運動神経の遺伝子発現が変化することで、例えばCSF-1分子が強く発現してミクログリアや膜素ラージが活性化されるという2次的効果も認めることができる。そして、Merfish を用いることでこれらの変化が、α運動神経の近くで起こる局所反応であることも示している。

 

最後にヒトALS脊髄の死後サンプルから核を取り出し、single nucleus 解析を行ったデータをデータベースから抜き出して、ヒトでも変化はα運動神経に現れること、SOD変異以外の患者さんでも同じくα運動神経の転写が変化すること、そして変化する遺伝子はマウスモデルで得られた変化にオーバーラップすることを示している。

 

まとめと感想

以上が結果で、SOD変異に抵抗性を付与している遺伝子も発見しているが、これらの結果を特に新しい治療法に結びつけられたわけではない。しかし、ALSの運動神経死への過程での遺伝子変化のデータは、今後の研究にとても重要だ。そして、同じα運動神経間に見られる変化のスピードの差の原因についてより深く理解が進むと、新しい治療法も開けるかもしれない。

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著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

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