著者紹介:西川 伸一
京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。
【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。
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ネアンデルタール人は4万年前前後に滅亡したとされている。人類がヨーロッパに進出したのが4.5万年前前後なので、ホモサピエンス侵出5千年で滅びたことになる。この急速な滅亡を説明する様々な仮説が存在するが、気候変動と遺伝的多様性の現象が重要な背景にあるとされている。
CONTENTS
本日紹介する論文
今日紹介するドイツマックスプランク進化人類学研究所を中心とした国際チームからの論文は、ホモサピエンスのヨーロッパ進出時、ベルギー・マース川沿いに棲息していたネアンデルタール人のゲノムについて新しいゲノムも含めて検討し直し、滅亡の原因を探ろうとした研究で、6月24日 Nature にオンライン掲載された。
タイトルは「Genetic diversity of late Neanderthals in northwestern Europe(北西ヨーロッパの後期ネアンデルタール人の遺伝的多様性)」だ。
解説と考察
この研究の目的は、滅亡に近い時期のネアンデルタール人ゲノムを調べ、本当に多様性が失われていたのかを検証することにある。実際クロアチアで発見された4.5万年前のネアンデルタールを10万年以上前と比べると明確な多様性減少は認められていない。そこで、アンデルタール人がデュッセルドルフ郊外ネアンデルタールで発見されたのが1856年だが、今回解析された骨は19世紀にこの地域で発掘されたもので、洞窟で保存された骨と比べると、保存状態は良くない。
幸い、技術の方が進歩して、これまで不可能とされていたレベルのゲノムを解析できるようになり、この研究が始まっている。結果、22カバレージゲノム解読が出来た1例に加えて、解析可能なレベルのゲノム配列を多くの骨から得ている。結果だが、ネアンデルタール滅亡に関わる問題は後にして、いくつかおもしろい発見を列挙しておく。
その上で、このグループの遺伝的多様性を様々な方法で検証し、これまでクロアチアのネアンデルタール人で示されていたように、北西ヨーロッパのネアンデルタール人も、10万年前の多様性とほぼ同程度に多様化していること、そして有害ゲノム領域は通常と同じように自然消去されることも確認している。即ち、北西ヨーロッパ内で広く交流のある大きなグループが形成され、遺伝的多様性も維持されていたと考えていい。
最後に、北西ヨーロッパでは新しくネアンデルタール人と現生人類の交雑があったとする証拠は全く認められず、例えば現生人類に同化することもなかったと言える。
まとめと感想
以上の結果は、気候変動による全人口減少がおこり、小さなグループ内での血族交雑が繰り返される結果、遺伝的多様性が失われたことがネアンデルタール人の絶滅の背景にあるという考え方は、少なくとも全ゲノムレベルでは否定できる。もちろん、特定されていない小数の遺伝子の違いがネアンデルタールの絶滅と現生人類の生存を決めたと考えることも出来るが、ネアンデルタール人絶滅の謎は解決からはほど遠い。