「ウシマンボウ」の名を全国に知らしめた巨大個体漁獲から10周年|マンボウ研究者・あの時の想いと今

2024.08.15

自分がどんなに努力しても叶わないことがある。マンボウを研究していてそう思い知らされた出来事がある。時は遡ること今から10年前、2014年8月15日の出来事である。この日の衝撃は今でもよく覚えている。おそらく一生忘れることはないだろう。皆さんはこの個体のことを覚えているだろうか?

マンボウではなく「ウシマンボウ」が話題に

その日、私は博物館でマンボウ類の標本を調査していた。そんな折、博物館の職員の人から、ニュースで「ウシマンボウ」が話題になっているとの話を教えてもらった。

私は聞き間違いかと耳を疑ったが、すぐにインターネットのニュースを見てみると、間違いなく「ウシマンボウ」が話題になっていた。マンボウではなく、ウシマンボウが。

 

博士課程だった当時、私はあの手この手でウシマンボウの名前を世間に知らしめようと躍起になっていた。自分が名付け親だということもあるが、日本にはマンボウだけでなく、ウシマンボウという別種がいることを多くの人に知って欲しいと思って活動していたのだ。

しかし、マイナーな大学院生ができることなんてかなり限られている。せいぜいTwitter(当時)でウシマンボウのことを定期的にポストして、フォロワーを増やすことや、生き物系のイベントに参加して同人誌を頒布することくらいしか当時は思い付かなかった。

2010年にウシマンボウの標準和名を提唱したにも関わらず、ニュースに取り上げられても特に話題になることもなく、4年の月日が流れていった。

そんな矢先、いきなりウシマンボウがニュースで話題になったのである。当時のライブドアニュースでは5943リポストされていた(いいねは2536で、リポストの方が多いというのが異常である)。

 

現在よりXのユーザーが少ない当時でそれほど拡散されていたというのは、人々の興味関心がかなり高かったことを示す。Yahooニュースでもウシマンボウが急上昇ワードに入っていたようだ。

 

この時、私に去来した気持ちは少し複雑だった。ウシマンボウの存在が世間に普及したのは非常に嬉しかった。その一方で、自分がコツコツと普及してきたことは、無意味ではなかったが、拡散力において、フォロワー数が多い先駆的なマスメディアには敵わないなと思い知ったのである。く、悔しい。

当時のニュースを再度振り返ってみる

改めてそのニュースを確認してみると、「2014年8月14日、北海道函館市沖の定置網で、全長3.5m超え、重さ1トン超えの大型個体が漁獲され、その個体はウシマンボウとみられるという。その定置網漁船にはたまたまイカ類のサンプリング調査を行っていた北海道大学の研究者が乗船しており、引き上げられた個体を写真に収めたのだという」とあった。

吊り上げられたウシマンボウは近くにいる漁師と比べるとかなり大きい。その写真のインパクトにニュースを見た人々は衝撃を受けたことと思われる。

ウシマンボウの名を知っている方が乗船してくれてよかったと私は心の底から思った。もしウシマンボウの名が出ず、2024年5月下旬に話題になった三重沖の中型ウシマンボウの事例のように、「マンボウ」とされていたら、私は訂正に翻弄しなければならなかっただろう……が、そんなことをしてもあまりその情報は世間に広まらなかったことだろうと思う。

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当時、ニュースのことで頭がいっぱいになった私は一晩考え、翌日にニュースに名前が載っていた研究者のことを調べ、メールアドレスを特定してすぐにメールを送った。

当時、北海道ではまだウシマンボウが記録されておらず、また日本北限記録になることは確実であったため、その旨を研究者に伝え、論文として情報を残して欲しいとメールを送ったのだ。すると、ありがたいことに、返事はすぐに返ってきた。

この巨大ウシマンボウが漁獲された当日はスルメイカの採集を行っており、たまたま漁獲されて写真や動画を撮影したことを教えていただいた。

衝撃の事実が発覚…からの共著論文へ

しかし、衝撃の事実がメールに書かれていた。長さや重さは実際には計測していないという。つまり、ニュースにさも計測されたかのように書かれていた「全長3.5m超え、重さ1トン超え」という数値は、推定値だったのだ!

おそらく、研究者がマスメディアにサイズを聞かれ、現実的にありそうな推定値を話したものが「推定」という単語を抜かれて報道されたのだ。

これはかなりよろしくない。何故なら、推定値とニュースには書いていないので、このままこのニュースを引用してしまうと、実際に計測していないこの個体がウシマンボウの世界最大個体になってしまうからだ。

マスメディアに掲載されている生物の数値が必ずしも正確ではないことに強く気付かされたのもこの時であった。

 

その後、研究者とメールをやり取りして、最終的に共著で論文を書くことになった。その論文が澤井ほか(2014)である。

現場にいた研究者から分かる限りの詳細なデータをもらい、私が情報をまとめた。実際には計測されていないので推定値になるが、長さの分かる物との写真上での比較から、このウシマンボウは全長3.2~3.4 mと推定された。

また重さも正確な数値は不明であるが、1トン以上はあったことが確認された(船の計量計では1トンまでしか量れなかった)。もし、正確に長さと重さが計測出来ていたらウシマンボウの世界最大個体と言えたかもしれないと考えると非常に惜しいのだが、私は現場にいなかったし、メインはスルメイカの調査だったので仕方のないことと割り切るしかない。ただ、表面水温だけは現場で計測されており、21℃であった。

 

この数年後、もう少し北でウシマンボウが漁獲され、ウシマンボウの日本最北記録は更新されることになるのだが、それはまた別の機会にお話ししようと思う。


 ウシマンボウ
  日本で普及
   北海道
    2014年
     想い出の年

参考文献

澤井悦郎・松井 萌・ダルママニ ヴィジャイ・柳 海均・桜井泰憲・山野上祐介・坂井陽一.2014.北海道初記録のウシマンボウ Mola sp. A.魚類学雑誌,61(2): 127-128.

【著者情報】澤井 悦郎

海とくらしの史料館の「特任マンボウ研究員」である牛マンボウ博士。この連載は、マンボウ類だけを研究し続けていつまで生きられるかを問うた男の、マンボウへの愛を綴る科学エッセイである。

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