Xでバズった三重沖の「マンボウ型魚類」の正体が判明! その答えは「中型ウシマンボウの個体変異」・・それって何?

2024.06.18

 2024年5月下旬から6月上旬はマンボウフィーバーでなんだか忙しかった。Xでマンボウ関連の投稿が2回バズり、海外でもFacebookに投稿されたカクレマンボウについての投稿がバズっていた。そのいずれも何らかの形で私のところに連絡が入っていたが、今回の記事はその中でも特に、三重県尾鷲市にある魚屋「有限会社はし佐商店」がXに投稿した大きなマンボウ属の漁獲動画と、その正体について深掘りしていこうと思う。

 

マンボウフィーバーの投稿たち

まず、市立しものせき水族館「海響館」のX(旧Twitter)のアカウントが2024年5月27日に投稿したミズクラゲを食べるマンボウの動画に興奮して「論文にできるんじゃないか?」と引用リポストしたものが12000件以上拡散されてバズった。

 マンボウがミズクラゲを食べること自体は昔から知られていることだが、実際に食べる動画の撮影に成功したのはかなりレアである。しかも一気飲み。百聞は一見に如かずと言うように、誰が見ても明確に分かる映像というのは、データとしての質が高い。この動画を見てもらえば、マンボウがミズクラゲを吸い込むことが誰にでも理解してもらえる。

 

 続いて、2024年5月29日に、三重県尾鷲市にある魚屋「有限会社はし佐商店」がXに投稿した大きなマンボウ属の漁獲動画が14000件以上拡散されてバズった。 こちらは私が関与していなくても自然とバズっていた。

 

 海響館と有限会社はし佐商店のバズったポストはマスメディアも注目し、様々な媒体で報道されることになった。これに関連して、有限会社はし佐商店の動画の個体に対するマスメディアの取材が私にも来たのだが、ちょうど博物マニアの前日搬入であちこち移動していた時で忙しかったこともあり断った。


 これらの騒動が収まってきた頃、海外では2024年6月3日にアメリカのオレゴン州のギアハートビーチに打ち上げられた全長221cmのカクレマンボウを報告したシーサイド水族館のfacebookの投稿がバズっていた。

 海外のニュースから私にまで取材メールが来ていたが……私が返事を返したのは既にニュースがリリースされた後だった。どの国でもメディアからの依頼は時間に余裕が無くてタイトである。

 

 と、このように、ここ2週間はマンボウの話題が目白押しであった(少なくとも私は)。

 

「三重沖のマンボウ属の正体」を論文に

 そんな中、私は有限会社はし佐商店さんに協力して頂き、思っていたよりも大きな話題に発展したマンボウ属魚類の動画を分析し、論文にまとめていた。タイトルで既にネタバレしているが、結論を言うと、有限会社はし佐商店さんが動画に撮影した個体はウシマンボウである!

 

 私は動画を見てすぐに分かったのだが、動画のポストにリプライや引用ポストしている人達が楽しそうにどの種かを予想していたので、今回はマンボウ属のどの種なのか言わない寡黙ルートを選択してみた。話題が過ぎた頃にXでアンケートを取ってみたが、予想は結構バラけていた。

 ところで、論文として出版するまでは研究内容の詳細は秘匿しておくというのが研究者の常識だ、と私は教えられてきたのだが、この考えは現在でもそうなのか、あるいはもっとオープンにした方がいいと世の中の流れが変わっているのか……あなたはどう思うだろうか?

 

 さて、件の個体の答え合わせをしよう。マンボウ属を外部形態で同定するのにも最も重要なポイントが1つある。それは体サイズだ。他の生物でもそうであるが、体の大きさと分類形質はリンクしており、この大きさ以上は体のこの部分を見たら種を識別できるというポイントがある。

 

 この個体は動画しか撮影されていなかったので、動画の切り抜き画像から全長の推定を試みた。動画では漁師の方がこの個体を手で触っていたので、有限会社はし佐商店さんにこの漁師の方の左手の横幅(下の写真の双方向矢印)を教えて欲しいと協力を依頼し、おおまかな計測値を教えてもらった。

 

 動画ではこの個体の真横からの吻端ふんたん舵鰭かじびれ後端までが映っているタイミングが無かったので、漁師の方がこの個体に接触したタイミングと、それに近い別の体の部位の映像を繋ぎ合わせ、長さが分かっている漁師の方の左手の横幅とこの個体の繋ぎ合わせた画像の全長を対比させて、おおまかな全長を推定した。その結果、この個体の推定全長は195~200 cmと考えられた。


 大きさが分かっている先行研究のマンボウ属個体の写真とも比較して、この個体の外観的な形態は推定された全長で問題ないと判断した。全長2m前後は、マンボウ属の中では中型個体に相当する。

 

 全長2m前後の体サイズは、マンボウ属各種の識別ポイントが先行研究で明らかになっているので、そのポイントを見ればいい。見るべきポイントは、下の画像の赤い矢印と黄色い囲みの部分である。

 頭部は微妙に隆起している気もするが、隆起無しとした。下顎下部はわずかに隆起している。舵鰭縁辺部は全体的に波打っていない。黄色い囲みは頭尾方向の盛り上がったシワが無い。これらの形態的特徴の組み合わせをもつマンボウ属の種はウシマンボウしかいない。頭部や下顎下部は成長とともに隆起し、まだ全長2m前後ではあまり発達していない(個体によって発達具合は異なる)。また、ウシマンボウはマンボウよりも体の白いまだら模様がハッキリと見える傾向があり、この個体も白いまだら模様がハッキリと見えるため、ウシマンボウと同定できることを支持する。


 一方で、動画を見ていて面白い発見もあった。上の写真の緑矢印に注目して欲しい。舵鰭基部の帯状部から舵鰭中央部の先端まで帯が伸びている。この部位は呼び名が無いので、「後延帯」と命名した。

 後延帯は日本では確認されていないカクレマンボウが特徴的に持つ分類形質だが、稀にウシマンボウやマンボウにもこの後延帯を持つ個体がいる。つまり、このウシマンボウは典型的なウシマンボウではなく、個体変異である。

 逆に、カクレマンボウは典型的にこの後延帯を持つが、稀に後延帯が無い個体がいて、これも個体変異と私は考えている。我々ヒトの個性と同様に、生き物も個体によって少し形態が異なるのだ。カクレマンボウはこの後延帯で舵鰭が上下に2分割されており、上の部位と下の部位を別々に動かせることが分かっている。

 今回のウシマンボウの変異個体も動画をよく観察してみると、後延帯で上下に2分割された舵鰭は、上の部位と下の部位を別々に動かしていることが分かった。

まずは舵鰭の通常姿勢。



次に舵鰭の上の部位を折り曲げた状態。



最期に舵鰭の下の部位を折り曲げた状態。



 観察すればするほど面白い。何故、上下別々に動かせるのかというと、それは舵鰭の解剖学的構造を考えれば納得できる。

 マンボウ類の舵鰭は背鰭せびれの一部と臀鰭しりびれの一部がそれぞれ変形して形成されている。つまり、後延帯で2分割された舵鰭の上の部位は厳密に言うと変形した背鰭であり、逆に2分割された舵鰭の下の部位は変形した臀鰭なのだ。

 舵鰭を動かす筋肉や神経も背鰭由来の部位と臀鰭由来の部位に分かれていることを考えると、舵鰭が上下別々に動いても不思議ではない。

 

 特に今回は水の影響がない、宙づりにされた状態で舵鰭の上下の部位を別々に動かしていたことから、自発的に動かしていたと言える。これらを総合すると、後延帯で2分割された舵鰭の上下の部位が別々に動いたことは、舵鰭は尾鰭ではなく、背鰭由来の部位と臀鰭由来の部位が組み合わさってできている、ということの一つの証拠となるのである。

 後延帯が無い個体は舵鰭が上下に分割されていないので、潜在的に舵鰭を上下で別々に動かせてもその動きを観察することは難しい(舵鰭をただ左右に振っているだけに見える)。後延帯は関節みたいな役割をしていたわけだ。

 

 私も水族館でマンボウは散々観察してきたが、舵鰭のこの動きは今まで全然気付かなかった。おそらく、マンボウも後延帯を持つ個体変異は、分割された舵鰭を上下別々で動かせるはずと予想している。百聞は一見に如かず。実際に見てみたい。

 

マスメディア報道と研究者視点の違い

 今回調査した個体は、マスメディアでは「マンボウ」、「3m」と報道された訳であるが、全長2m前後のウシマンボウと同定するのは難しかったことと思う。マスメディアの報道した「マンボウ」が種レベルを指すのか、総称レベルを指すのか、「3m」が実測値を指すのか、推定値を指すのかを判断するのは難しい。なので、もう少し詳しく書いて欲しいと思うところなのだが…

 …マスメディア視点の文献である保坂(2004)や大石(2009)を読むと、マスメディアは時間と文字数の制限がある中で、一般受けする速報性、話題性、可読性の高い報道を重視しており、情報の正確性を重視する科学者とはそもそも考え方が違うと書かれており、私は衝撃を受けた。

 確かに何かに追われていると仕事が雑になるのは仕方がないような気もするが……うーむ、これはマスメディアの情報を利用する際に、研究者側がその情報がどの程度正確なのかを検証して気を付けるしかないかもな……と思ってしまった。記事を書いている私がこれを言ってしまうとブーメランになってしまうかもしれないが、マスメディアの情報は参考程度にして、鵜呑みにはしない方が良さそうだ。

 

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