新しい繊維に繋がるバイオミメティクス

2024.03.25

私たちの生活を快適にしてくれる繊維。人間にとって繊維はもはや欠かせない素材である。

繊維といっても製品や用途は様々である。
衣服はもちろん、鞄、椅子のシート、傘など、見回してみてもどこかに繊維が見つかるほどたくさんの繊維が開発されている。
例えば、某メーカーの保温性が高いインナーは毎年のように新しい製品が開発され、寒がりの僕にはとても助かっている。 

実は繊維業界は、バイオミメティクスで開発された技術がすでにいくつかあり、今後もかなり期待が大きな業界でもある。
そこで今回は、繊維に関するバイオミメティクス事例を紹介していく。

 

ホッキョクグマ

とても寒い極地に生息するホッキョクグマ。
-50℃にも達する世界で生きていくためには、何らかの体を温かく保つ仕組みを持っているはずである。 

ホッキョクグマの毛は、人間の髪の毛と異なり、中央が空洞になっている。
空気は熱伝導率が低いため、中空構造の毛で覆われることにより、体が発する熱を外に逃さず体温を保つことに適している。
この構造を参考に作られた繊維を用いたセーターは、体積にくらべ保温性能が高いとの研究結果が出ている。 

-20℃の冷凍室で服の保温効果を試した実験では、ホッキョクグマから学んで作られたセーターは、ダウンジャケットと比較して1/3~1/5の厚みでほぼ同等の保温機能を示している。

ホッキョクグマと同様に、アンゴラウサギやトナカイも中空の毛をもっているそうで、寒い環境に適応した結果であることが伺える。

ちなみに、ホッキョクグマの毛は一見白色に見えるが実は透明で、毛内部の空洞で光が拡散することで、白く見えている。
毛の保温ではなく、光の拡散に着目したバイオミメティクスもある。
例えばシャープ株式会社は、光が拡散するその中空構造を参考に、冷蔵庫内の光を拡散するためのライトカバーを開発している。

 


イネ

簑(みの)という言葉を聞いたことがあるだろうか?
昔の人が使用していた、イネ科植物を編んで作られる雨具である。
その時代にどこまで物理的に検証したかはわからないが、イネの葉が水をはじくことに気づいて利用したのかもしれない。 

蓑は生物そのものの利用なのでバイオミメティクスではないが、蓑の材料であるイネの撥水構造を利用したバイオミメティクスはある。
帝人フロンティア(株)が開発した、『MINOTECH(ミノテック)』である。 

水をはじくというより「水を滑らせる」ということに着目したそう。

イネの葉は、微細な凹凸表面であることに加え、単子葉類特有のまっすぐな葉脈構造によって水が流れ落ちやすくなっているそうだ。 

そこから着想を得て、布の表面に「マイクロガーター構造」という水滴を流す凸構造を実現することで、水を滑らせやすい繊維となっている。

 

サハラギンアリ

以前の記事で紹介した、三角形断面の毛で体温上昇を抑制しているアリについて。
車の技術展示会であるJapan Mobility Show2023(以下、JMS)にて、トヨタ紡織(株)が「バイオミメティクス遮熱表皮」として展示していたことがわかった。 

「砂漠の生物をヒントにした熱くなりにくい表皮」とJMSの出典物リストで書かれており、この技術によって車内内装材の表面温度が下がるとのこと。
まだ詳細情報はでていないので、個人的に要注目な技術である。

関連記事

砂漠や乾燥地帯に棲む生物の面白い生存戦略! 将来のバイオミメティクスになるかも!?


最後に

今回は、私たちの生活に欠かせない「繊維」に注目してバイオミメティクス事例を紹介した。
生物にとって毛は、防御、保温、汚れの除去、撥水、砂の侵入防止など、様々な役割をはたしている。
そのため、繊維に求める機能を、生物が持つ様々な特徴から上手く見つけることができれば、まだ見えてこなかった新しい活用方法が見いだせるだろう。

 

 

参考資料

Mingrui Wu et al. ,Biomimetic, knittable aerogel fiber for thermal insulation textile.Science382,1379-1383(2023).DOI:10.1126/science.adj8013

帝人フロンティア株式会社, MINOTECH

Norman Nan Shi et al. ,Keeping cool: Enhanced optical reflection and radiative heat dissipation in Saharan silver ants.Science 349,298-301(2015).DOI:10.1126/science.aab3564

トヨタ紡織株式会社, Japan Mobility Show2023

Japan Mobility Show2023, 出典物リスト

 

【著者紹介】橘 悟(たちばな さとる)

京都大学大学院 地球環境学堂 研究員
バイオミメティクスワーククリエイト 代表   

X(Twitter)では記事公開や研究成果の報告などバイオミメティクス関連情報を呟きます。
パナソニック株式会社にて社会人経験を積んだのち、バイオミメティクスの研究を行うために退社し再びアカデミアの道に進む。企業への技術指導など、バイオミメティクスのアウトリーチ活動も積極的に実施。
※参考「学びコーディネーターによる出前授業」
研究知のシェアリングサービスA-Co-Laboにてパートナー研究者としても活動中。バイオミメティクスの紹介や生物提案など相談可能。

このライターの記事一覧