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生物の構造や行動を参考にしたバイオミメティクスの事例は、広く注目されている。
そのバイオミメティクスにおいて、生物が光を利用する仕組みも、見逃せない興味深いテーマの一つである。
例えば、タマムシなどがもつ構造色のように微細構造によって光の反射の仕方を調整して何らかの効果を得たり、サハラギンアリのように三角形の体毛で光を反射して体温上昇を抑えたり、ガの眼のように当たる光を散乱させて反射を防止したりと、生物が光を利用する方法は様々であり、それぞれ生息する環境や生態に適応している。
そして、そのような適応は工学的にもとても魅力的である。
普段は意識することの少ない「光」だが、生物の生態においては重要な役割をもっている。逆に、深海や洞窟内など光が少ない特殊な環境では、それに適応した特殊な生態をもつ生物が生息する。
そこで今回は、バイオミメティクスとしても注目されている「光や視覚」に関する特徴的な生物を紹介する。
CONTENTS
最初に取り上げるのは、「超黒色」である。
超黒色とは、ほぼすべての光を吸収するため反射光が眼に入ってこず、文字通り「超・真っ黒な」色(構造)のことである。
物の表面のデコボコがわからなくなるくらい黒い、というと想像しやすいかもしれない。アニメ風の表現だと、ただ真っ黒な空間があるように見える(ブラックホールのような「くらやみ」)、という感じだろうか。
真っ黒な生物として紹介したいのは、ラクダアンコウ科のユメアンコウである。
ユメアンコウは、0.5%未満の光しか反射しない「超黒色皮膚」をもち、被食者や捕食者から見えにくくなっている。ユメアンコウのように、頭に生えた発光する疑似餌(ルアー)を使う超黒色魚類は、その発光から反射を抑えて捕食者に気づかれにくい効果があると言われている。
また、発光生物を捕食したときに体内からの発光を隠す役割があるという説もある。
超黒色の皮膚で反射率がとても低いのは、皮膚外側にメラノソーム(メラニンを含む細胞小器官)が密に積み重なった層があるためである。シミュレーションでの検証では、メラノソーム層内では、光を散乱させ、光が通る経路を長くすることで、より反射率を低下させている効果が確認されている。
散乱と吸収によって光反射率を低くするそのような構造は、新たな黒色材料を生み出す参考になるだろう。
つい最近 X で真っ黒な深海魚の動画が流れてきたので「すごい黒いな~いつか僕も生で見たいな~」と眺めていたが、容器内で泳いでいるのにシルエット(輪郭)しか認識できなくて、錯覚を見ているようなとても不思議な感覚だった。Youtube などでも動画があるようなので、ぜひ「Ultra Black fish」で調べて見てみてほしい。
モンハナシャコ(Odontodactylus scyllarus)
次は、「偏光視」に関する生物の話をしたい。
通常の自然光は様々な方向に振動する波であるが、偏光(polarized light)とはその振動方向が特定の方向に整った(揃った)状態の光のことである。私たちの生活では、偏光サングラスやカメラの偏光フィルタなどの製品に応用されており、水やガラスの反射光をカットすることができる。
偏光は人間にとっては知覚しにくいが、実は一部の生物では「偏光視」という偏光を識別する視覚機能をもっている。
例えば、フンコロガシの一種 Escarabaeus satyrus は夜間に偏光を頼りに方向を認識している。
また、青基調の構造色を羽にもつチョウ Jalmenus evagoras は、偏光視によって同種の雌雄を識別している。
このような研究は、生物の能力を解明するだけでなく、都市開発や人間による光の利用の影響についても考えさせられる重要な情報である。
円偏光についても述べたい。偏光の中には、円を描くように回転しながら振動する光を意味する円偏光というものがある。
強力な「シャコパンチ」で知られるモンハナシャコだが、実はハナシャコ属は「円偏光」を識別できる生物としても注目を集めている。
どのようなことに円偏光を利用しているのかはまだ未解明な部分が多いが、エサとなる生物を識別するなど捕食に活用しているのではないか、と検証が続けられている。
このような生物が持つ、偏光の向きや強さを検知する能力は、生物学的な研究だけでなく、先ほど述べたようなカメラや映像への応用が期待されている。
Fenestraria aurantica (画像: Stan Shebs; https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Fenestraria_aurantica_1.jpg)
日本では観葉植物として市場に出回っているフェネストラリア(Fenestraria)は、レンズ植物や窓植物(Window plant)とも呼ばれている多肉植物である。主に乾燥地域に生息するこの植物は筒状の葉をもつが、葉の大部分を砂の下に埋め、半透明の膜である先端を地表にだす。
先端は、特定の波長の光を選択的に透過・分散させるレンズのような機能を持ち、光合成を効率的に行っているとされている。一般的な植物が外からの光を光合成に用いるのに対して、フェネストラリアは土に埋まっているため、太陽光を一度葉先端のレンズ部分を通して内部に入れてから葉の壁面に拡散させる形となっている。
ナミブ砂漠に生息するフェネストラリア(Fenestraria aurantica)を用いた研究では、90%の可視光を遮断しつつ、光合成に適した光を効率的に吸収する特性が報告されている。地面に平行に進んできた光も、葉先端のレンズに当たって通過することで、葉の根本付近にまで届く。また、熱を吸収しないフィルタ機能があるという可能性も示されている。
このような植物の光吸収メカニズムを参考に、太陽電池の発電効率向上やディスプレイの視認性向上への応用が検討されている。シミュレーションでは、この仕組みを参考にした集光器は従来より 10%ほど効率が良いそうだ。
紹介した事例のように、生物は光に対してさまざまな適応を遂げてきた。
今回は取り上げなかったが、ホタルやヒカリキンメダイといった発光生物もそのうちの一つだろう。暗い部屋でヒカリキンメダイを飼育展示している水族館も多いので、足を運んでみてはどうだろうか。
また、光で虫をおびき寄せ、粘着性の糸で捕まえるヒカリキノコバエの幼虫(通称・土ボタル)が生息する洞窟は、ニュージーランドでも有名な観光スポットとなっている。
人間とは異なる方法で世界を見ているさまざまな生物、彼らの光の利用法は、私たち人間にとってはなかなかイメージしにくい部分もある。もちろん、未解明な仕組みや、まだ検証されていない生物も数多く存在している。
今後、センサー技術などのバイオミメティクス分野で、こうした生物の仕組みが応用される事例はますます増えていくだろう。
──たしかに、3個以上の眼を持つもの、水中と大気中を同時に見ているもの、後方まで広い視野を持つもの…。一体、どんな世界が見えているのだろうか。
参考資料
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