砂漠や乾燥地帯に棲む生物の面白い生存戦略! 将来のバイオミメティクスになるかも!?

2023.12.26

日中の気温が高く、水分も少ない砂漠や乾燥地帯で生物はなぜ生きられるのか。

地面の表面温度が70度を超えることもある環境は、普通の生物にとってはかなり過酷だと思うが、そのような環境でも生物は当然のように生息している。

 

そして、そのような生物達は、過酷な環境を生き抜くために何らかの特別な生存戦略をもっていると考えられる。その生存戦略の仕組みは、「高温」や「乾燥」といった課題に対する解決策として、将来のバイオミメティクス技術となる可能性が十分にある。

 

今回は、砂漠(乾燥地帯)という環境に着目し、面白い生物を取り上げていきたい。

 

サハラギンアリ

(Norman Nan Shi et al. (2015) Fig.1より引用)

 

強烈な直射日光かつ気温50℃の地表面70℃なんて、私にとっては「暑い」で済まない環境なのだが、このサハラギンアリ Saharan silver ant(Cataglyphis bombycina)は特殊な体毛によって、耐暑性を身に着けている。

 

毛というと丸い断面を想像するだろうが、このアリの表面の毛の断面は上図Dのように、なんと三角形になっているのである。更に、三角形の1つの底面はなめらかな表面であるのに対し、他の2面は波形表面になっている。

 

この毛の形状と入射光の関係について行われたモデル計算によると、広い入射角範囲(34.9度以上)において、入射光の90%を反射できる仕組みになっているそうだ。更に、1本の毛で反射できなくても、下にある他の毛で再度反射させることができるので、アリ個体ではより反射率が高くなると予想される。

 

光照射による体温測定の実験では、毛を剃った個体に対して、剃らないままの個体は体温がおよそ2℃低くなることも示された。

 

まとめると、サハラギンアリは、太さ3μmほどの三角形の毛で体を覆うことで、太陽光の大部分を反射し、体温上昇を抑制しているのである。

(このアリの耐暑性に関する研究論文を読んでいると、アリの体内に細い熱電対を入れるとか、メスで表面の毛を丁寧に剃ってサーモグラフィーカメラで温度測定するとか、結構泥臭い器用な実験をしていてとても勉強になった。)

 

サボテン

サボテンは、乾燥地帯に生息する植物代表のようなイメージだが、改めてその姿をみてみると、かなり特徴的な形状をしている。

なんといっても「棘」があるのがサボテンの特徴であるが、この棘は葉が変化したものである。棘状であることで表面積が小さくなり、蒸発が抑制されている。

さらに、細かい棘で覆われることで、水分を蓄えた茎部分を動物から守ったり、日光の紫外線から茎部分を守ったりする機能もある。

 

棘だけでなく、茎表面にある尾根と谷のような凹凸によっても、表面に影をつくることで体温上昇を抑えている、という情報もある。

 

そのようなサボテンの耐暑機構は、建築物への応用が期待されている。カタールの農業庁舎として、サボテン型の建物が提案された事例がある。

 

ZEB(Net Zero Energy Building)の取り組みも盛んになってきたので、建物やオフィスの省エネ化の参考になる可能性は十二分にあるだろう。

 

人間のモノづくりだと部品や機能の追加によって改善していく(複雑になっていく)ことが多いが、このように複数の機能を兼ねた生物の最適化や単純化をみると、「生物凄いなぁ...」と私はつい感じてしまう。


キリアツメゴミムシダマシ

砂漠に生息するゴミムシダマシ科の数種(Onymacris unguicularisなど)は、空気中の水分を体表面で結露させて水滴にし、口に流して飲む。

 

砂漠に発生する霧に体を晒す「霧浴」を行って水を収集することから、Onymacrisキリアツメ属と呼ばれている。

更に、別属であるStenocaraの1種では、体表面には水をはじく撥水部分とはじかない親水部分が混在し、結露した微小な水が水滴となって流れ落ちやすくなっているとの報告もある。

 

以前に紹介させて頂いた科学絵本『すごい!ミミックメーカー』(ノードストロム原著)では、これら甲虫の水を集める仕組みを参考に発明された露収集容器『デューバンク・ボトル』が掲載されている。

 

水が入手しにくい環境だからこそ、空気中の水分をどうにか利用する生物の仕組みには感心するばかりである。

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さいごに

他にも、地表面の熱を避けるために脚を上げるヒラタカナヘビや、毛細管現象によって体表で水分を移動させるモロクトカゲなど、砂漠・乾燥地帯には、厳しい環境に対応する能力を持った生物が多く生息している。

 

バイオミメティクスを活用する際に難しいのは参考になりそうな生物を見つけることだが、今回の記事はその部分の練習にもなるだろう。


多くの分野で発生する技術課題だと予想される「耐熱性」や「耐乾燥」というキーワードに対し、そこから「生物は、高温や乾燥にどのように耐えているか」という疑問文に変換すると、「同様の問題に直面している生物」として砂漠や乾燥地域に生息する生物にたどり着くことができる。

 

砂漠のような極端な環境に生息する生物は、特徴的な生存戦略能力が分かりやすく面白いので、他にも深海や極地、高山にすむ生物なども今後どこかで取り上げたいと思う。

参考資料

Norman Nan Shi et al. (2015) Keeping cool: Enhanced optical reflection and radiative heat dissipation in Saharan silver ants. Science 349, 298-301. 

Willot Q, Simonis P, Vigneron JP, Aron S (2016) Total Internal Reflection Accounts for the Bright Color of the Saharan Silver Ant. PLOS ONE 11(4): e0152325. 

J. Laver, D. Clifford & J. Vollen (2008) High performance masonry wall systems: principles derived from natural analogues. Design and Nature IV, 114, 243-252. 

Parker, A., Lawrence, C. (2001) Water capture by a desert beetle. Nature 414, 33–34. 

寺山守 (2021) 『昆虫の系統と分類・生態』 ケロ書房.

クリステン・ノードストロム, 今井悟朗 訳(2023)『すごい!ミミックメーカー 生き物をヒントに世界を変えた発明家たち』 西村書店.

Guadarrama-Cetina, J., Mongruel, A., Medici, M.G. et al. (2014) Dew condensation on desert beetle skin. Eur. Phys. J. E 37, 109. 

Nørgaard, T., Dacke, M. Fog-basking behaviour and water collection efficiency in Namib Desert Darkling beetles. Front Zool 7, 23 (2010). 

 

【著者紹介】橘 悟(たちばな さとる)

京都大学大学院 地球環境学堂 研究員
バイオミメティクスワーククリエイト 代表   

X(Twitter)では記事公開や研究成果の報告などバイオミメティクス関連情報を呟きます。
パナソニック株式会社の開発研究職を経て、2024年京都大学大学院人間・環境学研究科 博士課程修了。博士(人間・環境学)。高校への出前授業といった教育活動や執筆活動なども積極的に行い、バイオミメティクス関連テーマを多角的に推進する。
※参考「学びコーディネーターによる出前授業」
研究知のシェアリングサービスA-Co-Laboにてパートナー研究者としても活動中。バイオミメティクスの紹介や生物提案など相談可能。

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