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皆さんは、生物が持つ能力を人類の技術に活かす学問である「バイオミメティクス(Biomimetics)」について知っているだろうか?
私はこれまでLabBRAINSでバイオミメティクスについて多様な視点から記事を書いてきたが、この度、2024年12月に『バイオミメティクスは、未来を変える 生物をきっかけに創られたテクノロジー』を出版した。
その本は、中高生から技術者や研究者までの幅広い層に楽しんでもらえるよう、様々なこだわりを詰め込んだ内容になっている。今回は、書籍の紹介や出版に至る経緯など、本の執筆についてまとめたいと思う。今後本を書いてみたいと思っている人のヒントになれば嬉しい。
CONTENTS
執筆の話は2023年の夏の終わり頃に突然やってきた。
出版社から直接連絡があり、Lab BRAINSの連載記事を見てくださっていたとのこと。
執筆を続けて良かったと心から思った。
いつか本を書きたいとはずっと思っていたが、連絡があった当時は学生だったのもあり、依頼を受けるかは少し悩んだ。だが、あまり紹介される機会のないおもしろい開発事例や研究事例を幅広い層に向けて発信してバイオミメティクスを知ってほしいという気持ちがあったので執筆を決意した。
そのときは悩んだが、出版された今となっては「書いて良かった!」という気持ちしかない。初めての書籍となるとどうしても不安になることもあると思うが、同じような状況で悩んでいる人がいれば、ぜひ書いてみることを勧める。また、もし本を書きたいのであればWEBやSNSを活用した発信も大事だと思った。僕に執筆の機会がきたのも、バイオミメティクスについて積極的に発信している人がまだいなかったのもあるだろう。
当初本の構成を考えていたときは、1冊にできる十分な量を書けるのかが大きな不安だったが、調べれば調べるほど知らなかった活用事例などもでてきて全く問題なかった。ほぼ執筆作業が終わってからも新たな研究論文が目について、「あぁ、これもうちょっと早く公開されていれば紹介したかった!」というのがいくつかあった。
研究は日々進歩しているので、また数年後に新しい本で紹介できればと思う。
「新しいバイオミメティクス事例」というのは、この本のキーポイントである。
というのも、新聞などでとりあげられることが増えたバイオミメティクスだが、新しい研究事例にスポットをあてているものは少ないように感じていた。そして、普段研究をしていると、海外の開発事例や製品にはなっていないが論文にはなっているワクワクするようなバイオミメティクス事例を知ることが多い。そこで、それらの新しい事例を紹介することが書籍の目的の一つとなった。
今回の執筆にあたり、もっと幅広い分野の事例を紹介することで、分野の進展を発信できるのではと考え、2015年以降のできるだけ新しい論文をベースにまとめた。
そのため参考文献はほぼ学術論文であるが、読者ターゲットは中高生以上かつ技術者研究者とした。専門用語はできるだけ使わず、専門家でなくともすんなり読めるような本を目指した。
書籍は3章構成となっている。
まず、すでに技術となったバイオミメティクス事例(第1章「わたしたちの生活を支えるバイオミメティクス」)、次にアイデアをどのように発想するのかといったバイオミメティクスの基礎研究に関する内容(第2章「バイオミメティクスを見つけよう」)、最後に今後バイオミメティクス技術になりそうな研究事例や期待される生物(第3章「未来の社会を創るバイオミメティクス」)について記した。
具体的な事例として、たとえば、アリを参考に協力して運搬するロボットや、ハスの葉の撥水を参考にしたコンクリート成形技術、渡り鳥の隊列飛行を参考にした航空機の運航方法、カイロウドウケツというガラス繊維骨格をもつ生物などを多数紹介している。
この構成にした理由は、過去の成功事例だけではなく、どのようにアイデアを探すかという現在の課題と将来のバイオミメティクスを紹介することで、分野の変化や成長を伝えることができるのでは、と考えたからである。今回3章で書いた事例が、数年後には実用化されていて製品を紹介できると嬉しいなと期待している。
1章と3章では実際の開発事例を紹介したが、その紹介の仕方もこだわった。
論文では、生物の仕組みと応用技術の成果をどちらも丁寧に書かれたものはとても少ない。企業の開発事例でも、「○○という生物を参考にした○○」とは書かれるが、参考にした生物の生態などを詳しく紹介することは少ない。(技術者がその生物を実際に見たことがない事例もある。)
しかし、生物がなぜ応用される能力を持っているのか、生物にとってその能力はどのように使用されているのかを知ることは今後バイオミメティクスが広まる上でとても大事だと考えている。
この本では、バイオミメティクス事例の中で、応用された生物の能力についてその生物にとっての役割と、応用した技術で何が解決できるかを並べて紹介している。
たとえば、砂漠に生息するアリがもつ三角形の体毛は日光による体温上昇を抑制する役割があることと、それを応用することで光があたっても温度が上昇しにくい繊維が開発されたことについて、生物にとっての役割と応用技術の両方を紹介しているが、バイオミメティクスの本でこれをしているのは意外と珍しいと思う。
分野だけでいうと、読んでいる間は生物学と工学を行き来するような不思議な感覚になるかもしれないが、その領域を超えた関係性について楽しんでもらえると嬉しい。
この本では論文や企業の技術情報から多くの事例を紹介しているが、もっと、この本でしか得られないような内容を入れたいと思い、バイオミメティクスの基礎研究をもとにしたアイデア発想の方法についても書いた。
特に、「課題解決型アプローチ(課題から生物を探す)」や「解決策提案型アプローチ(生物から応用を探す方法)」などに含まれる具体的な手順が書かれたものは論文でしか見たことがなく、バイオミメティクスの入門としてはかなりハードルが高いと感じていた。そのため、この本で基礎研究からのアイデア発想の手法を簡潔にまとめることで、入門書ながら実用書としての側面を持たせることを心がけた。
その分どのようにわかりやすく書くか結構悩んだが、「たとえばマツボックリで考えると・・・」というように例を添えることで、読者が本を読みながらイメージしやすいように執筆してみた。
バイオミメティクスを仕事で活かしたい人は、自分が抱える技術課題について本の内容にそって考えてみると、面白いアイデアを見つけることができるかもしれない。
ここで、本書を手に取ってくださった読者の感想を紹介する。
【化学分野・元技術者の方の感想】
「実生活の中にバイオミメティクスを活用した生活品があり、面白そうな分野とは思いつつ、自分の専門分野とは離れた分野という認識が強くありました。何から学べばいいかもわからず、なんとなくwebメディアで表面だけ学んでみるという感じでした。
今回橘さんの執筆された本を読んでみたところ、事例紹介だけでなく、どのような視点で生物を捉え、それを社会に役立つ技術に組み込むのか?というノウハウの部分も説明されており、バイオミメティクスの利用視点だけでなく、仕事にも役立つ視点だなと感じました。
また、全体的に学術書のような難しい書き方ではなく自分の思いも盛り込んだカジュアルな文章でありながら、正確かつ丁寧に書かれていました。
イラストや写真も豊富で、私のような専門外の人間だけでなく、将来を考える中高生でもすんなり読めると思います。読んだ後に、様々な軸でディスカッションもできるのでジャンル問わず大学生の輪読などにも良さそうです。
生物の不思議、科学の不思議を知る入門書としておすすめの一冊です。ぜひ親子で読んで科学に触れていただきたいです。」
出版後はイベントなどで「おもしろかった!」などの感想を直接言っていただけることもあり、執筆者冥利に尽きる思いである。本書で少しでもバイオミメティクスの面白さを伝えることができていれば嬉しい。また、寄せられる本書の感想や意見は今後のアウトリーチのヒントにもなるので、執筆の大きなメリットとして活動のモチベーションを向上させる効果もあるだろう。
この本は、20以上の活用事例が紹介されており、家でできるような簡単なバイオミメティクスの実験も書かれているので、深く知りたい人や生物のおもしろさを感じたい人にぜひオススメしたい。また、紙版はもちろん、Kindleの電子書籍もあるので、移動時間などに気軽に読んで欲しい。
もしも若い研究者の方で本を書こうか悩んでいる人がいるとしたら、僕は書くことをお勧めしたい。1冊だけでおもしろい文章が書けるようになる訳ではないが、「文章で表現する」ことへの解像度は間違いなく上がるし、少しでも速く書くためにはなにがあったら良いかなど執筆環境の工夫は研究の効率アップにもなるだろう。僕は、モニターやマウス、キーボードといったガジェットを色々試したし、音声入力も導入するきっかけとなった。もちろん出版後には人脈も広がり、他の仕事にも繋がる。
本を執筆することには苦労も当然あったが、いつか叶えたい夢の一つであったのでとても貴重な経験となった。いまは無事出版されてとてもホッとしている。
そして、本を執筆してみて、バイオミメティクスのおもしろさを伝える手段はまだまだたくさんあることも感じた。これからも、絵本、漫画、映像などなど、少し時間を割いてそのような作品づくりに携わりたいと思っている。
〇書誌情報
タイトル:バイオミメティクスは、未来を変える 生物をきっかけに創られたテクノロジー
著者:橘悟
発売日:2024年12月9日
出版社:WAVE出版
ページ数:176
Amazonの販売ページ:https://amzn.asia/d/jfDLF74