著者紹介:西川 伸一
京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。
【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。
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脳ではなく頭蓋骨髄が慢性痛の手がかりに。PET検査で検出されるTPシグナルの上昇が腰痛や関節痛と関連するという驚きの研究結果を紹介。
CONTENTS
本日紹介する論文
今日は全く前置きなしに論文を紹介する。と言うより、前置きが考えつかないほど風変わりな研究だ。ハーバード大学からの論文で、なんと脳腫瘍や炎症の指標としてPET検査が行われている translocator protein の頭蓋内発現を調べることで、慢性の痛みが診断できるという、驚く話で、9月2日 Science Translational Medicine に掲載された。
タイトルは「Elevated translocator protein in skull bone marrow is linked to human chronic pain(頭蓋骨髄内での translocator protein の上昇は人間の慢性痛と相関している)」だ。
解説と考察
Translocator protein (TP) に結合するリガンドを用いたPET検査は、脳内の炎症や腫瘍の診断に使われている。このグループは視覚的前兆を伴う偏頭痛をこの方法で調べて、髄膜周辺組織の炎症が症状の一つではないかという論文を2020年に発表している(Ann Neurol. 2020、 87(6): 939–949)。この中で、髄膜周囲だけでなく頭蓋骨髄まで脳の炎症が広がるのではと議論している。
この可能性についてより正確に比べるため、脳のMRIとPET画像から頭蓋骨髄のPETシグナルだけを調べる方法を開発し、脳でのシグナルが低い膝関節炎による慢性痛、及び慢性腰痛の患者さんを集めて頭蓋TPレベルを調べている。
まず健康人で調べると、老化とともにTPシグナルは低下する。また、女性の方が高い傾向を示す。このような要因を考慮した上で、健常人と慢性痛を訴える患者さんを比べると、腰痛、関節痛の順序でTPシグナルが上昇する。さらにTPシグナルは痛みの程度と正比例する。痛みが続くと不安感やうつ症状が出るが、このような精神的症状とも正の相関を示す。
ふしぎなのは、痛みの場所にかかわらず、左側の頭蓋のシグナルが高く、また前頭葉側でより強いが、原因は全くわからない。
TPは炎症で活性化された白血球で発現が上がることが知られている。そこで急死した患者さんの頭蓋を採取、免疫組織学的に調べている。結果は、骨髄中の細胞数は痛みを訴えていた患者さんで明らかに増加しており、TP陽性率も正常の55%に対して82%の白血球で発現が見られている。
まとめと感想
結果は以上で、このグループは慢性の痛みは脳の炎症を誘導し、この炎症に関わる細胞が、最近注目されている脳と頭蓋骨髄とをつなぐ血管を通り、脳から骨髄へと移動すると考えている。2018年、このルートについての論文を紹介したが(https://aasj.jp/news/watch/8894)、この論文の責任著者も参加している研究なので、この発見を人間にトランスレートする一つの試みと考えられるが、もう少し動物実験を重ねてほしかったというのが印象だ。慢性痛の実験は難しいが、脳の炎症モデルは多い。読んでいて結論ありきの印象が強いが、頭蓋骨髄を抜き出して調べるというのはおもしろい。