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※当記事で触れられている窒素含有水素化ルテチウムの論文は2023年11月7日に撤回されました。当記事の内容は公開当時の状況に基づいています。
みなさんこんにちは! サイエンスライターな妖精の彩恵りりだよ!
今回の解説は、2023年7月22日にプレプリントが投稿されて世間を騒がせた、世界初の常温常圧超伝導かもと言われていた物質「LK-99」の解説だよ!
もし常温常圧で超伝導を示す物質が実在した場合、それは物理学上の大発見であるために、科学界のみならず株式市場やSNSにいたるまで、様々な反応が出たよね。
でも、ではその後どうなったのか?というのは、追っている人もいればそうでもない人もいるんじゃないかな?ということで、この記事を書いた時点でのLK-99の状況をまとめてみたよ!
ただしその前に、まずは基本である超伝導が何かについて振り返りながら解説をしてみるね。
LK-99は本当に世界初の常温常圧超伝導体なんだろうか? (画像引用元: WikiMedia Commons / Autor: Hyun-Tak Kim)
CONTENTS
物質には電気を通しやすいもの (導体) と通しにくいもの (不導体・絶縁体) があるというのは義務教育で習うものだけど、この性質は「電気抵抗」と呼ばれる、物質内に流れる電流がどの程度失われるかで表されるよ。
ほとんどの物質は多かれ少なかれ電気抵抗を持つため、距離を経るほど流した電流が失われてしまうよ。電気をとても通しやすい金属でもそれは同じで、熱の形で少しずつエネルギーが失われてしまうよ。
では、もし電気抵抗がゼロな物質があったとすればどうだろうね?それは一度流した電流が全く失われず、永久に流れ続けることを意味するよ (永久電流) 。
そのような電気抵抗ゼロの状態は「超伝導」と呼ばれるよ。超伝導は1911年にヘイケ・カメルリング・オネスが水銀において発見した現象であり、以後100年以上の間で、様々な物質で超伝導が発見されたよ。
ただし、その100年以上ある歴史の中でも、未だに達成されていないものとして「室温超伝導」というモノがあるよ。これは文字通り、日常的な温度である室温やそれに近い温度[注1]で超伝導状態が観測されることだよ。
物質が普通に電気抵抗がある状態から、電気抵抗の超伝導状態になる温度のことを「超伝導転移温度 (Tc)」と呼ぶよ。つまり超伝導転移温度が室温付近やそれ以上となっていれば、それが室温超伝導だよ。
今のところ、超伝導状態はものすごく低温でしか観られない現象だよ。オネスが水銀で超伝導を発見した時、超伝導転移温度は-269℃という絶対零度 (-273.15℃) にメチャクチャ近い温度だったよ!
その後何十年も、超伝導転移温度はずっと低温の現象だったよ。これは極めて高価な液体ヘリウム (沸点-269℃) を使用している意味で、実用化を長らく阻む要素でもあったよ。
しかし1986年に、液体窒素 (沸点-196℃) でも達成可能な超伝導転移温度を持つ「イットリウム系超伝導体」が合成され、大変なインパクトがあったよ。このような物質は「高温超伝導体」[注2]と呼ばれるようになったよ。
高温と言っても、それは相変わらず日常からすれば低温に違いないけど、高温超伝導体の発見がノーベル物理学賞の対象になったことは、いかにインパクトが大きかったかを表しているね。
更に2000年以降、非常に高い圧力をかけると高い温度で超伝導を示すものが見つかるようになったよ。これにより最高記録は、170万気圧の圧力下において-23℃以下で超伝導となる「十水素化ランタン (LaH10)」となったよ!
一応、最近になって更に高い超伝導転移温度を持つ、という主張もあるけど、これらには疑惑の目が向けられているよ。それは別の章で詳しく触れてみるね。
超伝導体は電気抵抗がゼロであり、電気は失われることなく永久に流れ続け、電磁誘導で強力な電磁石となり、磁場を侵入させないので磁気浮上が起こるよ。強力な磁場は既にMRIで必要不可欠な技術となり、磁気浮上を利用した超伝導リニアも開発中だよ。もし室温超伝導が実現した場合、ロスが全くない送電が可能になるかもしれないよ! ( 画像引用元: WikiMedia Commons / Autor: Hyun-Tak Kim (背景) )
ところで、なぜ超伝導はこんなにも注目されるのだろうね?1つは、最初に述べた通り電流が失われないことだよ。これは日々電気を使う生活をしている私たちにはとても重大だよ。
電力会社は電線を太くし電圧を高めることで、なるべく送電ロスを減らす努力をしているけど、それでも送電された総電力の5%未満、火力発電所数基分の電力が失われていると言われているよ。
室温超伝導で電線を作れば、例え最初の高圧電線の一部を置き換えるに留まったとしても、相当な送電ロスの削減となるから、エネルギーや環境に問題意識が置かれている昨今の状況ではとても重要と言えるよ。
また、電流が流れた物質には電磁誘導によって磁場が発生するけど、超伝導体は電流が失われないので極めて強力な電磁石となるよ。これは非常に強い磁場を必要とするMRI (磁気共鳴画像) に必須だよ!
また、超伝導体には外からの磁場が入り込まないという性質があることから、強力な磁石を近づけると反発し、条件次第では空中に磁気浮上をするよ!これを応用したのがリニアモーターカーというわけだね!
室温超伝導体は冷却不要なのはエネルギー的に有利なだけでなく、冷却材として高価で希少なヘリウムが不要になる点で重要だよ。ヘリウムは高価だけでなく、近年では深刻な供給不足の問題が発生しているよ。
2010年代より深刻化したヘリウム不足は、医療に欠かせないMRIを稼働できないなど、私たちが頼り切っているものにも浸透しているから、冷却材不要の超伝導というのは非常に関心が高いと言えるよ!
「LK-99」は世界初の常温常圧超伝導体だと主張されたよ。つまり冷却も圧力もなしに超伝導状態になるということで、これが本当ならばスゴいことだよ!本当ならね…。 (画像引用元: arXiv1本目Fig3b (LK-99の外観写真) ; arXiv2本目Fig4c (磁気浮上の写真) ; WikiMedia Commons (液体ヘリウム / Public Domain) ; いらすとや (圧力計のイラスト / Public Domain) ; WikiMedia Commons / Autor: Hyun-Tak Kim (背景) )
そんな最中の2023年7月22日、論文のプレプリント[注3]を投稿するサーバー「arXiv」[注4]に、後に世間を騒がせるプレプリントが掲載されたよ。それは超伝導体であると主張された「LK-99」の合成に関する報告だよ!
LK-99は、高麗大学校の付属機関「Qセンター (퀀텀 에너지연구소; 量子エネルギー研究センター)」に所属するSukbae Lee (이석배 / 李石培) 氏やJi-Hoon Kim (김지훈 / 金智勳) 氏などの研究チームが合成し、成果を公表したよ。
LK-99は鉛、銅、リン、酸素でできた灰色の塊 (Pb9Cu(PO4)6O) で、鉛アパタイト[注5]に類似した構造を持っているよ。LK-99の名は、Lee氏とKim氏が、この物質に1999年から関心を持っていたことに因んでいるよ。
投稿されたプレプリントには、超伝導体がよく見せる磁気浮上をしているかのような写真が掲載されたよ。特別な温度も圧力も不要であることを示すためか、背景に手とネームペンが写っているのが印象的だね。
LK-99は、大気圧の下で127℃に超伝導転移温度を持つと主張されたため、普通の環境でも超伝導になることを表す「常温常圧超伝導体」、もしくはその極端な超伝導転移温度を表す「沸騰水超伝導」と呼ばれたりするよ!
これほど極端に高温の超伝導転移温度の記録は前例がないし、室温付近の超伝導転移温度を持つ超伝導体は1万気圧でさえ低圧と表現されるくらいなので、常温常圧で超伝導というのはとんでもないインパクトだよ!
あまりのインパクトから、韓国、中国、アメリカの超伝導や送電関連株はストップ高を記録し、韓国取引所では関連銘柄にサーキットブレーカー[注6]を発動するに至るほど、株式市場では投機的な動きが見られたよ。
Tc | 圧力 | 物質名 | 組成 | 状況 | 備考 | 出典 | |
K | ℃ | 気圧 | |||||
400 K | 127 ℃ | 1 | LK-99 | Pb9Cu(PO4)6O | 疑問 | 再現実験は不成功 | |
373 K | 100 ℃ | 水の沸点 | |||||
294 K | 21 ℃ | 10000 | 窒素含有水素化ルテチウム | LuH3-xNy | 疑問 | 再現実験は不成功 | [9] |
288 K | 15 ℃ | 2700000 | CHS | CH8S | 撤回 | 2022年撤回 | [8] |
273 K | 0 ℃ | 水の融点 | |||||
250 K | -23 ℃ | 1700000 | 十水素化ランタン | LaH10 | 確認 | 疑惑のない最高Tc | [7] |
203 K | -70 ℃ | 1550000 | 硫化水素 | H2S (高圧下ではH3S) | 確認 | 初の-100℃以上のTc | [6] |
195 K | -79 ℃ | 二酸化炭素の昇華点 (ドライアイス) | |||||
138 K | -135 ℃ | 1 | Hg-1223 | Hg12Tl3Ba30Ca30Cu45O127 | 確認 | 1気圧での最高Tc | [2] |
117 K | -156 ℃ | 1 | hole-doped C60/CHBr3 | 撤回 | 2002年撤回 | [4] | |
92 K | -181 ℃ | 1 | Y123 (YBCO) | YBa2Cu3O7−δ | 確認 | 世界初の高温超伝導体 | [1] |
77 K | -196 ℃ |
窒素の沸点 |
|||||
39 K | -234 ℃ | 1 | 二ホウ化マグネシウム | MgB2 | 確認 | [3] | |
9.2 K | -264 ℃ | 1 | ニオブチタン合金 | NiTi | 確認 | ||
4.2 K |
-269 ℃ |
ヘリウムの沸点 | |||||
4.2 K | -269 ℃ | 1 | 水銀 | Hg | 確認 | 世界初の超伝導の発見 | |
1.8 K | -271 ℃ | 800000 | ユウロピウム | Eu | 撤回 | 2021年撤回 | [5] |
ただ、それだけものすごい話であるがゆえに、疑いの目を向けてこの論文を観ている科学者も多数いたよ。というのは、超伝導関連ではこういう "怪しい話" は何回もあったからだよ。
最も有名なのは、2002年に発覚した「シェーン事件」だよ。これは、ベル研究所に勤めていたヘンドリック・シェーン氏による研究の捏造で、ニセの研究成果が多数発表される大規模な研究不正のことだよ。
シェーン事件で捏造と認定された研究には、フラーレンの中に金属原子を入れることで実現する高温超伝導に関する報告や、有機物が超伝導を示すことを示唆する報告も含まれており、この分野の研究は大打撃を受けたよ。
他の例だと、ロチェスター大学のRanga P. Dias氏などの研究チームが報告している複数の高温超伝導体について、捏造ほど強い不正とまでは認定されていないけど、怪しいとされる報告がいくつかあるよ。
Dias氏らは2020年に「CH8S」という有機硫黄化合物が270気圧の下でなら15℃以下で超伝導になることを報告しており、これが事実なら世界初の室温超伝導であり、有機物という点も極めて珍しいといえる事例だったよ!
ただしこの論文は、その後第三者による再現に失敗しており、結局CH8Sの論文は撤回されたよ[注7]。この時、これとは別の研究である「ユウロピウム (Eu)」という元素単体での超伝導に関する論文も撤回されたよ[注8]。
これらの研究は別の研究機関による再現に失敗しただけでなく、データ操作や盗作の疑惑があること、別の高圧実験も論文が撤回された過去から、一気にDias氏らの研究自体に疑惑の目が向けられたよ。
そのために、その後Dias氏らが報告した、1万気圧の下で21℃以下で超伝導となる「窒素含有水素化ルテチウム (LuH3-xNy)」も、本当にそうなのかという疑惑を持たれ、これも再現実験はうまく行ってないよ。
LK-99のプレプリントは短時間で2本も投稿されている、2本目は文章ソフト上のエラーが放置されたまま投稿されている、公開前から商標登録がされているなど、単独ならともかく複数合わさるとちょっと怪しい動きがたくさんあったよ。 (画像引用元: 文章はそれぞれの論文からキャプチャ ① ② ; WikiMedia Commons / Autor: Hyun-Tak Kim (背景) )
そんなわけなので、LK-99の常温常圧超伝導の報告も、SNSや株式市場の反応とは異なり、物理学者のコミュニティでは正直ホントなの?という空気が支配的だったよ。
しかも極めて異例なことに、研究メンバーや内容が微妙に異なるLK-99に関するプレプリントがわずか2時間差で2本投稿されたことも、疑惑に拍車をかけたよ。
2本目は文章ソフトのエラー表示が残されていたくらい、かなり慌てて投稿したことが分かる内容だよ。更に、1本目は一部メンバーの許可なしに投稿されたという話が出るなど、何やら内輪もめかなと思える話も出てきたよ。
しかもどういうわけか、正式な論文誌であるJournal of the Korean Crystal Growth and Crystal Technology誌に論文が掲載された後にプレプリントを投稿するという「順番がおかしくない?」という状況もあったよ。
また、LK-99はプレプリント提出前に特許出願と商標登録がされており、関連企業が既に立ち上がっていたよ。それ自体は何の問題もないけど、他の背景を考えるとちょっと怪しいなぁと思えても無理はないんだよね。
といっても、科学者はあくまで科学のルールに則って評価を出すよ。どんなに背景がキナ臭くても、LK-99が本物の常温常圧超伝導だったらとりあえず主題の疑惑は解決するので、きちんと再現実験を行う必要があるよ。
幸い、LK-99の原料は珍しくない元素や原料でできており、合成方法もそこまで難しくない感じだよ。そんなわけで、世界中の研究所がLK-99が本当に常温常圧超伝導体なのかを調べてみたよ。
日付 | 出来事 | 出典 |
1999年 | Sukbae Lee氏とJi-Hoon Kim氏が、後にLK-99と名付けられるこの物質に注目。 | [η] |
2008年 | 高麗大学校の付属機関として「Qセンター」が設立される。 | [ζ] |
2020年 | Lee氏によれば、LK-99に関する最初の論文が『Nature』誌に投稿されたものの、拒否される (同年にはDias氏によるCH8S論文が受理されている) 。 | [δ] |
2020年 07月 24日 | LK-99に関する最初の特許が出願される。 | [α] |
2021年 08月 25日 | LK-99に関する2番目の特許が出願される。 | [β] |
2022年 06月 02日 | LK-99に関する最初の特許が公開される。 | [α] |
2023年 03月 06日 | LK-99に関する2番目の特許が公開される。 | [β] |
2023年 03月 31日 | LK-99の発見に関する最初の論文が『Journal of the Korean Crystal Growth and Crystal Technology』誌に投稿される。 | [A] |
2023年 04月 04日 | 韓国特許庁にLK-99の商標登録が提出される。 | [γ] |
2023年 04月 18日 | LK-99の発見に関する最初の論文が受理される。 | [A] |
2023年 07月 22日 |
LK-99の発見に関するプレプリントが『arXiv』に2本投稿される。1本目は7時51分頃、10時11分頃 (いずれも協定世界時) にバージョン1が投稿される。 |
[B] [C] |
2023年 07月 23日 | LK-99の論文が査読のために『APL Materials』誌に提出される。 | [ε] [ζ] |
2023年 07月 31日 | 最初のLK-99合成と実験結果のプレプリントが『arXiv』に投稿される。LK-99の超伝導は確認できず。 | [h] |
2023年 08月上旬 | 多くの研究機関から再現実験のプレプリントが『arXiv』に投稿されるも、いずれの研究結果もLK-99の超伝導には否定的である。 | |
2023年 08月 16日 | 『Nature』誌が「LK-99は超伝導体ではない」というコラム記事を掲載。 | [κ] |
結果としては、10以上の著名な研究室が合成実験や理論面から検証を行い、既に複数のプレプリントが投稿されたのの、どの研究機関においても、誰も再現実験には成功しなかったよ。
今のところ最初の報告から再現実験までの期間が短すぎるので、普通なら肯定と否定のどちらかに結論付けるのは早すぎると言えるけど、現在のところ科学界は「LK-99は超伝導体ではない」という意見でほぼ一致しているよ。
では、なぜLK-99は当初は常温常圧超伝導体だと注目されたのか。これには複数の要因があるよ。まず、LK-99が磁気浮上しているという写真。これは実は最初から疑問が指摘されていた、ちょっと変なものだったよ。
超伝導体は内部に磁場が入り込むのを排除するので、磁場をかけると完全に空中に浮かぶ「完全反磁性」を示すよ。しかしLK-99は、一部だけが常に磁石にくっついているような中途半端な磁気浮上だったよ。
実は、磁気浮上そのものは超伝導特有の性質ではなく、単なる「反磁性」という性質でも現れてくるよ。これは、鉄が磁石に引き寄せられるのとは逆と考えてよくて、磁石に対して逃げる方向に力が働くよ。
身近な物質では反磁性がそれほど強くないし、不純物の鉄とかが混ざればすぐに妨害されるので、あんまりイメージが浮かばないけど、例えば熱分解カーボンやビスマスはわかりやすい磁気浮上をしているよ。
ということで、LK-99の中途半端な磁気浮上は、超伝導による完全反磁性ではなく、通常の反磁性によって浮かんでいるだけで、くっついている部分は反磁性ではない不純物の影響じゃないか、と言われてきたんだよね。
更に、LK-99は超伝導なので電気抵抗がゼロだ、と言われていたわけだけど、実際のところは真の意味で抵抗値がゼロだと測定することは不可能なんだよね。装置を使って測るという実験の性質上、精度に限界があるからだよ。
なので、ある温度で抵抗値がものすごく下がり、表示上は抵抗値がゼロになったとしても、それは超伝導になったのか、それとも単にめちゃくちゃ電気を通しやすい金属のような性質になっただけなのかは分からないよ。
様々な研究機関が再現実験を行ったものの、LK-99が超伝導状態になるのを確かめた研究は1つもないよ。また、不純物の硫化銅の存在が磁気浮上や電気抵抗値の低下を説明できるようになったため、LK-99は常温常圧超伝導体ではない可能性が高いよ! (画像引用元: arXiv1本目Fig3b (最初に合成されたLK-99の外観写真) ; Natureコラム記事 / Autor: Pascal Puphal (LK-99結晶の写真) ; WikiMedia Commons / Autor: Alcinoe (硫化銅の外観写真) ; いらすとや (磁石のイラスト / Public Domain) ; WikiMedia Commons / Autor: Hyun-Tak Kim (背景) )
ただ、反磁性と電気抵抗の話が出たあたりで、科学者はある1つの結論にたどり着いたよ。それは、LK-99の組成式にはないけれども、合成の過程で生じる不純物である「硫化銅 (Cu2S)」の影響では?というものだよ。
硫化銅は104℃を下回ると電気を流しやすくなり、それ自身が反磁性の性質を持っているよ。これは、127℃以下で超伝導になるというLK-99の主張とかなり近いところにあるよね。
また、LK-99を作るにあたっては、ラナーク石 (Lanarkite / Pb2(SO4)O) とリン化銅 (Cu3P) を混ぜて加熱する過程があるんだけど、これによって硫化銅が不純物としてできるんじゃないか?となったわけだよ。
実際、中国科学院のShilin Zhu氏などは、硫化銅が70%含まれているLK-99の電気抵抗を測定し、112℃付近で電気抵抗が急激に減少する現象 (ただし超伝導ではない) を観察し、ある意味で最初の報告の再現に成功したよ。
更に、マックス・プランク固体研究所のP. Puphal氏などは、硫化銅を含まない純粋なLK-99 (Pb8.8Cu1.2(PO4)6O) の紫色単結晶を合成して実験を行った結果、純粋なLK-99は完全な絶縁体で磁気浮上しないことを報告したよ。
北京大学のKaizhen Guo氏なども、硫化銅を含むLK-99を調べると、部分的に強磁性を示す部分があることを確認し、これが強い垂直方向の磁場での中途半端な磁気浮上を説明できる、としているよ。
他の研究チームにおいても、超伝導であるとする報告は残念ながら1つも出なかったよ。普通の再現実験なら何ヶ月もかかる話だから、いつもより速足とはいえ、1つもいい兆候がないというのはさすがに普通ではないよね。
そして一般論として、ある物質が超伝導体だと主張する場合には、磁気浮上や低い電気抵抗を示すだけでは不十分で、マイスナー効果[注9]、ジョセフソン効果[注10]、比熱の急上昇など、別の現象を測定する必要があるよ。
これらの測定はオリジナルの論文ではされていないし、再現実験のいくつかはこれらの測定を試みたものの、結局失敗しており、誰も超伝導である兆候を見いだせなかったよ。
そういうわけで、LK-99は超伝導体ではなさそうだ、という感じでほぼほぼ結論は固まっており、株式市場も熱が冷めて株価は急落しまったよ。
科学誌Natureもコラムとはいえ、8月16日付で『LK-99は超伝導体ではない (LK-99 isn’t a superconductor)』というタイトルの記事を出しているよ。科学界ではそう使わない言い切り表現を使うあたり、その反応が分かるね。
研究所 | 日付 | 結果 | 論文 |
マックス・プランク固体研究所 |
8月11日 |
ゾーンメルト法で純粋なLK-99単結晶 (Pb8.8Cu1.2(PO4)6O) を合成。数百万Ωの抵抗値を示す絶縁体であり、ゼロ抵抗は確認されなかった。磁性はわずかな強磁性と反磁性を計測したものの、磁気浮上は観察されなかった。 |
[a] |
ドノスティア国際物理センター プリンストン大学 マックス・プランク固体化学物理学研究所 |
8月9日 | 合成されたLK-99は多結晶物質であり、XRDによる単結晶分析では超伝導を示さない透明な物質であった。銅の割合が異なる4つのサンプルの分析では、LK-99は単なる磁性物質であり、超伝導は確認されなかった。 | [b] |
中国科学院 | 8月8日 | 112℃での電気抵抗の低下を観察したがゼロ抵抗は確認されず。104℃で結晶構造が変化する硫化銅が不純物として含まれることは、部分的な磁気浮上と電気抵抗の急激な低下を説明する。 | [c] |
マンチェスター大学 | 8月7日 | 合成サンプルでの超伝導は確認できなかった。 | [d] |
北京大学 | 8月6日 | マイスナー効果やゼロ抵抗は確認できなかった。部分的に強磁性を示す部分があることを確認し、これが垂直磁場での部分的な磁気浮上が起こる原因ではない説明している。 | [e] |
華中科技大学 | 8月3日 | マイクロメートルサイズのLK-99の磁気浮上を確認したものの、ゼロ抵抗は確認できず。 | [f] |
インド国立物理研究所 | 7月31日 | 反磁性や比熱の変化が観察できなかったため、超伝導であることを確認できず。 | [g] |
北京航空航天大学 | 7月31日 | LK-99の電気抵抗値は7.18×109Ω・cmの絶縁体である。反磁性も確認できず。 | [h] |
さてそんな感じで、LK-99は常温常圧超伝導体ではなさそうだという空気になってきたけど、万が一常温常圧超伝導体が実現したとしたら、世界は変わるのかな?実はこれに関しても微妙な部分はあるよ。
まず、常温常圧超伝導体がどういう物質でできているのかは注目ポイントだね。極めて珍しい物質を使っていたり、合成に手間がかかる場合、今ある金属材料と比較して不利になってしまうね。
また、超伝導体は温度が高いほど流せる電流が弱く、発生する磁場も弱いことが知られているよ。つまり、いくら損失なく電流が流せても、量が流せなければ送電線や電磁石の用途に使いづらい、ということになるよ。
しかも、今回作られたLK-99や、液体窒素が必要だけど本当に超伝導となる高温超伝導などは、大抵セラミックのように硬くて脆く、細長い線に加工がしづらい材質でできていることが大半だよ。これも応用を妨げるよ。
実際、MRIが高価な液体ヘリウムを使用している理由は、高温超伝導体がセラミックでコイル状に加工することが困難だからなんだよね。置き換えの研究は進んでいるものの、まだ実用化には至ってないよ。
なので本物の常温常圧超伝導体が合成できたとしても、直ちに送電線や電磁石を置き換えるか、というのはかなり疑問で、組成や材質次第、という感じにはなるんだよね。
もちろん、それほど大規模な用途でなくても、磁気浮上を利用した小さな用途、例えば摩擦ゼロのモーターとかなら、使い道があるかもしれないね。
とはいえ、超伝導ではないけど強い反磁性を持ち、材料的にも安い熱分解カーボンやビスマスを使った同様のモーターがないことを考えると、こちらの意味での応用も厳しいものがあるかもしれないよ。
なので、韓国取引所が投機的な賭けに警告を出したように、仮に本物の常温常圧超伝導体が合成できたとしても、産業を変えてくれるかどうかは分からない、という感じになってくるよ。
今回のLK-99に関する騒動が、この後どう発展していくのかは分からないけど、ひとまずは常温常圧超伝導は今のところ夢幻に戻ったという感じで、これは世界中の研究者が再現実験を行った努力の賜物だね。
実際のところ、約40年前に発見された高温超伝導でさえ、今のところ原理があんまり分かっておらず、研究が進んでいるよ。この研究の先に常温常圧超伝導があるかもしれないし、ないかもしれないよ。
いずれにしても、今回のLK-99騒動は、科学世界における再現実験の様子がリアルタイムで配信された感じで、かなりすごかったんじゃないかな?こういう風に科学は互いに検証を行ってきたんだよ。
今回の騒動は騒動として、このように科学者は日々研究や実験と共に、自分以外の研究の検討や再現実験を行っている、というところはぜひ覚えて帰ってほしいなぁ、と私は思うんだよ。
[注1] 室温やそれに近い温度 ↩︎
私たちが日常的に経験する温度を指して「室温」、「常温」、「標準温度」という言葉が使用されるが、そのの定義は様々な分野での細かい設定値や幅があり、意外と決定が難しいものである。あくまで傾向であるが、室温や常温といった場合は20℃、標準温度といった場合は0℃である場合が多い。
[注2] 高温超伝導体 ↩︎
現在では、窒素の沸点である-196℃以上に超伝導転移温度を持つ物質であると定義されている。ただし二ホウ化マグネシウムなど、組成が簡単で合成が容易な物質に対しては、それよりはるかに低い温度に超伝導転移温度を持つ場合でもこの言葉があてられることがある。
[注3] プレプリント ↩︎
論文は学術誌に掲載されることで初めて正式と認められることが一般的である。これに対し、学術誌に掲載する前の、いわば下書きの状態がプレプリントである。ポアンカレ予想を証明する内容のプレプリントを投稿したグリゴリー・ペレルマンのような極めてわずかな例外を除き、プレプリントは正式な業績として扱われない。
[注4] arXiv ↩︎
プレプリントを投稿するプレプリントサーバーの1つであり、設立は1991年と非常に古い。前身がロスアラモス国立研究所の物理学分野のプレプリント保管場所であったことから物理学のプレプリント投稿場所であったが、その後は数学や天文学など、投稿分野が拡大した。
[注5] 鉛アパタイト ↩︎
鉛燐灰石 (Lead apatite) の意味であり、その構造が燐灰石構造を持つことに因む。塩素の代わりに酸素を持つ緑鉛鉱 (Pyromorphite) のような物質でもあることからオキシパイロモルファイト (酸化緑鉛鉱; Oxypyromorphite) という名称もある。
[注6] サーキットブレーカー ↩︎
株式市場や先物取引で価格が変動しすぎた時に、パニック的な売買によってそれ以上の激しい値動きが起こらないようにし、投資家を冷静にさせる時間を与えるため、強制的に取引を停止させる制度。1987年に発生したブラックマンデーを受けて導入された。電流が流れ過ぎた時に電流を遮断する遮断機に因んだ名称。
[注7] 撤回 ↩︎
一度学術誌に投稿された論文でも、その内容に重大な欠陥があり、信頼がおけない場合には、論文は撤回される。撤回された論文は通常削除されず、閲覧自体は可能なままであるが、撤回のマークがされる。研究者自身が気づかなかった単純な誤りによって得られる結論が大幅に異なってしまうために撤回ということもあるが、重大な不正や倫理違反によって撤回されるケースが多くあるため、撤回が経歴上の傷となる場合もある。
[注8] ユウロピウムの超伝導 ↩︎
ユウロピウムの超伝導は80万気圧で1.8K (-271.4℃) で現れるものであり、一見すると特別な感じはない。しかし、元素単体の超伝導の報告は珍しいこと、CH8Sと同じく高圧で起こる超伝導であること、それらの研究手法に共通している部分があること、研究データの一部に重複があるという疑惑が提示されたことから、同じ研究チームによる高圧の超伝導の報告全体が懐疑的に観られる理由にもなっている。
[注9] マイスナー効果 ↩︎
超伝導体の内部に磁場が入り込まない現象を指す用語。正確には、超伝導体の内部に入り込むほど指数関数的に磁場が弱くなるため、表面より内部にはごく浅くしか到達できない現象である。超伝導体にのみ見られる現象であるが、電気抵抗ゼロとは別に発生する現象でもあるため、超伝導体の証明に利用される現象の1つである。超伝導体はマイスナー効果によって磁場が入り込めないため、超伝導体は磁場から逃げるため、磁気浮上が達成される。ただし、これは磁場に対して "浮いている" ような状態であり、かなり不安定である。写真でよく見るような空中で固定されたように動かない超伝導体は、マイスナー効果とは別の「ピン止め効果」によって安定化している。
[注10] ジョセフソン効果 ↩︎
2つの超伝導体の間にごく薄い絶縁体を挟むと、トンネル効果によって電流が流れる現象を指す用語。その条件が研究されているため、電気抵抗の測定以外と共に電流における超伝導体の証明に利用される。
<原著論文>
<再現実験>
<関連情報>
<関連研究>