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暑い日が続く。暑い日の過ごし方といえばもちろん、冷房の効いた空間でヒンヤリのびのびダラダラだ。日中は無理しない生活を心がけたい。が、日常生活を送る上で日中ずっと屋内にいるわけにもいかない。そんな時は水分補給や日傘をフル活用して、防暑対策を万全にしてほしい。
炎天下の道を歩いていると、不意に遠くの路面がユラリと揺れることがある。陽炎だ。ジリジリと夏の日差しに熱されてゆらゆらと揺れる様子は、まるで異世界にでも迷い込んでしまったかのような非日常的な光景だ。
それにしても、実際にそこで何かが起きているわけでも無いのに、なぜ路面が揺れたように見えてしまうのだろう? そこで今回は、夏の路面を揺らす陽炎について順を追って解説していく。
キーワードは『差』だ。
CONTENTS
陽炎について解説する前に、一つ考えてほしい。あなたは真っ直ぐなトンネルの片側に立っている。手にはロープの先端を掴んでおり、そのロープはトンネルの奥へ向かってピンと張られている。
さて、ロープのもう片方の先端はどこにあるだろう?
多くの人がトンネルのもう片方の出口にあると考えるだろう。もちろんそれで良い。真っ直ぐに張られたロープは、真っ直ぐに伸びていると考えるのが自然だ。
それでは実際にロープを巻き取りながら、トンネルを進んでみよう。するとあなたは驚愕の物を目にする。トンネルの中程に杭が突き立てられ、ロープの方向が壁の方へと変えられていたのだ!
冒頭から、とても意地悪な問いをしてしまって申し訳ない。しかしながら、真っ直ぐ伸びていると思っていたものが実は曲がっていたという、これとよく似た勘違いを私たちは頻繁にしている。
例えば、洗面器にコインを沈めると、コインが浅いところにあるように見える。例えば、ストローを透明な飲み物の入ったコップに挿すと、ストローが曲がって見える。
例えば、遠くにあるなんの変哲も無い風景が、ユラユラと揺れて見える。すなわち陽炎だ。
これらの勘違いはすべて、「光は直進する」という一般的な性質と、「光の進路が途中で曲がっている」という実際の情報の差異が原因だ。このように、水と空気などの境界面で光の進路が曲がる現象を光の屈折といい、どれだけ光が屈折するかの度合いを屈折率という[注1][注2]。
陽炎は、空気を通る光が屈折するために生じる現象だ。暖かい空気と冷たい空気とでは屈折率が異なるため、その境界面を通る光は屈折して進む。この時生じる光の相対位置の変化が、あたかも風景の歪みとして認識されてしまうことが陽炎の正体だ[注3]。
陽炎の原因は、温度の違う空気を進む光が屈折するためだという事がわかった。しかしながら、なぜ温度が変化する事で屈折率が変わるのだろう?
続いては温度と屈折率の関係について見てみよう。
暑い夏ではあるが、引きこもってばかりも健康に悪そうなので、運動がてら一緒にかけっこをしよう。とは言え、葉月は走るのが得意ではない上に、負けず嫌いなので、ここはハンデとして読者の皆さんには、水を張ったプールの中を走ってほしい。良いだろうか? …………。快く承諾を得られたところで、さっそくスタートだ。さて、勝つのはどっちだろう?
陸上VS水中で競走して、水中を走った方が速いと考える人はほとんどいないだろう。水と空気では密度が1,000倍近く異なり、体に受ける抵抗や進みやすさが段違いだからだ。
水に入ると私たちの体が進みにくくなるのと同じように、光もまた密度の影響を受ける。密度が大きくなるほど、光は遅くなり、屈折率は大きくなっていく。
同じ物質の場合、密度を変化させる要因は温度だ。一般的に、物質は低温の時には密度が大きく、高温になるにつれて密度が小さくなっていく。そのため温度の変化に伴い、間接的に屈折率も変化することになる[注4]。
夏の路面は高温だ[注5]。当然、路面付近の空気は熱せられ、密度は小さくなる。結果として、高い場所の空気との間に温度差=密度の差が生まれる。さらに温まった空気は上昇気流を発生させ、比較的冷たい高い場所の空気は低い場所に沈んでくることになる。
これにより、路面付近と高い場所との間に、低密度の空気と高密度の空気が歪に混じり合った空気の層が生まれる。ここを光が通ることで、風景が歪んで見えるというわけだ。
密度の変化が屈折率を変化させる事がわかった。とはいえそもそも屈折はなぜ起きるのだろうか?
続いて光が屈折する様子を見てみよう。
Q. 次の文章の下線部に当てはまる語句を答えよ。
光は___性と___性を示す。
上記の問題、答えが分かるだろうか? 答えは「粒子性」と「波動性」だ(順不同)。
光は粒子性、すなわち粒子の性質を持つため、光子という実体を持つ。光は波動性、すなわち波の性質を持つため、回り込んだり打ち消しあったりする。粒子でありながら波であるという、首を傾げそうな存在が光だ[注6]。
それでは光の屈折はどちらの性質によるものだろう。少し考えてみてほしい。
答えは「波動性」だ。なぜそう言えるのだろう? こんな実験をしてみよう。
まず、衝立で仕切られた水槽に、密度の異なる二つの液体をそれぞれ入れる。液面が落ち着いたら、混ざらないように静かに衝立を外し、片方の液体に波を発生させる。
この時、波の伝わる様子を観察すると、二つの液体の境界面で波の進行方向が変わるのが観察されるのだ。境界面で進行方向が変わるのは、光が屈折するのと同じだ。したがって、屈折は波の性質によるものだということになる。
それにしても波の性質があると、なぜ光は屈折するのだろう?
皆さんは「手つなぎ鬼」という遊びをした事があるだろうか。鬼に捕まった子は鬼と手を繋いで子を追いかけるという、鬼ごっこの派生だ。
右と左、二人の鬼が同じ速度で走っている時、鬼は真っ直ぐに進む。
それでは右側の鬼が突然遅くなったらどうだろう。左側の鬼は右の鬼に引っ張られる形になり、右側にカーブすることになる。反対に、右側の鬼が加速すると、左側にカーブすることになる。
波は普通、発生源から直進する。しかしながら、波の進みやすさが異なる境界面に斜めからぶつかると、波の両端で速度差が生じる。この速度差によって生じるカーブこそ、波が屈折する理由だ[注7]。
そして、光は波の性質を持つため、光もまた密度が異なる境界面で屈折をするというわけだ。
ここまで、陽炎について解説してきたが、いかがだっただろうか? 夏の路面のほかにも、炎で熱せられることによっても陽炎は発生する。観察する時には是非とも、健康と安全に十分注意して観察してほしい。
最後に、記事の趣旨からは少し外れるが波に関する研究について2つ紹介して、記事を締めさせていただく。
私たちにとって切っても切れない波といえば、海の波だろう。海水を攪拌する攪拌機能として、無尽蔵のエネルギー資源として、そして尊い命を奪う脅威として、波の動きを予測する意義は大きい。しかしながら、波の動きを決める要素は複雑で、局地的、長期的な予測をするには精度が足りていない。
人工知能を利用して波の動きを予測しようという研究がある。海面の様子だけでなく、風の動きや遠隔地の気象の影響などを含めて予測することで、ピンポイントな地域や1ヶ月先という長期的な予測に役立てようという試みだ。私たちの生活を波が支えるようになるかもしれない。
波は様々な場所に発生している。私たちが生きていく上で欠かすことのできない光や音といった刺激も電磁波や音波という波だし、私たちの生きる地球上にももちろん大気や海にも風や波浪といった形で波が発生している。そして、波は肉眼では捉えることのできない微細な領域にも発生している。
生物個体は普通、上下左右前後の概念を持っている。私たちのような動物も、根を張り生きている植物も、そしてたった一つの細胞からなる微生物もだ。生物が増えるには細胞分裂が必要だが、そのまま分裂したのでは細胞内物質の勾配が偏った二つの細胞になってしまう。そのため、微生物は細胞内にMin波と呼ばれる波を発生させ、細胞内物質を均一化してから細胞分裂をしている。
[注1] 屈折は私たちに間違った認識を起こさせるが、同時に正しい情報ももたらす。例えば、水の中にビー玉を入れてもビー玉がある事が分かるのは、ビー玉を通る光が水によって屈折して私たちに届くためだ。 本文に戻る
[注2] 逆に言えば、屈折率の同じ媒質の境界面では、光は屈折しない。例えば、ガラスコップをサラダ油の中に沈めると、ガラスコップは見えなくなってしまう。ガラスと油の屈折率が近いため、光がほとんど屈折しないためだ。 本文に戻る
[注3] とはいえ、屈折による視界の歪み自体は勘違いでも錯覚でもなく、あくまでも物理的な現象だ。そのため、写真や動画でも屈折した物体を撮影できる。屈折によって生じる勘違いは、「風景が歪む」事ではなく、「風景が歪んでいると感じてしまう」事だと考えよう。 本文に戻る
[注4] 同じ物質間での屈折の最も代表的な例は、氷を浮かべた水を見る事だ。夏場になるとあちこちで見られる光景だが、水と氷で密度が同じであれば、私たちの目は水に浮かぶ氷を判別することはできない。もっとも、水は低温になると密度が小さくなるのだが。 本文に戻る
[注5] 環境省のガイドラインによれば、夏場のアスファルトは60 ℃にも達するらしい。裸足なんてもってのほかだが、、小さな子供やペットの散歩も火傷の恐れがあるのでやめておいた方が良いだろう。あぁ、外出しない理由が増えていく。 本文に戻る
[注6] これらをちゃんと解説しようとすると、かなり長くなる事が予想されるので、ここでは「粒子としても波としても振る舞う」とだけ理解してもらえれば良い。光の解説もいつかやるか。タイトルは「ピカッと明るい、眩しいやつ。光ってなんだ?」でどうだろう。 本文に戻る
[注7] 屈折の原因は速度差のため、境界面に対して垂直に進入した時には屈折しない。また、斜めに進入しても、屈折率が同じ場合にも速度差が生じないため、やはり屈折しない。 本文に戻る