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みんな、納豆食べてる!? 7月10日は710の語呂合わせで納豆の日だ。臭いやネバネバが苦手な人も多い食品だが、葉月は割と好きで保育園児の頃から頻繁に食べている。基本的には売ってあるものをそのまま混ぜて食べるのだが、青ネギやちりめんじゃこを混ぜたものも最近はハマっていたりする。あと小学校の給食で出ていた、納豆を使ったレシピも好きだった。皆さんオススメの納豆のアレンジレシピはどんなものだろうか?
納豆は不思議な食品だ。元はツルツルした大豆なのに、フタを開くと糸を引くネバネバが出てくる。もちろん大豆をいくら噛んでも、ネバネバ感は一切ない。それでは、このネバネバな糸は一体どこから現れたのだろうか? そこで今回は、大豆がどのように納豆になるのかについて解説していく。
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そもそも工業的にはどのような工程を経て、納豆は作られているのだろう? 言われてみるとあまりよく知らないが、工程の片鱗くらいは私たちが普段食べている納豆からもうかがい知れる事もある。
私たちが普段食べる納豆は、大豆から作られている。大豆といえば節分に投げる、カピカピに乾燥して、ボリボリと固い物が思い浮かぶ。一方で納豆はご存知のようにネバネバした糸に覆われている。そのため、豆そのものが乾いているか湿っているかを正確に判断することは難しいが……まぁ少なくとも乾いてはいないだろう。
そして豆そのものの固さも、指で簡単に潰せてしまうほどに柔らかい。こちらも、ヌルヌルが邪魔するので、ちょっとだけ面倒ではあるが。
つまり、納豆にする大豆は、水分をたっぷりと含んで柔らかくした豆が使われているのだ。
それでは、実際の製造工程を見てみよう。
納豆の柔らかさは大豆の品種ではなく、処理によるものだ。異物や規格外の豆を除去して選別された大豆はまず、10℃ほどの冷水に18時間程度浸けられる。水に浸けられる事で、豆は水をたっぷりと吸って、元の豆の2倍程度にまで膨れ上がる。
けれどもこの時点では、まだ豆は十分に柔らかくない。納豆に欠かせないお米だって、水に浸けただけでは柔らかくないのと同じことだ。水に浸けたお米を炊き上げて柔らかく仕上げるように、大豆も炊き上げることでふっくらと柔らかく仕上げる。この工程を蒸煮という。蒸煮を経て、大豆は柔らかくて瑞々しい姿へと生まれ変わる。
ただし、炊き上げると粘りが出るお米と違って、蒸煮しただけの大豆には納豆特有のネバネバ感はない。大豆を納豆に変える最後の工程が残っているからだ。
大豆を納豆に変えるため、蒸煮したばかりの大豆に納豆菌という微生物を吹き付ける[注1]。納豆菌の付着した大豆を40 ℃くらいの環境に20時間程度置いておくと、大豆の発酵が進む。納豆菌の増殖と共にネバネバの糸が形成され、お馴染みの納豆になるというわけだ[注2]。
納豆は水に浸けたり高温で蒸したりして柔らかくした大豆に、納豆菌を吹き付けることで出来るということが分かった。
こうして吹き付けられた納豆菌が増えるにつれて、ネバネバと糸を引く納豆になるわけだ。しかしながら、この糸は一体何なのだろうか?
続いて、納豆の糸の正体について解説していく。そもそも「納豆の糸」という物は実在するのだろうか?
トロトロに煮詰めた砂糖水を垂らすと、ねっとりとした糸を引くのを見ることが出来る。けれども砂糖水が実際に糸を引いているわけではない。あくまで、「糸のように見えている」だけだ。
それでは納豆の糸も「糸のように見えている」なにかなのだろうか?と思いきや、納豆の糸は実在する。それも2種類もだ! 一方をポリグルタミン酸といい、もう一方をフルクタンという。それではそれぞれの糸は、それぞれどのように作られているのだろう?
どちらの糸も、作られ方は同じだ。ビーズアクセサリーのように、小さな分子をひたすら繋げていくだけだ。この小さな分子をモノマーといい、こうしてできる糸をポリマーという[注3]。
納豆の場合、グルタミン酸というアミノ酸を繋げたポリグルタミン酸と、フルクトースという糖を繋げたフルクタンという2種類のポリマーで、大豆が覆われることで出来ている[注4]。
この2つのポリマーのうち、特に納豆特有のネバネバに関連するのが、ポリグルタミン酸だ。ポリグルタミン酸のポリマーの数が多いほど、長さが長いほど、ネバネバは強力になっていく。
やがて2つのポリマーで大豆が覆われることで、糸を引いてネバネバとするお馴染みの納豆が出来るという訳だ。
納豆の糸はポリグルタミン酸とフルクタンという、2種類のポリマーが混ざりあったものだという事が分かった。特にポリグルタミン酸の数や長さはネバネバの度合いに大きく影響を与えているのだが、なぜポリグルタミン酸があるとネバネバするのだろう?
続いて、納豆の糸がネバネバする理由について解説していく。
3cmの棒と、3cmに縮めたバネを使って、こんな事を考えてほしい。まずは棒の両端を、親指と人差し指で挟むようにつまんでほしい。この時、親指と人差し指の距離は3cmだ。さて、親指と人差し指の距離を離してみるとどうなるだろう? もちろん、棒は指から離れて落ちてしまう。棒には伸縮性がないからだ。
それでは、同じようにバネの両端を親指と人差し指で挟むようにつまみ、距離を離すとどうなるだろう? この時、バネは落ちることなく親指と人差し指の間に挟まれたままになっているはずだ。縮められていた分が、復元されたからだ。
この棒とバネの動きの違いが、納豆の糸のネバネバと関係している。ネバネバとするという事は言い換えれば、接している2点の間の距離を離しても物質がくっついているという事だからだ。
ポリグルタミン酸の分子は、ジグザグに折れ曲がった構造をしていると考えられている。この分子が手や容器に触れた状態で距離を離すと、まずは塊から分子の一つが持ち上げられる。毛糸玉から、糸を一本だけ引っ張り出した状態だと考えてほしい。
この状態からさらに伸ばしても、伸縮性がない高分子であればそのまま離れてしまう。けれどもポリグルタミン酸の分子構造は、ジグザグ構造だ。そのため、折りたたまれていた部分が伸びることで、さらに長い距離をくっついたままでいられる[注5]。
ちょうど、縮めたバネをつまんで指の距離を離しても、バネが落ちないのと一緒だ。このような挙動があちこちで同時に生じているため、全体ではネバネバしているように感じてしまうというわけだ[注6]。
ここまで、納豆がどのように出来るのかについて解説してきた。納豆の歴史は古く、厩戸皇子(聖徳太子)が納豆を作ったという伝説が残っているとか残っていないとか。真偽は不明だが、私たちが生まれるずっと前から親しまれていた食品だったのは間違いないだろう。
最後に、記事の趣旨からは少し外れるが味噌と醤油に関する研究について1つずつ紹介して、記事を締めさせていただく。
味噌は和食には欠かせない調味料の一つだ。みそ汁はもちろんのこと、焼いたり和えたりと使い方のバリエーションは思いのほか幅広い。味噌の材料は大豆と水と塩、そして麹菌だけだ。これらを混ぜ合わせて、温かすぎず冷たすぎないよう適切に温度管理をしていると、麹菌が繁殖とともに味噌になる。けれども、この温度管理というやつが非常に大変だ。
材料の品質や温度の管理は、味噌の品質を左右する重大な要因だ。味噌の品質を決定する要因がどのように決まっているのかを、仕込みから完成までの各段階で調べた研究がある。材料の新旧やサイズ、仕込み時期や温度などの諸条件を細かく揃えることで、どんな要素がどんな結果に関係しているのかを調べたものだ。日常的に口にするものでも、案外わかっていないことが多いようだ。
醤油は仕上げの方法によって、火入れ醤油と生醬油の大きく二つに分けられる。火入れ醤油は文字通り、出来上がった醤油を加熱処理して麹菌を殺菌したもので、醤油特有の香ばしい香りが特徴だ。一方の、生醤油は加熱ではなく濾過によって麹菌を除いたもので、成分的には原液の状態にとても近い。そのため、加熱によって失活してしまう酵素類なども、活性を持っている。
生醤油に残る酵素が、食品にどのような影響を与えるのかを調べた研究がある。塩こうじやパイナップルが食品中のタンパク質を分解して、食品を柔らかくしてうまみを増やすように、生醤油に残る酵素も、食品の食感やうまみに影響を与えるのではないかという試みだ。生醤油とタンパク質の反応時間を増やすと、確かにタンパク質は分解されるようだ。新たな料理が生まれるかもしれない。
・北本 勝ひこ. 『朝倉農学体系5 発酵醸造学』. 朝倉書店.
・渡辺 杉夫. 『食品知識ミニブックスシリーズ 改定版 納豆入門』.日本食糧新聞社.
・Afzaal M, et al. "Nutritional Health Perspective of Natto: A Critical Review". Biochem Res Int. 2022 Oct 21;2022:5863887.
・大池 昶威. 『味噌醸造と食塩』. 日本海水学会誌, 2020, 74 巻, 2 号, p. 81-85.
・安藤 真美ら. 『生醤油の大豆たんぱく質に対する影響』. 日本調理科学会大会研究発表要旨集, 2023, 34 巻, 2023年度大会(一社)日本調理科学会, セッションID 1D-2, p. 23-.
[注1] 納豆菌を吹き付けるときの大豆の温度は70~90 ℃くらいらしい。さすがに熱すぎではなかろうかと思うだろうが、御心配には及ばない。納豆菌の属する枯草菌という細菌には、芽胞という熱耐性カプセルを作る特殊能力があるのだ! DQ的に言えば大防御だ。 本文に戻る
[注2] 要は充分に柔らかくして納豆菌を吹き付ければ、そら豆だろうがうぐいす豆だろうがピーナッツだろうがトウモロコシだろうが、理屈の上では納豆にすることが出来るわけだ。が、現実というのは案外厳しい。大豆以外で作った納豆は、糸が少なくうまみや香りの乏しいものになってしまうらしい。残念! 本文に戻る
[注3] どうでも良いことだが、葉月の学部・修士での研究テーマも生物由来のポリマーだった。私たちの生活にもとても身近なポリマーで、現代の生活に深く根差している物質なのだが、さて、そのポリマーとはなんでしょう? 本文に戻る
[注4] うまみ調味料こと味の素の主成分をご存知だろうか? 味の素の主成分はグルタミン酸ナトリウムという。そう、ポリグルタミン酸のモノマーである、グルタミン酸にナトリウムが結合したものだ。うまみの素がたくさん連なっているのだから、納豆のうまみが豊富なのも納得だ。納豆食うだけに。ドッ! 本文に戻る
[注5] ところでもう一つの糸であるフルクタンは何をしているのだろう? どうやらフルクタン自身はネバネバしない代わりに、ポリグルタミン酸のネバネバを強化する働きがあるらしい。ポリグルタミン酸の作るネットワークの隙間を、フルクタンが埋めているからだと考えられている。2つでネバネバ! 本文に戻る
[注6] 納豆菌が作る納豆の糸はネバネバしているが、生物由来のすべて糸がネバネバしている訳ではない。例えばカイコが作る絹糸は、ネバネバとは程遠いサラサラとした質感だが、これは逆方向に引っ張られた構造をしているために分子的な伸縮性に乏しいためだ。へぇ~。 本文に戻る