三重治療法で膵臓がんに免疫療法が効くかもしれないと判明!

2023.01.06

みなさんこんにちは!サイエンス妖精の彩恵りりだよ!

 

今回の解説は、膵臓がんに免疫療法が効く方法を見つけたかもしれないという研究結果だよ!

 

発見の難しさから悪名高い膵臓がんは、近年注目されている免疫療法がほとんど効果がないことが分かっているよ。

 

でも今回、従来の免疫療法とは異なる3種類の物質の組み合わせで、かなり強力な治療効果が生じたんだよ!その方法は何かを解説するね!

 

膵臓がんと免疫療法 表紙

そもそも「がん」はなぜ身体に悪い?

がん[注1]の治療について近年注目されているものに「免疫療法」というものがあるよ。この治療法は、そもそもなぜがんは悪さをするのか、という点と深い関わりがあるよ。

 

私たちの身体を構成する細胞には1つ1つ遺伝子があり、細胞の役割や位置、増殖する回数や、条件を満たすと自ら死ぬ (アポトーシス) など、様々な機能が設定されているよ。

 

ところが、紫外線、放射線、化学物質、ウイルスなど、様々な要因で遺伝子は傷ついているよ。小さな傷なら修復可能で、大きな傷ならその細胞は死ぬか、免疫が排除するよ。

 

ただし、たまにその細胞が正常な機能を果たせないだけでなく、増殖する回数が無制限になった異常な細胞が生まれることがあるよ。これががん細胞と呼ばれるものだよ。

 

がん発生の簡易説明

私たちの細胞のDNAは、様々な理由で頻繁に傷ついているよ。小さな傷ならDNAを修復し、大きな傷なら細胞自身が死ぬことで異常な細胞になるのを防いでいるよ。仮に異常な細胞が残ったとしても、これを異物と検知して免疫細胞が攻撃するよ。これらの多重チェックをすり抜けて残ってしまったものががん細胞だよ。なお、これは簡易的な説明で、実際には更に複雑なことに注意してね。

 

本来、がん細胞は免疫が排除するものの、がん細胞と正常な細胞はわずかな差しかないので、たまに免疫のチェックをすり抜けるものが出てくるよ。これががんの元となるよ。

 

がん細胞は無制限に増殖して正常な組織を圧迫するだけなく、生きるための栄養などを奪ってしまうよ。さらに本来いないはずの別の場所で増殖を開始する転移という現象も起きるよ。

 

このように、がんは身体が持つ何重ものチェックをすり抜けて体内に存在するもので、だから外科的除去や、がん細胞を攻撃する放射線や抗がん剤による治療が有効とされているんだよ。

 

ただし、外科的な除去には限界があり、放射線や抗がん剤は正常な細胞も巻き込んで攻撃してしまうことから、排除できない様々なリスクに晒されているよ。

 

がんの新しい治療法「免疫療法」

免疫療法の概略

免疫細胞ががん細胞を攻撃しないのは、「免疫チェックポイント」によって正常な細胞と誤認することによって生じるよ。そこで免疫チェックポイントを阻害する薬剤を投与することで、がん細胞を攻撃するように仕向けることができるよ。このようにして、身体の免疫を利用してがんを縮小・消滅させる治療法を「免疫療法」と呼ぶよ。

 

ここで最初に話を戻すと、免疫療法というのは身体の本来の免疫機能を使ってがん細胞のみを攻撃させるという点で、従来の治療法よりも有害な副作用が少ないとされているんだよ。

 

がん細胞は免疫のチェックをすり抜けていると説明したけど、これはがん細胞の表面にある物質が、免疫細胞の「免疫チェックポイント」と結合することによって起こるよ。

 

免疫細胞は全ての異物を攻撃するけど、免疫チェックポイントに結合する物質を持つものだけは攻撃しない、という形で、正常な細胞とそれ以外の異物を見分けているよ。

 

多くのがん細胞は、免疫細胞が持つ免疫チェックポイントのPD-1CTLA-4[注2]と結合する物質を持っているよ。これによって免疫細胞はがん細胞を正常な細胞と誤認し、攻撃しなくなるよ。

 

そこで、PD-1やCTLA-4の働きを抑える免疫チェックポイント阻害剤を投与することで、免疫細胞にがん細胞が異物であると認識させ、がん細胞を攻撃させる、という手法が免疫療法だよ。

 

悪名高い「膵臓がん」

ところで、がんにも様々な種類があるけど、特に厄介なものとして知られているのが「膵臓がん」だよ。膵臓は膵液などの消化液や、インスリンなどのホルモンを分泌する重要な臓器だよ。

 

一方で、膵液の病気は自覚症状が現れにくく、現れたころには末期的になっていることから "暗黒の臓器" とも呼ばれ、膵臓がんは発見時に末期がんとなっているケースがしばしばあるよ。

 

既に末期的な状況では治療法が限られる上に成功率も低く、再発のリスクから長期的な生存率が低いことから、数あるがんの中でも極めて厄介なものとして知られているよ。

 

発見も治療も困難な膵臓がんにも、もちろん免疫療法が適用可能かどうかは検討されてきたよ。しかし、膵臓がんは免疫療法でも厄介な相手なことがすぐにわかったよ。

 

これまでの研究では、膵臓がんに対してPD-1やCTLA-4の働きを抑える免疫チェックポイント阻害剤を投与しても、ほとんど効果がないことが分かったよ。

 

これは膵臓がんというより、その周辺環境「TIME (腫瘍免疫微小環境)」が影響していることが分かっているよ。これはがん細胞だけでなく、周辺にある正常な細胞も含めた環境を表す言葉だよ。

 

がん細胞は曲がりなりにも身体の構成要素なので、正常な細胞との関わりがあるよ。TIMEを考慮することで、がん細胞の正確な挙動が詳細にわかるようになってきたよ。

 

膵臓がんに従来の免疫療法が効かないのは、どうやら膵臓がんのTIMEが免疫の反応を抑えているらしい、というのがこれまでに判明したことだよ。

 

ただ、TIMEは極めて複雑で多種多様な細胞で生み出される環境だから、実験できる状態にするのも大変で、ましてその相互作用を理解するのはもっと大変だよ。それは膵臓がんも例外じゃないよ。

 

膵臓がんに免疫療法を適用する方法を発見!

テキサス大学MDアンダーソンがんセンターなどの研究チームは、この極めて厄介な膵臓がんに対して、免疫療法が適用できる可能性を見出した研究を行ったよ!

 

まず、膵臓がんのTIMEについて正確なところを知るために、高次元の免疫プロファイリングシングルセルRNA-seqを行い、膵臓がんのTIMEの解析を行ったよ。

 

膵臓がんに対して免疫療法を施してもうまく行かない、とはいっても、反応自体はするから、どの免疫療法を行うとどのような反応をするのかを知ることはできるよ。

 

ただし、数種類の細胞が絡み合ったTIMEでは、ある細胞がこう反応し、その反応に対して別の細胞がこう反応する……という風に、パッと見ただけではわからない現象が起きているよ。

 

このため研究チームは、細胞1つ1つでどのような反応が起きているのかを、文字通り細胞1つ1つの反応を見る方法を使うことで解析を行ったんだよ!

 

その結果、代表的な免疫細胞であるT細胞の、特に年老いたタイプにおいて、「41BB」と「LAG3」と呼ばれるタンパク質がかなり多く含まれていることを発見したよ。

 

そこで、マウスをモデルとして41BBとLAG3の働きを抑える免疫チェックポイント阻害薬を投与する実験を行ったところ、かなり劇的な成果が得られたよ!

 

41BBとLAG3を抑える免疫チェックポイント阻害剤を両方投与すると、どちらか片方、あるいは違う種類の阻害剤と比較して、免疫が強く反応し、膵臓がんが小さくなり、生存率も上がったよ!

 

注目すべきは、41BBとLAG3はヒトの膵臓がん患者にもみられることだよ!T細胞に41BBが見られる患者は81%、LAG3が見られる患者は93%もいることがサンプル解析によって分かったよ。

 

ただし、ヒトの膵臓がんサンプルを使った実験では、41BBとLAG3を抑える免疫チェックポイント阻害剤を両方使っても、あまり効果が見られないなど、マウスと違った結果が得られたよ。

 

そこで注目したのは、TIMEに含まれる骨髄由来免疫抑制細胞[注3]、特にその細胞が持つタンパク質である「CXCR1/CXCR2」だよ!

 

実験では、CXCR2を抑える物質を投与すると、骨髄由来免疫抑制細胞の移動が阻害され、がん細胞の増殖が抑えられることもわかっているけど、治療まではできなかったよ。

 

膵臓がんに対する免疫療法の前臨床試験

膵臓がんのTIMEを分析した結果、T細胞の41BBとLAG3、および骨髄由来免疫抑制細胞のCXCR1/CXCR2がカギであることが分かったよ。これら3つを抑える薬剤を投与すると、単独およびどれか2つであるよりも有効であり、少なくない例が膵臓がんを完全に縮小させたよ!

 

そこで、41BBとLAG3に加え、CXCR1/CXCR2を抑える物質も投与するという三重の治療法を試みたところ、かなり劇的な効果が得られたよ!

 

まず、かなり簡単な条件である前臨床モデルでは、90%以上のケースで完全な腫瘍縮退 (がん細胞が全滅する) と全生存期間の改善が見られたよ!

 

より現実に近づけ、再発の可能性を残したより厳密な実験室モデルでも、20% 以上の症例で完全奏効[注4]が達成されたよ!つまり、膵臓がんを免疫療法で完治できる可能性があるということだよ!

 

他の免疫療法の応用にも期待!

もちろん、これは臨床研究に至る前の段階なので、これが実際の治療に使われるのか、そもそも臨床研究まで段階が進むのかどうかは分からないよ。

 

でも、今回使われた41BB、LAG3、CXCR1/CXCR2を抑える物質の投与は、それぞれ単独ならば臨床研究段階に進んでいるよ。

 

単独それぞれが臨床試験ができるくらい効果が見込まれているならば、三重の治療法も臨床試験まで段階を進める可能性は十分にあるよ!

 

また、今回の膵臓がんのように免疫療法が効きにくい病気でも、既存の免疫療法の薬を併用して使う方法が有効であると分かったことで、他の病気にも応用できる可能性があることになるよ!

文献情報

[原著論文]

  • Pat Gulhati, et.al. "Targeting T cell checkpoints 41BB and LAG3 and myeloid cell CXCR1/CXCR2 results in antitumor immunity and durable response in pancreatic cancer". Nature Cancer, 2022. DOI: 10.1038/s43018-022-00500-z

[参考文献]

注釈

[注1] がん ↩︎
「がん」を漢字で書くと「癌」であり、元々は乳がんを触ると岩のように硬いことに由来する漢字表記である。悪性腫瘍全般を表す言葉としてひらがな表記の「がん」、悪性腫瘍の中でも上皮組織に由来するものに限定するものを漢字表記の「癌」とするのが一般的である。厳密な使い分けには多少の混乱や意見の相違もあるが、非常用漢字であるためにひらがな表記が一般に浸透し、医学界でもひらがな表記が増えつつあることから、ここではひらがな表記とした。

[注2] PD-1やCTLA-4 ↩︎
どちらも免疫細胞であるT細胞に存在する免疫チェックポイント。PD-1はPD-L1、CTLA-4はB7と結合すると免疫細胞は攻撃しなくなる。PD-L1やB7は、本来は抗原提示細胞 (異物の断片を自身の表面にくっ付けることで免疫細胞に異物を認識させる細胞) が持つものであるが、がん細胞が持っていると免疫細胞が攻撃しなくなる。

[注3] 骨髄由来免疫抑制細胞 ↩︎
未熟な骨髄細胞であり、しばしばがん細胞の周辺に存在し、炎症を抑える役割を果たしていると見られている。骨髄細胞そのものは血液を構成する赤血球や白血球などを作る細胞であるが、未熟であるため本来の役割は果たしていない。

[注4] 完全奏効 ↩︎
完全にがんが消滅したことを示す言葉。他の検査をして初めてがんが完全に治癒したことを証明する必要があるため、完全奏効は完治と同義ではないが、今回は実験モデルでの話のため、完治できる可能性があると表現した。

彩恵 りり(さいえ りり)

「バーチャルサイエンスライター」として、世界中の科学系の最新研究成果やその他の話題をTwitterで解説したり、時々YouTubeで科学的なトピックスについての解説動画を作ったり、他の方のチャンネルにお邪魔して科学的な話題を語ったりしています。 得意なのは天文学。でも基本的にその他の分野も含め、なるべく幅広く解説しています。
本サイトにて、毎週金曜日に最新の科学研究や成果などを解説する「彩恵りりの科学ニュース解説!」連載中。

このライターの記事一覧

彩恵りりの科学ニュース解説!の他の記事