【新論文】ヤリマンボウ幼魚の北限記録更新

2026.09.24

Xで見つけた気になる一枚

X(旧Twitter)からは時に思わぬ情報が得られることがある。2026年8月上旬、筆者はコミックマーケットの準備に追われている時だった。いつものように何となくマンボウについて検索を掛けていたら、かなり気になる写真がXに投稿されていた。その写真は魚屋さんが「この魚の名前はわかるかな?」というクイズ的な投稿をしたもので、リプライにはマンボウやヤリマンボウと答えている人が多かった。ヤリマンボウと答えることができる人はマンボウとの形態的差異を知っている人である。その写真の魚は明らかに長い尾部を持った手のひらサイズのヤリマンボウだった。ヤリマンボウは温帯~熱帯海域に広く分布するマンボウ科の魚類であるが、近年の研究の進展により、主要な分布は熱帯海域であることが分かってきた。それ故、熱帯海域より北方に位置する日本近海ではあまり漁獲されず、魚図鑑でも稀種として紹介されることが多い。手のひらサイズの小さなヤリマンボウであれば個人的に標本として保存しておくことも難しくない。入手出来たら色々調べることができる! 写真の投稿された時間を見てみると、まだ投稿されてから数時間しか経っていなかった。投稿主がまだそのヤリマンボウを持っている可能性が高い。投稿された時から時間が経てば経つほど、他の人に買われたり、食べられたりして、その個体を入手できる可能性は減っていく。筆者は一縷の望みを掛けて、そのヤリマンボウが欲しいと投稿主にリプライを返した……。

念願のヤリマンボウが届く

ありがたいことに、投稿主から返事が返って来て、そのヤリマンボウを送ってもらえることになった! ヤリマンボウは冷蔵で届き、どこも欠損部位が無い綺麗な個体だった。せっかく冷蔵で送られてきたので、真っ先に体重を計量した。61g。これが数百kgまで成長して重くなることを考えると、まだまだ全然軽い。大きめのお皿に載る体サイズの生鮮時に計量されたデータはかなり少ないので、これだけでも貴重なデータになる。届いた時はもう日が暮れていたので、一先ず冷凍保存して、後日形態調査することにした。

形態調査で分かったこと

コミックマーケットが終わり、空いた時間に解凍して形態調査を行った。帯前体長10.6cm、全長16.5cmだった。帯前体長とは一般的な硬骨魚類における標準体長に相当する計測部位である。マンボウ類には尾鰭も尾鰭を支える骨も無い。下尾骨が無いため厳密には標準体長を測れないので、別の計測名称が用いられているのだ。見ての通り、この個体は舵鰭突出部が後方に向かって伸びている。この舵鰭突出部があるのはマンボウ科の中でもヤリマンボウだけだ。ヤリマンボウの舵鰭突出部は長い個体と短い個体があり、別種説、雌雄差説、老幼差説、個体変異説が提唱され、現在では別種説は否定され、老幼差説と個体変異説が有力視されている。ヤリマンボウの舵鰭突出部は、小型個体は長く、大型個体は短い傾向があるが、成長過程でどういう風に短くなるのかは未だ謎に満ちている。ヤリマンボウの小型個体を飼育できればいいのだが、なかなか入手が難しく、飼育してもヤリマンボウはマンボウより飼育が難しいと聞く。そのため、水族館でヤリマンボウが泳いでいることはめったにない。舵鰭突出部は成長とともに短くなる傾向はあるものの、稀に舵鰭突出部が長いままの大型個体もいる。この舵鰭突出部が長い大型個体はヤリマンボウの中でも珍しく、情報が少ない。一応、DNA解析をした研究例はあり、舵鰭突出部が長い個体も短い個体も1種の範囲内であることが示唆されている。なので、舵鰭突出部の長短は個体変異でもある。雌雄差についてはまだ十分に研究された例は無いが、筆者の調査した感覚的にも関係無さそうだ。

岩手県2例目、そして北限記録更新

今回の個体で筆者が最も注目した点は、体サイズと産地である。帯前体長10.6cmはまだ「幼魚の発育段階区分(帯前体長 5–20 cmの範囲)」に該当する。文献上で報告されている日本近海のヤリマンボウ幼魚に関する知見は数えられるくらいしかない。ヤリマンボウの中でも結構珍しい体サイズだ。また、このヤリマンボウが漁獲されたのは岩手県の定置網だった。筆者が日本近海のヤリマンボウについて網羅的に文献調査した結果、過去に岩手県で確認されたヤリマンボウは筆者が過去の論文で言及した1例以外見付からなかった。よって、この個体は岩手県2例目のヤリマンボウの記録となるのだ。筆者が岩手県で2年ほどサンプリング調査した時は、一度もヤリマンボウが漁獲されなかった。過去に報告例が無かったということは、やはり岩手県での漁獲は極稀なのだと思われる。筆者が最初に岩手県産ヤリマンボウを発見した個体は、正確な体サイズは不明だがもっと大きかった。気になってヤリマンボウ幼魚の記録も調べ直したところ、今までの日本近海でのヤリマンボウ幼魚の北限記録は、産地が確実なところでは東京都の大島で、不確実なところでは宮城県(宮城県の魚図鑑にヤリマンボウ幼魚の写真が載っているが、宮城県産の個体なのかは記述が無いので不明確)だった。岩手県は過去の北限記録よりさらに北なので、今回の個体はヤリマンボウ幼魚の北限記録更新となるのだ! ヤリマンボウ自体はさらに北でも確認されており、日本北限記録は青森県である。

もう一個体の存在と、今後の課題

驚くべきことに、筆者にヤリマンボウを送ってくれた魚屋さんは2026年8月8日にも一回り小さいヤリマンボウを店で展示していたのである。残念ながらその個体は入手できず、詳しい情報も得られなかったのだが、2個体も同じ魚屋さんで展示されていたということは、この時、ヤリマンボウ幼魚の群れが岩手県の南の海域に接岸していた可能性が考えられる。ヤリマンボウ幼魚は十数個体が群れを作って遊泳することが知られている。もしかしたらこの時、近隣の定置網でもヤリマンボウ幼魚が獲れていたかもしれない……が、分からない。このヤリマンボウ幼魚2個体の海面水温を調べてみたら、22℃前後で、先行研究でヤリマンボウ幼魚が水中で観察された時の水温と非常に近かった。なので、水温的にはヤリマンボウ幼魚の好む水温だったようだ。ヤリマンボウ幼魚の回遊生態をより詳しく知るためには、さらなる情報が求められる!