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みなさんこんにちは!サイエンス妖精の彩恵りりだよ!
今回の解説は蚊の刺されやすさを決める体臭物質の特定だよ!
蚊に刺されやすい人と刺されにくい人はどう分かれるのか、これまで様々な原因調査が行われてきたけど、これに関する研究は今まで中々確定的なことが言えなかったよ。
今回の研究では、数ヶ月に渡って安定して見つかった物質としてカルボン酸が特定され、実際に蚊の引き寄せ具合に違いが生じた、というのを3年間かけて調べた研究だよ!
CONTENTS
みんなは蚊 (カ) に刺されやすいタイプ?そうでもないタイプ?私はめっちゃ刺されるタイプなので、毎年夏場の蚊の季節は憂鬱になっちゃうんだよね。
ただ、少なくとも日本に生息する蚊は、刺されたらかゆい、が一番の悩みという点で済んでいるけど、熱帯地方に行くほど蚊の被害はそれよりも深刻になってくるよ。
熱帯地方の蚊はデング熱ウイルス[注1]やマラリア原虫[注2]など、様々な病原体を体内に保持していて、吸血するために刺すたびに複数の人々を経由して病原体を伝染させる可能性があるよ。
熱帯地方では蚊の対策は公衆衛生上の重要な課題だし、気候変動により、これら病原体を持つ蚊の生息域は拡大しているから、決して私たちも他人事にはできない話だよ。
この、蚊がどうやって刺すべき動物を見つけているのかについては、昔から研究されているけれども、まだまだ理解されていない部分がたくさんあるよ。
さて、蚊は一部のヒトに対して、他のヒトよりもよく刺すことが知られていて、これは気のせいではなく、実際に個人差があることが実験的に明らかにされているよ。
これまでこの差は、血液型や、ニンニクやビタミンBの摂取状況で変化する、と言われているものの、これは研究で一貫した結果が出ていないという点で、正しくない可能性があるよ。
また、妊娠中かどうか、マラリア原虫が感染しているか、ビールを飲んだかなど、いくつかの因子は同じ個人であっても蚊の刺されやすさが変化する指標として認識されているよ。
ところで、そもそも蚊はどうやって刺す対象を認識しているのかというと、二酸化炭素濃度、体温、体臭を感じることで動物の有無を判断している、ということが分かっているよ。
このうち、二酸化炭素濃度や体温は、動物が生きているか死んでいるかを見分ける指標になるけど、臭いに関することは詳細がほとんどよくわかっていないよ。
例えば、ネッタイシマカ (Aedes aegypti) [注3]はヒトを専門に吸血する蚊だから、ヒトとそれ以外の動物を区別する必要があるので、見分けるポイントは体臭による、と考えられるよ。
ただし、臭いの原因は極めて多種多様な有機化合物のカクテルで、個人個人で、あるいはその1人に限っても体調面など様々な点で物質が変化することから、全貌はわかっていないよ。
余りにもパターンが膨大すぎて、実験室で使える "体臭の標準的物質" や "体臭物質カタログ" がないことから、一貫した実験ができない、という問題も抱えているよ。
特に、わきの下のような臭いが強い場所とは異なり、それ以外の皮膚全体といった、より弱い臭いを出している部分については、実態がほとんど分かっていないよ。
また、乳酸とアンモニアの組み合わせは、蚊を強く引き寄せる体臭物質であることは理解されているけど、遺伝子操作でこれらを感じない蚊を作っても、個人差は完全には解消されないよ。
よって、蚊を引き寄せやすい人の体質は、そうでない人と何が違うのか、という点については、まだまだ研究が必要で、かといってそれもかなり難しい、という状態だったよ。
ロックフェラー大学のMaria Elena De Obaldiaなどの研究チームは、蚊を引き寄せやすい人の体臭に何が含まれているのか、3年以上にわたる調査を実施したよ!
複数の被験者に参加してもらい、一部は実際に腕を差し出して蚊に刺されるかどうかの実験を行ったけど、数ヶ月に及ぶ調査や被験者を増やすことを目的に、ほとんどは別の方法で行ったよ。
ナイロン製の布に上腕の臭いを付着させ、これに蚊が引き寄せられるかどうかのテストを行ったよ。事前の調査で、何もしていないナイロンでは蚊は引き寄せられないことを確認したよ。
実験を繰り返すことで、一部の被験者は蚊を多く引き寄せることや、他の被験者と混ざった状態でもより多くの蚊を引き寄せることが判明したよ。これはこれまでも知られていることの確認だよ。
更に今回は、数ヶ月にわたって同じように採集したサンプルで実験を繰り返すことで、蚊を引き寄せいやすい体臭を持つ人は、何ヶ月も安定してその臭い物質を持っていることが分かったよ!
では、正確にはどんな物質が蚊の引き寄せ具合を制御しているのか、ということを実験したよ。まず、これまでの研究で役割が分かっている遺伝子から調査したよ。
まず対象としたのはOrco遺伝子とIr8a遺伝子だよ。Orcoはヒトとそれ以外の動物を見分けるのに必要で、Ir8aは乳酸などの臭いに反応するのに必要な遺伝子だよ。
これらを機能しなくなるように操作した蚊で実験を行ったところ、蚊を引き寄せやすい人のサンプルにより多くの蚊が集まる、という傾向はほとんど変化しないことが分かったよ。
次にゲノム編集技術[注4]を使い、Ir8aと仲間の関係にある遺伝子のIr76b32/61遺伝子とIr25aBamHI/19遺伝子に突然変異を与え、それによる変化があるのかを調べたよ。
これらの遺伝子に変異がある蚊は、臭いを感じて対象を見つけることはできるけど、吸血をしたり産卵することが困難になる、ということが分かっているよ。
すると、Ir25aに変異がある蚊は、臭いの感知能力が大幅に減少したことがわかったよ!ただし、それでも、蚊を引き寄せやすい人の区別の能力は残されていることが分かったよ。
これらからわかるのは、蚊はヒトの感知能力に関して相当な冗長性を持っていて、多少の遺伝子変異では能力を完全になくすことができないことが分かったよ。
ただし一方で、臭いに関する重要な遺伝子のうち、IR経路はどうやら重要な役割を果たしているらしい、ということもこの実験から見えてきたよ。
蚊に刺されやすい人の臭いを分析したところ、最も共通していたのカルボン酸であり、特に炭素数10~20の脂肪酸の形態を持っていることが分かったよ。体臭の原因となる物質は遺伝子や毛穴にいる細菌の違いで個人差が生まれるし、これらはちょっとしたことでは変化しないものだから、数ヶ月間安定している理由の説明になるよ!
じゃあ、結局のところ蚊を引き寄せ、しかも数ヶ月は安定してヒトから放出される物質ってなんだろうね?研究チームはそれに焦点を当てて分析したよ。
実験では、7人から少なくとも1週間以上の間隔をあけて4回のナイロン採集を行って、4つの独立した分析から、ナイロンに付着した物質の成分を分析したよ。
その結果、蚊を多く引き寄せる人のサンプルからは、カルボン酸[注5]を含む脂肪酸が多く含まれていることが判明したよ!これは元々臭い物質の候補の1つとしては挙げられていたものだったよ。
そこで、被験者を追加で56人増やしたうえで、本当にカルボン酸の濃度が関係するのか、様々な物質の有無と蚊の引き寄せ具合に関する実験を繰り返し行ったよ。
その結果、炭素数10個から20個のカルボン酸を含む物質、特にペンタデカン酸、ヘプタデカン酸、ノナデカン酸の濃度が、蚊の引き寄せ具合と強く関連していることが分かったよ!
蚊を引き寄せる物質はカルボン酸であると特定されたことは、過去の様々な研究で得られた見解とよく一致するものだよ。
例えば、蚊に刺されやすい人がいると、集団の他の人よりも刺されやすいという経験則は、その人個人がカルボン酸を含む臭い物質を合成しやすいことで生じる効果であると説明できるよ。
カルボン酸の組成は遺伝子によって決定されることは知られており、二卵性双生児は一卵性双生児よりも蚊の刺されやすさに差ができやすい、という結果とも一致するよ。
あるいは、個人の遺伝子と共に、皮膚に生息する無数の細菌も、体臭に大きくかかわってくるよ。服や体毛で保護されていない剝き出しの皮膚である、という点は特に重要だよ。
皮膚表面に生息する細菌の多くは毛穴の内部に住んでいて、天候や季節など様々な環境要因から保護されて安定しているよ。これは数ヶ月に渡って臭いの物質が変化しないことと一致するよ。
一方で、蚊を寄せ付けにくい人の臭い物質には共通点が見つからなかったことから、蚊を寄せ付けにくい、蚊が嫌う物質は皮膚の臭い物質には含まれないらしいことも今回明らかにされたよ。
これは、蚊を寄せ付けにくいとされる食べ物を食べた後、本当に蚊に刺されにくくなるのか、という研究が一貫した結果を出さない、という自己矛盾を解決するものだよ。
今回の研究は、蚊がカルボン酸に引き寄せられることを強く示唆する結果を出したことで、蚊を避けるための各種グッズの開発に影響する可能性があるよ。
ただし、蚊はカルボン酸の濃度で特に引き寄せられる、ということを確定させるには、更にもう少し研究が必要であることが注意点として挙げられているよ。
例えば、今回蚊の引き寄せ具合と濃度が強く関連したカルボン酸は、あまり揮発しない物質であり、空気中で遠くまで運ばれないという問題があるよ。
よって、蚊がそれほど遠距離でカルボン酸を感知できるのか、という疑問点があるから、遠距離ではカルボン酸以外の物質が蚊を引き寄せる要因になっている可能性があるよ。
また、人の臭いというのは本当に多種多様な物質のカクテルなので、果たしてカルボン酸だけが蚊の引き寄せ具合の原因であるのかを確定させることは難しいよ。
これを調べるには、全ての体臭物質のカタログ化と、合成された分子による繰り返しの実験が必要で、その膨大な量からすると途方もない作業になるよ。
また、さっき書いたように、カルボン酸は1つの原因として重要だけど、複合的なものとして別の物質が関与している、という可能性は十分に存在するよ。
今回の研究は蚊の好みに関するとても重要な結果をもたらしているけど、これで終わりってことは全然なくて、むしろ詳細を詰めるための始まりに過ぎない、と言っても過言じゃないよ!
[注1] デング熱ウイルス ↩︎
フラビウイルス科のウイルス。主に4つの型がある。デング熱ウイルスの感染によって発生するデング熱は、異なる型のウイルスに続けて感染すると重症化しやすいことで知られている。蚊の吸血行為で媒介され、たった一刺しで感染しうるほど感染力が強い。主にネッタイシマカが媒介するが、他にヒトスジシマカ、ポリネシアヤブカ、スクテラリスシマカが媒介することでも知られている。
[注2] マラリア原虫 ↩︎
アピコンプレックス門住血胞子虫目に属する寄生性原生生物。主にハマダラカが媒介する。マラリア原虫感染によっておこるマラリアは、マラリア原虫の種によって主に5種類の様々な熱病を発症する。一般的に高熱と解熱を繰り返すことを特徴とし、適切な治療が行われなければ短時間で死亡したり、深刻な合併症や後遺症が残る場合がある。
[注3] ネッタイシマカ ↩︎
カ科ヤブカ属に属する蚊。過去の日本では琉球諸島や小笠原諸島に生息記録があるものの、現在では生息していない。デング熱ウイルスなど危険なウイルス感染症の病原体を媒介することで知られており、卵の中にもこれらのウイルスが含まれていることを特徴としている。これは現在の日本でよく見かけるヒトスジシマカなどとは異なる特徴であるため、ネッタイシマカが生息していない地域では、これらのウイルスを媒介する蚊とウイルスの感染者がセットになったとしても、基本的に越冬すれば定着しない理由となる。ただし、気候変動によりネッタイシマカの生息域は拡大しているため、より多くの地域で深刻な感染症が定着する恐れがある。
[注4] ゲノム編集技術 ↩︎
遺伝情報を刻んでいるDNAの特定の部位を自由に追加や除去できる遺伝子工学の技術。狙った変異がどうしても運任せになってしまう従来の遺伝子操作技術とは効率面や自由度が桁違いである。ゲノム編集技術の開発と発展に特に貢献した、エマニュエル・シャルパンティエとジェニファー・ダウドナは2020年のノーベル化学賞が授与されている。
[注5] カルボン酸 ↩︎
少なくとも1つのカルボキシ基 (-COOH) を持つ有機化合物のグループ名。有名な化合物としては酢に含まれる酢酸や柑橘類に含まれるクエン酸などがあるが、今回の研究ではもう少し大きな分子を対象としている。また、乳酸もカルボン酸の1つではあるが、今回の研究の主体となったカルボン酸は乳酸よりも炭素数が多いため、区別される。
[原著論文]