サイエンティストに必要なのは、自分の好奇心を磨くこと

2021.10.21

生物物理学者として基礎的な研究を進めてきた野地氏は、独立して研究所に所属した際に初めて分野の異なる工学系研究者と関わることになり、分野間のカルチャーショックを受けます。今はバイオ分析技術や社会実装に取り組む野地氏ですが、そのコアにあるのは生物に対する純粋な好奇心であり、異分野と接する際も、その好奇心や自分が抱えている「解き明かしたいこと」をはっきりしておくことが大切であると考えています。

 

先生が取り組んでいらっしゃる研究テーマを教えてください

 今は多岐に渡っていますが、一貫して追求している「問い」は『「生きている」という状態は物理と化学の言葉でどのように表現できるのか?』ということです。おそらく、私が所属する生物物理学分野の研究者が共通に目指すところだと思います。

 

 「生きている」の最小単位が細胞であるというのは、多くの人が同意できるところだと思います。しかし、生体分子一つひとつは「生きていない」。それがどのくらい沢山集まれば、そしてどのように集まれば「生きている」と言えるのか。「生きている」と「生きていない」のギャップはなんだろうと、まあそういうことですね。

 

 生物学に限らず、何か対象やシステムを理解したい場合、まずは観察・分析から始まります。生態系を見るときには、まず構成する生物種の分類から始まり、各生物種の行動や関係を観察し、分析する。細胞の研究も同じです。こうして解析すると、生体分子があまりに良くできているので合理的に設計されていると勘違いしがちです。しかし、実は必ずしも合理的ではなく、別のデザインもあり得るということが当然あるはずです。いま目の前にある地球型の生物や生体分子の設計は、必ずそうでなければいけなかったという見方ではなく、ありえる解のひとつとしてみるべきだと思います。

 

 観察・分析をすればするほど、すごく詳細な発見が沢山得られますが、その詳細が果たして本質的な性質なのかは分かりません。そのため「作って試す」というアプローチが必要になります。ただ、バイオロジーでは、未だに「作って理解する」というアプローチがとても難しい。私自身も分析的アプローチを主体としてスタートし、1分子計測技術を駆使した研究では世界を牽引してきたと自負しています。今はその知見に基づいてATP合成酵素の再設計にトライをしたいと思っています。

 

産業分野で関連するところは、医療や創薬が中心となるのでしょうか

 今はウイルス検出をはじめとして、新しいバイオ分析技術の開発や社会実装にも取り組んでいますが、私のアプローチは最初から世の中の役に立つことを目指して戦略的に開発するというものではありません。ATP合成酵素の研究がやりたくて、分子1個を小さなところに閉じ込めてその機能を正確に分析したいというのがモチベーションでした。

 

 とても小さなリアクタ技術を開発したんですが、意外と使い勝手も良く、ATP合成酵素以外でも利用できるんじゃないかと実際にやってみたらトントン拍子で上手くいったんです。その成果を発表したら、それまで企業とか全く縁がなかったんですが、突然たくさんの企業からご連絡いただくようになりました。

 

 今では例えば免疫測定などの臨床診断薬市場では世界で最も大きなAbbottというグローバル企業と共同で超高感度の抗原検査試薬を開発しています。当然、新型コロナウイルスの超高感度検出にも利用できる技術です。原理的に似た技術を開発してインフルエンザウイルス検出にも利用したら、これも成功して、私のところのメンバーが会社を起業して取り組んでいます。

 

 最近は少し科学政策がトップダウンに偏りすぎだと感じています。アカデミアとしては洗練化や深化に加えて、全く違った発想や切り口を起点とした新しいシーズをどんどん出していくことも大事だと思うんです。もっとエゴイスティックに単に「面白いから」というスタンスを取ることもありだと思ってます。

 

そういった考え方は学生時代からお持ちだったのでしょうか

 いいえ。そもそも駆け出しの頃はアカデミアで生き残ることに必死で、そういうことを考える余裕は全くありませんでした。苦労して学位をとり、ポスドクを経験し、その後に独立した時も必死で新しい研究に取り組んで、だんだんと新しいプロジェクトでも結果が出て……先ほどのようなことを考えるようになったのは、独立して少し経ってから、自分の研究を振り返る余裕ができた時です。

 

 独立してラボを持ったのは2001年で、東京大学生産技術研究所(以降、生研)というところに助教授としてポジションを得ました。僕がATP合成酵素という酵素分子が化学エネルギーでくるくる回転をするナノモーターであることを証明した直後で、初めて工学系の研究者に囲まれて結構なカルチャーショックを受けました。まるで最初から社会のニーズに応えるため研究に取り組んできたように説明する方も多いですが、話してみると実は本人の好奇心が核にある場合が少なくない。そういった体験もあって「やっぱり好奇心を出発点にしていいんだ」という考え方に至ったんだと思います。

 

 当時は異分野なので使う単語が違うなど、参入障壁はあリましたが、交流する研究者に同世代も多く、忖度なく議論しやすかったですね。基礎的なことも当然お互いに知らないので、「それ何ですか」「あ、知らないんだったら教えますよ」みたいなやりとりで相互理解を深める感じです。異分野融合を成功させるための重要な前提条件ですね。

 

 異分野融合って強く推奨されていますが、個人的には分野融合自体を目的にすることは違和感を感じています。サイエンティストは自分の中で問いとその解に必要なものを具体的にイメージしておく必要があると思います。工学の立場の場合はその逆で、サイエンティストからアプローチされた時に「あなたの問いは何ですか?本当に取り組むべき問いですか?私の技術はあなたに対してソリューションを与えるんですか?」と確認することが求められます。自分が何を欲しているのかに対して、クリアな状態になっていないと、アンテナ拡げているつもりでも実は拡がっていない。結局、己の問題をどこまで把握しているかが大前提だと思います。

 

周りの大学院生やポスドクの進路について、この十数年で変化は見られるでしょうか

 大きな変化は感じていません。もちろん一般論として経済状況が悪いと学生の判断が保守的になる傾向はあるけど、本質は変わらないと思います。安定志向の学生はどんな時代にもいて安定を選びますし、アカデミアという茨の道を選びたい人は時世がどうであれ結局は茨の道を選んでいます。それでも、うちの研究室のメンバーはやっぱり研究が好きな人が多いかな……アカデミアに限らず企業も含めて研究をやりたいという人が多いです。共同研究等で付き合いのある企業は医薬系や化学系にあるので、そのような分野の企業にも進むケースがあります。ただ、それ以外にも官庁やメディア系にも進んでいます。

 

 アカデミアと企業のミスマッチは、大学でやっている研究のスキルが必ずしも企業で汎用性の高いものでなかったりとか、先進すぎて使えないとかというところはあります。でも、企業が新しいプロジェクトで新しい技術の導入が必要というケースでは、すごく上手くマッチングすると思います。さらには、プロジェクトを立案しマネージングした経験があると、その後の企業での活躍につながる可能性が高いと感じています。

 

博士課程やポスドクはマネージメント能力の重要性が高いのですね

 学位を持つ研究者には、特に工学系の場合、単に一研究者だけにとどまらず、マネージャーとして組織を牽引する能力も求められているのではないでしょうか。私の研究室は工学系に属しているので、メンバーには「自分が経験したり会得したことしか管理できないようではダメだよ、自分自身が経験していない技術や概念を含めてプロジェクトを管理できなきゃダメだ」と言っています。

 

 その第一歩は、自分自身の研究テーマをマネージメントすることです。修士は実験ができるプレーヤーだけではなく、自分の研究をどう進めるのか管理できる自分自身のマネージャーになることを目標にしなきゃいけない。つまり、卒業までには教員に指示を仰ぐことなく自分の判断で研究を進められなきゃダメということです。

 

 博士課程の学生には、さらにプロジェクト自体の立案とその戦略策定が求められます。そのとき、できれば周りの学生や研究者を巻き込んでグループのマネージングの基礎的なことを経験できると良いですね。

 

 ポスドクは、同様の能力がさらに高いレベルで求められます。助教や講師はいわゆるプレーイングマネージャーです。関連する研究テーマのメンバーを束ねて全体を効率的に管理する能力が問われます。准教授からは、半ば独立した組織を形成して管理してもらい、研究予算的にも独立できることを要求します。そのため、研究室の各メンバーに要求する内容は、それぞれ異なります。マネージャーとしての能力は、そういう場を与えると開花しやすいですね。そこはかなり意識しています。

 

最後に学生に向けたメッセージをお願いします

 最も重要なのは好奇心だと、もう一度強調したいです。大学院生なら自分がやりたいことをちゃんと把握してください。「成功すること」自体が目的の人は、少なくともサイエンティストとしては大化けしません。コアになる好奇心がある人の研究が面白い。そういう人は、成功させるための戦略に集中して、失敗しても予想外の発見から新しい芽を見つけてきて、結局は何か面白いことを達成します。

 

 これは企業でも同じではないでしょうか? 失敗しない選択肢ばかりを選ぶ人よりは、何か実現したいという思いがある人の方が、周りを巻き込んでプロジェクトを推進する力が強く、当初の目標が達成できなくても、面白いことに繋がっているのではないかと思います。

 

 何かやりたい事や実現したいことがあったら、ぜひ大事にして欲しいです。


(プロフィール)

野地  博行(のじ  ひろゆき)

1969年北海道生まれ。1997年東京工業大学大学院総合理工学研究科博士課程修了。博士(理学)。2000年科学技術振興事業団さきがけ研究員。2010年東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻教授。2015~2020年革新的研究開発推進プログラムImPACTプログラム・マネージャー。おもな研究テーマは、1分子生物物理学・デジタルバイオ分析法・人工細胞リアクタ。

 

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