ツキノワグマを知る

2025.10.08

昨今話題の「クマ」

最近、家に一日中引き籠っているのも健康に悪いし、体を動かそうと外に出るようになってきた。奈良県には海が無いので、自然の中を散策しようと思ったら山を登ることに興味が湧いてくる。山は町と違って様々な生き物と遭遇できるから楽しい。しかし、危険生物には可能な限り出会いたくない。数ある山で遭遇する危険生物のうち、2023年から急に世間的に話題になったのが「クマ」である。2025年8月にも北海道で悲痛なクマ事件があったのはまだ記憶に新しい。日本に出現するクマ属は、北海道に生息するヒグマと本州と四国に広く生息するツキノワグマの2種である。ツキノワグマは私が以前探索した山にも出現することが分かっており、遭遇したくなければそういうエリアには行かなければいいという話だが……山への好奇心には勝てなかったりする。

できれば遭遇したくないのだが、万が一遭遇した場合に備え、ツキノワグマのことを知っておくことは有益である。今回は私の備忘録も兼ねて、日本に広く生息するツキノワグマはどういう動物なのかということについて文献で調べてみた(クマ類の総合的な知見も含む)。

 ツキノワグマはメスよりもオスの方が大きくなり、平均的な成獣のサイズは、メスは100~130cm(体重30~60kg)、オスは120~150cm(体重40~100kg)である。体は黒い毛で覆われており、胸部に月の輪の模様(形状は個体変異があり、模様自体が無い個体もいる)がある。飼育下では30歳を超える記録があるが、自然下での寿命は15~20歳程度とされている。繁殖可能な性成熟する年齢は、オスで2~3歳、メスで4歳前後。食性は植物中心の雑食性で、季節に応じて、果物、昆虫、魚、動物等を食べる。12月~3月までは一般的に冬眠する。冬眠中は体温・心拍数・代謝率が低下し、中途覚醒・摂食飲水・排泄排尿は全くせず、ほぼ不動化状態が続くにも拘らず筋肉や骨がほとんど衰えない。ツキノワグマのメスは冬眠の中間期(1下旬~2月上旬)に一度に1~2頭の子を出産するが、母グマは冬眠した状態(冬眠穴からは出ないが少しは動く)で哺育を行う。3~5月頃になり、活動できる環境になると、冬眠から覚め、しばらく訓練期間を経た後、本格的な地上での活動を始める。冬眠から覚める順番はオス、単独メス、子連れのメスと決まっている。初夏(5~7月)に繁殖期を迎えるが、子連れのメスは離乳しないと発情しないため、繁殖には参加しない(子グマが母グマと行動を共にするのは生後1年半ほど)。子別れする時期も初夏。

親元を離れた個体は、出生地から離れた場所に移動する分散行動を行う。メスは出生地近くに留まるが、2~4歳のオスは長距離移動することもある。一般的にメスよりオスの方が行動圏も大きい。基本的に単独で行動するが、繁殖期は一時的にオスとメスが共に行動する場合もある。一般的に昼行性であるが、秋期は一日の活動時間が長くなり、夜の活動時間も増える。秋期は冬眠に向けて、摂食量が増し、ドングリをはじめとする堅果類などたくさんの食物を食べる。秋の実りの時期と体重増加は重なっており、飽食期はそれまでの体重より30~40%増大するとされる(糖の吸収速度やインスリンの反応速度が速まるという生理的変化も関係している)。一日の活動に必要なエネルギーを超えた余剰分は、冬眠で使うための体脂肪として蓄積される。

特に堅果類の豊凶はツキノワグマにとって深刻な問題であり、凶作の年は餌を求めて行動圏を拡大し、人里に出没する個体が急増することがある。交尾は初夏に行うが、受精卵は子宮内膜にすぐには着床せず、晩秋まで着床遅延し、十分な体脂肪を蓄え、冬眠に入るタイミング(11月下旬~12月上旬)に合わせて着床・妊娠が起こる。

ツキノワグマの餌不足

 ツキノワグマの生活史と行動を改めて知ると、冬眠に特化したすごい生態を有している動物だということが分かる。交尾してから4ヶ月前後、妊娠せずに受精卵の状態で子宮内に保持しているのも、冬眠中に出産して子をある程度大きく育てた状態で冬眠から覚めるのも、ヒト基準で考えると驚きの生態である。それにしてもよくここまで様々な生態を明らかにしてきたものだとクマ類の研究者に感心した。ツキノワグマの明らかにされている生態を確かめることで、行動時間が長くなり、食欲が増して体が巨大化している秋期は、特に遭遇率が高くなり注意しなければならないことが分かる。2023年に頻繁にニュースに取り上げられたクマ大量出没も秋期に多かった。2023年のクマ出没情報を取りまとめた日本クマネットワークのシンポジウムによると、2023年の大量出没は、ブナ科堅果が不作~凶作だったことが全体的に示されている。つまり、ツキノワグマの餌不足が原因で行動圏が拡大し、人身事故が多数発生したことが推察されている。これはツキノワグマの個体数が増えたという話ではなく、その年による生態系の変化が影響して起こったことが察せられる。様々な生物は食物網の中で複雑に繋がっているのだ。

以前私が探索した山上ヶ岳はツキノワグマが出没してもおかしくないエリアだったので、熊鈴・クマよけ鈴(上の写真の左)を現地で購入した。日本国内のクマ類に対して、熊鈴はクマ除けに有効だとされている。ツキノワグマと遭遇しないためには、出没情報に注意し、出没情報があったところにはなるべく行かない、行く場合は熊鈴など音が出るもので人の存在を予め知らせるようにする、ツキノワグマが隠れていそうな見通しの悪いところや狭いところなどに行かない。もし、遭遇してしまった場合は、ツキノワグマに背を向けずゆっくり落ち着いて後退するのがよいと言われているが……そんな状況で冷静に対処できる人はあまりいないような気がする。とにかく、パニックになって大きいリアクションを取ると襲ってくる可能性が高いため、可能な限り冷静に対処することが求められるようだ。最も襲ってきた場合は、なりふり構わず、ダメもとで攻撃に転じる覚悟も必要かもしれない……。

 一方で、ツキノワグマは複数の地域個体群が存在し、奈良県の属する紀伊半島地域個体群は、「絶滅のおそれのある地域個体群」とされ保護管理が求められている。ツキノワグマは基本的に臆病であり、人を積極的に襲う悪者ではない。人がツキノワグマと共存できるよう対策をすることが重要なのである。

 

 秋注意

  ツキノワグマは

   巨大化し

    餌を求めて

     人里に来る