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みなさんこんにちは! サイエンスライターな妖精の時々VTuber彩恵りりだよ!
今回の解説の主題は、ヒトの皮膚の傷が治る速さを、他の哺乳類と比較したという研究だよ。これまで他の哺乳類、特に霊長類の治癒速度のデータが不足していたので、あまり多くのことが分かっていなかったんだけど、今回はその分からない部分に挑戦したよ。
その結果、ヒトの皮膚の傷が治る速さは0.25mm/日と、他の哺乳類と比べて約3倍も遅いことが分かったよ!しかも、ヒトにかなり近縁な霊長類と、かなり遠い齧歯類とが同じくらいの治癒速度を示したので、ヒトだけが他の哺乳類と比べて治癒速度が遅い可能性が示されたんだよね!
傷の治りが遅いと、色々な行動に支障が出るのは生存上不利だと思えるから、一見するとなんでこんな特性を持ったのか分からないよね?今回は治癒速度以上のことを調べていないのではっきりとしたことは言えないけど、ヒトとそれ以外の哺乳類との違いで生じた“副産物”である可能性があるよ。
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私たちヒトを含め、多くの動物は一生のうちに多かれ少なかれ皮膚の一部が切れたり破れたりする傷 (ケガ) を経験するよね?もちろん傷にも程度問題はあり、大きな傷は命に直結する一方、皮膚のほんの一部を負傷するような傷は、それ自体が直ちに致命的であるケースは少ない、と考えられるよね?
ただ、小さな傷だからと言って大丈夫ではない場合もあるよね?皮膚というバリアを失えば、そこから病原体が入り込んで感染症を起こすかもしれない。だからヒトの場合は傷口を洗ったり消毒するわけだけど、これが野生動物の場合はそうもいかない場合もあるよね?
また、口の周りに傷があれば飲み食いが大変になって栄養摂取が捗らないし、足を怪我すれば移動が困難になって餌場への移動や捕食者からの逃走が困難になる……傷そのものが小さく致命的でなかったとしても、別の重大な結果に繋がる恐れがあることを考えれば、いつまでも放置するのは得策ではない、ともいえるよね。
そして、傷の治癒には皮膚や血管を再生させるので、コラーゲンやタンパク質などの栄養素、つまりは資源が必要になってくるよ。しかし、そのような資源は成長や繁殖など、生物にとって重要な他の要素にも使うもの。となると傷の治癒は、他の生理活動とのトレードオフの関係になるとも言えるよね。
こうした事情を考えれば、傷の治癒はなるべく早く終わらせる方が生きるのに有利である、と考えることができるよね。ところが私たちヒトは、他の動物と比べると傷の治りが遅いとも言われているよ。その理由は大きな謎であり、そもそもとして本当に遅いのか?という点もあまりはっきりとした答えが無かったんだよね。
特に、ヒトと近い動物である霊長類の傷の治癒速度は、研究の乏しさから、野生のヒヒの仲間以外ではほとんど判明していないんだよね。霊長類の治癒速度が分かれば、ヒトの傷は本当に治りが遅いのか、いつそのような特性が生まれたのか、と言った部分が理解されるから、この知識の空白は重大だよ。
琉球大学の松本晶子氏などの研究チームは、この知識の空白を埋めるための研究を行ったよ。ヒトの治癒速度が他の哺乳類と比べてどの程度遅いのかについて、ヒトではない各種の霊長類、および比較用としてマウスとラットについても検証を行ったんだよね。
対象となった霊長類は、概ねヒトに近い順にチンパンジー (Pan troglodytes) 、アヌビスヒヒ (Papio anubis) 、ベルベットモンキー (Chlorocebus pygerythrus) 、サイクスモンキー (Cercopithecus albogularis) で、チンパンジー以外は全て野生で捕獲され、また麻酔をかけるなどの倫理的配慮の下、人工的に傷をつけて観察したよ。
一方でチンパンジーは、京都大学野生動物研究センター熊本サンクチュアリで飼育されている個体で、倫理的観点から自然に負ったケガを対象に観察を行ったよ。ヒトについても、皮膚の腫瘍を切除する目的で入院した、琉球大学病院の25歳から99歳までの患者24人のデータを使用したよ。
まず、ヒト以外では最もデータが揃っているアヌビスヒヒについて、過去の研究による野生での治癒速度と、今回の人工的な環境における治癒速度を比較したところ、特に大きな差が無かったことから、他の動物についても環境の違いによる治癒速度に違いはないと判断されたよ。
次に、様々な動物の治癒速度を比較したところ、ヒト以外のどの動物も、皮膚の傷の治癒速度は0.62mm/日という速度だったんだよね。霊長類と齧歯類というかなり離れた動物同士で治癒速度がほぼ同じことから、どうやら哺乳類には最適な治癒速度のようなものがあるのかもしれない、ということを示唆しているよ。
ところが、他の哺乳類が0.62mm/日という治癒速度だったのに対し、ヒトだけは0.25mm/日と、他の哺乳類と比べて約3倍も遅い速度でしか傷を治せなかったんだよね。これは明らかに遅いし、ヒトに最も近い動物とされるチンパンジーでさえ示さなかった、ヒトに固有の性質とすら言えるものだよ!
今回の研究は、あくまで皮膚の傷が治る速さのみに着目しているから、治癒の段階で色々登場するであろう細胞や遺伝子などには焦点を当ててないよ。従って、なぜヒトだけが治癒速度が遅いのか、その具体的なメカニズムや理由は、今回の研究だけでは分からないよ。
ただ、傷の治りが遅いというのは、生き残りの戦術としては明らかに不利な進化にも思えるよね?となると、傷の治りの遅さは、ヒトが何かしらの利点を持つ進化を遂げた際に得てしまった副産物ではないか、と予想することもできるよね?
例えば、ヒトは他の霊長類と比べて毛が薄いという特徴があるよね?なら毛の密度に関係があるのかと言われると、どうも単純にそうではないみたいだよ。なぜなら、チンパンジーはヒトとほぼ同じ毛の密度を持つ“毛の薄い霊長類”であるにも関わらず、ヒトより傷の治りが速いことが今回分かったからね。
ただ、チンパンジーとヒトの見た目が明らかに違うように、毛の密度は一緒でも、毛の太さは全然違うよ。つまり、毛を生やす毛包の大きさは全然違うんだよね。そして毛包には、傷の治癒でも役割を果たす幹細胞がたくさんあることが、カギになってくるかもしれないよ。
毛が太い、つまり毛包が大きければ、幹細胞の量も増えることになるよね。ということは、幹細胞がたくさんある霊長類は、相対的に量が少ないヒトと比べ、傷の治りが早くなる、という可能性が見えてくるよ。ただしこの説明だと、チンパンジーが他の霊長類とほぼ同じ治癒速度であることの説明ができないね。
この部分は完全に研究を待たねばならない謎ではあるけど、松本氏らは仮説として、治癒速度は単純に幹細胞の量に比例するのではなく、治癒に必要な値 (閾値) に達するかどうかで決まるのではないか?と考えているんだよね。この仮説では、幹細胞の量が無限に増えても、治癒速度がそれ以上変わらない値があることになるよ。
ヒトの治癒速度が遅い理由は、これとは別にあるかもしれないよ。ヒトは毛皮で体温維持を行わず、代わりに汗をかくことで体温調整を行うよね?汗は汗腺 (エクリン腺) と呼ばれる場所から放出され、蒸発による気化熱が体温を下げることで、大量の熱を発する脳の冷却に役立てている、とも言われているよ。
近年の研究では、皮膚に現れる汗腺と毛包の数は「Engrailed-1」という1つの遺伝子が調整していると提唱されたよ。Engrailed-1遺伝子が働くと、「骨形成タンパク質 (BMP)」のシグナルを増やす一方、「ソニック・ヘッジホッグタンパク質 (SHH)」のシグナルを減らし、汗腺が増え、毛包が減るとされているんだよね。
このようにして汗腺の密度を上げた皮膚は、当然ながら毛包が減るので毛が薄くなる。となると物理的ダメージを皮膚が直接受けることになるよね?つまり毛が薄くなったことで、皮膚はケガを負いやすくなったとも言えるよ。そのための戦略として、ヒトは皮膚を厚くし、弾力性を高めたと考えられているんだよね。
実際、ヒトの皮膚 (表皮) の厚さは、他の霊長類の3-4倍も分厚いんだよね。分厚い皮膚を作るには、それだけタンパク質やコラーゲンなどの材料が必要、となれば、皮膚の治癒速度が遅くなるのもしょうがないという感じはあるよね。
いずれにしても、今回の研究では傷の治癒に関する詳しいメカニズムに着目した測定を行っているわけじゃないから、今まで述べたことは仮説にすぎないよ。今回現れた謎を解明するには、様々な観点から多角的研究を行う必要があるね。
また、チンパンジーとヒトとの間にいる、絶滅した化石人類についても、化石を調べることで何かが分かるかもしれないよ。絶滅した人類のどの段階で、治癒速度が遅くなる特徴が現れたのかを知ることができれば、なぜそのようなデメリットを享受するに至ったのか、その理由が分かるかもしれないからね。
松本氏らは、あくまで議論の余地のある話だという但し書きをしているけど、人類の系統において現れた社会的支援という概念が、傷の治癒の遅さというデメリットを緩和した可能性があるとも考えているよ。つまり、ケガをした仲間を看病することで、傷の治りが遅いことによる生存上の不利をカバーしたということだね。
実際、人類の化石には、歯をほとんど失っていたり、四肢に大きな欠損があるなど、仲間の介護なしには生きていけないほどのハンディキャップがありながら、かなり長生きしたことを示すものが見つかっているんだよね。これは人類のかなり早い段階から、看病や介護という概念があったことを示唆しているよ。
また、抗菌作用や鎮痛作用のある植物の破片が歯石としてくっ付いている化石も見つかっていることから、医学的アプローチがあったことも示唆されるんだよね。このような医療行為もまた、傷の治りの遅さというデメリットを緩和するのに役立ったかもしれないよ。
初期の人類の社会的行動が傷の治りの遅さに関連しているかどうかは、やや大胆な踏み込みとも思えるけど、現代人は明らかにそうであるように、すぐに棄却できる話でもないんだよね。傷の治りの遅さという、一見するとマイナスの特徴が、人類の誕生や進化の解明に関わるかもしれないとなると、結構ワクワクする研究だよね!
<原著論文>
<参考文献>
<画像引用元の情報> (必要に応じてトリミングを行ったり、文字や図表を書き加えている場合がある)