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2024年5月、隠岐諸島に探索に行った私は、島根大学隠岐臨海実験所の吉田さん(吉田真明准教授)にとてもお世話になった。実験所に泊まる際に、吉田さんの研究についても話を色々聞かせていただき、とても興味を惹かれた。そこで今回は、吉田さんがこれまでに行ってきた研究について、いくつかご紹介したいと思う。
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吉田さんの専門は進化ゲノム生物学、進化発生生物学 などである。要するに生物の進化について、遺伝子から探っていく研究をテーマにされている。吉田さんは「フィールドからゲノムまで」をモットーに研究をされており、私も研究当初は似たような志であったが、結局遺伝解析は共同研究者にすべて任せ、私はフィールド重視の研究を行うようになってしまった。
一般的に、野外調査を行う研究者はフィールドばかりに行き、ラボで実験をする研究者は外に出ないという感じで、現場からラボまでを自分で行う研究者はいるにはいるが案外少ない。そのため、フィールド系の研究者とラボ系の研究者は、お互いの長所を生かして共同研究するという形に収まることが多い(私もこのタイプ)。
吉田さんの研究歴を辿ると、元々は頭足類(イカ類やタコ類)の系統関係を遺伝子から調べていくところから始まっている。そのため、頭足類の遺伝子に関する研究が多いが、現在はそれだけに留まらず、魚類、海洋細菌、寄生虫、汚染物質まで幅広く研究を行っているという。なんでも遺伝子レベルのデータになってしまえば、どの生物もやることは一緒とおっしゃられていて、確かにそう言われればそうだなと私も妙に納得してしまった。なので、遺伝子を使った様々な共同研究を今も募集している。私はマンボウ類の情報を整理するだけでも精一杯なので、手広く研究を行える吉田さんは本当に凄い人だなと感じた。
吉田真明准教授
吉田さんの研究成果は多岐にわたるのだが、私が分かる範囲で近年の研究を2つお伝えしよう。
まずはアオイガイの全ゲノム解読に成功した研究について。アオイガイは率直に言うと、貝のような殻を自分でつくることができるタコである。その白くて波打つような綺麗な模様の殻は、見たことがある人は誰もが一度は欲しいと思うことだろう。
そんなアオイガイの殻は、冬の日本海に打ち上ることが知られている。アオイガイは世界中の暖海に広く分布しているが、日本海のアオイガイは対馬暖流に乗って移動し、冬には死滅してしまうと考えられている。そのため、日本海ではアオイガイの殻を見ることはあっても生きた中身入りの状態で見ることは珍しく、生態にはまだまだ謎が多かった。
吉田さんはこのアオイガイについて、殻を形成する遺伝子に注目した。アオイガイの殻は特定の腕から分泌した成分によってつくられている。アオイガイの全ゲノムを解読し、近縁種や他の殻をもつ生物の遺伝子と比較することで、どのような遺伝子がアオイガイの殻を形成するのに関わっているのかを知ることができると考えた。
殻を持つ頭足類には、生きた化石とよく紹介されるオウムガイ類がいるが、オウムガイ類の殻とアオイガイの殻は全く別物と考えられていた(アオイガイの殻は取り外しが可能)。頭足類は進化の過程で一度完全に殻をつくる形質を失った後、アオイガイは再び殻をつくれるようになったのではないかと推測されていたが、よく分かっていなかった。
吉田さんの研究チームがアオイガイの全ゲノムを解読した結果、アオイガイの全ゲノムサイズは10億塩基対ほどあり、それまで知られているタコ類の中で最も少ないことが分かった。また、タンパク質をコードする遺伝子は26433個あり、44個の遺伝子が殻の形成に使われていることが明らかとなった。44個の遺伝子のうち、ほとんどはオウムガイ類の殻の形成に使われているものと異なることが分かった。
一方、カルシウムの結晶化に関わると考えられる Pif-like/LamG3という遺伝子は、オウムガイ類とも共通して見られることが分かった。これらより、アオイガイの殻は新たな遺伝子の獲得と、既存の遺伝子の再利用によって形成されていることが示された。この研究はタコ類の進化を考える上で今後重要となってくる。
アオイガイの殻
もう一つは環境DNAを用いた日本海の魚類マップである。環境DNAとは、水中にある生物のDNA断片を検出することで、概ね3時間前にその環境にいた生物のことが分かるという研究手法である。これは吉田さんのメインの研究ではないが、得意の遺伝解析を使って共同研究で行っている。プロジェクト自体は全国レベルで行われているが、吉田さんは日本海側の沿岸域を担当している。
これまでの調査で明らかになったのは、隠岐の島では冬季と夏季で徐々に魚類が入れ替わる様子が確認された一方、佐渡や魚津では急激に魚種が変化する現象が確認されたことだという。
ちなみに、太平洋側の東北地方では、環境DNAでマンボウ類が検出されていると教えて下さった。何故太平洋側の東北地方の沿岸でマンボウの環境DNAが検出されたのかについては、私はその理由に答えることができる。太平洋側の東北地方は定置網でマンボウ類が漁獲され、船の上で捌かれて可食部以外は海に戻されることが大きな要因と推察される。
要するに沿岸域で捨てられたマンボウ類の体の一部が水中環境に広がったことにより、それを検出してしまったと思われる。似たような現象が佐渡で確認されており、マグロ類などの外洋種が沿岸で検出されたのは、採水地点近くの定置網の影響ではないかと推察している。
標本自体を採集する必要がなく海水を汲めばいいという手軽さがある一方、例えば日本にはいないはずの魚の刺身を調査場所に捨てたらそれも検出されてしまうというデメリットもあるため、出てきた結果の解釈は慎重に行う必要がある。環境DNAはこういう懸念があるものの、モニタリング的に継続していくことにより、標本自体が得られずとも普通種の季節変化や経年変化、特に海洋熱波の影響を追跡できるとされる。
以上、簡単な紹介であるが、今後の吉田さんの活躍や研究成果を楽しみにしていようと思う。また、吉田さんはアウトリーチにも力を入れており、講演会などの依頼も大募集中だ。
頭足類
進化に迫る
吉田さん
遺伝解析
隠岐の島から