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突然だが、皆さんは今日、何度時計を見ただろうか? 一度も見ていないという人は恐らく稀だろう。そんな現代人の生活を支えるため、私たちの身の回りには無数の時計が設置されている。
この"時計時代"ともいうべき状況になったきっかけの1つが、1920年に現在の国立科学博物館で開催された「時」展だ。当時希薄だった時間意識の啓発を目的として開催され、同年より毎年6月10日を『時の記念日』としても制定された。
しかしながら、時というのは改めて考えると不思議な単位だ。距離のように見ることも出来ないし、重さのように触れることも出来ない。それなのに私たちは時を計って利用している。そもそも私たちが普段使っている時計は一体、どのような仕組みで時を刻んでいるのだろう? そこで今回は、時計がどのように時間を計っているのかについて解説していく。
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突然だがこんな経験は無いだろうか?
ひたすら時間が過ぎるのを待ちながら、退屈な作業や授業をこなしている。そろそろ終わる頃だろうと時計を見ると、まだ全然終わりそうもなく、ぐったりとうなだれてしまう。
恐らく誰もが一度は覚えのある経験のはずだ。反対に、楽しすぎてあっという間に時間が経っていたというのもあるだろう。
時間を計るという点において、私たちの感覚は思いのほか当てにならない。昼→夜→昼→夜→……と周期的に訪れる昼か夜の回数を数えれば、経過した日数は正確に把握することが出来る。
しかしながら、昼の中でどれだけの時間が経過したのかは、時計を持たない私たちにはある程度しか分からない。回数を数えるのに適した、周期的に変化する指標がないからだ[注1]。
反対に言えば、周期的に変化する指標さえあれば時間を計るのに利用できるのだ。この指標の利用こそあらゆる時計の基本原理だ。それでは時計に利用されている周期的な変化とは何なのだろう?
現代の時計に利用されている周期を作る仕組みは、大きく2種類の方法がある。一定の力を歯車に加える方法と、電気を利用した方法だ。詳しく見ていこう。
振り子時計という時計がある。振り子が左右に動く間隔を利用して、時間を計る時計だ。
振り子がある方向に揺れると時計の針を動かす歯車が動き、反対の方向に揺れるとその歯車が止まる。振り子の左右の動きが、歯車の動く→止まる→……の動きに連動しているというわけだ。
この外力を歯車の動きに変換する仕組みは、別に振り子に限定されない。ゼンマイが巻き戻る力でもよいし、なんなら手回しでもよい。このような仕組みの時計を、機械式時計という。
機械式時計と並ぶもう一つの手法が、水晶式時計と呼ばれる時計だ。水晶式時計はその名の通り、水晶と電気を利用して周期を作る。……少しイメージが湧かない。どういうことだろう?
水晶には、電圧を加えると変形し、変形すると電圧が生じるという性質がある。このためコイルを通じて水晶に電圧を加えると、変形する→元の形に戻る→……というサイクルが生じる。この一連の動きによって水晶は周期的に変形し、振り子時計の振り子のように時間を計る事が出来るというわけだ[注2]。
時間を計る基本的な方法は、周期的な変化の回数を記録することだという事が分かった。これによって私たちの時計は動いている訳だ。しかしながら、そもそも正しい時間の定義が明らかでなければ、時計は自由に針が動くだけの道具に過ぎない。それでは2024年6月現在の国際的な定義では、時間はどのように決められているのだろうか?
続いてSI単位系で使われる時間の定義について解説していく。
そもそも国際的な時間を定義するうえで重要なことは何だろうか?
1つ目の最も大切な条件は、不変であるという事だ。時間を決めるための定義なのに、速くなったり遅くなったりしては使うことが出来ない。
また、2つ目の条件として世界中どこでも通用するのが良い。日本国内でしか通用しない条件はもちろん国際的な基準として採用するべきではないし、地球外惑星・太陽系外惑星の研究が進んでいる現在、地球内でしか通用しない条件も避けるのが望ましい[注3]。
さらに、3つ目の条件として時間を決定するための周期の間隔は短ければ短いほど良いという事が挙げられる。周期が短いほど、精度が良くなっていくからだ[注4]。
これら3つの条件を満たす、都合の良い定義方法が本当にあるのだろうか? 実はある。光を利用した方法だ。なぜ光が時間の定義を決めるのに利用できるのだろうか?
まず第一に光速は真空中で一定の速度で進むことが知られている。そのため、真空条件さえ満たすことが出来れば、速くなったり遅くなったりしてしまうことがない。
さらに光は宇宙のあらゆる場所で観察可能だし、作り出すことが出来る。
そして何より重要なことは、光には波の性質があるという事だ。
波は山と谷が交互に一定の間隔で現れ、ある時間当たり波の数(周波数)は光の種類によって固有の値をとることが知られている[注5]。そのため、周波数のとても多い光を利用することが出来れば、時計として使うことが出来るのだ。
現在の国際的な時間の定義では、周波数が9,192,631,770回の光を照射した際に、9,192,631,770回目の山と谷が現れたタイミングが1秒とされている[注6]。
現在のSI単位系の定義では、時間の定義は光の波が現れる回数によって決められていると分かった。しかしながら、この9,192,631,770回という数字を使って実際どのようにして時間を決めているのだろう?
続いて、時間を決定する原理について解説していく。
左右に揺れる振り子が歯車を動かすように、水晶の振動が回路を走らせるように、時計として時間を決定するためには周期的な変化の回数がある値の時だけ挙動を変える存在が必要不可欠だ。
光の波の場合、原子の挙動を変えることで時計として利用している。どういう事だろう?
あらゆる原子には、エネルギーを受けておらず安定した状態と、エネルギーを吸収して不安定になった状態がある。とはいえ、全ての原子があらゆるエネルギーを吸収できるわけではない。原子の種類によって、あるいは現在の状態によって吸収可能なエネルギーは異なる。
また光の持つエネルギーの大きさは、周波数によって決まった値になる。
そのため光を照射した際に、安定だった原子の状態が不安定な状態に遷移したなら、その光は特定の周波数の光だったという事になる。周波数は時間当たりの波の数なので、波の振動数が記録されていれば、どれだけの時間が経過したのかがわかるというわけだ。
このように、原子の状態と光のエネルギーを利用して時間を決定する仕組みを原子時計という。
実際の運用では、セシウム原子133Csに周波数9,192,631,770の光を照射させて一秒を計っている。この原子時計のデータを世界中から集め、地球の自転から求めた時刻の二つを利用して、現時刻を決定している[注7]。
ここまで、時計が時間を計る仕組みについて解説してきたが、いかがだっただろうか?
133Csを利用した原子時計は3億年で1秒のズレしか生まれないとされている。しかしながら、上には上がいる。光格子時計という最先端の原子時計は、宇宙が寿命を迎えても1秒未満のズレなのだとか!
最後に、記事の趣旨からは少し外れるが時計の外装に関する研究について2つ紹介して、記事を締めさせていただく。
私たちは日に何度も時計を見る。そのため、時計というのは大抵見やすい場所にあるのが普通だ。けれどもその一方で、肝心の時計の方はというと、いつでも見やすい物という訳ではない。ガラス面に光が反射してしまう事もあれば、反対に暗所で読みづらいというケースだってある。いつでも読めるように考えて配置しているのに、いつでも読めないのでは意味がない。
暗所でも問題なく読める時計を作るために、外装に工夫をした試みがある。従来使用されてきた、蓄光・蛍光材料による方法は、発光時間がかなり限定されてしまうという問題があった。しかしながら、技術の進歩により少ない電力で発光するLEDが普及したことにより、文字盤や針を暗所でも光らせることが可能になった。気にも留めないような小さなことも、確実に変化しているようだ。
時計が使われるのは、普段私たちが生活するような温和な環境ばかりではない。高所、高圧、高温、低温などの精密機械を扱うには厳しい環境でも使われている。そして得てしてそういう場面では、時計の動作が生死を分けるという状況になりやすい。そのため、厳しい環境で扱われる時計は、普段私たちが使う環境よりも、より確実に動作することが求められる。
ダイバー時計という時計がある。文字通りダイバーが潜水する際に使用する腕時計で、潜水時間を管理するための命綱の役目を担っている。ダイバー時計の防水性能を高めるため、外装の気密性を向上しようという研究がある。入水しやすい箇所の密閉性や排水法を、構造や素材から検証することでより防水性の高いダイバー時計を目指した試みだ。
・小泉 袈裟勝, 山本 弘. 『単位のおはなし 改定版』. 日本規格協会.
・白石 拓. 『「単位」のしくみと基礎知識』. 日刊工業新聞社.
・和田 純夫ら. 『新・単位がわかると物理がわかる』. ベレ出版.
・アダム・ハート=デイヴィス 総監修、日暮雅道 監訳. 『サイエンス大図鑑【コンパクト版】』. 河出書房新社.
・一般社団法人 日本時計協会
・国立研究開発法人産業技術総合研究所 計量標準総合センター
・e-ヘルスネット(厚生労働省)
・青木 貴裕. 『腕時計の外装』. マイクロメカトロニクス, 2020, 64 巻, 222 号, p. 31-34.
・横山 正尚. 『時計の外装技術』. マイクロメカトロニクス, 2020, 64 巻, 222 号, p. 35-37.
[注1] 一応、身近にあるリズムを刻むものとして心拍数が上げられる。厚生労働省によれば、成人の安静時心拍数は60 ~ 100 bpmということなので、60回数えれば大体40秒~1分程度経っているという事になる。けれども心拍数は個人差、あるいは状態の差が激しく、何よりずっと数え続けるのが面倒くさい。 本文に戻る
[注2] とはいえ、水晶の振動速度は振り子時計の比ではないほど速く、振動を直接歯車に伝えていては壊れてしまう。そこで水晶式時計では、水晶の振動数を集積回路によって1秒あたりの振動数に変換することで対応している。 本文に戻る
[注3] 地球のみで通用する条件を避けた方が良い理由はもう一つある。地球規模で時間を定義しようとすると思い浮かぶ周期は、自転周期や公転周期だろう。けれどもこれらの周期はどちらも常に一定ではない。したがって、地球規模の周期で時間を定義しようとすると時間はどんどんズレていくのだ。 本文に戻る
[注4] 周期と精度がどのように関連するのか、こんな事で考えてみよう。目の前に2本の定規がある。1つは7 cm間隔で、もう1つは0.03 mm間隔で目盛りが振られている。それぞれの定規を使って1 mを測るとき、より1 mに近い値を出せるのはどちらだろう? 間隔が細かくなるほど、ズレは小さくなるのだ! 本文に戻る
[注5] 周波数の正しい定義は「1秒あたりの波の数」なのだが、今回はその1秒の定義が不明瞭という事で「ある時間当たり」とさせていただいた。間違ってもテストの回答用紙に、「ある時間当たり」と書かないように! 本文に戻る
[注6] この約91億回という振動数がどれだけ多いかというと、水晶式時計の水晶の振動数が3万ちょいという事から想像してほしい。およそ30万倍! まさしく桁違いの振動数なのだ! 本文に戻る
[注7] 2つの時刻を利用するのには理由がある。それは私たちが「地球上」で「正確な時計」を必要としているからに他ならない。時計は科学にとっても必要な道具だが、実生活にとっても必要な道具であるため、どちらのデータも考慮する必要があるのだ。 本文に戻る