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大型生物は大体絶滅に瀕していると言っても過言ではない。それは何故か? 大型生物は一般的に1世代の寿命が長く、再生産が遅いため、個体数が少ない傾向にあるからだ。ヒトが本気を出して大型生物を捕獲しまくれば、絶滅させることは難しくない。
それは海の中でも同じことで、過去にヒトはステラーカイギュウを絶滅させた例がある。魚類は数が多いように思うかもしれないが、やはり小型生物より大型生物の方が個体数は少ない。
大型海洋生物であるマンボウ Mola molaは2015年からIUCN(国際自然保護連合)レッドリストで絶滅危惧種のカテゴリーに入れられた。しかし、それはマンボウのみの話であり、マンボウ科の他種であるヤリマンボウやクサビフグは入っていない。また、ウシマンボウやカクレマンボウは2017年に明確に種として認識されたので、絶滅危惧種に該当するかどうかについてはまだ評価されていない。
IUCNレッドリストは数年おきに生物の資源状態を見直して、絶滅に瀕しているか否かを評価することが理想的とされている。前回の評価から5年以上経過したマンボウ科魚類も再評価しようと世界中のマンボウ研究者達が立ち上がり、評価チームを結成した。イギリス、ポルトガル、台湾、ニュージーランド、日本、アメリカの研究者で構成されたこの評価チームだが、私もそのメンバーの一人である。
今回、評価チームでまとめた論文が出版されたので、その内容をご紹介しよう。
CONTENTS
Phillipsを筆頭にまとめられた本論文は、「Marine Policy」という雑誌に掲載された。本雑誌は、海洋政策に関する幅広い分野を掲載する雑誌で、インパクトファクターは3.8である。生態解明とかそういう雑誌ではないが、マンボウ類を絶滅させないためにはどうしたらいいのか? どういうデータが足りないのか?ということについて端的にまとめて提言できる一種のレビュー論文だ。本論文では、マンボウ科について「保全上の懸念」の概要を示し、「保全の優先事項」を検討し、将来の推奨事項を提示した。
現在までマンボウ科魚類に関する保護規制はどの国でも見られない。マンボウ科魚類にとって大きな脅威になり得るものは漁業である。漁業は個体数を把握する上では重要だが、ちゃんと漁獲統計が取られている地域は世界的にほぼなく、私が調べたところ日本もちゃんとした漁獲データは取られていない。
マンボウ科魚類は体重範囲が広いので、「何キログラムの個体が何個体獲れたか?」というデータをちゃんと取らないと、データの解釈が難しい。例えば、重量重視で合計1,000kgのマンボウ科の水揚げデータがあったとする。これは、極端な話、1kg の個体が1000個体いたともとれるし、1,000kgの個体が1個体いたともとれる。非常に悩ましい。
つぎに、マンボウ科魚類は漁業上では基本的に種を識別されず、マンボウ型の魚類を全部ひっくるめて「マンボウ」として記録されるため、実際にどの種が漁獲されたのかがわからない。これだと、特定の地域でマンボウ類が減少傾向であることが発覚した時、実際にマンボウ科のどの種が減っているのかを明確に知ることができない。
また、マンボウ類は生きたまま海に返されることもあるが、漁獲して海に戻された後の死亡率は全然データがない、といった問題がある。加えて、海水温度の上昇、海洋酸性化、酸素の浅瀬化などの海洋環境の問題もマンボウ類の行動や分布に大きな影響を与える可能性がある。
これらの具体的な脅威に加え、マンボウ類の基礎的な生態的知見(例えば、産卵、年齢)が不足しているという間接的な脅威もある。詳細なマンボウ類の生態的知見がなければ、効果的な長期的かつ大規模な保全措置を実施することは非常に困難なのだ。
マンボウ類を絶滅させないためには、研究者だけでなく、漁師、保護活動を行う人々、政治関係者、そして一般の人々も協力してこの課題に取り組まなければならない。保全を行う上で重要なのは、やはり人々の意識なのだ。
本論文では、マンボウ科魚類の保全を考える上で、優先すべき事項を8つ提示した。それぞれ簡単に解説しよう。
上述したように、漁業の現場では、マンボウ科魚類は総称して「マンボウ」とされ、種判別がされていない場合が多い。これでは各種の生態データを集めるのが困難である。水産関係者に種を識別するよう働きかけることが重要だが、なかなか難しい現状も知っている。少なくとも科学的・政治的文書では明確に種を識別した名前を使うべきであり、種を識別できない場合は属レベルまたは総称であることを明記することが推奨される。
今後、マンボウ類の保全を考える上で、現在不足している知見を以下に箇条書きにする。
少しずつマンボウ類の生態的知見は集積されてきているが、まだまだ不明な点は多く、積極的に研究を行う必要があるのだ。
マンボウ科は現在5種が明確な別種として認められているが、マンボウは太平洋と大西洋で種を分けられそうな気配がある。ヤリマンボウやクサビフグが本当に世界でそれぞれ1種なのかも疑問点があるところだ。理想的には、全世界に存在する種を把握した上で、資源管理を行うことが望ましい。
現在、研究者や機関が各々でマンボウ類のデータ収集をしているため、それらをお互いで比較しやすくするためには、基準となるマニュアルのようなものがあれば、データ収集後もやりやすい。例えば、全長を計測するにしても、魚体に沿って計測するのか、計測点の2点を直線的に測るのかによって、誤差が生じてくる。
漁業資源の持続可能な管理やエコツーリズムの行動規範など、最善の実践を行うためには、どのような法律が役立つかを議論することは、マンボウ科を保全する上でも重要である。
研究を行う上で動物に与えるダメージを少なくすることは、動物福祉的にも、より自然に近い行動データを取る上でも重要である。このためには、調査手法や器具の改良などが求められる。
SNSやマスメディアなどで間違ったマンボウ類の情報が流されているが、これらを正確な知見に修正することは非常に難しい。誤った情報は人々の無関心を招き、保全活動に対する危機感が低下するのを避けるためには、誤った情報に異議を唱え、事実に基づいた情報を発信し続けることが不可欠である。
例えば、私は先日、インターネット上で流布しているマンボウの曖昧な情報について、科学的に正しいのか否かを改めて検証する「マンボウの都市伝説流行10年祭」というイベントを開き、一般の方々に再考する機会を提供した。
一般の人々に関心を持ってもらうには、研究者、政治関係者、マスメディアなど様々な業界とコミュニケーションを取り、情報を共有することが重要である。他業界の人に関心を持ってもらうことはなかなか難しいところであるが、それがまたコミュニケーションの重要性と課題である。様々な業界のアイデアから、新しい保全のアイデアが生まれる可能性もある。
このように、なかなか難しい問題を抱えているが、マンボウ類の絶滅を回避するために重要な優先事項を捻出した。細かいことを挙げればきりがないが、目標を掲げることは重要であろう。これからの時代は「種レベル」のデータを取ることが求められる。皆さんもぜひ、マンボウ科各種の名前を意識して欲しい。
マンボウの仲間は何種いるの? 見分け方も詳しく解説!
今日の一首
マンボウ類
保全に課題
山積みや
政治家巻き込み
絶滅回避
Phillips N, Nyegaard M, Sawai E, Chang C-T, Baptista M, Thys T. 2023. The ocean sunfishes (family Molidea): Recommendations from the IUCN molidae review panel. Marine Policy, 155: 105760.