科博にある大きなマンボウ型の剥製はマンボウ?ウシマンボウ?

2023.02.16

 「上野の国立科学博物館にあるマンボウの剥製、実はウシマンボウじゃないですか?」

 時は今から3年前に遡る。2020年4月、新型コロナウイルス感染症に対する第1回緊急事態宣言が発出されていた頃、国立科学博物館(以下、科博)は、「おうちで体験!かはくVR」という、家にいながら科博の館内をインターネット上で見て回ることができるサイトを発表した。

面白そうだと思ってサイトを見ようとすると、Twitterのフォロワーの方から「大きなマンボウの剥製があるが、その剥製はウシマンボウではないか?」との話をいただいた。私は国内のウシマンボウの剥製は全部把握している気でいたが、科博の剥製のことは今まで知らなかった。これは絶対に確認しなければならない! 私はフォロワーの方にどの場所に剥製が展示されているのかを教えてもらいながら、「かはくVR」を見て回った。そして、VR上でマンボウの剥製のところまで辿り着いたが……。

 

 そう。今回は、「科博に展示されているマンボウの剥製は果たしてマンボウなのか? ウシマンボウなのか?」を調査したお話である。

 

 

実物を調査しにいく事に

 さて、「かはくVR」のマンボウである。3D化されて拡大もできるとはいえ、私が見たい角度での映像は「かはくVR」では見ることができなかった。ウシマンボウぽいなとは思ったのだが、実物をちゃんと見ないと種判別はできないな、とも感じていた。しかし、緊急事態宣言が出ている最中、科博に気軽に調査に行くこともできない……。いつかコロナ禍が終息した頃に調査できればいいなと、この時は未来の自分に託すことにした。

 

 そして、2年後の2022年5月。テレビ出演の依頼があり、東京に行く用事ができた。科博の剥製のことが頭の隅で気になっていたので、ダメ元で科博に調査協力を問い合わせてみたら、調査研究目的の撮影なら閉館後に可能との快い返事が来た。これは行くしかない! 剥製は天井に吊り下げられているとのことで、私が持っているカメラの三脚と、科博にある脚立を借りて調査を行うことにした。

 

 当日、科博の職員の方に案内して頂き、件のマンボウの剥製を見せていただく。近くの床にはマンボウと紹介されていた。

 

 剥製は思ったより高い位置に展示されていた。何とか手持ちのもので種判別に必要な分類形質を調査できるか……と一時間ほどいろいろ試みた。脚立+カメラの三脚で重要な分類形質がある剥製の体の中央を接写してみようと試みたが、届かない。ズームしてもハッキリと写せなかった。剥製の実物を見ての感想も、やはりウシマンボウぽいかなと感じていたのだが……。明確に断定できるかと聞かれると自信がなかった。家に帰って写真やデータを分析してみても、やはりマンボウともウシマンボウとも明確に判断できず、標本があるのに種を同定することができないというもどかしさを感じた。今回取ったデータで論文にまとめるつもりだったが、これはもう一度調査を行う必要があると感じ、また東京に行く機会があった時にリトライしようと決めた。1回目の調査は失敗である。その後、夏コミで都内に行く機会があったものの、この時は科博側と日程が合わなかった。しかし、2022年12月に都内に行く機会ができ、リトライするチャンスができた。

 

2回目の実地調査

 1回目の調査の敗因は、①剥製の体の中央部までカメラが届かなかったこと、②剥製の上部が暗くて分類形質がうまく撮影できなかったことである。これらを解決するために、私はあまりお金が掛からない範囲で使えるツールを探した。とりあえず長い棒が必要と考え、長い自撮り棒とかあるのかなと探してみたら、意外にあったのである。5mの自撮り棒! そんなに伸ばして何を撮影するの?と驚いたが、世の中には私のように必要とする人がいるから売られているのだ。いろいろ調べてコスパ的に行きついたのが土牛産業のカメ棒5000ALだった。5mまで伸ばすことができ、先端の突起にカメラの穴やスマホを固定するサブパーツを取り付けることができるので、それに装着すると、5mの自撮り棒が完成する。装着したカメラなどにbluetooth接続できるボタンを買っておけば遠隔で撮影できるという訳だ。ただ、カメ棒はアルミ製なので、使う時に電線などに触れると感電してしまうデメリットがあるため、周りによく注意する必要がある。またそれほど重くはないが、一番短くしても132cmもあるので、持ち歩くには少し不便だ。天井の暗かった部分は強めのライトを照らして解決しようと考え、Youtubeで評価が高かったREHKITTZ S1600というライトを購入した。

 

 若干長い棒の持ち運びが手間だったが無事2回目の調査ができた。今回は助っ人として佐伯恵太さんにも協力して頂き、マンボウなのかウシマンボウなのか決着を着けるぞという意気込みで挑んだ。大は小を兼ねるとはよく言ったもので、5mの伸縮棒にして正解だった。脚立に上らず地面に固定して目的の分類形質がある体の部位までカメラを伸ばすことができた。買ったライトも成功で、前回暗くてよく分からなかった部分も体表の鱗も今回はバッチリ明るく撮影することができた。


 この時の調査した実感もやはりウシマンボウぽいなという感覚があったが、家に帰ってからじっくり写真を調査しようと考えていた。マンボウかウシマンボウかパッと見てよく分からなかった科博の大型剥製。家に帰って本格的に分析を始めてもしばらくどちらかよく分からなかった。分類形質である骨板数、表皮のシワ、鱗の形状はマンボウと一致するのに、頭部と下顎下が少し隆起しているのである。頭部と下顎下が隆起するのはウシマンボウの特徴なので、一見すると、マンボウとウシマンボウのハイブリッドのような形態をしているのだ。


果たして正体は…?

 マンボウとウシマンボウの雑種がいるという科学的知見は皆無。実際には存在するのかもしれないが、この剥製が雑種なのかどうかは分からない。とりあえず、マンボウ属の大型個体の写真を自分のデータやインターネット上の写真で見て回った。そして、だんだん分かってきたのである。

 これはマンボウの個体変異かもしれない!

 個体変異は不思議なもので、典型的なその種の形態から若干外れ、近縁種の形態に似ている個体がいるのだ。典型的なマンボウは頭部と下顎下は隆起しているように見えないが、稀にそれらが少し隆起している個体がいる。マンボウの中にウシマンボウと同じような形態を有している個体がいるのなら、分類形質として使えないのではないかと思われるかもしれない。しかし、マンボウとウシマンボウとでは、頭部と下顎下の隆起の仕方が微妙に違うのだ。詳しくは下記論文を見て頂きたいが、極端な例を大洗水族館のウシマンボウの大型剥製を使ってここで示すと、ウシマンボウの頭部の隆起はマンボウより立ち上がり方が急で高い。一方、ウシマンボウの下顎下の隆起はマンボウよりも船のバルバスバウのように丸く隆起するといった微妙な形態の違いがあるのだ。

 

 2枚並べてみると、このようになる。隆起の違いがわかるだろうか?


 奇形とはいかないまでも典型的な種の形態から少し外れるマンボウ属各種の個体変異は、まだちゃんと調べられていないので、今後追加調査する必要があるだろう。もちろん科博の剥製が生鮮時から剥製にする過程で意図せずに人為的に変形された結果、典型的な形態から少し変わってしまった可能性も考えられる。しかし、論文を見て頂けるとお分かり頂けるのだが、生鮮時のマンボウにも科博の剥製と非常に良く似た頭部と下顎下の隆起をした個体の写真が示されているので、そういうマンボウもいるのである。結論として、科博のマンボウ型の剥製はウシマンボウではなく、マンボウ(変異個体)であった! 今回、実物を調査することの重要さ、複数の分類形質を使って種を同定することの大切さを改めて実感した次第である。

 

~今日の一首~
 マンボウの
  個体変異は
   微隆起する
    頭と顎を
     持っているかも

 

 

参考文献

おうちで体験!かはくVR

澤井悦郎.2023.国立科学博物館上野本館に展示されているマンボウ属大型剥製の再同定.Ichthy, Natural History of Fishes of Japan, 28: 6-11.

 

【著者情報】澤井 悦郎

海とくらしの史料館の「特任マンボウ研究員」である牛マンボウ博士。この連載は、マンボウ類だけを研究し続けていつまで生きられるかを問うた男の、マンボウへの愛を綴る科学エッセイである。

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