コミックマーケットをサイエンスコミュケーションの場として活用した実例

2022.08.18

久しぶりの参加

 2022813日。ついにこの日がやって来た。コミックマーケット100C100)初日である。この日の東京都内の新型コロナ感染者数は23,773人だった。人が集うコミケにおいて、コロナ対策をしているとは言えど、この感染者数はリスクが高い過酷な状況だとお分かりいただけるだろう。加えて、開催3日前に突如台風8号(メアリー)が発生し、実際コミケに直撃するという災難に見舞われた。他にも都内は電力ひっ迫、酷暑、停電などの懸念もあったが、それらは無事回避された。

 私は研究者であるが、分野外の人々に研究成果を普及することも好きなので、2016年の夏コミC90に初めてサークル参加して以来、C93C95C97と毎年1回はサークル参加をしてきた。しかし、コロナが流行って参加予定だったC98は中止、C99は参加できたもののコロナを懸念して辞退し、そして今回3年ぶりにC100に参加できた。実際、7月に入ってからコロナ感染者が劇的に増加し、台風のこともあって直前まで参加するかどうか迷ったが、記念すべき第100回目だし、選ばれたからにはコミケが開催される限りはなんとしても参加するぞ!という、半ば自棄になったような意気込みで臨んだ。

 最近はテレビやネットニュースでもよく話題になるので、参加したことがなくてもコミケの話を聞いたことくらいはあるのではないだろうか。コミケを一言で言うなら「同人誌即売会」である。そう、コミケは従来より期間限定の同人誌の大規模市場であり、コスプレなどは+αに過ぎない……とは言ったものの、現在はコミケの需要も多様化しているので、楽しみ方も参加者それぞれだ。私はこのコミケの需要の多様化に、サイエンスコミュニケーションの一つの活路を見出している。研究者でサークル参加している人はあまりいないように思うので、今回は私が参加してきたC100初日のレポートとともに、サイエンスコミュニケーションとしても使える可能性についてお話ししよう。

いまさら聞けない、コミケへの参加申し込み方法

 コミケに一般参加するには、現在はチケットを買ってその時間帯に会場に並ぶことが求められるが、サークル参加するにはいくつか手順が必要である。コミケは基本的にお盆の時期(夏コミ)と年末(冬コミ)の年2回開催される。サークル参加するにはまず、次回開催の申込書を夏コミなら1月頃、冬コミなら7月頃、通販などで購入して、指定された期間に申し込まなければならない。特に夏コミは半年以上前に販売されるので、うっかり忘れてしまわないように注意する必要がある。申込書にはサークル名や一般的に申請に必要な情報を書く。この時、ジャンルコードを選ぶ必要がある。今回私が選んだジャンルコードは「評論・情報」⇒「学問(理系)」である。確かにアニメや漫画のジャンルが多いものの、研究者が自分の研究を広めたいと思って参加するのであれば、「評論・情報」を選択することをおススメする。「これだからコミケはやめられないぜ!」とツイートで紹介されて話題になる本は大抵「評論・情報」のサークルである。参加者が自分の好きなものを研究して本にまとめたこだわりの1冊が「評論・情報」のジャンルに多いからだ。私はマンボウ研究に関連する同人誌を、テーマを絞ってこのジャンルでひたすら出し続けている(他のイベントでも頒布している)。

 申し込み後、当落通知が夏コミは6月頃、冬コミは11月頃にあり、当選していればサークル参加できる。当選通知が来てから新刊を出したいと思って目覚めたように同人誌を作り始める人も多いだろう。印刷所で製本する方が見栄えはいいが、初めて参加する場合は、まずコミケの感覚を掴むため、コピー本の作成をおススメする。コピー本とは、その名の通り、コンビニなどでコピーして作った本だ。私はいつもパワーポイントで原稿を作り、pdf化して保存。コンビニでpdfをA4サイズで印刷し、印刷した紙を半分に折ってホッチキスで留めて作っている。部数は20~30部ほど。売切れたら嬉しいし、全く売れなくてもこの部数ならダメージは少ない。

 コミケは同人誌即売会なので、商業誌(出版社から既に出版されている本)の販売は禁止だ(私は一回商業誌を持って行ってしまい、コミケ時間中その本の販売を禁止されたことがある)。論文を売ることもNGだと思うので、あくまで趣味として一般の人にもわかるような内容でマニアックな同人誌を作るのが良いと思われる。同人誌作りは論文とはまた違って楽しくもあり、苦しくもある。内容は18禁の場合はコミケのルールに従う必要があるが、基本的には何でもOK。絵が得意なら漫画を描けばファンが付きやすい。私は漫画が描けないので、事典みたいな情報集か小説みたいな文字で埋め尽くした本を作ることが多い。買ってくれる人がいるかどうかは正直運次第だが、TwitterなどのSNSで宣伝しまくれば売れる確率は上がる。別に無料で配るのもありだが、売れた時は非常に嬉しい。一度この感動の味を占めると、また参加したくなるぞ!

コミケ当日の朝

 コミケ開催当日の朝は何だかんだで忙しい。地方民は前日入りすることをおススメする。今回、私は前日入りして、事前に手続きしておいたサークル作業員証を持って、持参した荷物を前日搬入したのだが、当日台風直撃だったので前日搬入して正解だった。当日は朝5時頃から活動し始めて体調を整え、ホテルをチェックアウトし、サークル入場時間帯に東京ビッグサイトに向かった。国際展示場駅に着いたのは7時半過ぎだったと思うが、既にたくさんのサークル参加者がスーツケースを引いて歩いており、一般参加者の待機列もできていた。奇跡的にも台風の影響はまだなく、ビッグサイト上空の空は青く晴れていた。

 体温測定やバンド装着、見本誌を封筒に入れて提出するなど変わった部分はあったものの、それ以外はいつものコミケという感じでワクワクした。持って来た同人誌がいっぱい売れて帰りのスーツケースが軽くなればそれがベストだが、今回はコロナ禍かつ台風直撃だったので、一般参加者数も少ないと思われ(初日の来場者数は8.5万人だった)、全然売れなくても、記念すべき第100回目のコミケに参加することができた時点で満足だった。

 しかし、何名かの知人からは「ブースに行くよ~」との連絡を事前にもらっていたので、設営はちゃんとしなければならない。あれこれ同人誌やグッズを机に並べているうちに、あっという間に開催時間になっていた。実は今回、ラボブレインズでお馴染みの佐伯さんも助っ人として売り子にお誘いしていたのだが、コロナと台風の事情があって来られないことになった。単独で参加することを余儀なくされたが、どうもブースは椅子の持ち込みがNGだったようで、ずっと立っててもらわなければならなくなるところだったため、そういう意味では今回、単独で良かったと感じた。

マンボウの干物が話題に

 開催時間になると、3年ぶりの夏コミということもあってか、大きな拍手が巻き起こった。私はコロナ対策として、この日のために買っておいたネッククーラーのスイッチを入れた。ネッククーラーは自分に向けてではなく、相手に向けて吹くようになっている。開催直後の「評論・情報」のジャンルの一般参加者はまばらな感じだ。少しタイムラグがあって漫画ジャンルなどで買いたい本を買い終わった人達が何か面白いものがないかなと探索しにやって来る。人が増えてきたこの時がある意味、サイエンスコミュニケーションの大きなチャンスである。特に普段はマンボウに興味がない人でも、ブースに引き込むことで、研究の面白さを伝えることができると私は思っている。ヲタクと研究者は空想と科学で対比した存在としてよく描かれるが、「特定のジャンルを深く追求する」という性質は似ているため、実際割と近しい存在だ。面白さが伝われば、私の研究にも興味を持ってもらえることがある。同人誌を買ってもらえればお小遣いもゲットできて一石二鳥。さらに、一般参加者が私の知らないマンボウの情報を持っていて教えてくれることもあるし、何かしらの偉い人で同人誌を見て新たな仕事を依頼してくることもあったりするのだ(過去にあった)。学会で同じ専門分野の研究者と深い議論をするのも楽しい。しかし、それは袋小路であり、異分野の人達に広がることは滅多にない。私は自分のできる範囲でより多くの人達に、自分が行った研究やマンボウの正確な知見を広めたい。

 他のサークルでは大きな立て看板などが一般参加者をブースに引き込む役割を担うものと思われるが、私の場合はマンボウの干物である。今回のコミケで私には一つだけ野望があった。「C100にマンボウがいた!」というツイートを誰かにしてもらえれば、今回参加した証拠を客観的に残せると思って、雨で湿気が多いのを覚悟してマンボウの干物を持ってきた。コピー本が主体の私のブースはカラフルさが全くない非常に地味なものだが、目の高さにマンボウの干物があると、「なにこれ!?」と反応して頂けることが多い。コロナ禍に入る前は、マンボウの干物を実際に触ってもらっていた。ブースに足を止めてもらえたら、同人誌の中を自由に見ていいですよ~と声を掛け、マンボウの豆知識を語るのである。今回はコロナ対策で極力一般参加者と話さないようにしていたのだが、マンボウの干物は思った以上にTwitter上で拡散され、Togetter編集部のイチオシにも選ばれる結果となった。作戦は大成功で、私的には大満足である。

 

 

コミックマーケットに見る、サイエンスコミュニケーションの可能性

 近年、サイエンスコミュニケーションが重要視され始めた理由のひとつとして、ニュースなどマスメディアで誤解釈や科学的に間違った情報が配信されることが目立つようになってきたということが考えられる。これはメディアの中に科学に詳しい人材が不足していることに加え、研究者個人がインターネット上で間違いを指摘して不特定多数に拡散できるようになってきたことで、誤りが表面化しやすくなっているという側面がある。また、研究者が一般の人々に向けて難しい研究を理解しやすいように説明する努力を怠ってきたからだという指摘もある。研究者は基本的に自分の研究をしたいので、一般向けに解説すること自体に興味がなかったりする。その研究者と一般の人々の間に入り、研究者の話を理解して一般の人々にわかりやすく解説する役割を担うのがサイエンスコミュニケーターである。

 自分の研究は自分が一番理解しているので、自分で広報するのが最も望ましいが、私がおススメしても研究者でコミケでサイエンスコミュニケーションを図ろうとする人はおそらくあまり出てこないものと思われる。しかし、人に伝えることが好きなサイエンスコミュニケーターであれば、同人誌やグッズを通じて活躍できるのではないだろうか。コミュ力が高いサイエンスコミュニケーターと知識欲が高いヲタクは親和性が高いと思われる。コミケはサブカルチャーの祭典でありながら、サイエンスコミュケーションの場としても十分に活用できるのではないだろうかと私は思うのだ。

 ちなみに、こちらはC100記念に買った戦利品。そう言えば、最近は萌えという言葉をめっきり聞かなくなった。

最後に、今回の私の新刊はこちらだ。

【電子同人誌】巨大魚ランキング-体重編-

参考文献

相田美穂.2005.コミックマーケットの現在――サブカルチャーに関する一考察――.広島修大論集・人文編,45 (2): 149-201.

コミックマーケット準備会.2022.コミケットアピール100.コミックマーケット準備会.

 

【著者情報】澤井 悦郎

海とくらしの史料館の「特任マンボウ研究員」である牛マンボウ博士。この連載は、マンボウ類だけを研究し続けていつまで生きられるかを問うた男の、マンボウへの愛を綴る科学エッセイである。

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