著者紹介:西川 伸一
京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。
【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。
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パーキンソン病 (PD) はドーパミン分泌細胞が失われることで起こるため、特有の運動障害については Lドーパを服用してドーパミンを補充することが最初の治療になる。ただ、長期に Lドーパを続けると、薬剤が効いている on の時期に不随意運動が起こるディスキネジアと薬剤の濃度が低下した off の時期に PD の強い運動障害が現れるという問題がある。この問題に対する対症療法がないわけでないが、副作用のせいで使用は限定される。
CONTENTS
本日紹介する論文
今日紹介するトロントにあるバイオテクベンチャー Sinopia Bioscience からの論文は、パーキンソン動物モデルで Lドーパ服用時にドーパミン受容体を発現した細胞に起こる遺伝子発現変化から、Lドーパによる運動障害を改善する薬剤を開発した研究で、7月15日 Science Translational Medicine に掲載された。
タイトルは「A small molecule reduces both parkinsonism and l-dopa–induced dyskinesia in animal models of Parkinson’s disease(動物のパーキンソン病モデルの症状とLドーパによるディスキネジアを改善する化合物)」だ。
解説と考察
Lドーパを服用すると、D1ドーパミン受容体を発現する細胞が刺激され、これにより PD の運動障害が改善するが、D2 受容体を発現する細胞も同時に刺激され、ディスキネジアが起こる。それぞれの神経に Lドーパ服用による変化を調べ、Lドーパによる PD 運動障害改善と相関する分子、逆に Lドーパによるディスキネジアと相関する分子を特定し、PD 運動障害改善の遺伝子発現パターンを阻害せず、ディスキネジアを阻害する化合物を、in silico で探索し、最終的に狭心症に用いられてきた血管拡張剤 trapidil (SB0107) がこの目的に合致することを発見する。
次に SB0107 の生化学的作用点を探索し、SB0107 が PKA-II の活性を高める作用があることを発見し、また構造学的に SB0107 の結合部位を特定している。即ち細胞内で MAP キナーゼ経路を活性化することで、ドーパミン作用をミミックし、ディスキネジアに必要な分子経路を抑えている。
あとは、マカクザルの PD モデルで Lドーパ投与時に SB0170 が Lドーパ服用の問題を抑えてくれるか調べている。結果は、Lドーパによる運動機能改善作用を阻害することなく、また場合によってはさらに改善しつつ、ディスキネジアの発生を強く抑制することがわかった。さらに、PD が進むと起こる認知障害にもある程度の効果が認められることを明らかにしている。
まとめと感想
結果は以上で、これまでの薬剤と異なり、狭心症治療薬として50年近い使用の歴史がある薬剤が見つかったことで、PKA-II 活性の促進剤とは言え、副作用の問題は少ないと考えられる。SB0107 ベースに体内動態を改善した化合物も得られており、是非治験へとす済んでほしいと思う。PD については根治治療が徐々に視野に入ってきている。しかし、患者さんの数を考えると、新しい治療に全員がアクセスできるわけではない。とすると、新しい治療を待つまでの間、高い生活の質を保証できる薬剤の開発は重要だ。