地球冷却微生物を探す-東北大学×科学部ネットワーク

2025.03.25

はじめに

本記事では東北大学の市民科学プロジェクトdSOIL 微生物による地球冷却に取り組んだ理工系サークルのインターカレッジサークル、科学部ネットワークの活動をご紹介いたします。今回の取り組みはアズワン株式会社が運営を行っているサイエンスコミュニティサイトco-LabBRAINSがきっかけとなってはじまりました。dSOILの詳細や科学部ネットワークの紹介に加え、採集したサンプルの結果・考察もご紹介いたします。

地球冷却微生物とは

地球冷却微生物を探せは、東北大学の土壌微生物学分野が中心となって行なっているシチズンサイエンス (市民科学) プロジェクトです。発端となったのはムーンショット型研究開発事業の中の研究課題dSOIL 微生物による地球冷却です。この課題では、微生物を利用して土壌から出る温室効果ガスの一種N2O (一酸化二窒素、亜酸化窒素とも呼ばれる) を削減することを目指しています。

 

窒素肥料のイメージ図


N2Oが温室効果ガスであることはあまり知られていませんが、実際には二酸化炭素、メタンに次ぐ3番目に大きな影響をもつ温室効果ガスです。また、同時にN2Oはオゾン層破壊物質でもあり、このガスの増加は地球温暖化とオゾン層破壊による人類の健康への影響という2つの重大な問題を引き起こします。N2Oの人為的排出源の約6割が農業由来であり、とくに農地に投入された窒素肥料による影響が大きいと言われています。N2O消去能力をもった微生物を資材化して農地に撒くことでN2Oの排出量を減らすのが、dSOILの目的です。


N2O排出を効率的に削減するためには、より高いN2O消去能力をもつ微生物を利用することが重要ですが、N2O消去能力をもつ微生物の多様性についてはまだよくわかっていません。そこで全国の方々の協力を得て、日本中から高いN2O消去能力をもつ微生物を探そうと始めたのが地球冷却微生物を探せなのです。

どのようにして探索するのか

申し込むと送付される実験キット

 

日本全国から実験希望者を募り、土を使った実験をしていただきます。お申し込みいただいた方々に実験キット一式を送付し、家の庭や畑、近所の公園など、好きな場所で土を少しだけ取っていただきます。採った土はガラスの瓶に入れてゴム栓で密閉し、瓶の中の気体を3回採取します (瓶を閉じて0分後, 30〜60分後, 120〜180分後の3回)。注射器で採った気体を真空のガラスバイアルに注入し、気体と土の両方を東北大学に送り返していただきます。

実験の大まかな流れ


大学に届いたサンプルは、まず気体の分析を行ないます。N2Oの濃度変化を調べることで、その土からどれくらいN2Oが出ているのか、あるいはN2Oが吸収されているのかを明らかにします。さらに、DNAを使った分析で、土の中の微生物叢 (どんな種類の微生物がどんな割合で存在しているのか) を明らかにします。これらの気体と微生物のデータはそれぞれレポートとして実験参加者にお送りしています。

これまでの実績

このプロジェクトを開始して約3年間 (2021年12月〜2025年3月) で、約1,300人の方々が参加登録してくださいました。土のサンプルは全国2,187の地点から3,272個も集めることができました。分析した気体のバイアルの個数は22,630個にも上り、全体で130万種類を超えるDNAの塩基配列 (≒微生物の種類) を得ることができました。


これら多くのサンプルの中にはN2Oを吸収する土壌が存在しており、微生物叢との比較解析によって、数十種類の「地球冷却微生物候補」を特定することができました。また、集まった土の中からこれまでに7つのN2O消去微生物 (2属、3種のバクテリア) を得ています。

科学部ネットワークとは

科学部ネットワークは、全国の理工系サークルやコミュニティをつなげることを目的に活動しているインターカレッジサークルです。団体や個人同士のゆるやかなつながりを通じて、ノウハウやリソースの共有、普段の活動では出会えない仲間や情報を得たり、一人では実現できないイベントや研究を行ったりすることを目指しています。

どんな団体が所属しているのか

ネットワークには、生物系、天文/地学、情報・数学、工学など多岐にわたる分野の25団体、約500名ほどが参加しています。参加団体は、東海大学札幌キャンパス自然科学研究会、山形大学地学研究会、長浜バイオ大学自然科学研究会、関西学院大学生物サークル、琉球大学Robotサークルなど、全国に広がっています。

これまでの実績

年に一度、オフラインでシンポジウムや成果発表を開催し、リソースやノウハウの共有を行っています。また、不定期に生き物系団体が集まり生態系調査を実施したり、オンラインで活動報告を行うこともあります。さらに、dSOILのように外部団体や研究者と共同で野外調査やデータ採集を行うこともあります。

探索

長浜バイオ大学 自然科学研究会NiBiSc labの皆さん

名城大学 環境保護活動交流団体Ambienteの皆さん

 

測定結果

測定結果のパートは大久保先生に解説いただきました!

今回、科学部ネットワークの中で長浜バイオ大学の自然科学研究会NiBiSc lab名城大学の環境保護活動交流団体Ambienteの方々に、実験にご参加いただきました。どちらのサンプルも微生物叢の分析は現在進行中ですが、気体の分析は終わったためここで一部を紹介いたします。

長浜バイオ大学 自然科学研究会

長浜バイオ大学の採集地とN2Oの測定結果

 

長浜バイオ大学 自然科学研究会のみなさまは、大学内の4地点で実験を行なっていただきました。気体のデータを見るとW1 (ビオトープ、日陰) ではN2O濃度が時間とともに単調増加しており、土壌からのN2O放出・吸収速度は+0.43 nmol N2O kg-1 h-1でした。全国の土壌のうちおよそ3分の1の土壌が+0.1~+1.0 nmol N2O kg-1 h-1の値を示すことから、W1は一般的なN2O放出土壌であるといえます。W2 (ビオトープ、日なた) とW3 (大学内土壌、日陰) は一度N2O濃度が下がったのち上昇するという結果でした。本プロジェクトでは3点のR2値が0.7未満の場合はno data (W2 : n.d.)、3点の変化幅が11.4 ppb未満の場合は変化なし (W3 : 0) としています。W2とW3の土壌は、「N2Oが少し出ているようだが、有意な発生は認められない」という結果になります。W4 (大学内土壌、日なた) はN2O濃度が時間とともに単調減少していました。その変化幅は7.75 ppbだったため、N2O放出・吸収速度を0としましたが、N2Oを吸収する土壌であった可能性があります。日陰と日なたの土壌を比較したのはよい着眼点だと感じました。実際、距離的には近い土壌でも日陰と日なたで結果が違っていたことから、採取時の土壌の温度や日常的な日の当たり具合がN2O放出速度と関係しているかもしれません。また、W4の土壌はN2Oが徐々に下がっているので、より長時間置くことでN2Oの吸収を確かめられた可能性があります。

名城大学 Ambiente

名城大学の採集地(大学の付属農場)とN2Oの測定結果

名城大学Ambienteのみなさまには、これまでに5回実験を行なっていただきました。そのうちの1回は、大学の附属農場で4地点の土を採取、比較しています。M1とM4ではN2Oが多く放出されていましたが (それぞれ+1.52、+3.04 nmol N2O kg-1 h-1)、M2とM3ではN2Oはほとんど出ていませんでした。M1とM2は隣接する地点ですが、M1は化学肥料を入れて耕起した区画であるのに対し、M2は肥料も耕起も無い区画であることから、化学肥料に含まれる窒素成分がN2Oの発生源となったと考えられます。同様に、M3は緑肥としてレンゲを育てている区画であるのに対し、M4はオオムギを栽培中で化学肥料を入れているため、多く発生していたものと考えられます。また、除草剤は雑草の成長を抑制するため、肥料の窒素成分が使われずに残存しやすく、N2Oの放出速度を高くする要因になった可能性が考えられます。

名城大学の採集地(港付近)とN2Oの測定結果

また、名古屋港の近くにある砂地の防風林 (チ1) やその近くの干潟 (チ2) でも実験をしていただきました。この2地点はどちらもN2Oの放出速度が高く、それぞれ +3.25 nmol N2O kg-1 h-1、+3.92 nmol N2O kg-1 h-1でした。干潟を含む砂浜のサンプルは全国から40個近く集まっていますが、どこもN2Oの放出速度は低く、これまでで最大の値でした。他の砂浜サンプルと比べてみると、海岸の砂浜の多くは土壌pHが比較的高いのに対し (ほとんどがpH 6~8)、この2地点はpHが低いことがわかりました (それぞれ 5.77、4.50)。pHが低いほどN2O放出速度が高くなる傾向があるため、このpHの低さがN2O放出に影響していると考えられました。なぜこの場所のpHが低いのか、非常に興味深いです。

まとめ

東北大学 大久保先生からのコメント

このたびは、科学部ネットワークのみなさまに実験にご参加いただき、ありがとうございました。ふだんから科学や環境問題に興味をもっている学生さんであることから、サンプル間の比較を意図した実験を組み立てていて素晴らしいと思いました。

地球冷却微生物を探せ」ではサンプルを多く集めるだけでなく、なるべく多くの人に参加してもらって、地球環境や土壌微生物について学ぶきっかけになってほしいと思っています。科学部ネットワークの中でも、さらにその外側にもこのプロジェクトをもっと広めてもらえると嬉しいです。

この記事を読んだみなさま、ぜひ「地球冷却微生物を探せ」に参加登録してください。すぐに実験をしなくても、登録すると毎月いろいろな情報をお届けします。参加者限定のセミナーや説明会も随時行なっています。そして、今回紹介した科学部ネットワークのみなさんがきっとそうであったように、実験はとても楽しいです。普段目を向けない土や土の中の微生物、温室効果ガスなどに触れること、結果を見て考えること、ぜひ楽しんでやってみてください。

科学部ネットワーク 山田さんからのコメント

地球温暖化対策として、温室効果ガスである一酸化二窒素を回収する土壌微生物を探し、その働きで温室効果ガスを削減するという活動は非常に革新的で興味深いと思います。また、学部生の段階から研究に携わる貴重な機会をいただき、感謝しています。

今後もイベントやリソースの共有を通じて、構成員の研究や活動をより深められるよう努力していきます。興味のある方はぜひご連絡ください!

LabBRAINSからのお知らせ

市民科学プロジェクトを行っている団体や、研究活動に協力したい学生さんがいらっしゃいましたら下記フォームよりお問い合わせいただければと存じます。

アズワン株式会社は理化学機器の卸商社です。モノ売りのほかにもサイエンスメディアサイトLabBRAINSやコミュニティサイトco-LabBRAINSの運営も行っています。