代官山で行われた『ウシマンボウ博士 澤井悦郎とナダルの同窓会』とは一体どんなイベントだったのか?

2025.01.24

 

約20年前の運命の出会い 

時を遡ること現在(2025年)から22年前――2003年4月、私は近畿大学農学部水産学科に進学した。私の高校からこの大学・学科に進学した同級生はおらず、大学生として生活していくにあたり、私は新たに同級生の友達を作らなければならなかった。入学後の最初のガイダンスを終え、私が同じ学科の同級生として最初に話し掛け友達になったのが……その後、吉本興業東京本社に所属しお笑い芸人として活躍することになるコロコロチキチキペッパーズの片割れ、ナダルであった。

 『ウシマンボウ博士 澤井悦郎とナダルの同窓会』は、私とナダルが十数年ぶりに直接対面で会うことを理由に企画されたイベントであったが……このイベントが企画された背景を知らないと確かにお客さん的には全く意味が分からない謎のイベントであった、とイベントが終わってから気付かされた。そこで改めて、このイベントが開催されるに至った背景を紹介し、どんなイベントだったのかについてお話したいと思う。

 

共に過ごした大学時代

 上述したように、私がナダルと知り合ったのは、大学に入学してからである。大学生当時のナダルはまだ髪の毛を剃っておらず、フレンドリーで親しみやすい人であった。私がナダルに対して印象強かったことは、ナダルは英語の成績が良く、キャッチボールが得意だった。私とナダルは大学4回生で別々の研究室になるまでは、他の同級生の友達も交えて一緒に魚釣りに行ったり、ウォーキング同好会(勝手に名乗っていただけ)を結成して大学裏の山の中に探索しに行ったりしてよくつるんでいた。ナダルは当時からひょうきんな一面もあったが、その頃はまだお笑い的な活動はしていなかったように思う。この記事を執筆するにあたり、大学生の頃の写真を見返したが、もう約20年も前の事か……と懐かしさと時の速さを感じさせられた。

 4回生になり、それぞれ別の研究室に所属すると、卒業研究や就職活動を行う必要があり、つるむ頻度は減ったものの、交流は続いていた。しかし、2007年3月に大学を卒業後、それぞれ別の人生を歩むことになり、私は大学院に進学するため広島大学へ、ナダルは就職し神戸市の漬物屋へ。近畿大学卒業後もナダルと2~3回は会ったと思うのだが、広島大学大学院でマンボウ研究を始めてからの私の記憶は朧気で、いつどこで再会したのかはハッキリと思い出せない……。

 

そして、10年以上の時が流れ……2019年3月、近畿大学時代の同級生Y氏と思わぬところで再会した。Y氏とは大学卒業以降全く連絡を取っていなかったので、約12年ぶりの再会であった。久々の再会でY氏と話をする中で、Y氏は私にこんな感じの事を言った。

Y氏「ナダル(本名)はテレビで活躍してるよな~」

私「えっ!? そうなの???」

 この時、私はナダルがお笑いの世界で活躍していることを初めて知って衝撃を受けた(私は地上アナログ放送終了以降、テレビを持っておらずテレビ番組を全く見ていなかった)。ナダルが吉本に入ったという情報は記憶にあったのだが、記憶にある一度見せてもらった漫才かコントのネタ(たぶんNSC大阪校時代)は引くぐらい全く面白くなかったので、当時私はナダルはこの業界で生き残れないのではないかと心配した記憶があった。芸名とコンビ名をY氏から教えてもらい、ググってみると、出てきた写真は確かに私が近畿大学時代によくつるんでいた同級生のナダルによく似ていた。いつの間にか有名になってお笑いの世界で生き残れていたのかと私は彼に感服した。有名人になったのなら人も集めやすいし、いつかコラボイベントとかできたらいいなとその時は思ったのだが、その機会は案外早く訪れることになる……。

 

コロナ渦を乗り越え、トークイベントで再会の機会が…!

 話の舞台は変わり、2019年12月6日、当時withnewsの記者をされていた野口さんの企画で、下記参考文献にある私の2冊目の著書『マンボウは上を向いてねむるのか:マンボウ博士の水族館レポート』の出版記念トークイベントを開いて頂いたことがあった。クマムシの研究者を対談相手に迎え、東京にある本屋B&Bで行われたトークイベント『『最弱伝説』にされたマンボウと『最強生物』と呼ばれたクマムシ~インターネットに「ネタ」にされてきた生き物たち~』は、満員御礼の大盛況で幕を閉じたのだが……聞きに来て下さっていたお客さんの中に、今回ナダルとのトークイベントを実現させてくれた『晴れたら空に豆まいて』スタッフの山根さんがいた。山根さんはこのトークイベントを気に入って下さったみたいで、その後、私が出展したコミックマーケット97にも来て下さって同人誌を買って下さったようであった(失礼ながら私の記憶が曖昧)。

 年が明けた2020年1月中旬、山根さんからトークイベントをうちでしませんか?との依頼が来た。山根さんは東京のトークライブを行う会場で働かれており、マンボウも好きとのことで、山根さんの会場でも話をして欲しいとのことだった。私は2冊目の著書を宣伝したいこともあり、二つ返事でOKと承諾した。最初、山根さんから提案されたのは、海洋生物研究者同士での対談トークライブであったが、私はここでナダルのことを思い出し、久々に会う良い機会かなと思い、対談相手にナダルはどうですか?と提案してみた。山根さんもナダルのことはご存知であり、同級生同士でのお笑い芸人×マンボウ研究者のトークライブは面白そうだと乗ってくれ、私はナダルに久々に電話するなどして本格的にイベント開催に向けて動き出した。

 しかし、ここでコロナ禍が到来する。2020年はまだワクチンも開発されておらず、世界中で緊急事態宣言が発令され、人と会うこと自体自粛するムードであったため、イベントを企画してもお客さんが来る可能性は著しく低く、また自分達も新型コロナウィルスに感染するリスクが高かった。2020年7月開催に向けて調整していたものの、コロナ禍は深刻になる一方だった。これはしばらくイベントは無理だろうと判断して、私はコロナ禍が収まるまでイベントを延期する方針を提案し、山根さんはこれを受け入れてくれた。私はもうイベントの依頼は来ないかもしれないなと若干思っていたりしたのだが、有難いことに山根さんはずっとこのイベントを行いたいと考えて下さっていた。

さらに時が過ぎること、2024年4月下旬。コロナ禍がどうなったのか最早曖昧になり、対談イベントも徐々に行われるようになってきたこの頃、山根さんから再びトークイベントの依頼が来た! 私も2023年からコミケなど他の対面イベントに出展復帰しており、対談イベントをしてももう大丈夫だろうと承諾した。ナダルにも連絡して、今年こそトークイベントを実施する方針で動き、最初の依頼を受けてから5年の時を経て、2024年11月17日に代官山にあるライブハウス『晴れたら空に豆まいて』で、ようやくこのイベントが実現できたのである! この5年間の間に、私はナダルとネット通信で顔を見て話す機会はあったが、直接会うことはなかった。

 マンボウ研究者とお笑い芸人の異色の対談ということで、X(旧Twitter)上や水産関係者に広報して集客を促したものの……悲しいことに特に大きな話題にはならず、予約は30名程度であった。お店的にはお客さんの数は多ければ多いほどいいのであるが、このくらいの人数の方が参加してくれたお客さんとじっくり話すことができるので、ちょうどいいのではないかと私は思っていた。しかし、イベント開催数日前になるまで私もどういうことをすればいいのか、実はよく分かっていなかった。山根さんとのイベント数日前の打ち合わせで、司会進行を山根さんが務め、適宜話題を振ってくれるとのことだったので、私はそれに答えるだけでいいかと気軽な感じで考えていた。

 

いよいよイベント当日!

イベント当日、私は早々にイベント会場に着き、初めて降り立った代官山を散策したり、主催者の山根さんに久々にお会いして挨拶するなどして、ナダルが来るのを待った。代官山は噂に聞いていた通り、カフェの多いオシャレな町だった。会場である『晴れたら空に豆まいて』は、音楽ライブで主に使われるライブハウスで、トークイベントは珍しいとのことだったが、山根さんがいろいろ考えてくれてこの会場をセッティングして下さったので感謝しかない。

 打ち合わせ時間ちょうどになると、ナダルがやって来た。直接会うのは15~16年ぶりくらい?であったが(このへんも記憶が曖昧)、最近はX上でも絡んでいたので、不思議とあんまり久々感は無かった。遠方でもすぐに連絡が取り合える便利な時代である。

 ナダルはサングラスに帽子を被るという、いかにも芸能人が外出時にしていそうな格好でやって来たが、これが意外に一般客にバレないということを私は後で知ることになった。早速、山根さんとナダルと私の三人でイベントスケジュールの打ち合わせを行う……と言っても、基本的にフリートークで、山根さんの振る話題に対して、私とナダルが話をするというかなりざっくりな感じだった。イベントは主に2部構成になっており、前半が私とナダルの大学時代の想い出について。その後休憩を挟んで、後半はマンボウについて話をするという内容だった。大学当時の話も交えつつ、打ち合わせは早めに終わったので、ナダルが代官山を案内してくれると言い、イベントが始まるまで少し二人で外を歩くことになった。

 お笑い芸人が日中に外を歩いても周囲の人にバレないのかなと気になったものの、帽子とサングラス装着で意外に気付かれなかった。むしろ、こんな簡単な変装でバレないのかと、その事実に私が驚いた。代官山を二人で歩く中で、お互いの腰痛の話、税金の話、代官山はどんな場所か、などとりとめのない話をする。イベントの予約人数の話になり、もうちょっとお客さんが来て欲しかったねと話すと、ナダルはみんな警戒して来なかったのではないかと言い出した。まず、この『ウシマンボウ博士 澤井悦郎とナダルの同窓会』というイベント名自体が何をするものなのか全くの謎であり、加えて『晴れたら空に豆まいて』というライブ会場らしくない名前が怪しい団体に思えたのではないかと。言われるまで全く気付かなかったが、確かにそう言われてみればそうだな、と私は妙に納得して笑ってしまった。どういう内容を話すのかはホームページを見てくれれば何となく察しは付くと思うのだが、宣伝ポップにもっと具体的なトーク内容の説明を入れておいた方が予約する人の参考になったかもしれない。今回の反省点である。もうこんな機会は二度と無いだろうと、ナダルに色々おごってもらい、イベント会場に帰還。ナダルのマネージャーも来て下さったので、雑談しつつ、記念に写真をパシャリ。お客さんが入って来るまでの時間を待った。

 開場時間になり、お客さんがぞろぞろと入って来ると、私はナダルを楽屋に放置して、招待した友人や仕事関係者に挨拶して回った。その中にはこのイベントへと繋がるクマムシ研究者との対談企画を行ってくれた野口さんや、近畿大学時代の同級生の姿があった。イベント時間が近付くと、私も一旦楽屋に入り、ナダルと共に呼び出されるのを待った。ナダルは持って来ていたステージ衣装に着替えていた。

 山根さんに呼び出され、ステージに上がると、仕事モードのスイッチを入れたナダルは大きな声で自己紹介を始めた。少しビックリしたが、これが仕事モードのテンションかとすぐに察した。一方、私はいつも通りだったので、ナダルとのテンションの落差が結構あったのかもしれない。ナダルが私とナダルのどちら経由でこのイベントを知ったのかとお客さんに聞いたところ、大体半々くらいだった。ナダルの方が多いのではと思っていたが、私経由でこのイベントに興味を持ってくれた方が半分もいたのは意外だった。有難い限りである。

こうしてトークショーは始まったのだが、申し訳ないことに、大学時代の想い出は私の中で結構薄くなっていた。むしろ、ナダルと話をする中で、そんなこともあったか……と記憶の欠片を取り戻すような感覚に陥っていた。一方、ナダルも同級生とのトークにどう対応してリアクションすればいいのかと考えながらしゃべっていたと言い、芸人14年目にして妙な緊張感のあるふわふわした気分だったと後から言っていた。漫才をやっている時のようなハイテンションにも振り切れず、コメンテイターとして普通に話をする時のようなテンションにも振り切れず、前半が終わった楽屋で中途半端だったと自己反省していた。根は真面目である。いやはや、そう言われると私も常時普通のテンションで、遠い記憶を思い出しながら話をしていたので、何だか申し訳なかった。慣れていないぎこちない雰囲気が出ていたらしいが、逆にお客さん的にはいつもと違うナダルの一面が見られて新鮮だったのではないだろうか、と前向きに考えてみる。

 我々のぎこちない雰囲気を察した山根さんの判断により、トークショー30分が経過した頃に休憩タイムが入った。これは予定より15分ほど速いタイムスケジュールである。前半が早期終了したのは面白過ぎるだろと、ナダルはやや自虐的に言っていたが、私の知るナダルは、時折彼が面白いと思ってやったネタが滑って微妙な雰囲気になることは当時からあったので、その辺は芸人になっても変わっていないなと思った。いや、今回の場合は私もぎこちない雰囲気を作ってしまった大きな要因であるが……私はナダルより周囲の雰囲気に敏感ではないので、それほど妙な雰囲気になっていたようには感じられなかった。察し力は個人差があるのでなかなか難しい。

 休憩時間は10分ほどと聞いていたが、10分を過ぎても後半のイベントが始まる気配が無く、まさか休憩時間を長くしてこのイベントを乗り切るつもりなのだろうかとナダルと疑い始めた頃、ようやく後半が始まった。このことに関して、山根さんはお客さんからの料理の注文が多く、接客を手伝っていたとの話であった。

イベント後半はマンボウについての話であり、私の本領発揮である。後半は第2形態として、私はフェリシモのマンボウ服を使わせて頂いた。ナダルもふわふわした雰囲気が吹っ切れたようで、お笑いの高いテンションというよりはコメンテイターの普通のテンションで、私の解説に軽いツッコミ入れるなどして、イイ感じにトークが進んでいった。

 マンボウについてどういうイメージを持っているか?という山根さんの質問に対し、ナダルはゆっくりと泳いでいるマンボウがどうして自然界で生き残ってきたのか不思議であると彼自身のイメージを話した。これに対し私は、魚類の中でも中間的な遊泳速度が出せること、水面から深海まで潜って餌探しする能力があることなどを説明し、野生では力強く生きていることを話した。これにはマンボウに詳しくないお客さんにも意外だったようで、へぇーっと、感心していた。新たな科学的知識を取り入れイメージをアップデートする。これこそがサイエンスコミュニケーションの醍醐味だ! 

 今回はトークライブとのことで、トークを楽しんで頂くためにスクリーンに投影するプレゼン資料は用意しなかった。代わりに、ホワイトボードを準備してもらい、そこに絵を描いて解説をする方法を取った。配信で見て下さった方には少し申し訳ないが、この方が現場にいる生のライブ感を楽しめると思ったのだ。話はマンボウ科の仲間を紹介する流れになり、私はマンボウ科5種の形態的な違いについて絵を描きながら説明した。マンボウの仲間には絶滅した化石種もいるがそのことはあまり知られていないので、その話をするとお客さんの方からも驚きの声が上がった。現存するマンボウ科5種の解説を終えたところで、1問だけナダルと会場のお客さんにクイズを出した。それがこちらである。

 読者の方はどちらの個体がマンボウ科のどの種にあたるか分かるだろうか……? ナダルは左をマンボウ、右をヤリマンボウと回答した。会場のお客さんも大体同じ反応であった。一見すると別種に見えるが、実はどちらもヤリマンボウなのである! マンボウ属の体形はヤリマンボウよりもっと縦に長く、ニワトリの卵のような卵型ではない。また、左の個体の舵鰭をよく見ると、微妙に後方に突出した部位が確認できる。よって、どちらもヤリマンボウだ。クイズにもってこいの写真を提供して下さった杉澤さんに感謝(会場にも来て下さった)! なかなか難問だったと思う。このように、紛らわしい個体変異もあり、マンボウ類も見慣れていないと正確な同定が難しいところがある。私の専門性を披露でき、お客さんもマンボウ類に興味を持って下さったようだった。ナダルもマンボウについて特別詳しい訳ではなかったので、お客さんと一緒に楽しんでくれて良かったと思う。同じ水産学科卒の友人として願うならば、ナダルにはもっとこういう自然科学系や水産系の番組でも活躍して欲しいと思う(過去にはそういう番組依頼もあったみたいであるが)。質疑応答も活発で、お客さんからも色々質問して下さり、本当に嬉しい限りであった。後半はある意味、このトークイベントを企画して下さった山根さんの要望にも応える形で、会場は大きく盛り上がった。内容が長くなり過ぎるため、イベントで話したことをすべてここに書くことはできないが、この怪しい?イベントに参加・関わって下さった皆様に大きく感謝したい。

 

イベント終了後

トークイベント終了後は、記念撮影会、私はマンボウグッズの販促を行い、お客さんに書いて頂いたマンボウイラストを回収した。全部で34枚! 個性豊かなマンボウイラストコレクションが増えて私は嬉しい。

 

 こちらはナダルに描いてもらったマンボウのイラスト。流石、水産系出身である。マンボウの特徴をよく捉えている。

 

 お客さんが退席した後は、会場に来てくれた同級生や関係者で打ち上げを行ったが、みんな元気そうで良かった。こういう機会でもないとなかなか会えないこともあり、十数年ぶりに集まった近畿大学時代の同級生達と本当に同窓会的な感じで話が出来て私は楽しかった。今回のイベントの個人的な実感として、私はホワイトボードがあれば全然2~3時間はマンボウの話ができるなと思った。また、異業種であるお笑い芸人×研究者のコラボも多分先行事例は多々あると思われるが、全然ありだなと思った。お笑い芸人的には研究者のテンションにどう対応すればいいのか戸惑わせる場面もあるかと思うが、そこはトークのプロとして何とか頑張って頂いて、お互いの持ち味を引き出せれば、お客さんに楽しく学んで頂けるのではないだろうか。研究者(特にお金の無い人)の仕事の需要を増やし、お笑い芸人のこれまでと違った分野への進出の可能性が、今回のイベントで見出されたような気がした。読者の方でこういうイベントを行って欲しいという希望があれば、是非、声を頂ければ私は嬉しい。最後に、仕事に忙しい中、この同窓会イベントに快く参加してくれたナダルに大きく感謝する!

 

研究者

 お笑い芸人

  同級生

   近畿大学

    水産学科