梅毒はアメリカで発生しコロンブス時代にヨーロッパに持ち込まれた(12月19日 Nature オンライン掲載論文)

2025.01.09

本日紹介する論文

様々な歴史的疑問を古代 DNA 解析を通して明らかにする研究について何度も紹介してきたが、今日紹介するこの分野をリードするドイツ・ライプチヒのマックスプランク進化人類学研究所からの論文は、梅毒に罹患していた古代人から原因菌であるトレポネーマの DNA を分離し、梅毒がコロンブス時代にアメリカからヨーロッパに持ち込まれたという通説が正しいことを明らかにした研究で、11月19日 Nature にオンライン掲載された。

 

タイトルは「Ancient genomes reveal a deep history of treponemal disease in the Americas(古代ゲノムによってトレポネーマによる病気のアメリカ大陸での歴史が明らかにされた)」だ。

 

解説と考察

この論文を読むまで、梅毒はコロンブスのアメリカ発見以降、船乗りによってアジア・ヨーロッパに持ち込まれたと思っていた。しかしこの通説に関しては様々な異論があったようだ。一つは、熱帯型のトレモポネーマ感染症が何種類も知られており、赤道近くで世界的に分布が見られ、しかもサルにも感染が確認されていることから、必ずしもアメリカ起原でなくても現在の梅毒を説明できるとする議論があったようだ。

 

もしアメリカ起原だとすると、これら熱帯型トレポネーマについてコロンブス以前にアメリカで進化していたことを示す必要がある。他にも、中世に存在したとされる性感染する癩病の記録や古代人の病理学が主張するコロンブス以前にヨーロッパ人で見られた梅毒の可能性なども主張されていた面白い領域だったようだ。

 

現在では抗生物質のおかげで進行した梅毒を見ることはほとんどなくなったが、それ以前は出産時に感染していた子供だけでなく大人にも骨膜炎が見られたようだが、 この研究ではまずアメリカ大陸から発掘された骨格の標本から梅毒に特徴的な病変を示す骨を探し、最終的にメキシコ、チリ、ペルー、アルゼンチンから5体の梅毒感染したコロンブス以前の骨格を見つけている。

 

期待通りこの骨から抽出したゲノムには本人のゲノムの他にトレポネーマのゲノムも発見され、これを分析して当時感染していたトレポネーマのゲノムを再構成している。再構成したゲノムがホストと同じような経年変化を受けていること、またホストの正確な年代測定などを検証した後、この5種類のトレポネーマゲノムを、これまで世界で分離されていたトレポネーマゲノムと比較し、トレポネーマの系統樹を作成している。

 

詳細を省いて結論だけを、コロンブス以前を含め多くのトレポネーマ(熱帯型も含む)の進化史をたどると、9000年ほど前にトレポネーマとしてアメリカ大陸で枝分かれし、人間の感染症として多様化し、その中で熱帯型も形成されている。おそらく熱帯型は起原が異なるのではなく、同じトレポネーマが熱帯地域で特別な表現系をとると考えられる。そして、現在存在する様々なトレポネーマの系統は全てコロンブス以前の南米に存在し、今回解析された5種類のとレポネーマの多様性の枠内に収まる。

 

まとめと感想

以上の結果から、コロンブス以前に梅毒はヨーロッパに存在せず、アメリカ大陸のエンデミックがコロンブス以降ヨーロッパに持ち込まれたと考えられると結論している。

 

おそらくこの研究所では、世界中から様々な歴史問題が持ち込まれ、その解明に取り組んでいるように思う。

著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

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