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私はこの記事を執筆している時点で、マンボウ(科レベル)の文献(※魚図鑑なども含むため、論文だけではないことに注意)を世界中から1910個集めてきた。マンボウの文献収集を始めたのは2006年からになるので、もうかれこれ文献収集歴は18年目になる。大体1年に100個ほど文献を収集してきた計算だ。おそらくこれほどマンボウの文献を収集してきた人物は、他にはいないのではないかと自負したいところであるが、海外では私よりマンボウ研究歴が長い人達がいるので、上には上がいるというものだ。
しかしながら、人類の歴史は長い。私が知らない文献がまだまだ世界中に点在しているのは確実である。それは書籍であり、論文であり、雑誌であるかもしれない。私は可能な限りそれらの文献を収集し、人類がこれまでどのようにマンボウと関わってきたのかを知り、めちゃくちゃ厚い百科事典のような本を将来的に作りたいと考えている。おそらく私が生きているうちに世界中のすべてのマンボウの文献を収集することは不可能だと察しがついてきた今日この頃、それでもまだ私は日々マンボウの文献収集に勤しんでいる。
私はマンボウに関して結構詳しいと自負しているが、同時に私が知らない知見は私が知っている知見以上にあるものと考えている。私が持っていない文献を入手する機会があれば、その機会はできる限り掴みたい……。
2024年8月、海響館でサイエンスカフェをする機会があり、私は山口県に赴いた。そのついでと言ってはなんであるが、X(旧Twitter)で交流がある原田実さんが広島県にお住まいとのことで、広島に立ち寄ろうと考えていた。原田さんは偽史・偽書の専門とする歴史研究家であり、多数の本を出版されている。その一方で、亡くなられた奥さんとともに、マンボウについても興味関心があり、様々なマンボウグッズや文献を有しているとの話であった。広島はあまりマンボウが獲れる場所ではないので、なかなか行く機会がなかったのだが、今回お伺いさせて頂いた。
台風10号を懸念しつつ、海響館でのイベントが終わったその足で私は広島に向かった。私は広島大学で博士号を取得したので、広島には縁があるのだが、学部は広島市から離れたところにあるので、今回は大学に立ち寄らなかった。原田さんと合流すると、早速ご自宅にお邪魔する……っと、表札にいきなりマンボウが!!!

私でさえまだ表札にマンボウを入れていないのに……素晴らしい。家の中に入れて頂くと、視界のあちこちにマンボウグッズが見えてくる。すごい!
しかし、研究には引用できる文献が重要だ。早速、原田さんがお持ちのマンボウの文献をコピーさせて頂く。原田さんが持っていた文献の中には、私が既に持っていたものもあったが、持っていないものも多数あった。原田さん夫妻は1990年代に江の島水族館(リニューアル前)で初めてマンボウの実物を見て衝撃を受け、それからマンボウが好きになったのだという。こちらが当時、江の島水族館で購入した原田家マンボウグッズ第一号のぬいぐるみである。多分、私は持っていないマンボウグッズだ。

原田さんが持っていた文献は、マンボウの都市伝説がインターネット上で流布する前に書かれた1990年代のものが多かった。例えば、山田(1992)は『吸血鬼にちがいない』という漫画なのだが、1話分まるっとマンボウについて描かれている。しかし、作者は当時マンボウを見たことが無かったのか、マンボウの絵はマンボウというよりエンゼルフィッシュのような形をしている。内容はほぼ空想的で、実在のマンボウの生態的知見は出てこない。しかし、これはこれでマンボウがあまり知られていなかった時代を示す貴重な資料となる。
一方、中村(1990)には、当時知られていたマンボウの学術的知見が一般向けに書かれていた。例えば、中村(1990)には「この魚は世界で最も多数の卵を産む魚だといわれているのだ。三億個の卵を産むといわれるが、この数は体長一·三メートルの雌の体内にある卵数であり、実際にそれを一度に産むかはわかっていない。」と正確な情報が書かれていた。この知見が後に簡略化・変質し、現在一般的になってしまった「マンボウは3億個の卵を一度に産む」という間違いを含んだ情報に変わってしまうのだ……。
また中村(1990)には、他の魚類がマンボウに体を擦り付けて寄生虫を落とすという行動が紹介され、「マンボウは海の病院船」という表現がなされていた。実際のところ、他の魚類がマンボウに体を擦り付けて寄生虫を落とすという行動は学術的には観察されていない。しかし、大型のサメに他の魚類が体を擦り付ける行動は観察されていることから推察すると、マンボウに対してもそのような行動は行っていそうである。原田さんは中村(1990)がマンボウ=海の病院船というイメージ付けをした張本人ではないかと推測していた。しかし、中村(1990)にもまだ「マンボウの粘液には抗生物質がある」という話は書かれていなかった。当然ながら現在のインターネット上に蔓延っているマンボウの最弱伝説に関する情報も書かれていない。
原田さんが持っていた文献のコピーを終えると、奥さんのお墓参りをさせて頂いた。原田さんから聞いていたので知ってはいたのだが、奥さんの墓石にはマンボウの絵が刻まれている。私が東京で開いたトークショーに夫婦で来て下さり、奥さんとは生前にお会いしたことはあったものの、まさかそこまでマンボウ好きだとは思っていなかった。私も自分の墓石にはマンボウを刻みたいところだ。
原田さんの家に帰ると、家の中にあるマンボウグッズを改めて見させて頂いた。1990年代から30年ほどかけて収集してきたとして、見たことがあるマンボウグッズからもう今では入手困難と思われる年代もののマンボウグッズまであって、私には宝の山であった。いくつか紹介しよう。志摩マリンランドはもう閉業してしまったので、このマンボウグッズはヤフオクやメルカリなどで出品されないと入手困難である。このストラップは私は持っていない。

私が知らないマンボウのメダルペンダントもあった。やはりメダルは良いものだ。



1970年と年代が刻まれているマンボウの絵柄が書かれている瓶。今から54年前のマンボウグッズ。年代物だ。

私が大学院生時代にイベントで頒布していたマンボウの魚拓も飾って下さっていた。もう全部売り切れてしまったので、少し懐かしい。
原田さんの家にあるマンボウグッズの中で、一番私の目を引いたのが、こちらのマンボウの木彫りだ。マンボウを直立した立体物にする最大の難点として、臀鰭が挙げられる。臀鰭は細長いため、まんまるの体をそのまま臀鰭の上に乗せて作ると、臀鰭部分を強化するか体自体を軽くしなければ、臀鰭が折れてしまう。しかし、この作品は波でマンボウの魚体全体を支えることによって、マンボウを直立させたまま飾れるようにされている。うまい表現だ。

原田さんと話をする中で、興味深いマンボウ文献の話を聞かせて頂いた。1990年代、原田さんがUMA(未確認動物)という用語を広めた動物研究家として知られる實吉達郎氏と話をしていたところ、實吉氏が昔の怪獣本(おそらく昭和時代)に「怪魚マンボウ」という項目があり、マンボウが海底ケーブルにからまって切断事故を起こしたことが書かれていたと教えてくれたらしい。私の知らない文献だ。Xでも一度情報を呼び掛けてみたものの、有力な情報は得られなかった。せめて本のタイトルが分かればいいのだが……興味深い話なので、この情報源を掴みたいところである。もし読者の中でこの情報を知っている人があれば私に教えて欲しい! と、ここで記事を書き終える予定だったのだが、その後、2024年10月上旬に原田さんが實吉氏に連絡を取ってくれて、この情報が書かれている本のタイトル候補が判明(30年も前に読んだ本の内容を覚えていたことにビックリ)! 原田さんがこの知見に関する話をXで紹介し、興味を示したXユーザーによって該当部分が発見された!!!
原田さんが一昔前に聞いた話の正体は、大島(1933)であった。大島(1933)には「数年前フィリピンに近いアルー群島で眞珠介を取っていた時のことであったが、八五郎という邦人潜水夫が深さ20尋の海底で作業中、何か力強いものがやって来て、空気を送る息綱と合図用の縄とを突然引き千切ってしまった。可哀そうに八五郎はそのまま海底で窒息してしまったが、これは何でも恐ろしい怪魚「まんばう」の仕業だということだ。」と書かれていた(※昔はマンボウのことをマンバウと表記することもあった)。正確には海底ケーブルではなく、潜水夫に空気を送る息綱をマンボウが引き千切ったという事故に関する話であったが……この話は本当だろうか?という新たな疑念が私の中に生まれた。水中での出来事なのに、どうやって犯人がマンボウだと分かったのか? 他に一緒に潜っていた潜水夫がいて現場を目撃したとかだろうか? もっと詳細を知りたい。大島(1933)に書かれている内容は断片的だが、死亡事故なら何かしらのニュースになって残されていてもおかしくはない。もし本当なら、マンボウが原因で発生した死亡事故は世界的にもかなり珍しいと思う。さらなるソースが存在しそうだが、私はまだオリジナルの情報源まで辿り着けていない。ここから先は探偵の領域だ。しかしながら、もし読者の方でこの知見のオリジナルソースをご存じの方がいたら是非私に教えて欲しい。
マンボウの
文献求め
18年
知らない話
あれば教えて
【参考文献】
大島正滿.1933.動物物語.大日本雄辯會講談社,東京,251 pp.
中村幸昭.1990.卵の数はギネスレコード マンボウ.in:『タイは恋をすると赤くなる――魚たちのふしぎな夫婦生活』.PHP研究所,pp.41-45.
山田卓司.1992.Paragraph 39 宇宙マンボウ.吸血鬼にちがいない(ノーラスコミック),4: 37-48.