マンボウの謎の異名「うちき」とは? マンボウ研究者とともに由来を大追跡!

2024.07.18

マンボウがいつの時代から日本で認知されてきたのかを知るには、昔の人々が残した古文献を探るしかない。インターネットが発達し、著作権が切れたものは人類で共有しようという働きから、近年は古文献のアーカイブ化が進められており、おかげで図書館に行かずとも、インターネット上で多くの古文献を閲覧できるようになった。

その恩恵の一つに、標準和名が提唱される前に、各地方で使用されていたマンボウの地方名を古文献上で発見しやすくなったことが挙げられる。

私はコツコツと文献を収集しては読み、自分が使いやすいようにデータベースを作成しているのであるが……先日、インターネットサーフィンをしていたところ、私が知らないマンボウの異名について書かれたブログ記事を偶然発見した。マンボウについては結構調べてきたつもりであるが、私が知らないこともまだまだたくさんあるのだ。

そのマンボウの異名とは、ひらがなで書かれた「うちき」である。ありがたくも、ブログ主はその異名が書かれた文献のタイトルと著者名を載せてくれていた。ブログ主の情報によると、日野巌の著作『動物妖怪譚』の中で、『分類故事要語』という本に「うちき」なるマンボウの異名が書かれている、と記されている。つまり、『分類故事要語』がオリジナルの知見で、その知見を『動物妖怪譚』が引用し、さらに『動物妖怪譚』の知見をブログ主が引用して紹介していたことになる。興味を惹かれた私は、知らない文献だったこともあり、時代を遡りながら両方の文献を調べてみることにした。

「うちき」を巡る旅ー『動物妖怪譚』

まずは『動物妖怪譚』の方から見ていこう。著者名と文献のタイトルが分かっているので、比較的探しやすい。インターネットの情報で、オリジナルは大正15年(1926年)に刊行されたものだということが分かった。今から98年前の本である。

定期的に復刊されていたようであるが、復刊の中でオリジナルには無い情報が追加されることがあるので、やはり情報は可能な限りオリジナルを確かめたいところ。古文献なので、国立国会図書館デジタルコレクションにあったりしないかな?と検索してみたところ、見事にヒットした!

しかし、ブログにはどのページにそのことが書かれているのかまでは記されていないので、ここからは自力で該当ページを探さなければならない……が、ブログには該当ページを見付けるヒントが書かれていた。ブログによると、妖怪の河童と関連があるようだ。マンボウと河童の関連が示されるとは何とも不思議な話である。

『動物妖怪譚』を見ていくと確かに河童の章があり、その章を最初から確認していくと……該当の知見が書かれているページを発見した!※こちらのリンク先から該当ページを閲覧することができる。

該当部分の記述を抜き出すと以下のようになる。

【分類故事要語には、林羅山先生の梅村隨筆に日く本草綱目に封と視肉と同類のやうに記せり。關東の海中に大魚あり。その肉を切りとれども魚その痛を知らず、潮にひたりて本の如く癒ゆといへり。その肉を俗にうちきと名づく。視肉の類にや。】

ここに書かれている「うちき」がマンボウを示すものである。この文章を見ただけでは、ほとんどの人がマンボウ的要素がどこにあるの?と思うことだろう。

ポイントは「視肉しにく」で、視肉は食べても食べても再生する牛の肝臓のような体に目が2つある異形の肉塊とされているのであるが、古文献では視肉とマンボウは同類のクリーチャーではないか?と議論されているものがある(このことについてはまた別の機会に詳しくお話ししたい)。

「うちき」を巡る旅ー『分類故事要語』

『動物妖怪譚』は確かに『分類故事要語』を引用しており、マンボウは「うちき」と呼ばれていたことが書かれてあった。しかし、記述をよく読むと、『分類故事要語』はさらに林羅山が著した『梅村載筆』を引用していることが分かる。つまり、この情報の大元は『梅村載筆』ということになる。

「うちき」を巡る旅

 

となると、『梅村載筆』に「うちき」と書かれていたのだろうか?と新たな疑問が生じた。少し話がややこしくなってきたので、ここまでの情報を一度図で整理しよう。

 

続いては『分類故事要語』について調べてみた。ブログ主は『動物妖怪譚』の方を引用していたので、『分類故事要語』については調べていないようだった。『分類故事要語』についてインターネット検索してみると、この本は平住専安(※名前は他にも複数ある)が正徳4年(1714年)に刊行したもの(10巻セットで1つのシリーズ)と分かった。

1714年は江戸時代中期、今から310年前と一気に時代が飛んだ。インターネット検索してみると、国書データベースに情報があり、様々な施設に少なくとも21つのセット(欠けているところもある)が保存されていることが分かった。これらのうち、インターネット上で公開されているものは5セットあった(矢口丹波記念文庫、立教大学池袋図書館、東京藝術大学附属図書館、東洋大学附属図書館、嵐牛俳諧資料館)。

 

まず代表して、矢口丹波記念文庫に収蔵されている『分類故事要語』を確認し、該当箇所を探す……のだが、合計450ページ前後もある中からマンボウの記述を探すのはなかなか大変な作業だ。

おおまかでもあたりを付けようと思い、それぞれの巻のタイトルを見てみると、第八巻は「禽獣門」のサブタイトルが付いていた。いかにも動物を扱っていそうなサブタイトルである。第八巻を探っていくと……見事ヒット!該当の記述を発見した。※こちらのリンク先から該当ページを閲覧することができる。

該当部分の記述を抜き出すと以下のようになる(古語に慣れていないので書き間違えている部分があるかも)

【林羅山先生ノ梅村戴筆二曰本草綱目獣部二封(ホウ)ト視肉(シニク)ト同類ノヤウニシルセリ関東ノ海中ニ大魚アリ其肉ヲ切トレ𪜈魚其痛ヲシラス潮(ウシホ)ニヒタリテ本ノ如ク愈ト云リ其肉ヲ俗ニウキキト名ツク視肉ノ類ニア】。

『動物妖怪譚』が引用したものとほぼ同じ内容の文章が書かれていた。しかし、『分類故事要語』では「うちき」ではなく、カタカナで「ウキキ」と書かれていた。インターネット上で公開されていた残りの『分類故事要語』の4セットも確認したが、すべて「ウキキ」と書かれていた……。

 

この名前の食い違いについて、私には一つの推察が浮かび上がった。私が確認したところ、『分類故事要語』の最初の「キ」を見ると、少し文字がかすれているように見えた。『動物妖怪譚』の著者は、この「キ」を「チ」と誤読したのではないだろうか?

何故なら、「ウキキ」はマンボウの有名な地方名であり、もっと古い文献にもこの名前は登場するので、「ウキキ」の名称が『分類故事要語』で使われるのはおかしくない。この可能性はブログ主もそれとなく示唆していた。

「うちき」を巡る旅ー『梅村載筆』

この推察を確かめるため、すべての知見の大元である林羅山が著した『梅村載筆』も確認した。『梅村載筆』の成立年代は山下(1993)によって万治2年(1659年)であることが分かっている(今から365年前)。

しかし、国書データベース で公開されているものは原本ではなくすべて写本(手書きでコピーされた本)であった(本当は原本を確認したいところだが)。これら写本のうち、いくつかはインターネット上で公開されており、写本が作られた年代が分かっているものとしては……名古屋大学附属図書館に収蔵されている嘉永1年(1848年)の写本があった。

『梅村載筆』はページ数が少ないので、最初から確認していき、該当箇所を発見した。※こちらのリンク先 から該当ページを閲覧することができる。

該当部分の記述を抜き出すと以下のようになる(古語に慣れていないので書き間違えている部分があるかも)

【一 本艸綱目獣部二封ト視肉ト𡈽肉ト同類ノヤウニシルセリ関東ノ海中二大魚アリ其肉ヲキリトレ𪜈魚其痛ヲシラス潮二ヒタリテ夲ノコトク愈トイへリ其肉ヲ俗二ウキヽト名ツク視肉ノ類ニヤ】。

『動物妖怪譚』や『分類故事要語』が引用している内容と微妙に違うところもあるが、『梅村載筆』には明確に「ウキキ」と書かれており、「うちき」とは書かれていなかった! これで確証が得られた。「うちき」はマンボウのマイナー地方名ではなく、単なる『動物妖怪譚』の著者による誤読だった可能性が高い!

「うちき」を巡る旅の終わり

以下に今回の最終的なまとめを記す。

うちきを巡る旅・まとめ



いやはや、謎が解けてこれでスッキリした。単なる誤読の可能性が強いという結果に、なぁ~んだ~感が強いが、謎を紐解くと意外にこういうものである。

しかしながら、これがもし学名だったら、たった一文字が違うだけでも、その誤読した名前は別種としてカウントされ、そのミスが半永久的に指摘され続けることになる。論文や書籍での生き物の名前の扱いは慎重にしなければならないのだ。

私はこの「うちき」をマンボウの地方名としてはカウントしない、それが今回の調査の結論である。今回のマンボウの異名を追跡する作業は、探偵の推理のようで楽しかったが……たった1つの異名の由来を解き明かすだけでも、古文を読み解く力(今回はXユーザーの力も借りた)、マンボウの文献収集力と知識、それらの調査に費やす膨大な時間などが必要とされ、なかなか大変な作業であることをお伝えできれば嬉しい限りだ(私は好きなので今後も研究は続ける)。
 

 一文字の
  間違った名や
   「うちき」也
    「ウキキ」の誤読
     地方名非ず

 

参考文献

山下欣二.1993.マンボウの名称に関する歴史的考察.動物園水族館雑誌,34 (4): 80 - 83.

日野巌.1926.趣味研究:動物妖怪譚.養賢堂,東京,469pp.

平住専庵(編).1714.分類故事要語 巻之八(禽獣門).大野木市兵衞・敦賀屋九兵衞,1丁オ-29丁ウ.

林羅山.1659.梅村載筆.(名古屋大学附属図書館所蔵の写本1848年)

【著者情報】澤井 悦郎

海とくらしの史料館の「特任マンボウ研究員」である牛マンボウ博士。この連載は、マンボウ類だけを研究し続けていつまで生きられるかを問うた男の、マンボウへの愛を綴る科学エッセイである。

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