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突然だが、通勤・通学の道のりを思い出してほしい。どんな施設がどこにあるか正確に把握しているだろうか? 世界の広さに比べて、私たちが知る情報はとても狭く、道を一つ外れるだけで全く知らない場所へとつながってしまう。そのため、地図と連動したナビゲーションシステムは今や欠かすことのできない存在だ。そんなナビの語呂合わせにちなんで、毎年7月1日はナビの日だ。
ナビゲーションシステムはGPSの技術を利用した道案内のシステムだ。GPSが取得した現在地の座標と目的地の場所を照らし合わせて、要望に合わせた様々なルートを提案してくれる。しかしながら、そもそもGPSはどのように現在地の座標を把握しているのだろう? そこで今回は、GPSがどのように私たちの位置を認識しているのかについて解説していく。
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GPSは人工衛星を使って、宇宙から位置を推測するシステムだ。このようなシステムを衛星測位システムという[注1]。衛星測位システムでは、地上と宇宙でデータをやりとりして、位置を推測している。
まずは位置を推測するまでのザックリとした流れを見てみよう。
GPSによる位置の推測はまず、私たちの持っている端末から人工衛星に向けて「現在位置を教えて」という電波を送るところから──と、思っている方は案外多いのではないだろうか? しかしながら、実際は違う。そもそも人工衛星までの距離に対して、私たちの持っている端末が放っている電波が弱すぎて、とても人工衛星まで届かないのだ[注2]。
それでは私たちの持っている端末は、なぜ好きな時に位置情報を得られるのだろうか?
実は人工衛星は24時間365日、常に地上に向かってデータを送り続けている。私たちの持っている端末はそのデータを勝手に受信し、勝手に処理をすることで位置の推測を行っているのだ。
そのため、私たちの持っている位置情報を推測する端末を受信機といい、受信機で情報を処理するパートをユーザーセグメントという。
位置の推測は、個々の受信機による演算の結果だが、当然人工衛星が送ってくるデータが正しいものだという前提によって結果を導いている。けれども人工衛星が漂う宇宙の環境は、地表とは比べ物にならないほどに過酷だ。衛星を取り巻く環境は時々刻々と変化している。
そのため、人工衛星の運行の様子は地上から常に監視されており、場合によっては正しい運行になるよう制御されている。この人工衛星の様子をコントロールするパートをコントロールセグメントという。
GPSによる位置の推測には、コントロールセグメントと人工衛星(スペースセグメント)が双方にやりとりして状態を整え、情報をユーザーセグメントに送ることで実現されているというわけだ。
ここまで、GPSによる位置の推測には、3つのパートがあり、私たちユーザーは人工衛星が一方的に送り続けているデータを拾って、それぞれが勝手に処理しているだけという事を解説した。
それでは人工衛星は、位置を推測することが出来るどんなデータを送っているのだろう?続いて、位置情報を推測する方法について解説していく。
突然だが、こんなことを考えてほしい。
大小たくさんの円盤を用意して、円の縁に1点だけ印を付ける。印をつけ終わったら、円盤を自由に配置してほしい。どう配置してもらっても構わない。ただ一点注意がある。印同士がピタリと重なるようにしてもらいたいのだ。
さて、この時、円盤同士はどう重なっているだろう?
円盤はたくさんあるから、印の周辺は円がグチャグチャになってしまっていることだろう。けれども2つの円に注目してみると、どの円同士も1点か2点だけしか交わっていないはずだ。
この円の重なりが、GPSによる位置の認識と一体どのように関係するのだろう?
実は、人工衛星が「あなたのいる位置の座標は○○です」という情報を送っているわけではない。人工衛星が送るのは「この人工衛星から、あなたのいる場所までの距離は✕✕です」という距離のデータだ。人工衛星が浮かんでいる場所は既知なため、距離が分かれば受信機の内部では座標を演算することが出来るというわけだ。
とはいえ地球は丸く、電波は半球状に送られている。そのため、「人工衛星から距離✕✕の位置」を結ぶと円形になってしまい、1機の人工衛星からの距離データでは座標は1点に定まらない。
そこで実際の運用では、受信機は4機以上からなる複数機の人工衛星とやりとりを行なっている[注3]。1機では定まらなかった座標の情報も、数が増えるほどに近い点で重なり、位置情報を推測する精度が上がっていくというわけだ。
ちょうど、たくさんの円を1点で重ねるのと同じだと思ってもらえば良い[注4]。
GPSは複数機の人工衛星が連携することで、座標を推測しているという事が分かった。とはいえ、ここで1つ疑問が浮かぶ。なぜ、位置を推測するのに3機ではだめで4機以上の人工衛星が必要なのだろうか?
続いて、人工衛星が4機以上必要な理由について解説していく。
中学校で習った連立方程式を思い出してほしい。といっても計算は別に出てこないので、身構えなくても大丈夫だ。連立方程式の基本として、2つの変数の解を求めるなら2つ以上、3つの変数なら3つ以上の式が必要になる。この変数の数と式の数の関係は普通、1:1で対応している[注5]。
私たちは3次元空間に生きているため、座標はx, y, zという3つの変数で表すことが出来る。そのため、人工衛星1機が送るデータが式1つに該当すると考えると、人工衛星が4機以上必要という事はx, y, zとは違うもう1つ変数があるという事になる。
それでは4つ目の変数とはなんなのだろう? ヒントは人工衛星が距離を測る方法にある。
人工衛星が受信機に向かって距離のデータを送るが、より実態に近く表現すると「このデータは○○時✕✕分△△秒に送られました」という時刻のデータである。電波は光速で伝わるため、私たちからするとこのデータは瞬時に受信機に届いたように感じられる。けれども実際には、このデータが手元の受信機に届く時には、○○時✕✕分△△秒よりも少しだけ進んだ時刻になっている。いくら光速といえど0秒でデータのやりとりは出来ないからだ。
したがって、電波が伝わる速度である光速と電波が届くのにかかった時間を使う事で、受信機の方で距離として換算出来るというわけだ。
けれどもこの方法には1つ致命的な欠陥がある。人工衛星の時計と受信機の時計がピタリと一致していないと、推測位置に誤差が生まれてしまうのだ。その誤差は1μ秒(10万分の1秒)のズレで300mほどにもなってしまう。一方で誤差が全く存在しない時計を複数用意することは不可能だ。
そこで、位置を推測するためではなく、時計の誤差を推測するために人工衛星を利用する。これによって、受信機の時計と受信機の時計の誤差が小さくなり、より精度が上がるというわけだ。
この時間tともいうべき変数を推測するための式こそ、4機目の人工衛星というわけだ[注6]。
ここまで、GPSが現在地を認識する仕組みについて解説してきたが、いかがだっただろうか? GPSはスマホの地図アプリやカーナビといったナビゲーションの他、自動運転の基礎や、面白いところでは自動農耕にも応用されている。位置を知るという技術にどんな応用があるか考えても楽しいかもしれない。
最後に、記事の趣旨からは少し外れるが人工衛星を使った研究について2つ紹介して、記事を締めさせていただく。
私たちが日々の生活を送るうえで、最もなじみ深い人工衛星といえば、天気予報のために利用されている気象衛星だろう。気象衛星「ひまわり」は日本の上空に浮かぶ静止衛星で、天気予報をする上で必要となる雲や氷の状態を日夜観測し続けている。けれども「ひまわり」の視野は地球とぴったり同じではない。地球をもれなく観測するために、少しだけ広い範囲を観測している。
気象衛星がとらえた、地球ではない部分のデータの利用を試みた研究がある。地球ではない部分、すなわち宇宙の部分のデータに捉えられた天体のデータを使って、地上や宇宙にある望遠鏡とは違ったアプローチで天体について調べられないかという試みだ。短時間で観測できる、水蒸気の影響が計算できるといった、気象衛星ならではの特徴を活かしての研究が行われている。
現代の社会において、大規模に土を耕して農作物を育てるという方式は豊かな生活の礎となっている。良い作物を作るためには、良い土を作る事は、品種や気候に気を配るのと同程度、あるいはそれ以上に重要だ。そのため耕作予定地の土の状態を、正しく把握する必要がある。けれども大規模化した農業の現場において、すみずみまで土の状態をチェックするというのは、とても難しいものがある。
人工衛星が撮影した画像から、土の状態をチェックできないかという研究がある。農作物の三大栄養素の窒素・リン酸・カリウムのうち、窒素の含有量と写真で確認できる土の色との関係から、広い範囲の土の良し悪しを一気に推測できないかという試みだ。大規模な農業を行うには、手の代わりになる大規模な農業機械だけでなく、全体を判別する大規模な目も必要というわけだ。
・数研出版編集部. 『新課程 視覚でとらえるフォトサイエンス 物理図録』. 数研出版.
・久保 信明. 『図解よくわかる 衛星測位と位置情報』. 日刊工業新聞社.
・国土交通省 国土地理院
・内閣府 宇宙開発戦略推進事務局 みちびき(準天頂衛星システム)
・谷口 大輔ら. 『気象衛星ひまわり8号を活用した時間領域天文学』. 天文月報 116 (10), 511-520, 2023-10.
・丹羽 勝久ら. 『衛星画像から推定した表層土壌・作物生育に基づく黒ボク土畑作地帯における可変施肥導入の可能性』. 日本土壌肥料学雑誌, 2021, 92 巻, 3 号, p. 249-254.
[注1] 正しく言うと、GPSはアメリカの人工衛星が主体の衛星測位システムで、衛星測位システム自体の総称はGNSSという。日本では2018年から「みちびき」という衛星測位システムが運用されているため、表記としてはGNSSあるいはみちびきを使う方が正しいのだが……伝わらないと思ってさ。 本文に戻る
[注2] GPSに使われる衛星がどのくらい離れているのかというと、なんと高度約20,000 kmだ。といっても伝わりづらいと思うので補足すると、国際宇宙ステーションISSの高度が約400 km程なので50倍だ! スマホの電波なんて、基地局から数百 mも離れたら届かなくなるので、人工衛星に届くわけがないのだ。 本文に戻る
[注3] 人工衛星の単位は「機」だが、葉月は最初「基」と思い書き進めていた。国語辞典を開いたところ「基」には「建物の土台」の意味があり転じて「固定されているもの」を数える単位になっているようだ。一方「機」は「動力を持つ機械」のことなので、人工衛星は「機」なのだ。国語の勉強になる。 本文に戻る
[注4] ところで円を描く時にコンパスを使うと思うが、コンパスは別に円を描く道具ではない。コンパスの正しい使い方は、ある点から等しい距離の点を結ぶことで、地図上で航路を推測することなどに用いられた。『天空の城ラピュタ』にも、ドーラがコンパスで距離を測るシーンがわずかに描写されている。 本文に戻る
[注5] 普通と書いたのは、より少ない式の数でより多くの変数の解を求める方法を、葉月がそもそも調べていないからである。無いんじゃないかなぁとは思っているが、あった時のために普通としておいた。行列を使う方法は知っているが、あれも結局変数と式が1:1なので……多分無いよね? 本文に戻る
[注6] 電波時計のように、人工衛星から現在時刻のデータを送る手法も存在している。この方法を使えば、人工衛星と受信機の時計の誤差が1億分の1秒程度まで小さくすることが出来る。けれども誤差は0ではないため、結局人工衛星は4機必要なのだ。 本文に戻る