マゾヒズムの脳科学|苦痛を"求める"人がいる理由

2024.01.12

「マゾヒズム」の語源となった、オーストリアの作家、ザッヘル=マゾッホ像

 

痛みを感じるまでに、自分が傷つく程に与え尽くしてください。

―マザー・テレサ

These are beautiful scars that I have on my heart. This is beutiful proof that I made it this far.
(私の心にある美しい傷跡 これは私がここまでやってきた 美しい証拠)

―メリー・クレイトン - Beautiful Scars

人は本能的に快楽を追い求め、苦痛を避ける生き物である。美味しい食べ物に喜びを感じ、愛撫に心地よさを覚え、賞賛に幸福を覚える。

しかしながら、時にはこの自然な感情と反対の行動をとることがある。恐ろしい体験を探し求めたり、悲惨な物語に感動したり、鞭打ちや罵倒から快楽を得る人もいる。このような性癖は広義のマゾヒズムと呼ばれる。本稿では、このマゾヒズムの心理について掘り下げて考察していきたい。

マゾヒズムの心理学

マゾヒズムについては、様々な議論が行われている。米国精神医学会が作成した精神疾患の診断基準であるDSM-5においては、マゾヒズムを病的なものとして扱っている。性的マゾヒズムの診断基準として以下の3項目が記載がある(Krueger, 2015年)。

A. 少なくとも6カ月間にわたり、屈辱を受ける、殴られる、縛られる、またはその他の苦痛を与えられる行為を含む、性的興奮を引き起こす激しい妄想、性的衝動、または行動が繰り返し起こる。

B. 妄想、性的衝動、または行動が、社会的、職業的、またはその他の重要な機能領域において、臨床的に重大な苦痛または障害を引き起こしている。

C. 窒息的性愛(窒息によって性的興奮を覚える)あり。

 

しかし、実際、マゾヒスティックな傾向を持つ人は多く、これを病的なものとして捉えることには根強い反対意見もある。

いくつかの調査から、性的にマゾヒスティックな傾向を持つ人は全人口の1-5%に登り、性的ファンタジーまで含めるとその割合は女性で最大50%以上に登ることが報告されている(Krueger, 2015年)。

 

またマゾヒズムは必ずしも性的なもとのは限らない。日本語でも「ドM」という言葉があるが、英語圏でも「良性マゾヒズム」という概念があり、これは好んできつい運動を行ったり、激辛の食べ物を食べたり、冷水シャワーのような刺激を好む傾向を指す(Rozin, 2013年)。

 

このようにマゾヒズムは窒息プレイを含むハードなものから、激辛スナックを食べるライトなものまで幅広い概念を含んでいる。

 

ではなぜこのような好んで不快を求める傾向があるかという点についても様々な仮説が提示されている。一つは虐待経験の痛みを和らげるための防衛反応だという仮説である(AbramsとStefan, 2012年)。

虐待による苦しみに適応しようとして、痛みや侮辱を喜びとして感じる防衛機制が発達したのだというものである。

 

もう一つは出産経験に適応するために獲得された心理的形質だという仮説である。SMプレイでは痛みの感じ方が弱まり、痛みを喜びと感じる恍惚的な心理状態が引き起こされる。

この心理状態は出産で経験するものと似ていることや、女性の方がマゾヒスティックな傾向が高いことから、マゾヒスティックな心理は進化の過程で出産経験に適応的なものとして獲得されたものではないかという仮説である(Dahan, 2019年)。

 

さらに、マゾヒズムの快感を社会心理学的な観点から解説する議論もある。現代では、人々はさまざまな社会的な役割を担うことが求められている。

社会的な場で、それらの役割を演じることが要求されるが、マゾヒスティックなプレイの中では自己が解体され、それによって社会の重圧から逃れることができるとの仮説である(Labrecqueら, 2021年)。これらの仮説はどれも実証が難しいが、興味深いものではある。

 

サドマゾヒスティックチェックリスト

ちなみに、自身のマゾヒスティックな傾向を評価するための心理検査も存在する。以下は、ドイツの心理学者、ヴァイアストール博士らによって作成された「サドマゾヒスティックチェックリスト(The Sadomasochism Checklist)」である。

    • 性行為中にパートナーに爪を立てられたり、つねられたり、噛まれたりする。
      0点4点
    • パートナーに軽く叩かれながら刺激される。
      0点4点
    • パートナーとの乱暴な性行為、または激しい性行為。
      0点4点
    • パートナーにお尻を叩かれる。
      0点4点
    • ワックスや焼印を使ってパートナーに苦しめられる。
      0点4点
    • クランプ、ウェイト、クリップなど、痛みを引き起こす器具を体に使用する。
      0点4点
    • パートナーに鞭で打たれたり、櫂で叩かれたりする。
      0点4点
    • パートナーに性器を拷問される。
      0点4点
    • 痛みを引き起こすプラグやその他のおもちゃを体に入れられる。
      0点4点
    • パートナーを喜ばせる方法について、パートナーから命令を受ける。
      0点4点
    • 緊縛やしつけのロールプレイで従順な役を演じる。
      0点4点
    • パートナーに目隠しをされる。
      0点4点
    • パートナーから言葉で辱められる。
      0点4点
    • パートナーに鎖、ロープ、ベルトなどで縛られ、献身的に尽くす。
      0点4点
    • パートナーによって、服従者を監禁するための檻や地下室に入れられる。
      0点4点
    • 自分の意思に反して、パートナーから相手を喜ばせることを強要される。
      0点4点
    • 他の人と一緒にパートナーに恥をかかされる。
      0点4点
    • パートナーから従属的な存在として見せられる。
      0点4点
    • パートナーに精子や膣分泌液を飲み込むよう強要される。
      0点4点
    • パートナーに尿をかけられる。
      0点4点
    • パートナーに排泄物の摂取を強要される。
      0点4点
    • パートナーに呼吸をコントロールされる。
      0点4点
    • パートナーに首を絞められたり、窒息させられる。
      0点4点
    • 呼吸制御バッグなどで、パートナーに失神させられる。
      0点4点

    合計:48/96点

    24の質問から構成されており、「全く喜びを感じない:0点」から「非常に喜びを感じる:4点」までで回答する。

    The Sadomasochism Checklist

    ちなみに平均点と標準偏差については、SMプレイに興味のない人は20.67±15.90点、マゾヒスト(SM愛好家)は60.56±15.25点、サディスト(SM愛好家)は8.71±12.49点(WeierstallとGiebel, 2021年)。

    分布を図示すると、サディストとマゾヒストは明確に区別されるが、自称ノーマルの人とマゾヒストの間にはかなりの重なりが見られる。予想外に、マゾヒストの特性を持つ人は多いかもしれない。

マゾヒズムの脳科学

マゾヒズム嗜好の人々の脳と体の反応について、興味深い研究結果が2つある。

1つは、マゾヒストの方々に痛み刺激を与えながら脳活動を測定した研究だ。刺激条件は以下の3種類がある。

1.マゾヒスティックな画像を見せながら刺激する
2.感情を喚起する様々な画像を見せながら刺激する
3.画像なしで刺激する

その結果、マゾヒスティックな画像を見ながらの痛み刺激時には、痛みを実際より弱く感じることや、脳活動パターンの変化が見られた(Kampingら, 2016年)。

我々の脳は外界からの刺激をそのまま知覚するわけではない。例えば同じお酒でも飲む場所によって美味しさが変わったりする。これは脳内の2つの知覚システムの影響だと考えられる。1つは刺激をそのまま知覚するシステムで、もう1つは文脈に応じて情動的に知覚するシステムである。

マゾヒスティックな画像を見ながらの痛み刺激時にはこの2つのシステム間の連携が弱まっていた。研究者はこれらの連携の変化により、痛みの感じ方が文脈調整的に変容したのではないかと論じている。

もう1つの研究では、SM愛好者のサディストとマゾヒストのペアを対象に、実際のSMプレイ前後で内分泌の変化を調べたものである。

35組のペアにSMプレイを行わせ、プレイ前後でストレスホルモン(コルチゾール)と脳内麻薬(βエンドルフィン、AEA、2-AG)のレベルを測定した結果、マゾヒスト側ではSMプレイ後にストレスホルモンが上昇する一方で、脳内麻薬も同時に増加することが示された(Wuytsら, 2020年)。

これらの知見から、マゾヒストがSMプレイ中に通常より痛みを鈍く感じるメカニズムには、脳内麻薬の増加が関与している可能性が論じられている。

 

Wuytsら, 2020年, Figure 1を参考に筆者作成

 

マゾヒズムの治療

マゾヒズムが病的なものかどうかについては議論が行われているが、いくつかのケースでは自己破壊的な行動を引き起こすことから病的なものとしてみなされることがある。

特に、小児期に虐待を受けた人は、成人後もパートナーと被虐的な関係を持つことがあり、治療が必要となることもある。病的なマゾヒストに対しては、合理的感情行動療法(Rational Emotive Behavior Therapy、REBT)と呼ばれる治療法が有効だという報告がある。

この治療法は、患者を無条件に受容しながら、過去の出来事への過剰な罪悪感を和らげ、セラピストとの信頼関係の下で、自己肯定感を高めつつ実生活上の助言を提供することで、マゾヒズム的な傾向の改善を目指すものである。

ただし、この治療法を行っても大きな変化は難しいことも報告されている(AbramsとStefan, 2012年)。


まとめ

では、ここまでの内容をまとめてみよう。

・マゾヒズムとは、痛みや屈辱などの苦痛から快感や満足を得る性癖の総称である。
・マゾヒズムを病的と捉える見方もある一方、そうした傾向を持つ人々は意外に多い。
・マゾヒストは被虐的な文脈では脳活動やホルモン分泌が変化し、痛みの感受性が低下する。
・マゾヒズムは治療的介入に対して抵抗性が高く、劇的な改善は期待しづらい。

 

しかし、結局のところ、なぜ私達は傷つくことを求めるのだろうか。

もし、世界からマゾヒストが消えてしまったらどのような世界になるだろう。休むことなく自己を追い詰める起業家や活動家は消え失せ、より静かな社会になるかもしれない。

マゾヒズムとは、自己を超越しようとする衝動なのだろうか。もし、そうであれば、人生傷ついてなんぼなのかもしれない。beautiful scars (美しき傷跡)という言葉もある。美しい傷にまみれて、美しく生きていきたい。

【参考文献】

Abrams, M., & Stefan, S. (2012). Sexual abuse and masochism in women: etiology and treatment. Journal of Evidence-Based Psychotherapies, 12(2), 231. 

Dahan, O. (2019). Submission, pain and pleasure: Considering an evolutionary hypothesis concerning sexual masochism. Psychology of Consciousness: Theory, Research, and Practice, 6(4), 386–403. 

Kamping, S., Andoh, J., Bomba, I. C., Diers, M., Diesch, E., & Flor, H. (2016). Contextual modulation of pain in masochists: involvement of the parietal operculum and insula. Pain, 157(2), 445–455. 

Krueger R. B. (2010). The DSM diagnostic criteria for sexual masochism. Archives of sexual behavior, 39(2), 346–356. 

Labrecque, F., Potz, A., Larouche, É., & Joyal, C. C. (2021). What is so appealing about being spanked, flogged, dominated, or restrained? Answers from practitioners of sexual masochism/submission. Journal of Sex Research, 58(4), 409–423. 

Rozin, P., Guillot, L., Fincher, K., Rozin, A., & Tsukayama, E. (2013). Glad to be sad, and other examples of benign masochism. Judgment and Decision Making, 8(4), 439–447. 

Weierstall, R., & Giebel, G. (2017). The Sadomasochism Checklist: A Tool for the Assessment of Sadomasochistic Behavior. Archives of sexual behavior, 46(3), 735–745.

 

著者紹介:シュガー先生(佐藤 洋平・さとう ようへい)

富山大学大学院 生命融合科学教育部 認知情動脳科学専攻 後期博士課程 修士(健康科学)
筑波大学にて国際政治学を学んだのち、飲食業勤務を経て、理学療法士として臨床・教育業務に携わる。人間と脳への興味が高じ、畿央大学大学院へ進学、脳波を用いた研究に携わる。現在富山大学大学院博士課程で
コミュニケーションに関わる脳活動の研究を行う。
2012年より脳科学に関するリサーチ・コンサルティング業務を行うオフィスワンダリングマインド代表として活動。研究者から一部上場企業を対象に学術支援業務を行う。
研究知のシェアリングサービスA-Co-Laboにてパートナー研究者としても活動中。
日本最大級の脳科学ブログ「人間とはなにか? 脳科学 心理学 たまに哲学」では、脳科学に関する情報を広く提供している。

【主な活動場所】 X(旧Twitter)はこちら

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